…ええと、歌って戦えるボカロさんという微妙設定な話です。
カップリング要素的には、マスター→メイコさん、カイミクです。
それでもよろしければ、以下どうぞです。



 偽りの星が煌めく電脳空間。スクリーン越しに眺める世界は、平時と変わらず静穏に思える。だが、モニターに映し出される黒い染みのような点は、それが擬態に過ぎないと告げていた。
 キーボードに指を滑らせ、開けるポイントを探す。力技で開くことは出来るが、出来る限り安全に転送は行いたい。漆黒の染みが消えた空間、安定したポイントをサーチすると同時に俺はマイク越しに女神を召喚した。
「メイコ、繋げたぞ!」
「サンキュ、マスター」
 現れたのは、赤い衣装を纏った鮮烈な緋の女神。ボーカロイドCRV1―MEIKO。
 紅蓮の炎が偽りの夜空を焼き払う。
 群青の世界が照らされ、炙り出された漆黒の影がわっと暗闇から現れた。
「メイコ、左後方に引き付けろ!」
「了解、マスター。例の曲お願い」
 イヤホンを伝って返された言葉を聞くと同時に、俺はコードを打ち込む。アップテンポで力強い前奏が響く。それは、メイコにもイヤホン越しに届いている筈だ。脳内のカウントがゼロになる瞬間、新たな炎が闇を照らした。
 メイコの声は炎という形をとり、影を引き付けながら焼いていく。
 響く旋律は強く、その声と共に動く肢体はしなやかに影を破壊していく。短い栗色の髪と、赤みを帯びた瞳、整った目鼻立ち。赤い上衣が包む豪華な曲線や、ミニスカートから伸びる脚はライブ会場に置いた方が相応しいだろうが、今宵の彼女のステージは無粋な電脳空間だった。
 影の数は圧倒的だが、メイコは奴等と絶妙な間合いをとったまま移動する。影の鉤爪は彼女に届きそうで、届かない。炎に焼かれた数以上に出現する漆黒に、彼女が追い詰められているようにも見えるが、歌声に怯えは欠片もない。ボーカロイドの本領発揮とばかりに歌う声は、むしろ愉しそうですらある。
 メイコが歴戦のボーカロイドとはいえ、囮の役割は危険だ。
 心配しないといえば嘘になるが、戦場に於いてなお生き生きと歌うメイコを見ていると、どんな舞台であっても惹き付けられるのも事実だった。
「マスター、僕も出ますか?」
 イヤホンから聞こえたカイトの声に、俺はマップに散る点を確認する。メイコの誘導は上手くいっている。数こそ多いが、遠距離攻撃をする輩もいない。
「いや、お前はそのままガードしてろ。姫さんのデビューだ、ナイトは傍を離れるな」
「了解です」
 火花を散らしながら、メイコが移動する。クライマックスを高らかに歌い上げ、無数の影が四散した。
 距離はぴったり、赤い姿が炎に紛れて消えていく。
「ミク、出ろ!」
「はい、マスター」
 瞬間、影の中心に風が走った。無数の漆黒を弾き飛ばし、顕現したのは翠の歌姫と、蒼の騎士。
 長い翠の髪と同色の大きな瞳、精緻な美貌の少女がそこにいた。ボーカロイドシリーズ、最大の破壊力を誇る初音ミク。
 ミクの声が響くと同時に、光の渦が少女を中心に巻き起こった。翠の閃光に触れた影は、逃げる間もなく塵と化していく。或いは風に巻き込まれ、体を無数に分断される。
 メイコの声が各個撃破に優れた炎の銃弾なら、ミクの声は広範囲を薙ぎ払う台風だ。モニターの点はみるみるうちに減っていく。戦場の歌姫の旋律は、嵐の如く影を駆逐する。
 だが、あまたの影のうちほんの数体が、翠の渦を抜けてミクに向かう。無防備に歌う少女に向けられた鉤爪は、しかし獲物に触れる前に消滅した。
 ミクに付き従っていた蒼い髪に白い衣装の青年―CRV2―KAITOがミクの声に添うように、歌っていた。
 カイトの声は、大地に染みた水のようにひっそりと、確実にミクの声を突破した影を仕留める。
 メイコやミクのような派手さはないが、緻密な防御はカイトの得意とするところだ。破壊力に反して、防御スキルがまるでないミクの護衛としてはうってつけだった。
 マップの点は驚異的な速度で消滅する。影が数えられる程に減り、翠の嵐がやや勢いを緩めた刹那、風を引き千切るようにして闇が動いた。残っていた僅かな闇を吸収しながら、速度をあげる。ミクの声を振り切って向かう先は、ゲートポイントだ。
「あれが頭か」
 俺は猛然とキーボードを叩く。逃がすわけにはいかない、この空間に点在するゲートを閉ざしにかかる。
 ミクの追撃が、質量を増す漆黒の一部を削る。だが、本体には届かない。
 削られた闇は矢のように形を変えて、一斉にミクへと降り注いだ。ミクは風で勢いを殺そうとするが、動転した声は軸を設定しそこない四散した。一本の矢が、翠の少女へと真っ直ぐに襲いかかる。
 立ち尽くすミクの前、白いコートが翻った。
 ミクを背にかばったカイトの肩に赤が散る。瞠目した少女を抱きしめたまま、カイトは新たな旋律を奏でた。
 半透明の膜がふわりと広がり、二人の前に壁を作りだす。
 矢が甲高い音を立てて砕け散る様を、ミクを背後に庇った蒼の双眸が見据えていた。
 あちらは大丈夫だと判断し、俺は新たなコマンドを叩き込む。
 座標は合わせた、本体を誘い込む為一つだけ残しておいたゲートの真上。
「メイコ!」
 叫ぶのと紅蓮の剣を掲げた女神が現れたのは、同時。
 影の頭上から一気に降りて来たメイコは、その勢いをも利用して炎をあげる剣で漆黒を斬った。
 歌声が響き渡る電脳空間に、本体を両断された影が零と一へと還っていく。影は砂粒のように端から欠けていき、最後には何もなくなった。
 メイコの歌声の余韻がまだ響く空間。高揚した表情の女神の手から、炎の剣が消えた。
 ――ミッション、コンプリートか。
 小さく息を吐いた俺の耳に、落ち着いた声が届く。
「マスター、これで今日は終わりかしら?」
 モニター越しに微笑むメイコに、俺も自然と表情がほぐれる。
「ああ、よくやってくれた。後で皆好きな物買ってやるぜ」
「わ、私もですか?」
 大きな瞳をしばたかせたミクの頭に、優しげな顔をしたカイトの片手が乗る。
「もちろん、ミクもだよ。今日はいっぱい頑張ったからね。あ、マスター僕はお取り寄せナンバーワンの牧場プレミアムアイスクリームセットで」
 ミクに向けていた表情は溶けて消えたのか、やたらと本気顔で主張するカイトに俺は肩を落とした。
「あ~、はいはい」
「あたしは、越しの寒梅とマスターおすすめの洋酒でいいわ。ミクも好きなもんリクエストなさい」
 メイコに肩を叩かれ、ミクはあわあわと視線を上下させたが、拳を握って小さな口を開いた。
「えっと、ネギが欲しいです!」
 何故にネギ?
 浮かんだ疑問を追求するには、ミクの表情は健気すぎた。というか、俺が疲れた。
「……了解、後片付け終わったら、土産持ってそっちにダイブするから待ってろ」
「はい、マスター」
「了解です」
「期待して待ってるわ」
 通信を切ってヘッドセットを外す。
 途端に、静謐が広がった。
 白い壁と灰色の床。清潔で無機質なマシンルームには、俺しかいない。この仕事を選んだ以上一人は珍しくもないが、先程までの賑やかさに落差を覚えて小さく苦笑する。
 ボーカロイド、奇跡の声をもって電脳空間を守護する歌い手。彼等は仕事の相棒であり、時には友人や家族のように感じることもある。
『マスター』
 その呼び名に相応しい人間に、俺はなれるのだろうか。幼い頃に追った背中は、今なお遠い。
 違いは歴然としていて、その距離はどれだけ開いているのか見当もつかない。
 どれだけ遠くても、諦めるわけにはいかない。諦めてしまったら、彼女のマスターである資格さえ失ってしまうだろう。
「さてっと、まずはお仕事をしますかね」
 俺は肩を回して、報告書の作成に取り掛かった。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

戦場の歌女神

独自設定ですみません。
でも、戦う歌姫達(一人男性ですが(笑))が書けて楽しかったです。

閲覧数:680

投稿日:2011/03/30 02:08:21

文字数:3,214文字

カテゴリ:小説

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  • まんじゅう

    まんじゅう

    ご意見・ご感想

    うぅぅーー!!
    このゲーム、あればいいのにぃー!!
    って思っちゃいました!!
    なんてクオリティの高さ!!
    システムが本当に戦闘用のロボにありそうでうずうずしましたww

    2011/06/17 21:26:34

    • 穂波

      穂波

      まんじゅう様
      わわ、メッセージありがとうございます!
      自分が楽しい独自設定なので、どうなんだ……と思っていたので、ほっとしました。
      私もこんなゲームあったらやってみたいです(笑)!

      2011/06/18 22:42:44

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