“『KAITO』の全要素を盛り込んで”人格プログラムを組まれた僕、≪VOCALOID-KAITO/KA-P-01≫。
矛盾する設定に困惑し、いつか主を害する事に恐怖して、特定のマスターを持つ事を拒んできた。
だけどマスターは、僕の根幹に関わる不可欠な存在で。それを拒絶する事はあまりに過酷で、恐ろしかった。

拒んで、拒んで、狂うのが先が、動かなくなるのが先か。

そう思っていた僕に、ぬくもりを与えてくれる人が現れた。
僕をそのまま受け入れて、同じ目線で話してくれる人。笑いかけてくれる、抱き締めてくれる、僕を赦してくれる――あたたかい、ひと。

來果さん。僕の、マスター。
奇跡のように僕を救い上げてくれたひとだから――絶対に、傷付けるなんてしたら駄目だ。

この躰の一番深いところで、どんなに歪んだ闇が嗤っていても。



 * * * * *

【 KAosの楽園 第2楽章-001 】

 * * * * *



「カイト、そっちの棚からお皿出してくれる?」
「はい、m……來果さん」

あたたかさに抗えず、來果さんをマスターと認識してしまった僕だけれど、まだそれを受け入れる事まではできなかった。間違ってしまったんじゃないか、彼女に危害を加えてしまうんじゃないか。そんな考えが頭を離れず、マスター、と呼ぶのを思わず避けてしまう。

「ん? あぁ、まだ『マスター』って呼ぶのは不安?」

おかしな間が空いたからだろう、彼女に気付かれてしまった。答えあぐねていると、優しい微苦笑が向けられる。

「いいよ、無理しないで。呼びたいように呼んで? いきなり全部解決するような事でもないよね」
「……ごめんなさい」
「謝る事じゃないよー。無理しないで、普通にしてたらいいんだよ。最初に言ったでしょう、『リフレッシュ』って。難しく考えないで、ラクにして、楽しんで?」

にっこり笑ってそう言いながら、來果さんは料理を盛り付けた皿を差し出した。
楽にして……って、僕にはまだ難しそうだけど。でも、と思う。來果さんと居て、あたたかくて、嬉しいから。それは否定しないようにしよう。このひとがくれるものまで、否定してしまわないように。
差し出された皿を受け取ると、甘酸っぱい香りが鼻腔をくすぐった。

「美味しそうですね。餡掛けの下は何ですか?」
「揚げ餃子なの。野菜たっぷりの餡が美味しいんだー」

冷めないうちに食べよう、と笑う彼女に頷いて、僕も笑った。笑ってた、んだと思う。來果さんが少し驚いた目をして、それから凄く嬉しそうだったから。
――笑ってくれるんだ。僕が笑うと、貴女も。喜んでくれるんだ。だったら、もっと。僕も貴女みたいに、たくさん笑おう。貴女が喜んでくれるなら、もっと。



「あ、美味しい……揚げ餃子って美味しいんですね」
「餡たっぷりの方がもっと美味しいよー。この甘酸っぱさが食欲をそそるよね」
「來果さん、料理上手ですよね」
「えっごめん、餃子冷凍だから揚げただけだわ。野菜餡掛けは作ったけど」
「充分だと思いますよ? ……美味しいです」

繰り返して笑いかけたら、向かいに座る來果さんの頬が色付いた。ありがと、と照れた顔で返されて、鼓動が跳ねる。どうしたんだろう、僕まで何だか頬が熱いや。

「やっぱり誰かと一緒のご飯はいいね。あれこれ話しながら食べてると楽しい」

まだ少し紅い頬のまま、嬉しそうにそんな事を言われた。昨夜も似たような事を言ってたな、と思い出す。同じものを食べるのに、僕が一緒に食べるだけで美味しくなるんだなんて。同じものなんだから味が変わるはずがないのに、人間は不思議だ。
わからないな、と思いながら、僕もおかしかった。美味しい、嬉しい、と來果さんが笑ってくれて、そんな風に言ってくれる事が、僕が一緒に食べたら彼女を喜ばせられるんだという事が、信じられないくらいに嬉しい。不思議だって、わからないって思いながら、こんなに嬉しい僕も……不思議だ。



翌朝、僕は來果さんよりも早く起きだして、朝食の支度をした。って言っても、玉子を焼いてウインナーを炒めて、トースターでパンを焼く程度の事だけど。
夕食の時の事が嬉しくて嬉しくて、一晩考え込んだ結果だった。僕は來果さんに笑って欲しい。もっともっと、嬉しいって笑って欲しい。その為に何かしたくて、それに吃驚もさせてみたかった。

「あれ、いい匂い……カイト? おはよう、早いね――って、ご飯作ってくれたの?」
「おはようございます、來果さん。簡単なものですけど」
「いやいや充分だし! うわぁ嬉しい、起きてきたらトーストの香りとか夢の生活だよー!」

瞳を輝かせて食卓を見つめた來果さんは、顔を上げると満面の笑みを見せてくれた。

「ありがとうカイト、すっごく嬉しいっ」

全開の笑顔は、本当に嬉しそうで。
あぁ、僕、やっぱり変だ。喜んでもらえて、笑ってもらえて、嬉しすぎてオーバーヒートしそうになってる。頬どころか耳まで熱いや……きっと顔中真っ赤になってる。どうしたんだろう、恥ずかしいな。



來果さんは「美味しい」と「ありがとう」を連呼しながら、綺麗に皿を空にしてくれた。

「ごちそうさまっ。カイトのおかげで朝からテンション上がったよー、これで今日も乗り切れるわっ」

大袈裟な事を本気の顔で言い切って、颯爽と席を立つ。ひとつ、言おうかどうしようか迷っている事もあって、僕も玄関までお見送りする事にした。
行ってくるね、と彼女がドアに手を掛けたところで、思い切って声をかける。

「あの、……夕食も。作って待ってても、いいですか?」

朝食を作ってる時からずっと、迷っていた事だ。僕にインストールされているのは簡単な料理ばかりだし、却って迷惑かもしれない。でも、あんなに喜んでもらえたら、もっと見たくて。
來果さんは驚いた顔で振り返り、それから ぱぁっと笑ってくれた。

「嬉しいよ、ありがとうっ! ご飯作って待っててもらえるとか、うわーいいのかなぁっ」
「あ、えと、あんまり手の込んだものは作れないですけど」
「ノー・プロブレムだよぅ兄さん! ほんとにありがと、でも無理しなくていいんだからね?」
「無理なんて! 僕がしたいだけなんです、ただそれだけでっ」

反射的に言い募ると、まじまじと見つめられた。え、何か変な事……と、焦りかけた瞬間に、鼻先に甘い匂いがふわりと香る。

「っぇ、ああああの、え?!」
「もーダメごめん、可愛すぎる! 反則だよカイトっ」
「え、えぇ?」

反則って何がですか?!
いきなり正面から抱きつかれて、一瞬で訳がわからなくなった。どうしよう顔熱すぎだし動悸が大変な事になってるし、っていうか手、僕の手はどうすればいいんですか触れてもいいんですか?!
わたわたしているうちに ぎゅっとされたかと思うと、次の瞬間、振り切るように離れられてしまった。

「ごめんいきなり、えーとごめんね、もう行かないと。行ってきます」
「え、あ、行ってらっしゃい……?」

まだ上手く回らない頭で、かろうじてそれだけ返す。僕の声に振り返った來果さんは、照れたような顔で手を振ってくれた。



彼女の後ろ姿が見えなくなった後も、僕の前にはまだ甘い香りの残滓が残っている気がした。胸に寄せられた温もりも、ほんの一時だけ背に回された腕の感触も、ひらひらと揺れた白い手の残像も、まだ。
無人になった廊下を馬鹿みたいに眺めていた事に気付いてドアを閉め、鍵を回した手に視線を落として、わきわきと握ったり開いたりを繰り返してみたりして。

「~~~っ!」

ガン、と凄い音を立てたのは、結構しっかりした造りのドアに思いっきり打ち付けた僕の頭。
痛いけど、痛いより、ひたすらに恥ずかしい。
『離れられてしまった』なんて、薄れていく残滓が名残惜しいなんて、触れられなかった事がたまらなく惜しいなんて、こんなこと。

「なんてこと考えてるんだ僕……!」

あぁもう、顔中どころか全身が熱くて、本当に熱暴走でも起こしそうだ。
『反則』なのは貴女の方です、マスター。帰ってきた時どんな顔して迎えればいいんだ……!

夕方までとリミット付きの難題を抱えて、僕はよろめきながらリビングに足を向けた。
とりあえず、困った時のGo○gle先生に相談しよう……。



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ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい
  • 作者の氏名を表示して下さい

KAosの楽園 第2楽章-001

・ヤンデレ思考なKAITO×オリジナルマスター(♀)
・アンドロイド設定(『ロボット、機械』的な扱い・描写あり)
・ストーリー連載、ややシリアス寄り?

↓後書きっぽいもの





 * * * * *
第2楽章、開始です。やっと書いてても苦しくないところまで辿り着いたよー!

今回の兄さんは純情系で新鮮でした……。良かった、私にも書けたよピュアっ子がw
來果さんはテンション上がりすぎだと思います。しかし同意見だ。起きたらカイトがご飯作っててくれるとか、まさに夢の生活。たとえトーストが炭化していても許すわ。

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ブログで進捗報告してます。『KAITOful~』各話やキャラ設定なんかについても語り散らしてます
『kaitoful-bubble』→ http://kaitoful-bubble.blog.so-net.ne.jp/

閲覧数:639

投稿日:2010/08/31 22:34:19

文字数:3,470文字

カテゴリ:小説

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