19.愛の形
岬の先端、海を臨む女神像の足元にたどり着き、リントとルカは息をついた。
上り坂を駆け上がったにも関わらず、ルカの息はそれほど上がっていない。
「リント。……体力、持ち直せる?」
ルカが岬のふもとに目をやった。
制服集団が、ちょうど岬のふもとに差し掛かったところで、横に隊列を展開しながら上がってくる。逃亡者を逃がさない陣形だ。
リントは思い切り息をついて、そして吸った。
「……よし、直った!」
胸を張るリントに、ルカは思わず笑みをこぼした。夕闇の中で、ルカのふわりとした笑い声がリントに届く。
汗だくになりながら強がった彼の息が調うまで、ルカは待ってくれた。
「ひとつだけ、聞かせてほしいの」
月が昇ってくる。ルカが、口を開いた。
「リントは、どうして、逃げたの。……島を、守りたくなかった?」
リントが、ふっと笑みを見せた。そして、ルカをまっすぐに見つめて、答えた。
「島は、好きだ。でも、実際に、空を飛んでみて、解った。
思ったとおり、空に境界はなかった。島も大陸も、人の身分や出身の区別もない。
……オレの好きな『島』はな、『大陸っ子』『島っ子』なんて言いながらも結局わいわい仲良くやってしまう場所のことなんだ。岬に立つ、何のために作られたのかわからないような女神像が、ようこそと言いながら海に向かって手を広げているなんていう、呑気な発想が通じてしまう、そんな状態のことなんだ」
リントは、にひっと笑った。
「だからなぁ……何か、違うんだよね。ここを守るために、敵のところに爆弾落としに行くのって。そうやってわざわざ、空にまで壁を作ろうとするのは、やってはいけないと思う」
「もし」
ルカが、リントに向かって一歩踏み出した。
「もし、この島に爆弾を落とされても、リントはそう言える?」
ルカの瞳がリントに向き合った。
「もしそれで、レンカやヴァズが死ぬことになっても?」
す、とリントの表情から笑みが消えた。
リントの青い瞳が、闇の深さでルカを見つめた。
「ああ。言えるさ」
ルカの背筋が、そっと震えた。
「逆はどうだよ、ルカ」
え、と問いかけられたルカは首をかしげる。
「もし、ルカを守るために、オレが誰かを殺し、どこか他の街を焼いてきました、などといったら」
ふっ、と風が止まった。
「それでもルカは、オレを愛してくれるか」
その瞬間、ルカが、あでやかに笑った。そして、腕を広げた。夜の風が、陸から吹き、ルカの髪を海へとなびかせた。
「リント」
数歩、ルカがリントへと踏み出した。そして、強く彼を抱きしめた。
「やっぱりリントは『島っ子』だ。身内に遠慮と容赦がない」
正直かなり驚きながら、リントはルカの抱擁に応じる。そっと手を、ルカの背に回した。硬い軍服の布地の下に、やわらかな体温を感じながらリントは告げる。
「でも、愛があるだろ」
ルカの抱擁が、少しだけ強くなった。リントも、ルカを抱きかえす。
「うん。リント」
ルカが、リントの顔のすぐ横で、そっと微笑んだ。表情は見えないけれども、声の調子でよく分かった。
「……そういうリントは、やっぱり、愛しい」
やわらかくしみこんだ声に、リントの耳が、そして意識が、空高く舞い上がる。
一方ルカの耳は、状況に向かってすばやく走った。だいぶ集団が上ってきた音がする。
……囲まれた。
ルカの耳が、女神像を取り巻いた周囲の音を拾う。
そして彼女は、さっと胸元に手をやった。え、とリントが行動に戸惑った瞬間、彼の体が力強く岬に向かって押し出された。
岬の先、海へと。リントの身体が宙へ舞う。
「ルカ?」
思わず伸ばした手がルカの頬を引っかいて空を切った。
「だから、さよなら。リント」
桜色の笑顔が、ルカの頬に浮かんだ。
パン、と一つ、銃声が響いた。
やや遅れてバシャン、とひとつ、水に落ちる音が響いた。
これに驚いたのは追いかけていた者たちである。
「コルトバ上等兵!」
聴取班の班員たちが、予想外の展開に慌てて飛び出してきて詰め寄る。
「なぜ撃った!」「なぜ貴様がここにいる!」「なぜここまで奴を逃がすようなまねをした!」
ルカは、女神像を回りこんできた仲間達を、静かに振り返った。
「召集に応じるよう説得しましたが、抵抗したので撃ちました」
ルカの頬にリントの爪あとが紅く残されていた。
思わず、班員たちが息を飲む。
無表情で堅物と知られるコルトバの娘。その顔に、あでやかな笑みが浮かんでいたのだ。
静かに昇り来る月に、満ちた波と風の音がだんだん強く響いてきた。
「事情は、戻ってから聞こう。貴官はこの任務には同行しない予定だった。勝手な行動は違反行為だ。拘束させてもらう。銃をこちらへ」
「はい」
聴取班の指揮を執っていた男によって、ルカの手に、リントが掛けられるはずだった手錠がかけられた。
月明かりに照らされ、ルカは凄絶な笑みを浮かべたままだ。
来たときとは打って変わって、一行は静かに岬を下りていく。
葡萄畑を抜け、ものめずらしそうに顔を出す島民たちの町を抜けて、石造りの市庁舎へと一行は帰りついた。
続く。
滄海のPygmalion 19.愛の形
……幾千の日々を過ごすより、たった一度の抱擁を。
発想元・歌詞引用 U-ta/ウタP様『Pygmalion』
http://piapro.jp/t/n-Fp
空想物語のはじまりはこちら↓
1. 滄海のPygmalion http://piapro.jp/t/beVT
この物語はファンタジーです。実際の出来事、歴史、人物および科学現象にはほとんど一切関係ありません^^
コメント2
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アタシといると超低いし...【歌詞】chocolate box
dezzy(一億円P)
Hello there!! ^-^
I am new to piapro and I would gladly appreciate if you hit the subscribe button on my YouTube channel!
Thank you for supporting me...Introduction
ファントムP
ハローディストピア
----------------------------
BPM=200→152→200
作詞作編曲:まふまふ
----------------------------
ぱっぱらぱーで唱えましょう どんな願いも叶えましょう
よい子はきっと皆勤賞 冤罪人の解体ショー
雲外蒼天ユート...ハローディストピア
まふまふ
好きです、君は誰ですか
雨粒プリズム 雫が弾ける
水溜りバウンス
月明かり溶ける 星屑が空に舞う
嗚呼 夏の夜空に歌う
好きです
どうかな君は困るのかな
いつも気まずくなると
笑って誤魔化して
いつか僕もわかるのかな...好きです、君は誰ですか
sushinali
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ご意見・ご感想
sunny_m
ご意見・ご感想
こんばんは、sunny_mです
う~わ~ん~!!とパソコンの前でもがぁっとなっております。
そしてこの回の副題が「愛の形」という意味深なものなのにも、もがぁっとなっています。
愛のある容赦のなさって…っ、とか
悪気のない愛情ってさ…、とか。
もろもろもろもろ、と、今まで読んできたものの中に含まれているものを色々と思い出したり、目の前の展開にもがぁっとなったりで、も~大忙しです。
wanitaさんは、伏線というか情報の出し方がとても上手で、読んでてどきどきしっぱなしですよ。
なんだろう、なんだかとてもまとまりのないコメントになってしまっていますが^_^;
顔に引っかき傷を負っているルカさんの笑顔は、色々と凄いものがあるなぁ。とか、
伏線を読み返してはまたもだもだと考え込んだり、とか、しています!!
続きを楽しみにしています~☆
それでは!!
2011/07/07 20:18:26
wanita
sunny_mさま
をををっ!お越しいただきありがとうございます!
「がぁっ」となるくらいに心動かされた(乱された?!)という感想をいただき、書き手にとってはこれ以上ないくらいもう、書き手冥利に尽きると思いました!
伏線!お褒め頂きありがとうございます。いつのまにか、「伏線」になってしまっていることが多いです。
私自身の考え方として、人を構成するのは過去で、その積み重ねで今があり、その延長上に未来があると思っているためでしょうか。過去にひとこと記述してしまったら、後で思いがけないところで影響してしまい、物語の鍵になっている……ということが多いです。なので、wanitaが物語を書くときは、過去を記述することで人物へのリアリティを出しているような気がします☆「この人、こんな思い出が!」と、思い入れも乗って筆も進みます^^
レンカとリントの18年、ヴァシリスの38年(!)の人生が、これから物語が進むにしたがってじわじわ出していけると良いなと思います。
という事情もあるせいか、この物語で一番書きにくいのはルカさんかもしれません。さびしいと思っていた過去と、リントたちとであった思い出と、現在おかれた状況。彼女はリントたちに出会った若い頃から、過去の思いを、隔壁を切るように遮断しながら今に立っているのが癖になっている気がします。
崖の上で笑顔を見せたのは、まさに、リントへの思いを振り切る覚悟です。しかしその頬に残された傷は、振り切ろうとしたはずのリントから残された、彼女への断ち切れない思いの象徴ですので、ビジュアル的に対比になればなぁと思っていました。
では、これからもうしばらく続きますので、よろしくお付き合いいただければ幸いです☆
2011/07/10 16:00:57
日枝学
ご意見・ご感想
18含め読了! いやあ17以降決断を立て続けに畳み掛けてきますね
一つの決断だけで山場に物語を進めるのではなく、複数の決断・複数の事件で展開していくのがとても良いと思います。
一つの決断だけだと読み手が置いてけぼりになることもありますが、こうやって物語を展開すると登場人物たちの行動に、とても自然に共感出来るのですね。勉強になります!
>「やっぱりリントは『島っ子』だ。身内に遠慮と容赦がない」
>「でも、愛があるだろ」
の流れが個人的に好きです! ここで島っ子という言葉を再び使うのが、懐かしい気分になって良かったです。
2011/07/04 12:07:36
wanita
>日枝学さま
今回もありがとうございます!
「複数の決断・複数の事件で山場へ展開していくので、読み手が自然に共感する」というあたり、まったく意識していなかったのでなるほど!と思いました。
私の物語の書き方は、目の前に展開する情景を、カメラマンになったつもりで撮影していくというイメージです。なので、感想を頂くたびに「こういう分析が出来るのか!」と新鮮です。こちらこそ、勉強させていただいております!
この物語のテーマが「意識の差異と変化」なので、『島っ子』『大陸っ子』という言葉には思い入れがあります。島っ子の濃密な仲間意識の、プラス面とマイナス面の両方を描けたらよいなと思っています。そして読む方が潜在的に持っているだろう『島っ子精神(プラスマイナスの両方)』を刺激できれば成功だなと思っています。
2011/07/04 22:40:19