また、今日も屋外での撮影。
じりじりと熱い…なら、氷でも持ってくるのだが、今回はそうも言っていられない状況だった。何せ、外は大雨。シーンとしては、雨の中傘もささずに幼いころに離れ離れになった恋人が、再開して強く抱きしめあう、と言うものだ。…しかしこの雨の中では、二人ともかぜを引いてしまう。主要な二人が風邪を引いてしまったらドラマは続かないのだから、もっと上から水をシャワーみたいにかけるとか、そんなことをするのが普通なのだが…。
寒いので、とりあえず防寒着。
「…ココアかなんか買っておいて」
「はいはい。甘酒なら今、あるけど」
「ヤダ。甘酒飲むと、胸の辺りが気持ち悪くなるんだよね」
「…はいはい。ココアね」
そう言ってカイトは自分の財布の中を覗いている。
向こうからスタッフの声が飛んでくる。
「鏡音さん、すみませーん」
立ち上がり、声のするほうにいくと、同じタイミングでリンも走ってきた。
もしかしてリンのほうを呼んだのか、少し恥ずかしいことをしたかな、と思ってレンガスピードを緩めると、リンも同じことを思ったのか、やはりスピードを緩めてきた。スタッフが二人を見て何か説明を始める。
「あの」
二人が同時にいう
「はい」
スタッフがきょとんとした様子で言った。
「鏡音って俺ですか」
「私ですか?」
「二人ともです」
「二人で人パックみたいな扱い、やめてください」
しかしながらこうまで二人とも似ていると、二人で人パックになってしまっても仕方がないような気がした。
とりあえず二人がスタッフからの説明を受けて台本に書き足してみたり修正ペンで元の字を消したりしている。すぐに理解する辺り、レンはキャリアが違うのかもしれない。
たまにスタッフに質問したり聞き返したりするリンを、隣りからレンがサポートするような風で、本当に二人は双子のようだった。
「レン、『カノジョ募集中』になってるよ」
「はぁ?」
わけがわからないと言う様子のレンに、リンが近づいてきて、レンのダウンの裏返ってしまったフードを綺麗に直した。
「…帽子?」
「こうなってるとね、カノジョ募集中なの」
「そう言ってるお前もなってるんですけど」
「えっ?あれ、本当だ。あはは、レン、直してぇ」
「えー…。仕方ねぇな」
渋々なおしてやると、リンは嬉しそうに笑った。
「ありがとっ」
「うーん、結構頑張ったから、料金八億円」
「払えないよー」
「ならただ働き!仕事して払え」
「ひっどぉい!」
そうこうしているうちに、撮影の準備はどんどん整っていって、またスタッフが二人を呼びにきた。二人が台本の通りに歩道橋の端に立ち、それぞれカメラがつく。ダウンを着ていたのに、衣装の制服に着替えさせられ、雨ですでにびしょ濡れになってしまっている。
少々過激なシーンも後々待っているが、今のところは平和的なシーンとなっている。
二人は同じ学校に通う生徒で、幼馴染であるという設定。
「『まったく、雨が降るなんて聞いてないぞ』」
場慣れしているのか、レンの演技は申し分ない。
「『もう!傘くらい、持ってくればよかった』」
しかし、慣れてしないリンの台詞は少しばかりぎこちない。そのことで、何度かNGを出すことになってしまった。
二人は同時に歩道橋を上り、リンの方がレンに気がつく。
「『あれ…?』」
「『ん?だれだ、お前?』」
「『ケイちゃんだよね』」
「『まさか…アミ?』」
ちなみに二人の役の名前は、レンが『織田圭一』、リンが『松代亜美』と言うことになっていて、松代は織田のことを『ケイちゃん』と呼ぶ設定らしい。
二人はそこから記憶の糸を手繰り寄せ、走りよって手を取り合い、それから強く抱きしめあいながら、お互いの名を呟く。
「『ケイちゃん』」
「『アミ』」
後、五分ほどはこの名前を呟くので、抱き合っていなければならない。
途中、リンが思い切りくしゃみの前兆を見せた。
「は、は…」
どうやらスタッフにはばれていないらしい。レンは仕方なくアドリブで制服のポケットから取り出したハンカチでリンの顔を拭くように、さりげなくリンの鼻をつまんだ。
「ぶしっ」
小さな声であったが、マイクを通すと案外小さな音まで拾えるものである。安心はできない。
「はい、カットー」
ばれなかったか、ただそれだけが心配なレンは、恨めしそうにリンをにらみつけてやった。何故レンが苛々しているのか、理由をわかっているリンは苦笑いしてレンをなだめようとした。…無駄だったが。
しかし、ばれていなかったらしく、カイトがココアを持ってきて、レンにそっと渡してやった。スタッフからも何のお咎めもない。安心して傘を差そうとするレンを呼び止めこそしないものの、メイコがレンに聞こえるようにいった。
「…いいアドリブだったわね。ミスを防いで、不自然じゃなかったわ」
「はは…」
ばれていたのか、と思いながらレンがその場を後にする。スタッフからビニール傘を借りると、広げて歩道橋に寄りかかって辺りを見回す。撮影のために徐行されてはいたが、数メートル先では大型トラックやら軽自動車やらが何事もないかのように走行している。
何かあったとき、ここはすぐさま事故現場になりかねない。あまり大掛かりなドラマではないため、設備もそう整っているわけではなく、こういうことが見られるのも少ないことではないが、こんな恋愛ドラマは初めてなので、どうも言いようがない。
ふと、レンはココアが冷めてしまっていることに気がついた。
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