ミクは拭いた皿を丁寧に揃えると、僅かに口角を上げた。台所ではメイコが鼻歌混じりに料理の腕を振るい、カイトは別室で準備中、リンとレンとルカは買い出しに出向いている。
彼女は現在、隣家で待機中だろうし、その兄がしっかり家に引き留めておくと言っていたから、万が一でもここに来る事は無いだろう。
準備は着々。陽気は上々。
そう思った矢先だった。
最も現れて欲しくない人物が、我が家に転がり込んで来たのは。
~Commoon special Day's~
「がくぽさんとケンカしたぁ?」
「……うん」
蚊の無くような声で返事を返し、ソファーに座る黄緑色の髪の少女は抱きしめたクッションに顔を埋める。ミクは顔を伏せたグミの隣に腰を下ろし、彼女には気づかれないようにそっと溜息を溢した。
「何でまた…」
「だってさ!」
がばっ、と唐突かつ勢い良く顔を上げると、グミは機関銃の如く喋り出した。
「ボク、今日は仕事が無いからお手伝いでもしようと思ったのに、お兄ちゃんが何もさせてくれないんだ! 『お兄ちゃんがやるから、グミは座って遊んでろ』って言って!」
「あ…あはは…」
がくぽがそのような行為をするのに心当たりがありすぎるミクは、只乾いた笑いを溢すしかなかった。
「極めつけに、退屈だからお兄ちゃんの部屋でも掃除しようとしたら、どこからかすっごい速さで飛んできて扉に背中を張り付けて『入るな! グミはこの中に絶対に入るな!』って言ったんだよ!?」
「あちゃあ…」
やっちゃったねがくぽさん、と思った言葉はまだグミには伝わってはいけないものなので、ぐっと飲み込む。その間にも、グミのトークは続いていた。
「だからボクもぷっつんときて、『何でボクに何もやらせてくれないの!? お兄ちゃんはボクを避けてるの!?』って聞いたら、お兄ちゃんは口ごもっただけで何も言い返してこなかったんだ! だから…」
「『お兄ちゃんなんか大っキライ!!』って言っちゃったのね?」
「……うん」
ぼすっ、とクッションに黄緑の頭が再び沈む。
さて、どうしたものか。
「ミクちゃん…ボク、お兄ちゃんに嫌われちゃったのかなぁ…?」
くぐもった声で、ぽつりと呟くグミ。その肩は小刻みに震え、髪の間から覗く耳は真っ赤になっていた。
「いや、そんな事は…」
無いよ、と続けようとした言葉は、突然割り込んで来た第三者の声に呆気無く掻き消されてしまった。
「アレ? 何でグミちゃんが家に?」
マズイッ…!
とミクは直感的にそう思った。カイトがこの後続けるであろう台詞を、容易に予想できたからだ。だが、ミクの焦りなど知る由もないカイトは、躊躇う事無く口を開いた。
「がっくんはどうしたの? 今日はグミちゃ…」
その台詞は、最後まで言う事は出来なかった。ブォン、と弾丸の如く飛んできた酒瓶がカイトの直ぐ隣の壁にぶつかり奏でた、ガシャアアンという破壊音に打ち消された為だ。
「……」
「カイト、用が済んだなら買い出しに行ってきて」
ギギギ、と首を声の発信源の方向に動かしたカイトに、普段と寸分違わぬ笑顔で、にこりと微笑むメイコ。その顔に影が射し、手に包丁が握られていなければ、その笑顔はとても愛らしかっただろう。
「でも…買い出しはルカちゃん達が…」
「“茄子”を買い忘れたのに今気づいたの。さっさと行ってきて」
目線はカイトに向けたまま、メイコは、くいっと顎でグミを指した。
「……ああ!」
その意図に漸く気づいたカイトは、「いってきます!」と言い残し、どたどたと廊下を走り去っていった。
何とか秘密を死守出来たはいいが、床には酒瓶の破片達が四方八方に散らばり、グミは恐怖からか顔をひきつらせてしまっている。
どうしよう、この空気。
ミクは、この居たたまれない空気を打破する為の言葉を絞り出そうと脳をフル活用するが、残念な事にその条件に引っかかる言葉はミクの辞書には無かった。
その時、
「グミちゃん」
この空気を生み出した張本人であるメイコが、ゆったりとした足取りでソファーに歩み寄ってきた。因みに包丁はまな板の上に置いたようだ。メイコはグミの目の前まで来ると、すっと膝を折り、その白い指を黄緑の髪にそっと差し込んだ。
「ここにあなたを嫌ってる子なんかいないわ。皆あなたが大好きよ。あたしもカイトも、ミク、リン、レン、ルカ、そしてがくぽもね」
「……お兄ちゃんは…違うよ」
そう言ってグミは唇を尖らせ、ぷいっと顔を背ける。意固地なグミにメイコは苦笑いを溢すと、ぐずる子供をあやすように、くしゃくしゃとその頭を撫でた。
「ちゃんと話し合ってみなさい。もしかしたら勘違いかもしれないでしょ?」
「でも…」
猶も渋るグミ。そんな彼女の耳元で、メイコは優しく囁くようにこう続けた。
「嘘、ついたままでいいの?」
「!」
本当は、“逆”なんでしょ?
ミクにもしっかり届いたその言の葉。それは、グミの背中を押すには十分だった。
「……ボク、お兄ちゃんに謝ってくる」
握り締めていたクッションを丁寧にソファーに戻すと、グミは部屋を飛び出した。
「お邪魔しま~す」
がらがらと引き戸を開け、カイトは隣家の玄関に進入した。靴を脱ぎ、ちゃんと隅っこに揃えて置くと、遠慮なくずんずん廊下を進んでいく。
「お~い、がっく~ん?」
名を呼ぶも、返ってくるのは反響した自分の声だけ。いつもなら直ぐに出迎えてくれる筈だが、どうにも様子がおかしい。不思議に思い首を傾けるが、ここでくすぶっていても埒が明かないので、カイトはがくぽの私室に向かう事にした。この角を曲がれば、がくぽの私室に続く廊下だ。
「うわあっ!?」
角を曲がり、開けた視界に真っ先に映ったのは、紫の彼では無くその彼が発するどす黒いオーラのようなものだった。
「が…がっくん…?」
カイトは壁の陰から首だけを突き出し、恐る恐る彼の名を呼ぶ。その声に気づいたのか、三角座りをして俯いていたがくぽの体がびくりと跳ね、その紫の頭がゆっくりと持ち上がった。
「カイト殿…か…?」
長い紫の髪に隠れて表情は伺えないが、どうやら返事をするくらいの余裕はあるらしい。カイトは、ほっと安堵の息を漏らすと、壁から身を離し、がくぽの傍まで歩み寄った。
「がっくん、どうしたの?」
「カイト殿、我はもう…腹を切るしかないだろうか…?」
「いやいやいや! いきなり何言ってんの!?」
前言撤回。全然余裕なんて無さそうです。と言うか目が死んでます。
と様々なツッコミがカイトの頭の中を飛び回る。が、カイトは早々にツッコむ事を諦めた。今のがくぽには、カイトのツッコミは通用しないだろうからだ。
「しかし、唯一の家族であるグミに嫌われてしまっては…」
「いや…多分、大丈夫だと思うよ?」
「しかし…」
そこで、がくぽは唐突に言葉を区切った。そうする事で必然的に静かになった廊下に、ドタドタと空気を揺らす音と地面を揺らす振動が伝わってきた。しかも、音と振動は段々大きくなってきている。
「な…何!?」
カイトがそう呟いた直後、二人の目の前に黄緑色の彼女が廊下を滑るように現れた。
「ぐ…グミっ…!?」
突然戻ってきた事にも驚いたが、それ以上にがくぽはグミの形相に驚き、思わず仰け反ってしまった。肩で息をしたグミは、眉間にぎゅうっと皺を寄せ、じっとがくぽを見据えている。
な、何を言われるのか、とがくぽが身構えた時だった。
ぽろり、と。
零れ落ちたのは、がくぽに対しての文句や暴言ではなく。
その大きな瞳に溜めこんだ、小さな雫だった。
「へっ? ぐ、グミ!?」
「ごめ、んなさいっ…」
ぽろぽろとその目から溢れる涙が、パタパタと床に落ちていく。
「ごめんなさい…お兄ちゃんの事、大っキライなんて言って…」
涙を流しながらも、グミはしゃっくりの合間に何とか謝罪の言葉を並べようとする。そんな健気な妹を見れば見る程、罪悪感ががくぽの胸に募っていった。
今日だけは、ずっと笑っていて欲しかったのに。
「グミ、もう泣かないでくれ…」
ふわり、と、震える小さな妹を自身の腕で優しく包む。胸の中で未だ嗚咽を漏らすグミの背中に手を置き、ぽんぽんと軽く叩いた。
「我が悪かった…あのような態度を取っては、誤解されるのも当然だ」
これでは、本末転倒だ。自分の不始末のせいで最愛の妹を泣かせてしまうなど、我ながら情けない。今すぐ腹を切りたくなる衝動を抑え、がくぽはゆっくりと視線を下ろした。
「じゃあ、何でお兄ちゃんはボクに何もさせてくれなかったの?」
「そ…それは…」
がくぽは言葉に詰まった。言わなければ誤解は解けないが、言ってしまえば…。
言うか否か、その二つの選択にがくぽが内心で頭を抱えた時だった。
「がくぽさん、もう準備オッケーですよ」
ひょいっ、と青緑のツインテールが何とも言い難い程の絶妙なタイミングで現れてくれた。心の中でミクに喝采を送りつつ、がくぽはグミから腕を離した。後はミクに任せよう。自分は早く部屋からアレを取ってこなければ。
「あれ、ミクちゃん…?」
何故、家に隣人が居るのか分からず、グミは首を捻った。
「グミちゃん、早くいこっ!」
「え?」
突然腕をぐいっと引っ張られ、半ば引きずられるような形でグミはその場を後にした。碌な説明も貰わないままミクに引っ張られ、先程お邪魔したミクの家に再び入ったグミを待っていたのは、
「「「「グミちゃん、お誕生日おめでとー!!」」」」
パァン、と火薬が弾ける音と同時に舞い上がった紙吹雪と、四人のボーカロイドの合唱だった。
「へ?」
頭に積もる紙屑を払う事も忘れ、グミは空のクラッカーを握る四人を呆然と見つめる。“HAPPY BIRTHDAY TO GUMI”と設営され、豪華な料理が机に並ぶ部屋で、グミだけが一人状況を飲み込めずにいた。
「グミちゃん早く! もうご飯出来てるよ!」
「グミが好きそうな人参料理もあるぜ」
「あたしが腕によりをかけて作ったから、味は保証するわよ」
「メイコさんから聞きましたよ、がくぽさん。貴方何してるんですか。準備が終わるまでグミちゃんを家に留めておくのが貴方の仕事でしょう」
腕組をしたルカが、少し怒気を含ませた声音でグミの背後に現れた人物に言い放つ。
「も…申し訳ない…」
遅れてカイトと共に現れたがくぽは、ルカの叱咤に体を小さくした。
「反省は後でいいですから、早くアレを渡したらどうです?」
アレ?と首を傾げるグミの前に、がくぽが一歩出る。
「グミ…その、さっきはすまなかった…これを見つけられる訳にはいかなかった故…」
もごもごと独り言のようにそう言うと、その背に隠していた白い箱をグミの目の前に晒す。そして、ゆっくりと蓋を開けた。
「誕生日おめでとう、グミ」
中に入っていたのは、オレンジ色のスポンジ生地に生クリームをかけ、その上に“HAPPY BIRTHDAY”とチョコで書かれたクッキーのプレートが乗っかった、小さなケーキだった。
「がくぽさんが、ケーキだけは自分で作りたいって言って、グミちゃんの為に一生懸命作ったんだよ」
「和菓子しか作った事が無いがっくんが?」
「だから毎日メイコ姉に教えてもらってたじゃん。リン、見てなかったの?」
「あ~見てた見てた! ルカちゃんが『字が汚い!』って怒ってたよね」
「それ、プレートの英語の話だろ…」
「まあ、がくぽには今までの講習代として、今日は潰れるまで付き合ってもらうからね」
「めーちゃん、飲み過ぎは良くないよ…」
「いいから早く食べようよ! リンもうお腹ぺこぺこ!」
我慢出来なくなったリンが、手短にあった料理を指で摘み、ひょいっと口に運んだ。そんなリンを「主役差し置いて勝手に食うな!」とレンが怒鳴り、その二人の後ろ姿に「二人共、全部食べちゃダメだよ」とカイトが声をかける。メイコは冷蔵庫から手始めにと酒瓶を五本ほど取り出し、ルカとがくぽはメイコと共に酒を呑み始めた。
普通の、平和な光景。
でも、今日だけはその中心に自分がいる事が、自分の為にみんなが尽くしてくれた事が、凄く嬉しくて。
「はい、グミちゃん」
ことり、と目の前に切り分けたケーキが乗った皿が差し出される。その手を目で辿ると、ミクと視線が合った。
「改めて、お誕生日おめでとう、グミちゃん。これからもよろしくね」
にこりと微笑むミクや皆の笑顔が自分に向けられている事が、とても温かくて。
口に含んだケーキはしっとりと甘く、涙が出そうなくらい美味しかった。
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みそ
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