・・・温かい。
2人きりの空間。暗闇で感じる肌の温もり。
ああ・・・私は今、キヨの温もりに包まれてる。こんな幸せは味わったことは無い。
「キヨ・・・」
「ん?」
「・・・好きだよ」
吐息混じりにそう言って唇を重ねる。
「ありがとう」
「それは私のセリフ」
終わらないで。この幸せな時間が永遠に止まっていて欲しい。
そう切に願った。
次の日、キヨは朝方早くに出て行った。
急に1人になった寂しさ、孤独を感じる。
帰り際に私達が写る写メを見ながら、本当に好きなんだなと改めて実感できた。
今日は休日。昨日今日と家族は仕事で家を空けている。
興奮が冷めず、何もする気が起きない。いや、興奮が無くても何もしなかっただろうが。
外の晴天のせいもあるのか、心地よい気分だ。何もせずとも時が過ぎるのが早い。ぼーっと窓から見える景色を眺める。
「・・・うっ!」
何だろう。この急に来た吐き気は。これまでに感じたことはない。苦しい。
とっさに洗面所に駆け込む。
「あっ・・・」
先程の晴れ晴れした晴天はやがて小雨になり、止まない興奮の中、16歳の私は体内に1つの生命が生まれた事を知った。
次の日、近くのドラッグストアへ。結果は言わずもがなだろう。
学校がどうとか、親がどうとか、不思議な事にそういう不安は一切無く、嬉しい気持ちが前へ出て来る。自分が愛した人との子。その事実が限り無く嬉しかった。
キヨにこの事をすぐ伝えたかったが、なんとなく直接伝えたかった。家に行っても良かったが、体に負担をかけたくなかった。次の日学校というのもあったからそこで伝えて驚かせたかった。その時の情景が目に浮かび、つい笑みが零れる。そして「その日」は来た。
月曜日。登校の日だ。いつもは憂鬱になる響きだ。足取りは軽く、気分も晴れている。周期的に吐き気を催すが、これを悪阻と言うのだろうか。何せ今まで興味が無いと言うか子を孕むとは思わなかったし、初めての経験だし。
学校に着き、席につく。キヨはいなかった。まあ、不安は無い。そのうち来る。その一点張りで。
「何かあったの?」
「何で?」
「誰が見てもわかる」
リンとレンとの笑いながらの会話も弾む。しかし・・・
「何・・・今日は来ないつもり?」
そう。今日はキヨがいなくなる日。だから欠席はしないはずだが。
そう思った矢先だった。担任が入れと手招きをしている。 人影が2つ見えた。1つはキヨだった。もう1つの影を見た瞬間、頭が真っ白になった。
「みんな・・・久しぶり」
それは制服では無く、腹が丸く膨れたルカがいた。
教室内がキヨが中退を発表した時以上にざわめく。それはそうだろう。最近姿を見せなかった人が、こんな変貌した姿で登場したら誰もが驚く。
私は言葉を失い、混乱が隠せない。これはリンも、流石のレンも同じ状況に陥っていたようだった。
そう、既に2人の間には子供がいた。あの大きさだと、相当前だろう。担任が長々と説明しているが、全く頭に入らない。2人が子供を産み、共に暮らしていくという決断をしたという事実が頭の中をぐるぐる回る。
「・・・私はどうしたらいいの?」
既に子を孕んでいる私はおろすしかないの?そんなの嫌・・・そんなの絶対許さない。ふっ・・・ふふ・・・許さない・・・ユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイ・・・
わなわな震え、壊れたような笑顔で呟いている私に、リンとレンは話し掛ける事は無かった。
教室内にいる人々が2人を囲み談笑している。その光景を睨み付けるように見ていたらルカが近づいて来た。
「ミク・・・2人きりで話がしたいんだけど、この後平気?」
「・・・裏切り者」
平然と話しかけてきたルカに、更に睨み付けて言った。
「・・・それも含めて話したいの」
私は黙って頷いた。
ルカは「あの場所で待ってる」と言って去っていった。
私もルカもまだ小さかった頃、よく廃ビルで男の子のように遊んでいた。今思えば、よくあんな今にも崩れそうなビルで遊んでいたなと思う。帰る前に廃ビルの屋上で落ちていく夕日を眺めるというのが習慣だった。多分ルカはその屋上で待ってる。その時かな?ああする事を決めたのは・・・
今日の授業も終わり、私は1人、あの廃ビルの前に立っている。屋上を見上げると予想通りルカが見下ろしていた。
幼い日に、私達はこうやって夕日を眺めていた。変わった事と言えば、高校生になったこと。そしてお互い同じ人の子を宿していること。
「懐かしい。この景色、変わらないね。」
そう語り掛けるルカは泣いていた。私は黙って近づいた。
「それで?話って?」
「・・・ごめんなさい。ミクを応援するって約束したのに・・・」
「・・・言いたい事はそれだけ?」
「・・・ミク?・・・っ!?」
驚くのも無理は無い。その時私の右手にはポケットから出したカッターナイフを持っていたから。
「泣いて謝れば許されるって思ってるんだ・・・」
「ミク・・・止めて」
私は笑みをこぼしながらルカに近付く。
「ホント調子良いよね。約束したのに簡単に裏切って、その上子供まで作ってさ。良いよね。幸せそうで。」
ルカは恐怖からか何も言えず後ずさる。私は更に近付く。キリキリと刃を出しながら。
「でもね、私も今幸せだよ。キヨの子供がお腹にいるんだよ。すごい幸せ・・・キヨと幸せになる人は2人もいらないよね?」
ルカを屋上の隅の手すりに追い詰めた。私も動きを止める。
「だからさ・・・」
「お願い・・・止めて!」
泣きながら私に懇願するが、当然聞く耳を持つはずが無い。そして・・・
「・・・消えて!」
カッターナイフを両手に構え、ルカに向けて突進した。ルカはとっさに背後の手すりに寄りかかった。
――――バキッ!――――
気付いた時にはルカは遥か下の地面に、体の原型がわからないぐらい無残な姿で、血の海を作りながら転がっていた。 私はその様子を冷めた目で見下ろしていた。
その時背後から音がした。とっさにカッターナイフを背後に隠す。
「ミク!ルカ!」
よほど慌ててきたのだろう。激しく息を荒げたキヨがいた。
何故ここにキヨがいるのかわからなかったが、ちょうどいい機会だからいろいろ聞いてみようと思った。
「キヨ。どうしたの?」
「ミク、ルカは何処だ?」
聞く前にわかってしまった。私とルカ、どっちを愛してるのか聞きたかったのに。そっか・・・キヨはルカを取るんだね。
「・・・ルカならあそこだよ。」
そう言って遥か下を指差す。キヨが恐る恐る下を覗く。
「っ!?ルカ・・・ルカぁぁぁ!!」
キヨは狂ったように叫ぶ。
・・・何でルカの名前しか読んでくれないの?そんな事はユルサナイ・・・だから・・・
「ミク!何でこんなこ・・・と・・・」
キヨが全てを言い切る前に私は隠してたカッターナイフでキヨの首を切っていた。
「好きだったよ・・・キヨ・・・」
多量の血を吹き出しながら落ちていった。後に聞いたこと無いぐらい鈍い音がした。
急に訪れたこの孤独感は何だろう。そう思い、次の行動を考える前に体が勝手に動く。
「これでやっと私達一緒に・・・幸せになれるんだ」
真っ赤にそまったのカッターナイフを投げ捨て、靴を脱いで屋上の先端に立つ。
「今・・・この子と一緒に行くからね・・・」
私の体が宙に舞う。体が軽い。心地いい。このまま終わるのも良いな。でももう2度とこの夕日を見ることは無いのか・・・でも、またいつかこの夕日を見れる気がして・・・だから今みている夕日と、終わる私の世界に向かって言った。
「さよなら、お元気で。」
また、この綺麗な眺めを見れると信じているから。
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