第十五部 夜伽話
「なんで僕の寝間着着せてるの?」
サリーにしっかりと世話を頼んだはずで、しかし会議を終えて部屋に戻った時なぜかアズリはレンの寝室で寝ていて、そして科白通りレンの寝間着を着ていた。
「女性の家具の中覗く趣味はありません」
レンのクローゼットを漁る趣味はあるのだろうか。悪戯心たっぷりに言われ、最近からかわれっぱなしの事も相まって、彼女には少し後悔してもらうことにした。
「それは大変だったね。彼女の介抱はもういいから、貴女は総務大臣の所に行って書類を受け取って来て。相当に量が多いから、腕を痛めないように五往復位はした方がいいかもね」
天使の微笑みと共に過酷な肉体労働を指示してやると、憐れな女中の意地悪い笑みが引き攣った。
無理もないだろう。犬猿の仲という評判維持のためにも、レンとディーの私室は王宮の端と端と言ってもいいくらい離れている。さすがに階は一つしか違わないが、王宮の周りを一周するには四十分はかかるくらいだ。それを両手一杯に書類を抱えて五往復となると、かなりの重労働になる。
因みに部屋につく前は、セルを手伝いとして行かせようと思っていたのだが、その仏心は彼女本人の態度によって綺麗さっぱり消え失せた。
「レンさん、それはあんまりじゃないですか?」
涙目で抗議されたが、聞こえないふりをして寝室の扉を閉じた。会議の前に飲ませた薬に少量の睡眠薬を混ぜたのが良かったのか、ぐっすり眠っているようだった。
額に手を置くと、前に確かめた時とは違って熱く感じない。急いで調合した薬だが、しっかりと効果を表したと言うことだろう。
ベッドの傍らに椅子を持ってきて、黄緑色の少女の安らかな寝顔を眺めていると、激動だった今日の疲労が抜けていく気がした。
『襲うなよ』
想い人の頬に触れると、図らずも親友の警告が頭の中で響いた。
「二カ月、か。僕も十分我慢したと思うんだけどね」
ぽそりと呟くが、もちろんそれに答える者は誰もいない――
ばくっ
「痛っ!」
戯れに唇を指でなぞっていると、アズリがその指に喰いついた。痛みというよりも驚いて叫んでしまったのだが、黄緑色の少女が起きる気配は無い。指にくっきり残った歯型を見て、苦笑いが漏れた。
「夢の中で、僕の指は可食物なのかな」
大いなる不満を吐き捨てたが、当のアズリはもごもごと口を動かして幸せそうに寝返った。その姿を見ているとすぐにどうでも良くなり、丁度サリーが一回分の書類を運んできた音が聞こえたので、立ち上がって部屋を出た。
「ご苦労様」
涼しげに労いの言葉をかけると、恨めし気に睨まれる。さすがに一人の女性にさせることではなかったと反省し、胸ポケットからメモと筆記用具を取り出して一筆した。
「そんな目で見ないでよ。これでセルも使ってくれていいから」
「あんまりです。腕が馬鹿になったらどうしてくれるんですか」
ぶつぶつ言いながらも、ほっとしたように差し出された紙片を受け取り、亜麻色の女中は再び退出していった。
「イルとの夕食には間に合いそうにないかな」
現在時刻は午後五時過ぎ。定められた夕食の時間まで二時間も無い上、目の前にある書類の山はまだまだ増えるのだろう。そう考えるとアズリを叩き起こして手伝わせたくなったが、今彼女を覚醒させれば彼女は一晩中空腹と格闘する羽目になる。
飲食こそ至上の幸福としているアズリに、その仕打ちはさすがにあんまりだった。睡眠薬を連続で使用するのは身体に負担をかける。あの一回で、可能な限り長時間意識を奪っておくにこした事は無い。
アズリの泣き顔もレンは好きだが、飢えた黄緑色の少女は拷問している相手より尚憐れで、こちらまで切なくなってくる。
まあ、この仕事ももとはと言えば自業自得だ。己一人でこなすのが筋というものだろう。仕事に取り掛かろうとしたが、どうにも寝室の様子が気になって集中できない。
結局、後でサリーにからかわれると分かっていながら、寝室の扉を開け放して広間で仕事始めた。
「あれ? レンさんが寝室開けたままにしておくなんて、珍しいですねえ。普段は広間に居らっしゃるときでも施錠していますのに」
重労働を命じたお返しと言わんばかりに、やっぱり嫌味が飛んできた。荷物運びで特別に入室を許可されているセルは、メイドの主に対するあるまじき発言に硬直した。
もしこのサリーが革命以前からの付き合いで、最愛の妹の恩人であり信用のおける数少ない人物でなければ、遠の昔に頸にしている。
「これで書類が全部なわけ無いでしょう。早く残りも持ってきてください」
揶揄を完全に無視して書類から目を離さずに返すと、相手も多少は職責というものを思い出したらしく、何も言わずにセルを伴ってディーの元へと去って行った。
どれくらい時間が過ぎただろうか。
後十数分でイルに誘われていた晩餐に向かうかと思っていると、広間から今にも泣きそうな顔をしたアズリが出てきた。片方の手で目を擦りもう片方は腹部に当てられて、直立もできないように腰を折り曲げている。
「おはよう。気分はどう?」
一瞬体調が悪いのかと思ったが、恐らくは単純に空腹なだけなのだろう。
「おはようございます。お腹減りました」
挨拶したのは僥倖だが、すぐその後には食物の催促が来た。
「明日の朝まで何も食べない方がいいよ」
「無理です。死にます」
コンマ一秒も空けずに拒否された。意地悪で言っているわけではないのだが、アズリも冗談で言っているわけではないのだろう。目が完全に肉食獣の色で、何か寄越さなきゃレンを喰うと、無言のまま圧力を放っている。
悩んだが、立って歩けるようだし薬が効いたなら恐らく大丈夫だろう。そしてそれ以上にこのまま何も食べさせなければ、本当に暴れ出しそうだった。
「病人食を、少しだけだよ?」
許可を出してやると、黄緑色の少女はレンに飛びついて来た。
「ありがとうございます!」
何処にそんな力が残っていたのか、痛いくらいにしがみ付かれる。
「サリー? 悪いんだけど、消化にいいもの何か作って来てくれない?」
前室に待機しているメイドに声をかけると、わざわざ広間の扉を開けてお辞儀された。
「かしこまりました、宰相閣下」
慇懃無礼とはまさにこの事だ。しかし寝間着姿の想い人にしっかりと抱き付かれていて、アズリとは違う意味で少々飢えているレンに言い返すことは不可能だった。
「お腹減りました。死にます」
食事が運ばれてくるまでの時間も苦痛らしく、泣きそうな声で縋りつかれる。接触嗜好がいくら強くても、なんだかんだでアズリは礼儀正しいお嬢様だ。普段の彼女ならこの格好でレンの前に居て、ましてや身体を密着させる事は無いだろう。
「はいはい、すぐにサリーが持ってきてくれるから、待っててね」
頭を撫でてやるが、心中はそれほど穏やかではなかった。当然のことながらレンの寝間着はアズリには大きく、その分首元というか胸元が開いていて、とにかくこの状態でこの体制は色々な面で不都合だった。
一応やんわりと離れようとしてはいるのだが、アズリはその意図をさっぱり汲み取ってくれない。
「夢、すっごく怖いの見たんですよ。たくさん目の前に美味しいものがあるのに、食べても一切味がしないんですよ!」
これ以上の地獄は無い。とものすごく真剣に訴えられるが、レンもこの生殺しは辛い。
「そう? 僕の指に喰いついて、幸せそうに見えたけど?」
言いながら指の歯型を示すと、アズリは嘆きを停止して固まった。だけに留まらず、それが彼女の冷静さも取り戻させたらしい。
格好、そして今まで自分が寝ていた場所を順に見つめ、目をぱちくりさせること数秒、声にならない悲鳴を上げて黄緑色の少女は自室に去って行った。ほっと溜息をつきつつ、多少加熱した頭に手をやった。
数分の後、彼女はすぐに着替えて出てきた。そして丁度良いタイミングで、食事も運ばれてきた。
「お食事お持ちしました」
含みのある目でレンを見ながら、殊更ゆっくりとトレーごとテーブルの上に置く。
「ほら、せっかくだから冷めないうちに食べたら?」
視線だけで退出を促すと、口惜しそうにサリーは再び前室に戻って行った。アズリは無意識下の傷害について申し開きしたそうだったが、朝食以来の摂食を優先させる事を決めたらしい。
「頂きます」
彼女が普段の半分以下の病人食を平らげるまで、五分とかからなかった。食器をひとまず横にずらしてから、アズリはレンに改めて向き直った。
「本当に、ご迷惑をおかけしてしまって申し訳ありませんでした」
どうやら胃袋に食物を入れて人心地ついた所で、今朝の行動を思い出したらしい。
「今朝毒を食べた事なら、僕にも落ち度があるからね。元気になってくれたからそれでいいよ」
黙っていることについて、特に意味は無かったのだ。強いて言うなら、捨てられていく菓子を見つめる、アズリの切なそうな顔が可愛かったという少々下らない理由もあるが。
「あの、ベッドを使ってしまって」
「嫌なら、君の部屋か広間のソファに運んでるよ。謝る事じゃない」
そもそも部屋に連れて行って吐かせたのは、他ならぬレンだ。
「指、噛んでしまって、すいません」
恥ずかしいのか申し訳ないのか、後悔ここに極まると言った具合に謝罪を重ねられた。
「ああ、それは君の本能が僕に襲われる事を察知して、撃退しようとしたんじゃない?」
本気とも冗談ともとれるように笑うと、アズリの顔面が綺麗に茹であがった。
「え?」
腕を引っ張って引き寄せて頬に手を当てると、小さな身体はびくっと硬直した。
もちろん、いくらなんでも病み上がりの相手に手を出す気は無かったので、指の仕返しはこれくらいにしとこうと額に唇を押し当てた。
「へ?」
そのまま解放してやると、アズリに混乱の目を向けられた。
「今夜はもう何も食べないこと。今は辛うじて満腹感があるだろうから、その内に寝た方がいい」
「は、はい」
顎で促すと、黄緑色の少女は額に手を当てて素直に頷き、奇妙な駆け足で去って行った。
懐中時計を取り出すと、時刻は午後七時過ぎ。まだ仕事は残っているので、晩餐には欠席するしかないだろう。基本的に人付き合いは面倒なので、どこか安堵しつつ前室に声を張り上げた。
「サリー、二度手間で済まないけど、僕の夕食持ってきて」
「かしこまりました」
夕食を済ませて仕事を終わらせて、ようやく私室に戻った。普段と違って乱れたベッドを見ると、どうにも落ち着かなかった。
今夜、ここでは眠れそうにない。
いつだったか同じような葛藤をした気がするが、とにかくここで一晩を過ごすのは無理だ。場所を移したいのだが、この地上にレンが安眠できる部屋は非常に限られている。
「イルの部屋、今夜は空くかな?」
お楽しみなら、必要な寝台は二人で一つだ。イルがセシリアの部屋で、レンがイルの部屋で寝ればいいはずだ。
さっきまでアズリがレンの寝室で寝ていたのは事実だから、嘘をつくことにもならないだろう。まがいではあるものの。
寝間着を手に、親友の寝室に向かった。
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