連なる音が響いていた。正確なリズム、正しい位置に収まる音階、測ったように等分に力を増すクレッシェンド、数値通りのピアニシモ。
 正確無比な、ただそれだけのピアノの音がマンションの一室を満たしていた。技術だけで考えたらとんでもなく才能ある人物だと伺える演奏。けれど、ただそれだけの演奏。味もそっけもない、機械が奏でているのと同じようなその演奏に、壁際のソファーに座っていたメイコは微かに唇をかんだ。
 豪華で広いマンションの一室。防音処理を施されたその部屋の中央には大きなグランドピアノが置かれていた。壁の棚には沢山の楽譜にレコードなどが詰め込まれていて、質の良いオーディオのセットや、ハイスペックのパソコンまで用意されている。
 その部屋の中央で、大きなピアノに不釣り合いなほどに小さな、まだ幼い少女が白と黒の鍵盤と向き合っていた。何の感情も読み取ることのできない、淡々とした冷たい表情でその年齢に不釣り合いな技巧の音を少女は鳴らす。濁らない和音、糸が張り詰めるような音の連なり、楽譜通りの、それ以上でも以下でもない、演奏。
 ただ、それだけの音。
 思う事は沢山ある。言いたい事は胸の内で大きく膨らみ続けている。けれど。とその想いを飲みこむように唇をかんで。メイコはそっと立ち上がった。その動いた気配に気が付いたのだろう。少女はピアノを弾く手を止めてくるりと振り返った。
 意志の強そうな少女の黒目がちな瞳がじっと、何かを伺うように立ち上がったメイコを見つめてきた。何か言いたい事でもあるの?とその真っ直ぐな眼差しが問い掛けているようだった。
 思う事は沢山ある。言いたい事は胸の内で膨らみ続けている。けれど。喉元まで上がってきた感情は、けれど、そこから出てこないまま。
 メイコは何でもない、というように首を横に振って、そろそろ夕飯の支度をします。と言った。
「もうしばらくマスターはピアノを弾いていて良いですよ」
そう言って。本心を言えない自分を見透かされないように、メイコはそっと視線を外した。

 この幼い少女が、ボーカロイド・メイコのマスターだった。

 マスターである彼女の両親は、高名な音楽家だ。
 メイコのマスターは確かに小学生の彼女だけれど、メイコ自身を買ったのは彼女の両親だ。彼女の両親はその職業柄、演奏旅行などであちこちの国を飛び回っている。彼女自身も幼いころは一緒に世界中を旅していたが、今現在は日本で両親と離れて一人で暮らす事を選んでいる。とはいえまだ小学生の子供を一人暮らしさせるわけにはいかない。ならば、とマスターの両親が、保護者代理兼、世話係にメイコを購入したのだ
 単なるベビーシッタ―を雇うのではなく、ボーカロイドであるメイコを彼女の両親が選んだのは、彼女にも自分たちの様に音楽の道へ進んでもらいたいと願っているからだ。
 メイコだけではない。彼女の周囲には常に音楽に関係するものがあった。特にピアノは、本当に生まれた時から、と言っても過言ではないほど、ずっと彼女の傍にあった。

 彼女の周りには音楽が常にあった。彼女の望む望まないにかかわらず。

―音楽的才能もある。歌だって自由に歌って良いと言ってくれる。自分で気に入った曲をダウンロードして歌っても良い。マスターが私に歌を覚えさせてくれる事もある。少しわがままな所があったり意地悪な物言いをしたりもするけれど、酷い事をしてくるわけでもない。感情的になってしまう事は私の方が多い。世界のあちこちを旅してきた結果か、子供とは思えないほど知識も豊富。下手な大人よりもしっかりとしていて、自分の方がマスターを頼りにすることが多い。
 マスターが自分のマスターで辛いとか悲しいとか、そういうことはない。マスターがマスターで良かった。その事は、本当。
 そう、マスターの弾く音に関して何も言わなければ、上手くやっていけるのだ。
 何も感じず、ただこういうものだと割り切ってしまえば、良いだけの話なのだ。毎日を楽しく暮らす事だけを考えてればいいだけ。

 けれど、ずっとこうなのだろうか。ずっとマスターは、ただの音、としか言いようのない音色を奏で続けるのだろうか―

 

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい
  • 作者の氏名を表示して下さい

― チーズケーキと少女・1 ―

藍流さんの作品世界を間借りして、好き勝手書いてしまいました(笑)
とはいえ、まだ出てこない……

・藍流さんの作品・
KAosの楽園「http://piapro.jp/t/2YqJ

閲覧数:694

投稿日:2011/05/29 09:31:34

文字数:1,727文字

カテゴリ:小説

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  • wanita

    wanita

    ご意見・ご感想

    おひさしぶりです!メイコさんの設定に惹かれて遊びにきました☆
    夏の夜に、じわりと楽しませていただこうと思います。
    おばあちゃんマスターといい、この幼いマスターといい、sunny_mさんのマスターさんたちは人間の匂いのする、どきっとする設定の人が多いですね。
    もしかしたらアパートの隣のあの人もマスターさんかも、と思えるようなわくわく感を、いつも書き出しの文章で味わっています^^♪

    2011/07/03 00:17:06

    • sunny_m

      sunny_m

      >wanitaさん
      コメントありがとうございます?☆
      身近にいそうなわくわく感を感じていただけて、嬉しいです!
      人物設定とかいつもざっくりとしか決めていないので^_^;そう言っていただけると、とてもほっとします。

      2011/07/03 20:43:59

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