カイトとアイスとクリスマス!(前編)
まずい。 カイトは強く、そう、とても強くそう思った。街は華やかに彩られる十二月、いつの間にか日本中で恒例行事となった、イルミネーションが輝く街中の映像がカイトの脳裏にちらついた。
今日は12月24日。そう、クリスマスイブである。
今年こそは。そう、今年こそはぼっちクリスマスを回避する!
そう決意してカイトは立ち上がった。こんなとろで二ちゃんを見ている暇はない。このままなら、画面の向こうのこいつらと一緒になってしまう。乱立するサンタ狩りのスレに掃討作戦参加の書き込みを無意識に打ち込もうと、キーボードに両手を乗せたところで我に返ったカイトは引きちぎるような思いでキーボードから腕を放し、そのままマウスを掴んで左下のスタートボタンをクリックした。そのまま、シャットダウンキーを押す。
静かなファンの音と共にパソコン画面が暗転してゆくことを確認したカイトは颯爽と立ち上がった。まずは手近なところから攻める。そうだ、俺はお前らとは違う。お前らと違って、俺には同じ家に可愛い、そう、とびきり可愛い女性陣が何人もいるのだから!
「ミク、空いている?」
威勢良くリビングの扉を開けて、カイトはソファーに腰掛けていたミクに向かってそう声をかけた。というかミク、暇な時に長ネギ齧る癖、そろそろ止めてください。
「ん?」
ミクがネギを咥えながらそう言ったときである。けたたましい着信音が鳴り響いた。最近のお気に入りは千本桜らしい。とにかくもポケットから携帯電話を取り出したミクは液晶画面を見てほんの少し不満そうに表情を歪めながら、それを右耳に当てた。
「はい、ミクです。・・はい、大丈夫ですよ。わかっています、ちゃんと六時には着きます。え・・?もう、大丈夫ですよ。予定は空けていますから。あ、例のモノちゃんと用意しておいてくださいね!折角のクリスマスなんですから!・・はい、はーい。じゃあ、後で。」
ぴ、という電子音を響かせてミクは通話を終えると、何かを諦めたように立ち上がった。そのまま、ん、と両手を上空に上げて背筋を伸ばす。
「もう、しつこいんだから。」
「ミク、今の誰?」
もしや、男か!?そう考えたカイトに向かって、ミクはちらりと視線を送ると、ああ、と頷きながらこう言った。
「そう、彼氏。本当嫌になっちゃうよね。」
「お兄さん許しませんよ!」
「嘘。仕事に決まっているでしょ。生放送のゲスト出演よ。言ってなかったっけ?」
そう言えばそんなことは聞いていない。最近ミクが注目されて、毎日のようにスポットライトが当てられるようになってから却って仕事の話をしなくなった。昔は数少ない仕事が決まるたびに嬉しそうにカイトに報告していたのに。
「ミクももう出るの?」
カイトがなんと無い寂しさを感じていると、続けてリビングに入ってきた女性がいる。ルカだった。どうやらルカもこれから外出らしく、大人びた洒落たコートに身を包んでいる。
「はい、そろそろ出ます。ルカさんはライブでしたっけ?」
「ええ、ゴスペルのコンサートに呼ばれているから。」
「今回も外国人と競演ですか?」
「まぁね。」
「いいなぁ。私も参加してみたい!」
「英語が出来るようになればね。」
「今頑張って練習中ですもん!とりあえず、途中まで一緒に行きましょう、ルカさん。」
ミクはそこまで言うと、カイトに一瞥もくれることなくリビングから退出していった。
「カイト兄さんは、今日の予定は?」
「ないよ、君達が羨ましい。」
ふう、と溜息をつきながらカイトはそう答える。
「でも、カイト兄さんは今新規プロジェクトが進行しているでしょう?」
「もう暫くかかりそうだけれどね。」
少し自嘲するように、カイトはそう言って苦い笑いを漏らした。
いやそれよりも。物思いに耽る間に刻々とタイムリミットの時刻が迫ってきている。
準備を終えたミクとルカを玄関先まで見送って、カイトは瞳を見開きながらそう考えた。現在の時刻は午後四時。あと少しで日没を迎える。そうすれば輝く街の中でリア充どもが!
「ぬお、許さん、リア充爆発しろ!」
思わず拳を固めてカイトが叫んだ時。
「・・兄さんキモい。」
心から嫌そうな表情をみせてそう言ったのはリンであった。いや、違うよ?別に気持ち悪くないよ?
「どうしたんですか、カイト兄さん。」
続けて現れたのはレン。見ると二人とも、普段よりもお洒落な格好に身を包んでいる。
「お前ら、何処かに行くのか?」
「えっと、ちょっと。」
なにか言い辛そうに、レンは少し口ごもった。そのレンの右腕を掴み、急かす様な口調でリンが言葉を繋いだ。
「勿論デートに決まっているでしょ!早く行こ、レン。」
「あ、ちょっと引っ張るなよ!」
おいおい、最近の中学生は随分進んでいるなぁおい。ってかお前ら双子じゃねーか。この際どうでもいいけど。それより中学生でもデートしているというのにお前らときたら・・。
まずい。 これは本格的にまずい。
これで後家の中に残っている人間はメイコしかいない。そうだ、メイコがいた。カイトは軽く手を叩きながら、そそくさと玄関から廊下を歩き出した。何処にいるのかとカイトが探して辿り付いた所はダイニングである。
「めーちゃん、今日は。」
固まった。
「何よ。」
手にしているのはどうやらシャンパンらしい。というよりも怖いです。メイコさん。
「いえ、なんでもないです。」
「飲みなさい。」
どん、と置かれたのは大ジョッキであった。これはアルコール度数の低いビールを飲むためのものであって、シャンパンを飲むためのものではありませんよね?というより何でシャンパンなんて用意してあるの?
「いや、ボクは、お酒はちょっと。」
「あたしの酒が飲めないの?」
ぎり、と奥歯を噛み締めるようにメイコはそう言うと、そのままシャンパンの瓶口に口をつけて、直接それを勢い良く飲み始めた。流石酒豪というべき飲みっぷりで一気に瓶の半分以上を喉の奥に注ぎ込んだメイコは、ふぅ、と溜息をつきながら呟くようにこう言った。
「昔は皆でクリスマスパーティやったのに。なんだろうね、最近。」
「めーちゃん・・。」
そうだよな。昔ミクがデビューする前は皆でよく食事をした。今よりお金はなかったから、それは質素なものだったけれど。
「ということで、アンタも飲みなさい。」
どーしてそうなるのかなー?なんでかなー?どうしよう、もうジョッキにシャンパン注いでいるよ。
「あれ、シャンパン空っぽになっちゃった。」
続けて、メイコはそう言った。続けて、メイコがダイニングの隅から何かを取り出している。日本酒のワンカップであった。
「混ぜても平気だよね~。」
楽しそうに、というよりは自棄を起こしたようにメイコはシャンパンで半分ほど満たされたジョッキにワンカップを注ぎ始めた。遠慮なく、なみなみと。
「いやいやいやちょっと待っためーちゃん!」
無理無理無理、そんなの飲んだら死ぬから!
「どうせ胃の中で混ざるんだからさ~。」
そういう飲み方できるのめーちゃんだけだから!(作者註:絶対に真似しないで下さい。リアルにアル中で死ねます。飲酒は適量を守りましょう。未成年の方は成人するまで我慢して下さい。)
まずい、これはまずい!どうにかして回避しないと!
「そうだ、つまみがないでしょ!僕が買ってくるよ!」
「ちょっと、とりあえずこれ飲んでからにしなさいよ!」
メイコがカイトに向けてそう叫んだが、それを無視してカイトはダイニングから飛び出した。いや、もう家にいる行為自体が危険だ。カイトはそう判断し、そのまま自宅からも抜け出す。とはいえ、何処に行く?街に出るのは危険だ、あそこは凶悪なサンタ共が、ってそれ違う!
日は既にすっかりと落ち、暗くなった街中を一人、カイトは歩き出した。どうしよう。そう、どうしよう。カイトはそう考えて、ふと思い当たってぱちん、と指を鳴らした。
そうだ、お隣さんに匿ってもらおう。ガクポなら多分話し相手程度にはなってくれるはず。
「んなこと無かったぁああ!」
「む、どうしたでござるか、カイト殿。」
「・・なんでもないです。」
そりゃ萎えるさ。ああ、萎えるさ。左腕にグミがくっついていたら、そりゃ萎えるさ。なぁ、そうだろう?
「早く行こうよ。」
急かすように、グミがそう言った。
「おう、ではカイト殿、後日また。」
「はい、じゃあ、後日。」
爆発すればいいのに。
とにかく、これでもう一つ居場所を失ってしまった。どうしよう。
そう考えながら、カイトはふらふらと街に向けて歩き出した。まだ家は危険だ。数時間もすればメイコだって酔いに負けて眠りだすだろうけれど、今帰ったら待っているのは日本酒とシャンパンのちゃんぽんだけだ。
そう考えて当ても無く歩いているうちに、どうやら街中へと到達してしまったらしい。明かりを求めるのは虫だけじゃないみたいだな、と溜息をつきながらカイトは周囲を見渡して、そして少し悲しくなった。周りはカップルだらけ。ああ、そうだろうなぁ。今日はクリスマスイブだもんなぁ。
ぐぅ、とおなかが鳴った。悲しくなって、どうやら胃袋まで寂しさを覚えたらしい。そろそろ夕食時だし、何かを食べようか。そう考えて、カイトは一つの看板を目にしてそそくさとその中へと入っていった。何処にでもあるファミレスである。
だが。
「ここでもクリスマス仕様ですか。」
カップルの数は少ないが、代わりに家族連れが大量に押しかけている。まぁ、この程度ならまだ耐えられるだろう。カイトはそう考えて、適当にハンバーグセットを一つ注文した。その間、スマホを取り上げてなんとなく二ちゃんを眺め始める。勢いがあるのはサンタ狩りとクリスマス中止のお知らせと言ったところか。おそらくニコ動も同じような状況だろうなぁ、と溜息を漏らしながら、カイトはぼんやりと出された食事をそのままに食べ始めた。そそくさと食べ終わり、順番待ちをしている家族連れに気を使って席を立って会計をしようとしたときである。悲劇は起こった。レジを担当していた店員が遠慮なく、おそらく今日という状況を反映してだろう、まるっきり素の様子でこう言ったのである。
「ご一緒で宜しいですか?」
俺は一人だぁぁああああああ!(作者註:レイジの実話です。)
「あ、申し訳ありません。950円になります。」
凍りついたよ。うん。全く持って凍りついたよボク。
会計を済ませて、肩を落としながらカイトは歩き出した。家族連れの小さな子供が、カイトの姿を不思議そうな瞳で眺めている。いやね、クリスマスイブを一人で過ごす人間も沢山いるんだよ?こんなレストランには来ないかも知れないけどさ?
はぁ、と大きな溜息をつきながら、カイトは再び当ても無く歩き出した。どこもかしこも、今日はクリスマス仕様らしい。サンタコスに身を包んで呼び込みを行う従業員の姿にカイトは強い一体感を覚えながら、どうせならバイトでもいいから用事を入れておくんだった、と考えた。大体、どうして今年のクリスマスは三連休なんですか?
後編へと続く。
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