第十一章 反乱 パート1

 「メイコはまだ見つからないの?」
 僅かに口調を強くしたルカがガクポにそう告げたのは、メイコを見失ってから二日後の日中であった。
 「はい。残っている兵力の半分を投入しての捜索を続けておりますが、未だ・・。」
 微かな疲労を見せたガクポは力なくそう言った。
 まずいわ。
 ルカはそう考えて、僅かに唇を噛んだ。
 今メイコに反乱を起こされたら、黄の国は持ちこたえられない。残っている兵士は三千しかいないのに。
 「とにかく、もう一度探しましょう。メイコの動きさえ分かれば反乱を止められるはずよ。」
 メイコ以外に反乱を主導できる人物はいない。たとえグミが反乱に参加しているとしても、メイコ以外の人間では市民達を扇動できないでしょうし。
 ルカはそう言うと、疲れた体を引きずるように立ち上がった。

 その翌日。
 黄の国と青の国の両軍はザルツブルク郊外にそれぞれの布陣を終えた。兵力は青の国三万に対して黄の国二万。地の利を考えればほぼ互角と評価して差し支えのない状態であった。
 「そうか。グミ殿とメイコ殿は準備を終えたか。」
 開戦の直前、妙な静けさに包まれたザルツブルグ平原の中央に陣取ったカイト王は、伝令兵からメイコ達の動向についての報告を受けて、薄い笑みを見せた。
 後は俺がロックバード伯爵を打ち破るだけだ。中と外で戦を招いた黄の国はすぐに滅亡するだろう。
 それで、ミクの仇が討てる。
 カイトはそう考え、僅かに瞳を伏せた。網膜にミクの笑顔を思い起こしたカイトは、意を決したように瞳を見開き、そして全軍に進軍命令を出した。
 「全軍前へ!敵は黄の国王国軍!」
 怒涛の様な軍勢が、前方に展開する黄の国の軍勢に向かって駆けだした。
 カイトは自ら先頭に立ち、愛馬の腹にくくりつけてある槍を手に取る。そのカイトに向かって、黄の国の軍勢が一斉に襲いかかって来た。声にならない奇声を耳に受けながら、カイトは槍を振るった。一息に数人の兵士を串刺しにしてゆく。
 「一気に突破するぞ!遠慮はするな!」
 カイトはそう叫び、更に馬を前に進めた。より密度の濃い兵士たちが飛び出してきたが、更に槍を繰り出して尽く血祭りに上げてゆく。
 大した腕の人間はいないな。
 槍を振るいながら、カイトはそのようなことを考えた。実際、メイコが率いていた黄の国の精鋭である赤騎士団は実質組織として破綻していたのである。黄の国一番の使い手であったメイコがいない以上、黄の国の軍勢は烏合の衆とほぼ変わりない軍隊にまで落ちていたのだ。それに対し、カイト率いる青の国は長年の訓練の成果を発揮する最大のチャンスを与えられたと言って良い。カイト自身はそこまでの腕前ではないにも関わらず、全ての兵士の実力が平均よりも優れていた為に組織戦において大きな打撃力を誇っていたのである。
 勝てる。
 優勢に戦を進める自軍の姿を見ながら、カイトはそう考えた。

 「メイコ殿、カイト王は本日ザルツブルグにて黄の国との戦闘を開始したそうです。」
 ザルツブルグの開戦から数時間後。一時的に地下アジトに逃れていたメイコに向かって、グミはやや興奮冷めやらぬ様子でそう告げた。
 「そう。じゃあ、決起は今日だね。」
 メイコはそう言って立ち上がった。そして、周囲を確認する。ザルツブルグの戦いを見越して準備をしたおかげで、既に百名程度の反乱軍が蜂起の準備を終えていた。
 ここから先は一人の女性ではなく、一人の剣士として戦う。
 祖国を救うために。
 メイコはそう考えると、仲間たちに向かってこう宣言した。
 「行くぞ!敵は女王リン!王宮に残った王国軍を蹴散らし、黄の国に自由を取り戻すのだ!」
 メイコはそう叫ぶと、愛剣をつかみ、地下アジトを飛び出して行った。その後ろに、反乱軍が続く。
 「当初の予定通り、市民達の決起を促せ!そして市民達と共に王宮に侵入!リン女王を捕えよ!」
 地上に飛び出したメイコは兵士たちにそう告げた。兵士達は口々に反乱を叫び、リン女王打倒を城下町に訴えてゆく。
 「市民達よ、暴政から立ち上がる時が来た!武器になるものを持って立ち上がれ!志ある者は剣士メイコに続け!」
 メイコはそう叫ぶと、王宮に向かって全速力で駆けだした。別のアジトに隠れていた兵士達もメイコに合流し、その数は一気に一千名にまで膨れ上がった。その様子を眺めていた市民たちは、一人、また一人と様々な武器代わりの物を持って参加してゆく。
 リンの暴政に対する怒りに駆られた市民達の数は、瞬く間に一万を超えた。
 
 反乱?
 その報告を、息を切らせた伝令兵から聞いたレンは、思わず足元の感覚が無くなるような気分に陥った。
 「兵力は?」
 呆然としている場合じゃない。今はロックバード伯爵も、黄の国の主力軍もいないんだ。
 「ふ、不明です!し、市民が多数参加しており・・王宮に迫っております!」
 「反乱軍の首謀者も分からないのですか?」
 レンは僅かに語気を強めてそう言った。
 「し、首謀者はメイコ殿でございます!」
 半ば自棄を起こしたように伝令兵はそう告げた。
 「メイコ殿が?」
 信じられない。
 レンは思わずそう思った。レンの剣術の師であり、代々黄の国の重鎮を排出してきた家柄であるメイコが反乱なんて。
 「それは、間違いないのですか?」
 「間違いございません!市民達は口々にメイコ殿の名を叫んでおります!」
 「分かりました。とにかく王宮には一歩も近寄らせないでください。僕はリン女王にご報告の後、すぐに加勢に向かいます。」
 「はっ!」
 レンにその様に答えた兵士は、大慌てという様子で王宮の城門へ向かって走り去って行った。
 急がなきゃ。
 レンはそう考えて、兵士達に背を向けると、リンの私室へと向けて駆けだして行った。

 「どうやら、恐れていた事態が発生してしまったようですね。」
 妙に冷静に、ガクポは向かい合って座っているルカに向けてそう言った。ほぼ同時刻に、ガクポの元にもメイコの反乱の急報が届いたのである。
 「ええ・・。私がなんとかするわ。」
 「貴女お一人で?」
 「黄の国を守るのは私の使命だもの。ガクポは逃げて。あなたを黄の国に引きこんだのは私の責任よ。これ以上付き合う必要はないわ。」
 「それは心外ですね。」
 「何を言っているの?あなたは傭兵でしょう。負けると分かっている戦よ。私たちを見捨てても何も言わないわ。」
 「そうもいきません。もう、私は黄の国に忠誠を誓っているのですから。」
 「ガクポ、あなた・・。」
 「私の主君はリン女王だけですよ。今までも、これからも。」
 ガクポはそう言うと、倭刀を片手に立ち上がった。
 「メイコ殿は私が倒します。ルカ殿はリン女王陛下の傍に。」
 「死ぬ気?」
 ルカが不安そうな目でガクポにそう訊ねると、ガクポは優しい笑顔でこう言った。
 「死にはしません。死んだら、リン女王にお仕えできなくなりますからね。」

 「リン様!反乱です!」
 僅かに息を乱したレンがリンの私室に駆けこんだ時、リンはいつもと同じように窓から城下町の様子を眺めているところであった。
 「分かっているわ。」
 レンに背を向けたまま、リンは震える声でそう言った。眼下には大音量で叫ぶ市民達の姿が映っていたのである。
 「くだらない・・首謀者は誰?」
 「メイコ殿でございます。」
 「メイコ・・父親に続いて、あなたもあたしに反逆するのね。」
 唇を噛みしめるようにリンはそう言うと、肩を震わせながらしばらくの間沈黙した。恐れているのか、と感じたレンが一言声をかけようとした時、リンは更にこう告げた。
 「レン、ガクポと協力して愚民どもを蹴散らしなさい。王宮には一歩も踏み入れさせないこと。そしてメイコの首を持ってきなさい。」
 恐れではなく、強い怒り。
 それを感じたレンは、僅かに緊張したままリンの私室を退出して行った。既に手には愛用のバスタードソードを掴んでいる。
 まさか、メイコ隊長と戦う時が来るなんて。
 レンがそう考えながら階下へと駆けている時である。見慣れた桃色の髪を持つ人物にレンは気が付いた。
 「ルカ様!」
 「レン、リン女王の様子はどう?」
 レンの姿に気が付いたルカは、レンに向かってそう訊ねた。
 「今のところ落ち着いていらっしゃいます。僕は今からメイコ殿を止めに向かいます。」
 「そう・・。死んではだめよ。」
 死ぬ。
 ルカからその単語を告げられた時に、レンはふと、自分はこの戦いで死ぬのだろうか、と考えた。
 それも仕方のないことなのかも知れない。
 だって、僕は既に多くの人を殺してきた。
 愛していた人ですら、自らの手に掛けた。
 無垢な市民から、略奪を働いた。
 十分に死罪に値する罪を、僕は犯してきた。
 だから、この戦いで死ぬことは仕方のないことなのかもしれない。
 でもその前に、二つだけやらなければならない。
 一つは、リンを守ること。
 もう一つは・・。
 「ルカ様。最後になるかも知れないので、一つだけお伺いしたいことがあります。」
 「最後なんて・・言わないで。」
 ルカはそう言うと、僅かに瞳を落とした。
 「できるだけ、最後にならないようにします。でも、これだけは聞いておきたいのです。」
 「何、レン。」
 ルカは優しい瞳でレンの目を見た。レンは一つ深呼吸をして、ルカに向かってこう言った。
 「僕の出生について、ご存知ですか?」
 この子・・気が付いている。
 その質問を受けた時、ルカは頭をハンマーで殴られたような衝撃を感じた。誰にも言っていないはずなのに。どうして、この子は気が付いたのだろう。
 「どうして、そんなことを聞くの?」
 「ミク様が死ぬ前に、僕に言ってくれたんです。金髪蒼眼は黄の国の王族の特徴だって。だから、もしかしたら・・。」
 レンがそう言った時、ルカは諦めたようにこう言った。
 「そうよ。あなたは王族。リン女王陛下の双子の兄にあたる人物よ。本来なら、レン皇太子殿下とお呼びしなければならない身分のお方なの。」
 「どうして、僕は召使に?」
 「あなたの右手の痣。それはあなたが生まれた時からついていたものなの。黄の国では生まれた時の痣は凶兆の兆しだという伝説は聞いたことがある?」
 「あります。」
 「だから、私は前王と協議して、あなたから王籍を外したの。ごめんなさい。勝手にあなたの人生を捻じ曲げて。」
 「そうだったのですね。」
 レンはその時、笑った。
 「どうして、笑うの。私を罵倒しても構わないのに・・。」
 「だって、嬉しかったから。」
 「嬉しい?」
 「僕はリンの兄。なら、妹を守るのは僕の使命でしょう。」
 「レン・・。」
 「行ってきます、ルカ様。勝って、もう一度黄の国を平和な国にして見せます。リンだって、心の奥ではそれを望んでいると思うから。」
 レンはそう言うと、呆然と見つめるルカに背中を向けて、階下へと駆けだして行った。
 ファーバルディ。あなたの子孫は、こんなにも立派に育っているわ。
 思わずこぼれた涙を拭うことも忘れて、ルカはレンの後ろ姿が消えるまで見つめ続けていた。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

悪ノ娘 小説版 (VOCALOID楽曲二次創作) 23

第二十三弾です。

閲覧数:555

投稿日:2010/01/11 22:37:13

文字数:4,620文字

カテゴリ:小説

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