第九章 陰謀 パート3
いい加減、限界だな。
国庫の残りを確認していたロックバード伯爵は、文官から手渡された帳簿を一読してからその様なことを考えた。アキテーヌ伯爵の処刑以降、空席となった内務大臣の業務は自然とロックバード伯爵が執り行うことになっていたのである。リン女王から明確な指示があった訳ではないが、他に頼りになる人物は黄の国には存在しなかった。それほどまでに黄の国の人材不足は深刻化しており、その原因としてリン女王による処刑の嵐があったことは否定できない。しかし、誰の目からも明らかなようにロックバード伯爵は軍略の天才ではあるものの、内政に関しては凡人程度の能力しか持ち合わせてはいない。緑の国との戦争が終結してから急激に悪化した黄の国の財務状況を好転させる程の力をロックバード伯爵は有しておらず、ただ日々減少してゆく黄の国の国庫の状況を確認しては頭を痛めていたのである。本来ならこの季節は秋の収穫による税収により国庫が一番潤う時期であるはずであった。今年は占領下に置いている旧緑の国からの税収もあり、今は亡きアキテーヌ伯爵が以前予測したよりも多くの税収が黄の国にもたらされたとはいえ、それでも不足している。そもそも緑の国は小国であり、大した追加要因にもならなかったこともあるが、それ以上に黄の国の農村経済が未だに立ち直っていないことがその最大の原因であった。昨年の飢饉により、食に困窮した農民は流民となり、各地へと旅立って行った。一部は黄の国の王宮を始めとした都市部へと流れ、一部は黄の国そのものを見限って青の国へと逃れて行ったのである。その為、黄の国の農業人口が激減した。結果生産性が大幅に悪化し、そして税収が例年の半分以下に低下したのである。何らかの手を打って農民達を農村へと戻す政策が必要ではあったが、その為のアイディアも、その為の資金も今の黄の国には不足している。農民への支援金でも支払えればいいのだが、とロックバード伯爵は考えたが、その為の財源はどこを見渡しても存在しない。ばら撒けばそれだけ黄の国の破綻の時期が近付くことになる。手詰まりだな、と判断したロックバード伯爵は凝り固まった肩を軽く叩いてから、諦めた様子で謁見室に向かって歩き出した。無駄とは分かっていても、リン女王に一言伝えなければならぬ、と考えたのである。
ロックバード伯爵がリン女王との会談を行ったのはそれから三十分ほどが経過した後のことであった。相変わらず無駄に豪奢な謁見室の中央で頭を垂れたロックバード伯爵は、煩わしそうに謁見室へと現れ、そして玉座へと腰を落としたリン女王の姿を見て、無意識に零れそうになった溜息を寸前のところで飲み込んだ。最近のリン女王はこうして臣下の目の前に現れることがめっきり少なくなった。国政自体に興味を無くしたのか、常に私室に籠っているという話を聞いている。もう黄の国は持たぬかもしれぬ、という絶望感を覚えたロックバード伯爵に向かって、リン女王が不機嫌という言葉そのままに、言葉を告げる。
「何の用?」
そもそも聞く耳はお持ちではないか、とロックバード伯爵は考えた。それでも、自らの立場上、今の黄の国の現状をお伝えしなければならぬ、と考えながらロックバード伯爵も口を開く。
「国庫の在庫が絶望的な状態となっております。」
「それで?」
玉座の肘掛にもたれかかる様にして着席しながら、リン女王はそう言った。
「このままでは、年内には国庫が尽きる計算となります。我々も倹約節制に最大限の努力をしておりますが、これにも限界がざいます。リン女王陛下に置かれましても、倹約にご協力頂きたくこうして参りました。」
ロックバード伯爵がそう告げた時、リン女王は眉をひそめた。さて、どうなるか、とロックバード伯爵は考える。おそらくアキテーヌもこの様な言葉を放ち、そして処刑されたのだろう。儂も同じ運命をたどるだけかもしれぬが、と考えたロックバード伯爵に向かって、リン女王が冷めた声でこう告げた。
「なら、国庫を増やせばいいじゃない。」
「は・・?」
リン女王の言葉の意味を理解できず、ロックバード伯爵はその様に答えた。国庫を増やす手段は今のロックバード伯爵の脳内には存在しなかった。今年の徴税は既に終了しており、次は来年まで税収が期待できない状態なのである。しかし、リン女王が考えていたことは全く別の手段であった。
「増税でも、略奪でも、方法は任せるわ。とにかく、国庫が増えればいいから。」
リン女王は淡々とそう言った。その行為が卑劣な行動であるという自覚は全くない。そのことを理解したロックバード伯爵は呻くようにこう言った。
「民も、余裕はありません。」
「あたしに、逆らうの?」
怒りの琴線。その不穏な気配が謁見室を包む。どうすればいい、とロックバード伯爵は考えた。軍略の天才。その名声を持つロックバード伯爵はそして誰よりも騎士であった。騎士は弱者を助けなければならない。そして国王に絶対的な忠誠を誓わなければならない。その国王が弱者を虐げろと言う指示を出している。果たして、どちらを優先させるべきなのだろうか、とロックバード伯爵は考えた。そのロックバード伯爵に向かって、リン女王が更に言葉を続ける。
「あなたがやらないなら、他の人間にやらせるわ。」
結局、結果は同じか、とロックバード伯爵は考えた。儂が処刑された後に、誰かは分からない、アレクか、レンか、ガクポか、おそらくそのあたりの人間が略奪の指示を受けることになる。その三人が反発して処刑されれば、また別の者が略奪を行うことになる。或いは、余計な死刑囚が誕生することになる。ならば、儂が全ての責任を負うべきだろう、とロックバード伯爵は考えた。後世に不名誉な肩書を残すことになるだろうが、それも儂の運命だろう、と諦めたようにそう考察したロックバード伯爵はリン女王に向かって、しかしはっきりとこう告げた。
「ご指示、承りました。早速手配致します。」
その言葉に向かって、リン女王は満足したように微笑むと、こう言った。
「任せたわ。」
突然、妙な怒りに駆られて、アレクは木刀を力任せに振り下ろした。その剣を軽くかわしたガクポは、容赦のない一撃をアレクの腹に叩き込む。酷い痛覚がアレクを襲い、そしてアレクは地に膝を付けた。ここは黄の国の練兵場、メイコの除隊後に赤騎士団団長となったアレクと、近衛兵である傭兵ガクポはこの様に訓練をすることが最近の習慣となっていた。
「剣が乱れております。」
呆れたようにガクポはそう言った。アレクよりも少し年上のガクポではあったが、アレクに対しても丁寧な言葉遣いを忘れない。傭兵らしくない男だ、とアレクは考えながら口を開いた。
「どうも気合が入らない。」
その言葉にガクポは僅かな笑顔を見せた。理由は十分に分かっている。メイコがいなくなってからというもの、アレクは軍にいる目的がどうにも判別せずに悶々とした日々を過ごしていたのである。少年の頃はただ単に黄の国の為に尽くしたいと考えていたはずだが、いつの間にか軍にいる理由がメイコ隊長を守るという理由に変化していた。赤騎士団の隊長ともなれば黄の国の軍人にとっては相当な出世であるはずだったが、それに対する喜びも薄い。寧ろ、メイコがいないことに対する空虚感の方がはるかに上回っていたのである。痛む横腹をさすりながら立ちあがったアレクは、一つ溜息をついた。結局、俺が戦う目的は黄の国の為でも、リン女王の為でもなく、ただメイコ隊長の為だけだったな、と考えたのである。
そのアレクに対して、ガクポは無言で剣を構えた。あちらはもう一本所望しているらしい、とアレクは考えた。こんな心理状況でガクポに勝てる訳がないが、と自嘲するように鼻を鳴らしながらも、アレクもまた剣を構える。一人の兵士が練兵場へと駆けこんできたのはその時であった。
「アレク隊長、ガクポ様、ロックバード伯爵が至急の用件とのことです。」
その言葉に、アレクとガクポは顔を見合わせた。
「一体何事でしょうか。」
構えを解きながら、ガクポはアレクに向かってそう言った。
「分からない。ただ、行くしかないだろう。」
その様にガクポに返答しながら、アレクは隊長と呼ばれるのはまだ慣れないな、と思わず考えた。
アレクとガクポがロックバード伯爵の私室を訪れると、同じようにロックバード伯爵に呼ばれていたのか、レンの姿がそこにあった。正式には軍属ではないが、緑の国との戦争で一番の功績を上げたレンは実質将軍としての権力を与えられている。黄の国王立軍の実質のトップ4を一同に集めるとは、一体何が起こったのだろうか、とアレクは考えた。今度は青の国と戦争でも始めるつもりか、と眉をひそめたアレクに向かって、ロックバード伯爵が重々しく口を開いた。
「リン女王から指示があった。」
その言葉に、悲痛な表情をしたレンが頷く。先にロックバード伯爵の元を訪れていたレンにはその内容が既に伝えられているのだろう。その表情から良い指示ではないな、と判断したアレクは一つ唾を飲み込みながらロックバード伯爵の言葉を待った。
「破綻寸前の国庫を立て直す為に、特別徴収を行う。」
特別徴収。その言葉を耳にした瞬間に、アレクは視界が暗くなるような気分に陥った。言い繕っているが、要は略奪である。黄の国の財務状況が芳しくないということは当然アレクも認識してはいたが、だからと行って無垢な民から略奪を行っていいはずがない。第一、先日の緑の国の虐殺が原因で自身が敬愛するメイコ隊長は引退を決意したのではなかったのか。自身が略奪に手を染めれば、今は城下町で隠居生活を行っているメイコ隊長がどんな気持ちに陥るか、と考えてアレクは思わずこう述べた。
「弱者を虐げることは、騎士道に反します。」
その言葉に、ロックバード伯爵は寂しそうに頷いた。そして、こう告げる。
「勿論アレクの言うことは正しい。しかし、このまま国庫が破綻すればより多くの民が路頭に迷うことになる。民が安定した生活を送るには、黄の国が以前の様な強国に戻る必要があるのだ。その為に、一時的に外科手術が必要なのだ。」
「しかし・・!」
それはただの言い訳だ、とアレクは考えた。そのアレクの反論にかぶせるように、ロックバード伯爵は言葉を続ける。
「何より、リン女王の指示だ。我々は、国王に絶対的な忠誠を誓わなければならない。」
その言葉に、アレクは言葉を失う。国王が明らかに人道に違反した指示を出しているというのに、それに対して俺達は盲目的に従わなければならないのか?俺達はそんな程度の力しか持ち合わせていないのか。それはアレクにとって絶望であり、全ての理想が崩れ去った瞬間だった。そのアレクを無視するように、淡々とロックバード伯爵は各々に対する担当地区の指示を出していった。ロックバード伯爵は城下町北東地区、レンは南東地区、アレクは南西地区、そしてガクポは北西地区。それぞれの担当が決定すると、四人はそれぞれ気だるそうな表情をしたままでロックバード伯爵の私室から退出することになった。
一体、どうしてこんなことになったんだ。
アレクは一人、悔しさから思わず握りしめた拳を王宮の壁に叩きつけた。それに対する他の三人の反応は、一つも無かった。全員が、アレクと同じ心境であったのである。
ハルジオン47 【小説版 悪ノ娘・白ノ娘】
みのり「お待たせしました~!第四十七弾です!」
満「すまん、レイジは昨日昼間から飲んでいたんだ。」
みのり「ほえ!?」
満「友人に誘われて久しぶりに六大学野球を見に行っていた。ちなみに母校はRから始まるあの学校だ。」
みのり「満の通う立英大学はこの大学からとっているんだよね。」
満「・・一文字、変えただけなんだけどな。」
みのり「で、外野席でビール飲んで、試合が終わった後は真昼間から歌舞伎町で飲んでました☆」
満「典型的なぐうたら社会人だ。」
みのり「レイジさんからコメント来てるよ。『一度昼間から飲んでみたかったんだよ~!』」
満「そりゃ良かったな。」
みのり「まあまあ、満。GWだし♪」
満「そうだな。で、今回の話だが。」
みのり「日本の現政権に対する批判と、前職であった出来事を踏まえて書いてます。」
満「農村に対するばら撒き批判が一つ。もう一つ、これはワンマン企業に良くある出来事だけど、社長の間違った指示に従って倒産した企業のこと。これがレイジの前職の末路だ。」
みのり「痛烈な批判と反省だよね。」
満「だから、小説にしているんだけどな。」
みのり「ということで、次回投稿をお待ちください☆今日は予定がないのでどんどん投稿するつもりです!それでは!!」
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