定番のやりとりを繰り返しているうちに、集合時間ギリギリで目的地に到着する。行きつけの飲み屋『ろばたやき・くりぷ豚(とん)』の店先には、見知った面々が既に揃っていた。
商店街という場所柄少し人通りが増えてきたため、メイコを降ろして自転車を横に引く。すると最初に、ミクちゃんがこちらに気付いて手を振ってきた。
「あ! もー、遅いよ~? メイちゃん、カイトくん!」
ミクちゃんは一年後輩の四年生で、先輩である俺たちにすごく懐いてくれているんだ。まさに先輩冥利に尽きる。トレードマークであるエメラルドグリーンのツインテ……って、ヤッベ! ミクちゃん今日ポニテだし! ポニテとか……マジか!? いやいや、マジデスカ!? ポニイテイルデスカ、ソウデスカ!! ……ゴホンゴホン。えー、とにかく、今日も可愛いミクちゃんなのでし――
スパーーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!
目の前に星々が煌めく。
「イッて! おま、何すんだ――」
言いながら、メイコの方を向く。すると、
「ッ!」
あはは、これはやばいね。もの凄く、満面の笑みだよ。うん、これで額に青筋浮かべてなかったら最高に可愛いのにね……恐怖しか感じねぇよ。
「えぇと、メイコさん……如何なされましたか?」
恐る恐る訊ねる。いやね、ここで顔を真っ赤にして怒鳴ってくれたらどれだけ救われることか。ま、そんなことあり得無いことは俺が一番分かっているんだけどさ。何せ大学に入ってから丸五年、ずっとつるんできたんだ。こんなときの返事なんかわかりきってるんですよ。
「ううん、な~んでもないよッ☆」
ですよねー。知ってる知ってる、メイコさんの腸(はらわた)がスーパー煮えくりかえってることくらい百も承知ですよ。はぁ、何でこうも『あんたの脳内丸見えよ!』ってくらいに的確に突っ込んでくるかなぁ。うん、暴力さえやめてくれたら文句はないんだよ? 暴力さえやめてくれたらさ……。
とまぁ、いくら頭ん中で文句垂れてても何も進展しないわけで、結局今現在俺が取れる行動は唯一つ。
「ごめんなさい」
頭(こうべ)を垂らし、謝罪の意を表す。
するとメイコは満足したのか、「いーよいーよっ♪」と言って、みんなの方に駆け出して行ってしまった。この調子なら、特に後引くことは無いだろう。いいや、そもそもあいつは『なんとなく』俺の考えていることを感じただけであって、現実的には俺が謝る必要性なんて微塵もないんだけどさ。ったく、しかし本当にコロコロと表情の変わる奴だ。だからこそ俺は俺で、メイコには素直で居たいっていう気持ちがあるんだけど。
「チャリ停めてくるから先に入ってて!」
既にこちらには意識がないメイコをあきらめ、ミクちゃんに伝える。
「うん、わかったよカイトくん! なるだけ早く来るんだよ!? 『ダッシュ!』だよ!? っていっても、すぐ裏手か。あははは」
そう答えたミクちゃんは、手をひらひらとさせてみんなと一緒に店の中へと入っていった。ちなみにメイコはというと……一番遅く到着したのにもかかわらず、さっさと先頭きって入っていたりする。王様かよ。
「あー疲れた。メイコめ、一人で楽しやがってよ。毎度のことだけど……俺も早くビール飲みてー」
なんて独り言をいいながら鍵を掛けて表に出てくると、小さな人影が一つ、残っていた。
「おっ、先に入ってて良かったんだぜ、レン」
つい先月うちのゼミに配属になった双子――鏡音姉弟のレンが待っていた。
声を掛けると、気が付いたレンが駆け寄ってきた。
「あ、あの……カイトさん、さっきメイコ先輩にぶたれてたみたいだから……あの……えと……その……」
俯(うつむ)いて手を前でもじもじとさせているレンは、サラサラした前髪の隙間からこちらを見上げてくる。その瞳は何故だか知らんがいつも潤んでいて、形容するならばまるで子犬のような、そんな印象を与えてくる。可愛い後輩の一人だ。姉と違って気弱なレンは、俺と二人っきりでいるときなんか特に、小さくて消え入りそうな声で話すもんだから玉に瑕(きず)だ。まったく、顔の造りは良いんだから、もう少し自己主張できるようになればモテモテだろうに。非常にもったいない。
そんな捨てられた子犬の様なレンの、小さな頭の上に手を載せて――
「心配してくれたんだな、サンキュ。大丈夫、いつものことだしさ、ははは。ったく、あいつにとって俺の心の声を読むことなんて、息をするのよりも簡単なのかもしれないよなー。って、そんなことよりほら、みんなのとこさっさと行こうぜ!」
なんだか寂しそうな顔をしているが、ともかくこの可愛い後輩は底抜けに優しい奴らしい。あんな些細なことに気が付いて、その上心配までしてくれるんだ。ったく、レンの爪の垢でも煎じてあの馬鹿に飲ませてやりたいもんだぜ! あー、いや、でもあいつはあいつであいつなりの優しさが……いや、ねーか。そもそもあいつは――
クイッ、クイッ――
脳内で思考を張り巡らせていると、上着の裾(すそ)のあたりに抵抗を感じた。
「あの……カイトさん?」
意識を戻すと、不思議そうにこちらをのぞき込んでくるレンの顔がすぐ側にあった。どうやらあの馬鹿のことで考え込んでしまっていたようだ。
「ごめんごめん。さ、行こう!」
そう言ってレンの手を引いてやる。
「はいっ!」
「てかお前、顔赤いけど大丈夫か? 体調悪いなら無理しなくても良いんだぞ」
先ほどから少し気になっていたことを訊ねる。その質問に、
「だだだだだだだ大丈夫でつッ!」
そう答えて再び俯いてしまった。んー、なんか噛み噛みだったけど……ま、本当に調子が悪いようだったリンちゃんが連れて帰るだろうし。
そうして俺たちは少し遅れて『くりぷ豚』の暖簾(のれん)をくぐった。
中に入ると即座に奥の座敷へと通された。俺たちがいつも通される、和風の造りの部屋である。何故一番奥なのかって? かなりの頻度でこの店を利用している俺たちは、
「でねー、聞いてよメイちゃん、バイトの先輩の話したじゃん? そそ、あの人。でねでね、よくよく話を聞いてみたら――」
「あはははははははははは!!」
「えー、それすごい偶然じゃん! え、ってことはもしかして――」
「ねぇねぇちょっとみんな、もっと僕に構ってよ! まったく、僕の可愛娘ちゃんたちは本当に恥ずかしがり――」
「「「うっさい!!」」」
非常に喧(やかま)しい。これが大きな原因となり、気が付いたときには既に、俺達は最奥に通されるようになっていた。確かに店側からしてみたら、このうるささは迷惑千万だ。
「おまたせー」
ふすまを開け、レンとともに騒ぎの渦中に飛びこむ。すると一番奥の、いわゆる上座(かみざ)の位置に鎮座するメイコがジョッキを片手に声を上げた。
「カイト遅いよー!」
「っておいメイコ、お前また先に始めてんのかよ。少しくらい待ってくれたっていいじゃねえか」
つい苦言を呈する。
「えー? だってさぁ、目の前にビールがあったら飲んじゃうじゃん? 飲んじゃうじゃん? 大丈夫、まだ『かんぱ~い!』はしてないよ?」
「『大丈夫』じゃねーよ。つーかそれ大事なことじゃないからね。二度言うことじゃないからね!?」
総ツッコミ……だ。しかしこんな状況は毎度のことだし、既にあきらめはついているんだけどね。
「ニャハハハハハ、メイちゃん先輩が言って聞くような性格じゃないってことくらい、カイト先輩が一番わかってるクセに! ハハハハハッ!!」
メイコの左側で大胆にも胡座(あぐら)をかきながら笑い声を上げたのは、レンの双子の姉であるリンちゃんだ。本当に驚くほどのハイテンションの持ち主であり、非常に男前な性格をしている。そのため、それと対極的なレンを見ているとつい、『鏡音姉弟は性別を間違えて生まれてきてしまったのではないか』なんて考えてしまう。
「はいはい、リンちゃんは本日も絶好調なようで何よりだね」
苦笑いで応じる。普段も十分ハイテンションな彼女だが、その本領は飲み会の席で発揮される。
「アヒャヒャヒャヒャ――!!」
胡座で大口を開き、全力で両手を叩き合わせながら笑い声を上げる。そんなリンちゃんの耳にはもう既に、俺の声は届いていないことだろう。
そんなリンちゃんと入れ替えに、メイコの右側に座っているミクちゃんが話しかけてきた。三人は、メイコを起点としてちょうど〝コ〟の字で座っている。
「ほらほらカイトくん、それにレンも。そんなところで立ってないで早く席に着いちゃいなよ! まったく、先に始まっちゃうのはいつものことなんだから、さっさと参加するの! ほら、カイトくんのビールとレンのカルーアミルク、頼んであるから」
「んー、サンキュ、ミクちゃん」
「あ、ありがとう、ミク姉ちゃん」
まったく、出来た娘だ。
そうして所定の席へと促される。俺の席は一番末席の、リンちゃんの隣だ。
俺とレンが腰をおろすと、メイコが立ち上がって乾杯の音頭をとる。
「それでは皆さん、全員揃ったところで改めて乾杯といきましょうか! んじゃ、一旦お手を拝借して、カンパー……ってこらナス! ったく、協調性がないんだから! アンタ、うちらの担当教員でしょ!? 何萎(しお)れてんのよ!!」
メイコがツッコんだ。相手は〝ナス〟こと我らが研究室の担当教員、神威がくぽ准(・)教授である。要するに、俺たちの『先生』だ。
先生の方を見ると、俯いて肩を落とし、トレードマークである紫のポニーテールも横にだらりと垂れ下がっていた。傍目から見ても明らかに力のない様子が見て取れる訳で。
「先生、今回は何で凹んでるんですか?」
仕方がないので、慰め程度に話しかけてやる。それに反応した先生は、ズイッと正面の俺に顔を突き出してきて、
「うううカイトくん~、みんな酷いんだよ~? 僕、センセイだよね!? い、いや……この際教員だとか生徒だとかいう立場は忘れよう! そう、僕たちは同じ研究室のお友達(・・・)だよね? だよねっ!? それなのに、それなのにね……女の子(ニヤンニヤン)達が声を合わせて僕のこと『うるさい!』って言うんだよ!? ねぇ、酷くない? そりゃあ凹むよね、大好きな女の子達にうるさいとか言われたら……!!」
涙目で訴えかけてくる。しかしながら俺は、大の大人の、それも男に対して優しくするほど出来た人間ではない訳で。先生にとって死刑宣告に等しい言葉を笑顔で浴びせてやる。っつーか泣くな、気持ち悪い。
「な~んだ、そんなことですか。そんなん言われるのなんていつものことじゃないですか。それにね先生、アンタやっぱうっさいしウザイから、まだまだ言われたりないんじゃないですかね?」
「え……えええええ――!? カイトくん、君もあっち側の人間なんだね!? はうううううう――」
絶望を体現したような表情でテーブルに突っ伏す。
「コラッ! カイトあんたまでバカナスのこと虐めないの! ってかアンタのいじりって、やられる方のダメージ半端ないんだから!」
先に飲み始めていたクセに。改めての乾杯が阻害され、手元のビールを口に出来ないことに少々苛立(いらだ)った様子のメイコがツッコんでくる。
「んーそうか? ほら、俺って頭で考えたことは素直に口に出しちゃうタイプだから。テヘッ♪」
「てへっ、じゃないっての!」
完全に棒読みの俺のセリフに的確にツッコんでくる。うん、円熟した漫才コンビのようだぜッ!
「ずーん……」
俺の言葉でトドメを刺された先生はテーブルに突っ伏し、凹んでいる効果音(・・・)を口にする。……そこまで構って欲しいのか。まぁ、無視するけど。
「ったく、もういいわ! いつも通りナスなんて放っといて……カンパーイ!!」
『カンパーイ!!』
みんなでが声を合わせる。あー……なんだかんだいって先生もちゃっかりグラスに口つけてるよ。相変わらず打たれ強い人だ……。
<つづく>
私立防歌炉大学 海洋学部 海洋生物学科 神威研究室① <いつも通りのある日の飲み会> Part.2
研究室の主要メンバーが出そろいました。
この先ストーリーは、より緊迫感を増し、終盤に向かうにつれてどんどん壮大になります。
カイトの真実の想い、メイコの隠された過去、ミクの少しばかりの・・・おっと言い過ぎました。よろしければ是非続きもお読み下さい。
って違う!
ただのコメディーだと何度言えば(ry
ということで、Part2です。
とはいっても、ぶつ切りでUPしてるんで、若干読みづらいかも・・・
一気にまとめてUPしようかしら。
ということで、拙作におつきあいいただきありがとうございます。
よろしければ次回も!
コメントとかいただけたら、裸になって泣いて喜びますよ?
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える
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S 潜った海中 静寂に包まれていた
空っぽのココロは水を求めてる 息もできない程に…水中歌

衣泉
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藍流
ご意見・ご感想
初めまして、藍流と申します。
新着小説一覧で見かけたタイトルに、「ボカロで海洋学?」と興味を惹かれてお邪魔しました。
大学などの学生パロは見かけますが、「海洋学」とは珍しいですね。
海を臨む街なのでしょうか、青い景色が浮かぶようでした。
Part1の「坂道を自転車二人乗り」など、いかにも青春!という感じがして、眩しいですね。
『ろばたやき・くりぷ豚(とん)』は巧いですね!
「神威研究室」というからがくぽは上の立場なのかと思いきや、一番弱いようでw
賑やかな面々に、これからどんなお話が展開されるのか楽しみです。
2010/09/17 20:05:21
ヒロユキコウボウ
初めまして、そしていらっしゃいませ藍流様。
いやぁ・・・こんな拙い文章に目を通していただき誠にありがとうございます!
あああ、なんか興味を持っていただいているのに腰を折って悪いのですが・・・まだ海洋学関係なかったり・・・あぅ
というのも、実はこのシリーズ既に何本か出来ているのですが、未だ・・・
ええと・・・そのうちそういったネタも執筆する予定なのですが・・・本当に申し訳ない!
あれ、でも感想に答えようとしたら若干ネタバレなんじゃないかな・・・あああ
すいません、今のところ普通の学生パロなんですorz
それと、『くりぷ豚』は思いついた時に自分でもほくそ笑んでしまいましたw
ともあれ、今後も順次アップしていけたらなぁなんて思っているので、よろしければ、いかにも青春!な拙作におつきあいくださいませ(汗)
2010/09/17 22:20:32