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そうして、めいっぱい走ったあとに悠と一緒に帰るのも、とっても幸せなひとときだった。
「ね」
「なあに?」
「私、汗臭くない?」
「え、そうかな。考えもしなかったから、そんなことないと思うけど」
「そう? いっつも汗だくになるまで走ってるから、ちょっと気になっちゃって。部室ってシャワー室もないし」
「そうなんだ」
「タオルで拭いたり、制汗スプレーとか使うんだけど、やっぱり帰ってお風呂に入るまではちょっと……気にしちゃうんだよね」
「そうなの……?」
悠が目を閉じて鼻をひくつかせたから、私は彼の背中を強めにたたいた。
「ちょっとヤダ、やめてよ!」
「ご、ごめ――でもやっぱり、いつもどおりいい香りだよ」
「もー」
そんな会話でも、私は笑顔がこぼれちゃってた。
「それに、そうやって全力でがんばれるってすごいよ。さっき走ってたときとかさ。そーゆーところ、カッコイイと思うよ」
そんな恥ずかしいことを急に言われて、私は顔を赤くしてうつむいちゃった。
そーゆーことを言えるって、なんか、ずるいと思う。
「……」
「……?」
「……ありがと」
黙り込んじゃった私を悠がのぞきこんでくるから、私はなんとか感謝の言葉をひねり出す。けれど、その言葉は小さすぎて悠には届かなかったみたいだった。
「え? なにか言った?」
「な、なんでもない!」
「そ、そう?」
「……うん」
「そっか」
そうやってなんとなく会話がとぎれても、雰囲気が悪くなっちゃうこともなくて、私たちは黙ったまま歩く。
その日は、すごくきれいな夕焼けだった。校舎も、田んぼも、家々も、歩く私たちも、なにもかもが鮮やかな朱色に染められていた。
「……ね」
「なに?」
「浅野くん。その、えっと……」
「……?」
「その……あの、名前で……呼んで、いい?」
そうして、私は言おうと思いなが一週間くらいずっと言えずにいたことを、ようやく伝えてみた。
やっぱり恥ずかしいこと聞いちゃったな、なんて思いながらおずおずと悠の顔を見てみると、思いもかけなかったって感じできょとんとして目を丸くしていた。それからほほに赤みがさしていくのがわかった。あのときの悠の顔は、夕日のせいで赤く見えたってわけじゃなかったと思う。
「えと、それ、は……」
「……ダメ?」
ぶんぶんと首を横に振った。
「いい……よ」
「えへへ……よかった」
そう言ってみたけれど、名前を呼ぶなんて恥ずかしくてなかなか言えなかった。
「じゃ、僕も……名前で、呼んでもいい?」
顔を真っ赤にしてうつむいたまま、悠もおずおずとそう言ってくれた。
「も、もちろん! 呼んでくれると……嬉しいよ」
私も恥ずかしくなっちゃって、悠の顔なんて見れなくなっちゃった。
「そ、そっか」
「うん……」
でも、やっぱりお互い恥ずかしくなっちゃって、名前なんて言えないまま黙り込んで歩いた。
「……」
「……」
それから少し歩いただけで、もう家の近くまで来ちゃって、お別れしなくちゃいけなくなっちゃった。
「あ、あの……」
「えっ……と……」
緊張しちゃった私と悠の言葉が重なった。
「あ、はは……」
「ふふっ……」
思わず顔を見合わせちゃって、お互いにぎこちなく笑いあう。
「それじゃ……えっと、その、未来……さん」
「よっ、呼び捨てで、いいよ……?」
「……!」
「わっ、わたしっ、も……悠って、呼ぶから……」
恥ずかしくって、悠の顔を見てられなくなっちゃって、うつむいたまま私はぼそぼそとそう言った。あとのほうなんて、ちゃんと声になってなかったと思う。
このときの私のセリフが、本当に聞こえてたのかは今でも自信がないけれど、でも、聞こえていなくたって私がなにを言おうとしてたのかってことは、ちゃんと伝わったんだと思う。
「じゃ……未来。また、明日、ね」
意を決してって感じで、声も裏返りそうになりながらそう言ってくれた悠に、私もちゃんと返さなきゃって思って、がんばって声を出した。
「悠も……また、明日!」
恥ずかしすぎるのに耐えられなくなっちゃって、叫ぶみたいにそう言うと、私は家の方に走って逃げ出しちゃった。
家の前で立ち止まって、悠に見えなくなったことを確認して、私はばくばくなってる胸を押さえた。
中距離走で自己新記録を出したときなんかとは比較になんないくらいに、心臓がうるさく鳴ってた。
このときは本当、冗談なんかじゃなく心臓が飛び出しちゃうって思ったもの。
何度も何度も深呼吸して、心臓が落ち着いてみると、私はこらえきれなくてにんまりと笑っちゃった。
嬉しい気持ちをいったいどうしたらいいかわかんなくて、鞄をぎゅって抱きしめてみた。
それでもおさまらなくて、私は家の前でもじもじしちゃった。
やっと落ち着いて家に入ったのは、それから十五分とか二十分とかたってからだったと思う。
そうやって、ようやく私は彼を「浅野くん」じゃなくて「悠」って呼ぶようになった。
悠との、そんな思い出の一つ一つ。それを、私はなに一つ忘れない。絶対に、忘れたくない。
だってそれは、私の大切な……初恋の思い出なんだから。
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