5.夢の中で

 丘を覆っていた黒い渦は霧散した。辺りは大量の砂が舞っている。
丘の頂上、力なく横たわる弟の胸を両手で何度も強く押しこむシンデレラがいた。
「ロミオ ロミオ 戻ってきて 息をして」

何度か繰り返し、胸に耳を当てるが生命の鼓動は聞き取れない。
「どうしてよ どうしてよ…… 私の呼んだ本じゃ、これで これで 生き返るって……」
少女の目からは大粒の涙が次々とこぼれ落ちている。

「こんな力のせいでぇ、こんな こんな…… 何が世界中のみんなを救うよぉ。
自分の弟ひとり救えないのに…… こんな こんな力ぁ……!?」

あるひらめきが――
シンデレラは記憶の中の医学書をめくっていく。
そしてあるページでめくっていた手が止まった。

シンデレラは自分の傷だらけの右手を見つめる。
そっとロミオの胸に手のひらを当てた。
「死なせない ぜったいに……」

ドンッという音が雷光と共に暗闇に放たれる。
ロミオの胸に当てた右手からシンデレラは確かな鼓動を感じ取った。
「よかった…… ロミオ……」
シンデレラはその場で気を失って、ロミオの体の上に倒れこんだ。


 やさしくほほえむ母親、元気に走り回る弟、うるさいなと笑いながら怒る自分。
周りを見守ってくれる村の人々、温かく幸せな時間……。

急に辺りが暗くり、嫌なにおいが立ち込める。
はっと 目の前にはさっきまでほほえんでいた母親が倒れている。
(おかあさん)
叫ぼうとするが声が出ない。

その奥には苦しむ弟の姿――
駆け寄ろうとするがその足はなぜか動かない。
足元には無数の手が群がっている。
(ロミオー)
弟の名を呼ぼうとするが声は出ない。

やがて、弟の姿は強烈な光と共に消え去ってしまった。


「ロミオーーーーーーー」
目の前には月、そして傷ついた自分の右手はその月に向かっている。

「やっと起きたか?」
とても懐かしく感じる、ちょっと不機嫌そうな声。
その声の方をシンデレラはとっさに向こうとする。

「つつっ」
体に強い痛みを感じて、再び天を向いて倒れこんだ。

「無理するな。体中傷だらけなんだから」
声の主はシンデレラの顔を覗き込みながら話しかけた。
「ロミオ!!  …… じゃない?」

シンデレラの目の前には見知らぬ若い男性の顔がある。
ゆっくり起き上がり、周囲を見渡してみる。
簡素な造りの殺風景な部屋。
その隅に置かれているこれまた簡素なベットの上にシンデレラはいた。

キョロキョロと辺りを見わたす。
いくつも質問が頭の中に浮かぶが、まずは聞かなければならないことがあった。
「男の子……私と一緒にいた男の子は?」

少女の傍らに座っている無精ひげを生やした男性は、
ボサボサのあまり手入れをしていない頭をかきながら言った。
「ああ、あの子ね……」
青年はロミオの事を知っているようだった。

少し安心した様子でシンデレラが質問を続ける。
「今、ロミオはどこに?」
「うーん、まずは順を追って説明していこう。こちらも色々知りたいことがあるんでね」
青年は相変わらず頭をかきながらそう答えた。

「まずは自己紹介をしておこう。私の名前はトラボルタ ある研究をするために旅をしている」
面と向かって座る二人は、互いの自己紹介から始まって、
まずはシンデレラが今までのいきさつをトラボルタに話した。

「なるほど、それは…… ふむ」
しばらくの考察の後、トラボルタはある結論を導き出したようだった。
「君がメルト症候群であるにもかかわらず、今生きているということ。非常に興味深い。
いや、失礼。興味深いなどと…… それに、今は弟さんのことだな」

「そうだった、ロミオは別の部屋にいるんですか?」
すこし高揚した様子でシンデレラはたずねた。
男性が返事をする間もなくシンデレラは言葉を続けた。
「あの子、大丈夫ですよね? ひどい状態だったから」

しばしの沈黙の後、トラボルタは口を開いた。
「結論から言おう。君の弟はここにはいない。だが怪我は大丈夫だ、私が処置をしておいた」

シンデレラは事が理解できず、あっけにとられた顔をしている。
若き研究者は事の詳細を少女に語り始めた。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい
  • 作者の氏名を表示して下さい

紅のいかずち Ep0 ~シンデレラストーリ~ 第5話 夢の中で

紅のいかずちの前章にあたる、エピソード0です。
この話を読む前に、別テキストの、まずはじめに・・・を読んでくれると
より楽しめると思います。
タグの紅のいかずちをクリックするとでると思います

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閲覧数:140

投稿日:2009/11/21 22:32:38

文字数:1,734文字

カテゴリ:小説

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