小説版 コンビニ パート7

それから一週間ほどが過ぎた。サマーコンサートまでの時間がないものだから、毎日が練習漬けの日々である。ミクもいつの間にかバンドのメンバーに慣れており、毎日の練習を楽しみにしているということは俺にも良く分かった。ただ、そのおかげで俺は毎日パソコン一式を持ち歩く羽目になったのだが。
 そんな時、練習が終わりパソコンを片付けた俺に向かって、沼田先輩がこう言った。
 「藤田、例のコンビニの娘はどうなっている?」
 久しぶりに見た。沼田先輩のニヤケ面。
 「特に、進展はないですけど。」
 「相変わらず毎日コンビニに行っているのか?」
 「そうっす。」
 「もう二カ月経つぞ。」
 呆れた様子で、沼田先輩はそう言った。それは俺の継続性に対してだろうか。それとも未だにメアドすら交換できていない俺に対する失望感だろうか。
 「なかなか・・チャンスがなくて。」
 「馬鹿、チャンスは待つものじゃない。作るものだろう。」
 「はあ。」
 そう言われても。一体何をすればいいのやら。
 「そんな情けないお前に、先輩から愛情こもったプレゼントだ。」
 「なんすか?」
 俺がそう訊ねると、沼田先輩は鞄から一枚の紙切れを取り出して、俺に差し出した。
 「ほら、サマーライブのチケットだ。」
 「ま、まだ残っていたんですか!」
 俺は驚いて思わず叫んだ。サマーライブは人気のイベントだ。ライブ一週間前でチケットが手に入るとは到底考えていなかったのである。
 「俺に感謝しろよ?結構大変だったんだぜ。」
 鼻にかけるような態度で沼田先輩はそう言った。確かに、大変だったのだろう。
 「あ、ありがとうございます。」
 素直に、俺は感動した。
 「これをあの娘に渡してこい。ちゃんとライブに連れて来いよ。」
 沼田先輩はそう言うと、もう一度嫌らしい笑顔を見せた。

 という流れで、俺は今コンビニにいる。
 はっきり言おう。人生でこれ以上ないと言うほど緊張している。ライブ直前の緊迫感なんて、今の緊張に比べれば作曲に失敗した楽譜を丸めて捨てる程度に軽いものだ。どうする、と俺は自問した。藍原さんはいつもと同じようにレジに立っている。とりあえず何かを買おう、と考えて俺はコーラのペットボトルを手に取った。
 どうやって話を切り出す?俺はレジに向かいながらそう考えた。まるで断頭台に向かっているような気分に陥る。BGMはベルリオーズの『幻想交響曲 第四楽章「断頭台への行進」』で決まりだ。それ以外ない。作曲の参考にとオーケストラも嗜んでおいて正解だったぜ、って違う!
 「いつもありがとうございます。」
 俺がコーラを藍原さんの目の前に置くと、藍原さんは営業スマイル全開でそう言った。
 「は、はい。このコンビニが気に入っているので・・。」
 馬鹿、気に入っているのはコンビニじゃなくて藍原さんだ。
 「ありがとうございます。」
 そんな俺の想いが通じる訳もなく、藍原さんは普段と同じようにコーラを手に取り、バーコードを読み取った。
 「百四十七円です。」
 「は、はい。」
 畜生、呂律が回ってない。内心で俺自身に苦言を呈しながら俺は財布を取り出し、二百円を財布から出すと藍原さんに手渡した。藍原さんは慣れた手つきでそれを受け取ると、レジスターの蓋を開けて、その中から硬貨を四枚掴み取った。
 「五十三円のお釣りです。」
 藍原さんがそう言って俺にお釣りを差し出す。それを受け取ってから、俺はようやく決意を固めて話を切り出すことにした。幸いにも俺以外の客はいない。話すには今しかなかった。
 「藍原さん、音楽は好きですか?」
 「音楽、ですか?」
 突然の質問に、藍原さんも驚いたらしい。馬鹿、もっと自然に話を進めろよ。
 「は、はい。どうでしょうか。」
 「良く聴きますけど・・。」
 戸惑ったように、藍原さんはそう答えた。
 「ロックは?」
 「嫌いじゃないです。」
 嫌いじゃない。ギリギリセーフだよな。俺はそう考えながら、もう一度口を開いた。
 「実は俺、近くの立英大学でバンド組んでいて・・今度、来週の日曜ですけど、ライブやるので、藍原さんにぜひ来てほしくて。」
 「ライブ、ですか?」
 「はい。行ったこと、ありますか?」
 「すみません、まだ無いです。」
 申し訳なさそうに、藍原さんはそう言った。慌てて、といっても何に慌てたのか皆目見当もつかないが、とにかく俺は無意識のうちに口調が速くなっていることを自覚しながらもこう言った。
 「な、ならぜひ今回来てください!きっと、楽しいと思うので。こ、これ、チケットです!」
 自分でも何が言いたいのか皆目見当つかないが、とりあえず死んでしまいたいくらい恥ずかしい。震える手でチケットを藍原さんに差し出す。
 「いいのですか?」
 俺が差し出したチケットを眺めながら、藍原さんはそう言った。
 「勿論です!」
 「じゃあ、お預かりしますね。」
 そう言いながら、藍原さんは俺の差し出したチケットを手に取った。
 「はい!宜しくお願いします!」
 そこまでが俺の限界。
 恥ずかしさが臨界点を超えた俺は、まるで逃げるようにコンビニから飛び出した。そのまま自宅へと早足に歩いてゆく。自宅に戻り、鍵を掛けると俺は大きな溜息をついた。
 滅茶苦茶恥ずかしい。
 そう考えながら、持ち帰っていたパソコンを再び接続してゆく。いつものように、ミクを呼び出すのだ。
 「お疲れ様ですマスター!今日も練習、楽しかったですね!」
 液晶画面に登場したミクはそう言って笑顔を見せた。ミクの笑顔の質少しが変わったような気がするのは俺だけだろうか。まるで人間みたいな自然な笑顔。
 そう考えて、俺はふと視線をミクから逸らした。
 「どうしました、マスター?」
 憂鬱そうな表情を見せた俺に向かって、ミクはそう言った。
 「少し疲れだたけ。」
 とりあえずそう答えたが、不意に湧きおこった不安に対して、俺は息が詰まるような気分に陥ったのである。
 まだ、藍原さんの自然な笑顔、一度も見たことがない。
 笑顔はいつも見ている。でも、その笑顔がどこかわざとらしい、営業スマイルだということは俺にだって分かっていた。本当に、ライブに来てくれるのだろうか。物事を悪い方向に考えることは良くないことだとは理解しているつもりだったが、どうしてもその様に考えてしまう。
 「マスター、お疲れなら何か歌いましょうか?」
 ミクが画面越しにそう言った。その心遣いに感謝しながら、俺はとりあえず一息つこうと考えて先程購入したコーラを飲もうと思い、そして気が付いた。
 コーラ、レジカウンターに置きっぱなしだった!

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

小説版 コンビニ ⑦

第七弾です。

補足説明
今回出てきたベルリオーズ『幻想交響曲』についてです。
吹奏楽かオーケストラを経験されている方なら題名を聞いたことがあるかも知れません。オーケストラ曲の中では結構有名な曲です。
この吹奏楽版を高校時代に演奏したことがありまして・・。ちょっとした懐かしさから登場させました。

原曲でしたらようつべならおそらくうpされているのではないかと思います。

昔はオーケストラも吹奏楽曲もJ-POPも聴いていたんですけどね・・。
ここのところボカロとアニソンしか聴いてない^^;

たまにはオーケストラもいいですよ、ということで、続きをお待ち下さいませ☆

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投稿日:2010/02/06 23:31:15

文字数:2,763文字

カテゴリ:小説

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