光を抜け、帯人と雪子は地上へ降りた。
そこはなにもない海岸だった。
これが最後の悲劇の舞台なのだろうか。

「…うん…ぅ…」

雪子がやっと目を覚ます。
しばらく茫然としていたが、自分の置かれている状況を理解すると
いきなり顔を真っ赤にして暴れ出した。

「…どうしたの?」

「な、なんでもないからっ! だ、だから降ろしてっ」

「……?」

帯人は素直に雪子を降ろした。
しばらくの間、雪子の頬のリンゴ色は引かなかった。

打ち寄せる波の音しかしない。
帯人と雪子は砂浜を歩いた。
柔らかい砂の感触が気持ちいい。
波の音も心地いいのに、ちっとも寂しさは柔らがない。
この世界全体から、寂しさがにじみ出ていた。

やがて一人の少女と出会った。
その子の顔はリンそのものだった。
小瓶を抱きしめて、じっとなにかに耐えていた。

「…リン?」

こちらを見る少女。
彼女は品のいい笑みを浮かべた。

「あなた方は、書き手の方でしょう?」

「…知っているんですね」

「話には聞いていたの。でも、ここまで来たのは初めてよ」

「それは…?」

雪子が小瓶を指さす。
少女は悲しそうに小瓶を見つめながら、くすっと微笑んだ。

「この世界の悲劇を、教えてあげましょうか?」

「え!? いいの?」

「もちろん♪」

リンは地平線を眺めながら、静かに言った。

「大切な人を…殺してしまったことよ…。
 私のせいで、あの人は死んでしまったの…」

波の音。
少女の声。
どれも全てが悲しく響く。

♪~♪♪~~♪~♪~♪~~♪♪~~♪~

そのとき、雪子の首にかけてある音楽時計が鳴り出した。
オルゴールが優しい音を奏で始める。

「…その曲、知ってるわ」

懐かしむように、少女は時計を見つめる。

「どこだったかしら。…真っ白な部屋で、ベッドに寝ている子がいて、
 それから……ねこが……いたような…」

雪子は息をのんだ。

「リンちゃん、きっと助けるよ! 
 あなたの悲劇も全部、なかったことにしてあげる! 絶対に!」

「ありがとう。…ねえ、これを渡してくれる?」

リンはそっと小瓶を差し出した。
瓶の中には羊皮紙が入っていた。

「これをね、私の「召使い」に渡して欲しいの。
 …書き手さん、お願い。彼を助けて。彼が死なないように、してあげて」

リンは涙をこぼしながら、震える声で必死に言った。
雪子は深くうなずいた。

「お久しぶりですね。お二人さん」

トントンと、空中を歩きながら、帯人と雪子に挨拶をする影。
銀色の毛並みを持つ、気品ある紳士がそこにいた。

「灰猫さんっ!」

「雪子さんの笑顔を見ると、安心しますね。
 帯人君、お疲れ様でした」

「……」そっぽを向く帯人。

灰猫は苦笑しつつ、雪子の前に降り立った。
雪子の音楽時計をのぞき込みながら言う。

「音楽時計は過去を変える力を持っています。
 まあ、つまり「たいむすりっぷ」ができるのです。
 雪子さん。貴女が望む時間を考えて、念じてみてください。
 きっと音楽時計は答えてくれます」

雪子はギュッと音楽時計を握りしめ、強く念じた。
彼女の大切な人が死ぬ前へ。
誰も傷ついていない時へ。

♪~♪♪~~♪~♪~♪~~♪♪~~♪~

オルゴールの音色が強くなる。
針がぐるぐる勢いよく回転する。

「これでいい。これで、時間を飛び越えられる。
 さあ、行きましょうか。最後の悲劇を書き換えに―」

帯人や雪子、灰猫の身体が光を帯びる。

「待ってッ!」

リンが灰猫を呼び止める。
鼻の頭を真っ赤にして、泣きじゃくりながら灰猫を見つめる。
灰猫は諭すように言った。

「私は貴女の大切な人ではありません。
 でも安心してください。
 貴女の大切な人は必ず助けます。
 …ただ一つ、約束してください」

灰猫は小さく微笑んだ。
でもその背はひどく悲しそうだった。

「もっと貴女自身を大切にしてください。…できますか?」

「…はい」

光はついに目も当てられないほどまばゆくなり、リンは一瞬目を閉じた。
そして再びまぶたをあげたときには、もうそこには三人の姿はなく、
砂に足跡だけが残っていた。

リンは大声で泣いた。

彼にとても似ていたのだ。
とても――
身を挺して守ってくれようとしている、その覚悟さえ似ていて、
まるであの人まで死んでしまうような気がした。


あのオルゴールを私は知っている。
思い出したのだ。
病室に眠るあの子と、看病に来るあの子。

私は全て知っている。

あの人が誰であるか、も。

あの曲名。
そう、それは―――


     リグレット・メッセージ
        後悔の手紙

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

優しい傷跡-魔法の音楽時計- 第18話「後悔の手紙」

【登場人物】
増田雪子
 帯人のマスター

帯人
 雪子のボーカロイド

灰猫
 リンとレンを助けようとする猫

少女(リン)
 鏡音リンの意識を持っている少女

【コメント】
灰猫→リン→レン

簡単に書くとこんな感じ


※雪子の姿は元に戻ってます、と認識してくださいまし

閲覧数:781

投稿日:2009/03/19 10:55:52

文字数:1,950文字

カテゴリ:小説

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  • アイクル

    アイクル

    ご意見・ご感想

    いつも読んでくださり、本当にありがとうございます^^
    みなさんのコメには励まされます。
    これからもがんばって書いていきますので、応援よろしくお願いします。

    最後の曲は悪ノシリーズです。
    この話を書くきっかけとなった曲が、「リグレットメッセージ」でした。
    もし過去を変えられるなら―と考えたのが一番始めでした。
    駄文ですが、もうしばらくつきあっていただけると嬉しいです。


    ここで小さく紹介しておきます^^
    魔法の音楽時計の奏でている曲がこれです↓

    http://www.nicovideo.jp/watch/sm3611558

    リグレットメッセージをオルゴール風にしたものです。オススメです♪

    2009/03/19 23:08:11

  • まにょ

    まにょ

    ご意見・ご感想

    やっと曲名を出してくれました!!ありがとうございます。。
    これは実際にある曲なんでしょぅか??探してみます。。
    次の話、楽しみにしてますね! レンの悲劇はどんなものなのか。。
    いろいろ想像しながら待ってますw

    それでは。また会いましょ~。

    2009/03/19 19:09:49

  • とと

    とと

    ご意見・ご感想

    新作来ましたー!
    今回は悪ノ系ですか。
    大好きです!

    続きも頑張ってください^^

    2009/03/19 14:40:48

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