ロミオとシンデレラ 外伝その二十八【やまない泣き声】中編

投稿日:2012/06/19 19:18:43 | 文字数:3,754文字 | 閲覧数:618 | カテゴリ:小説

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 それからというもの、ユキは度々僕の家に遊びに来るようになった。遊びに来るというか、最初のうちは母さんが連れて来ちゃってたんだけど。「一人でぽつんとしてたから~」とか言って。問題じゃないかと思ったけど、言って止まる人ではないので、僕は黙っていた。
 そのうちに、ユキは自発的に来るようになったけど、母さんはいつも喜んでユキを迎えていた。ユキが来るかも、と、子供が喜びそうなお菓子を常備して。例のカップは、いつの間にかユキ専用になった。
 たいていユキは母さんに出してもらったおやつを食べて、宿題をする。宿題が終わると、絵を描いたり図書室から借りてきたとおぼしき本を読んだりして、一人で大人しく過ごしていた。
 僕の帰宅時間はまちまちだったけれど、僕が帰ってくるとユキはいつも頭をぺこっと下げて「お帰りなさい」と言ってくれる。
 ……実を言うと、少し嬉しかった。僕は自分で思っていたよりも、兄弟姉妹を欲していたのかもしれない。
「ユキ、いいの?」
 ある時、僕は気になったので、ユキに訊いてみた。ユキが首を傾げる。これじゃわかりづらかったか。
「ユキのお母さん、こんなにユキがここに上がりこんで平気なの?」
「……めいわく?」
 そう訊き返されて、僕は慌てて首を横に振った。そういうことを思っているわけじゃない。そもそも、ユキをこの家に引っ張り込んでいるのは僕の母さんだ。
「違うよ。ただ、ユキのお母さんは、心配しないのかなって思って」
「お母さん、昼間いないの。はたらいてるから」
 共働きの家なのか。僕の母さんは専業主婦だし、僕ももう手のかからない年齢――母さんに言ったら鼻で笑われるだろうが――だから、エネルギーが有り余ってて、それをユキの世話を焼くことで消費しているのかもしれない。
 ……ユキの母親と僕の母さんとの間で、話がついているのかもな。だったら、僕があれこれ言うことでもないか。
「お兄ちゃん、ここ教えて」
 勉強でわからないところがあると、ユキはそうやって僕に訊いてくるようになった。並んで卓袱台に座って、ユキにわからないところを教えてあげるのは、なんというか……楽しかった。勉強が終わると、レンタルショップに連れて行って、一緒に見られそうなDVDを借りたりもした。傍から見ると、きっと仲のいい兄妹に見えただろう。実際、その頃には僕は、ユキが半分妹のように思えていた。
 だからだろうか。それ以上ユキに、細かいことを訊かなかったのは。小学校二年生の女の子が、近所とはいえ、こんな家にしょっちゅう来るのは、奇妙なことのはずだったのに。僕は何も、変だとは思わなかった。


 ユキと知り合って約二年後、僕は東京の大学に進学することになった。合格した大学はかなりランクの高い学校で、父さんも母さんも喜んでくれた。ただ、僕の家は地方だから、自宅からは通えない。その結果、僕は東京で一人暮らしをすることになった。
「お兄ちゃん、行っちゃうの?」
「そうだよ。でも、夏休みになったら戻ってくるから」
 僕は両親とユキに別れを告げて、東京へと向かった。初めての一人暮らし。色々と大変だったけれど、開放感もあった。大学では新しい友達もできた。
 勉強や学生生活のあれこれに追われるうちに、瞬く間に一学期が過ぎて、夏休みになった。僕は荷物をまとめ、帰省した。
「お帰り。さ、荷物おろして。大学生活はどう? あんた、ちゃんとご飯食べてる?」
 母さんの詮索に適当に答えながら、僕は無意識に靴脱ぎを眺めた。父さんの靴と母さんの靴。ユキの靴は見当たらない。……今日は来てないのか。
 ひどく残念な気がする。「お兄ちゃん、お帰り」って言ってくれると思ったのに。
「ユキは、今日は来てないんだね」
 帰省する日はあらかじめ母さんに伝えてあったから、ユキだって知ってると思ったのに。ユキと僕は家族でも何でもないんだから、そこまで期待するのは、僕の我がままかもしれない。でも、できれば出迎えてほしかった。
「あ、うん、それがね……ユキちゃん、最近来ないのよ」
 母さんは顔を曇らせて、そう答えた。うん?
「ユキ、来なくなったの?」
「そうなのよ。姿も見かけないし……」
 心配そうな表情で、母さんはそう言った。
「父さんは、ユキちゃんはきっと新しい友達ができただけだから、心配するなって言うのよ。でも……なんていうか……」
 淋しいわけね。……実際、僕も淋しかった。でも、母さんの前でそれを素直に口に出すことはできなかった。
「ユキだっていつまでもちっちゃな子じゃないんだよ。年を取るにつれて、どんどん自分だけの世界ができていくんだ。人間は安心毛布とは、自然とお別れするようにできているんだよ」
 わざと突き放すような口調で、僕は言った。自分で自分を納得させようとした、強引な理屈。淋しいっていう気持ちを、認めたくなくて。
「でもねえ……。ユキちゃん、将来はキヨテルのお嫁さんになりたいとまで言ってくれたのに……」
 どこからそういう話が出てくるんだ……。
「母さん、ユキは僕より九歳も年下だよ?」
「ええ。つまり、ユキちゃんが二十歳になった時、あんたは二十九でしょ。充分つりあうわよ」
 真顔でそういう母さん。やめてくれよ。ユキはまだ子供なんだ。
「ユキちゃんがあんたのお嫁さんになったら、つまりユキちゃんは母さんの娘……」
 本音はそれかい。微妙に疲れた僕は、それ以上何も言わずに、荷物を抱えて自分の部屋へとあがって行った。
 僕は鞄を開けて、中からリボンのかかった包みを取り出した。これ渡したら、きっと喜んでくれるって思ってたのにな。
 ……まあいい。夏休みは長いし、ユキに会う機会ぐらいあるだろう。僕はそれを、机の引き出しにしまった。


 最近来なくなった、という母さんの言葉どおり、ユキは僕が帰省して一週間経っても姿を見せなかった。……ずっと会ってないんなら、僕が帰省していることも知らないんだろう。かといって、僕の方から会いに行くのははばかられた。大学生にもなった男が、小学生の女の子に会いたがってるなんて、どう考えてもおかしい。
 そうして過ぎて行ったある日のことだ。僕は夜更けにふっと外が歩きたくなって、家を出た。父さんと母さんはもう寝ようとしていて「散歩? こんな遅い時間に? 戸締りだけはきちんとしておいてね。最近物騒だから」と言われてしまった。鍵をちゃんと確認してから、夜道を歩き出す。
 昼間は暑いけど、さすがにこの時間になるとこの辺りはかなり涼しい。東京は深夜になっても、もわっと熱気がこもっていたりする。あの暑さはどうにかならないものだろうか。なんというか、ひどく不健全な感じがする。
 そんなとりとめのないことを考えながら、僕は夜道を歩いていた。しばらく行くうちに、小さな児童公園に差し掛かった。子供の頃は、ここでよく遊んだっけ。懐かしさにかられて、僕は公園の中に入った。
 その時、キィキィと軋むような音が聞こえた。これは、ブランコの鎖が軋む音だ。誰か年甲斐もなくここで遊んでいるんだろうか。自分のことを棚にあげ、ブランコの方を見る。小さなシルエットが目に入った。え? こんな時間に子供が?
 驚いた僕は、思わずブランコに近づいてしまった。足音が聞こえたのか、ブランコの主は足を止め、こっちを見る。その顔を見た僕は、また驚いた。
「ユキ……」
 ブランコに乗っていたのは、ユキだった。ユキも驚いてこっちを見ている。こんな時間に、どうしてここにいるんだ。今は深夜だ。
「こんな時間に何やってるんだ!? 真夜中だぞ!」
 子供の遊び歩いていい時間じゃない。僕に怒鳴られたユキが、びくっと首をすくめる。
「ごめんなさい、ごめんなさい……」
 ユキは泣き出してしまった。いけない。驚いたしショックだったから思わず怒鳴ってしまったが、僕はユキが心配なだけなんだ。ユキの傍らに膝をついて、頭を撫でる。
「ごめんな、いきなり怒鳴ったりして。でもユキはまだ子供だ。夜は危険がいっぱいだし、こんなところに一人でいちゃいけない」
 ユキは泣きじゃくりながら頷いた。僕は少しほっとして、ユキの背中を軽くぽんぽんと叩く。それにしても、なんでこんな時間にここにいるんだろう。新しい友達ができたのかもって父さんと母さんは言っていたけど、まさか、悪い友達に引きずりまわされているんじゃないだろうな?
「ユキ……何かあったのか?」
 ユキは泣いているだけで答えてくれない。だんだん不安になってきた。……こんな深夜に、大学生の男が泣いている小学生の女の子と一緒にいるのは、まずいんじゃないだろうか。下手をすると通報されかねない。
 ユキの涙が収まってきたところで、僕はユキの頭をもう一度撫でると、立ち上がった。
「もう遅いし、家に帰ろう。送っていってやるから」
 夜道を一人で歩かせるわけにはいかない。僕はユキの手を引いて、歩き出そうとした。ところが、ユキは歩こうとしない。
「ユキ?」
「帰りたくない……」
 そんな返事が返って来た。僕は面食らって、ユキを眺めてしまう。
「帰りたくないって……」
「……帰りたくないの」

しがない文章書きです。よろしくお願いします。

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