午後3時。僕はリンにおやつを用意した。いつもの午後だった。遠く、城門を破る歓声が聞こえる。始まった。歓声は、ほとんどないといっていい守りをどんどん蹴散らして城へ近づいてきた。やがて、僕らがいる部屋にも剣を構えた革命軍の兵士がやってきた。大きな音を立て勢いよく扉が開かれる。リンを見てその兵士は表情が歪んだ。

「女王リンだな。」
「ええ。」
「捕らえろ!」
バタバタと何人かやってきて、リンを囲み、後ろ手を縛った。僕はそれを眺めていた。
兵士はよっぽど恨みがあるのだろう。ずっとリンに憎しみの目線を向けていた。僕はメイコが約束を守ってくれたことを理解する。その時、僕の誤算が訪れた。

「無礼者。手を離しなさい。私は逃げも隠れもしない。」
耳を疑った。それはリンの声だった。
「お前、私に恨みがあるのでしょう?ならば殺しなさい。今すぐ!」
「なんだと?」
「私を殺さなければ、国は変わらない。王政は続きます。お前たちが新しい世を望むならば殺しなさい。」
リンの目は覚悟の目だった。本当はここまで覚悟を決めていたのだ。あの時、諦めたように言った国を壊すという言葉。それは自分が滅びようという諦めの決意だったのだ。
「リン!なんてこと…」
「黙りなさい。さあ、早く!」
「いい覚悟だな、女王。俺の弟はな、お前に粛正されたんだ。ずっと仇を取りたかった!」
兵士はリンに向かって踏み出した。僕は反射的に短剣を手にリンの前に出た。

「レン!!」
ギィィンと刃物がぶつかる音がして、肩口を熱い痛みが走った。すぐに赤い飛沫が上がる。その赤は白いシャツににじんでいく。だが傷は深くない。
僕は短剣で軌道を反らし、致命傷を免れた。しかし、僕の剣は兵士の剣を滑り、彼の胸に刺さっていた。

「あ…。」
僕は目の前の光景を、自分のしたことを理解するのに時間を要した。僕の掴んだ柄に温かい血が辿って流れてくる。赤い雫が僕の手から零れてじゅうたんに染みを作った。僕は彼を刺したのだ。
幼い頃から、教えられたことだった。身を守る術。リンを守ると決めて、覚悟もしていた。誰かを殺めることになるかもしれないことを。けれど、ミクが消えていく様を見て、この手に感じて、誰も死なせたくないと思った。できるだけ誰も傷つかないようにこの国を変えようと思った。

「レン…!」
「貴様!!」
はっと我に返る。周囲にいた部下達がこちらに剣を向けてくる。まだだ。ここで死ぬわけにはいかない。僕は兵士の腹に刺さった短剣を抜いた。
「ぐっ…!」
大量の血が吹き出してくる。抜いた反動を利用してそのまま振り返り、一撃をかわした。二撃目に移ろうとする足に足払いをかける。よろめいたところを突き倒し、剣を持った右手は背中で拘束する。短剣を頸動脈へあてたその瞬間だった。

「双方納めよ!」
静かな威圧感だった。顔を上げると、赤の鎧を身に纏ったメイコが扉の所に立っていた。全てが動きを止め、静寂が訪れた。

「何があった。手を出したのはどっちだ。」
「…女王が…。」
部下の一人がおずおずと口を開いた。
「どうした。」
「自分を殺せと。隊長は仇を打とうとされました。」
「なるほど。女王よ、安心しろ。お前の死は用意されている。」
「…っ、覚悟はあります。」

メイコがこちらに向き直って言った。
「貴様、よくも私の大事な同志を殺してくれたな。…だが約束を反古にしたのはこちらだ。」
僕は、何も言えなかった。自分のしたことにおののいていた。人を、殺してしまった。あんなに傷ついたミクの一件で、同じ思いをするような人を作ってはいけないと、一人牢の中で感じていたはずだったのに。まだ手の中ににあの感触が残っている。鈍く重い、刃物を突き刺す感覚。そして僕の手は血で真っ赤に染まっていた。

「そいつを放してやってくれ。」
その言葉で我に返る。僕はまだ短剣を首にあてたままだった。ぼんやりしたまま剣を外し、右腕も解放する。背の上から降りると、彼はふっと息を抜いた。もう一人は無事だった。

「レン…!お願いします。彼の怪我の手当てをさせて。」
「良かろう。だが牢には入ってもらう。」
「ええ。」

そして僕らは牢へ移された。リンが慣れない手つきで僕の肩に包帯を巻いてくれた。
「おかしいな。こんなはずじゃなかったのに。ごめんね、レン。」
「…なんてこと言うんだ。」
「だって、レンは私が死ぬことを望んでるんでしょ?だから、あそこで私が死んで、国も壊れて、レンは仇を打って、私から解放されて、全てが上手くいくはずだった。」

「そんなわけないだろ。まだ信じられないの?僕は、リンを恨んでなんかない。」
「どうして…?恨まないワケないよ。私、レンが牢にいる間どんどんわかっていった。一人でいて、大人たちは勝手で、私がいかにレンに守られていたか。なのに私…。もし、レンがカイト王子を殺そうとしたら?それに気づいて私がレンにしたことの非道さがわかったの。」
だんだん涙が溢れて、涙声になっていった。あとからあとから溢れる涙を気にもせずリンは続けた。

「だからレンが私に隠し事しながら国を壊す計画を立てているとわかって、これはレンの復讐なんだと思った。だから早くレンを解放したくて。…恨んでないなら、一体何を隠してるの?」
「うん。恨んでないよ。でもこれは最後までリンには言えない。」
「どうして…?」
「リンを守るためだから。」

それを聞いて、リンは怒ったように声をあらげた。
「なんで?もういいよ。もうヤダよ。これ以上、レンが苦しむなんて嫌。私が死んじゃえばレンは楽になるのに…!」
リンの気持ちが嬉しかった。切ないほど、僕を想ってくれている。怪我をしていない右腕でリンを抱き止めた。リンはいつまでも僕の肩口で泣いていた。

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悪ノ召使-7

入りきらなかった…。次で終わりです。

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投稿日:2010/11/11 14:08:03

文字数:2,377文字

カテゴリ:小説

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