『リンリンシグナル』 -ある休日に- VOL.1

「ふん♪ ふん♪ ふ~ふふん♪」
 爽やかな陽気が世界を包みこんでいた。
 大きく息を吸うと、花壇の花々の香りと共に、久しぶりの街の匂いが鼻腔を満たす。
 そんな五月の日曜日の朝、一人の少女が駅前広場で誰かを待っていた。楽しげに鼻歌を歌う彼女は、チラリと広場の時計を眺める。
「まーったくもう、レンの奴、今日も遅刻して・・・」
 そう呟く彼女の顔は、それでも楽しそうであった。
 春らしい爽やかな緑色のストラップ付き半袖ブラウス。ショートパンツに、活動的なハイソックスとシューズ。特徴的なのは、彼女が頭を動かすたびにぴょこぴょこと揺れる真っ白なカチューシャリボン。
 少女の名は鏡音リン。
 肩くらいに切られた綺麗な金髪と、透き通るような青い瞳が人目を引く中学二年の少女である。
「おい、リ~ン!」
 と、向こうの方から彼女を呼ぶ声が聞こえ、ハッとその声にリンは振り返る。
 道路の向こうから、彼女が良く知る顔の少年が近付いてくるのが見えた。リンは一瞬、とても嬉しそうな表情になった直後・・・、
「おーそーい!」
 すぐに眉間にしわを寄せて声を上げる。突然怒鳴られた少年は特別驚いた様子ではなかったが、困ったような表情を見せた。
「えぇ? そんなに遅れてないだろ?」
「遅いよ! 5分も遅刻だよ! ご・ふ・ん・も!」
「なんだよ、5分くらい・・・」
「たった5分ってねぇ、私は20分も・・・」
 そこまで言いかけて、少女はハッと口をつぐんだ。
「・・・何でもないわよ・・・」
「??」
 リンは少し恥ずかしそうに顔を赤くすると、改めて少年を見つめた。少年の名は鏡音レン。レンもリンと同じく金髪碧眼。年齢も、その顔立ちも、とてもリンに良く似ている。それもそのはず。
 リンとレンは双子の姉弟であるのだから。
 背格好も良く似ているため、小学生の頃は男女であるのに、どちらがどちらか分からないと言われてくらいである。だが、さすがに中学生ともなると、それなりに男女としての成長が現れ、当然ながら間違える人間はいなくなっていた。
「それとレンさー、まぁ、あんまり文句は言わないけど。その格好、もうちょっとどうにかならなかったの?」
「え? 普通だろ?」
 レンの格好は、いつもはいているジーンズに、白系統のTシャツと言う、なるほど、どこから見ても普通の格好だ。
「まぁ、この際それでもいいけどさ・・・」
「なんだよ。だって、急に朝、出かけるって言われたんだからさ、こうなっても仕方ないじゃん」
「だって急に花ちゃんが風邪ひいたって言うし・・・」
「だったら一人でも良かったじゃん? なんでわざわざ日曜日にリンと一緒に出かけないといけないのさ。そもそも、なんで待ち合わせ? 一緒に出発すれば良かったじゃん」
 レンがその点について触れると、リンはぷくっと頬を膨らませた。
「そんなんだからレンは。その年になっても彼女の一人もできないんだよーだ」
「なっ、そ、それは関係ねーだろ」
「ふんっ」
 リンはそっぽを向いて歩きだした。
「あ、リン!」
 やれやれ、と、リンの後ろを歩き始めたレン。折角の休日の朝なのに、このまま気まずい空気が流れ続けてしまうのだろうか。・・・いや、そうではない。なにせ二人は双子なのだから。
「あっ! ねぇレン! あれ見て!」
 不機嫌そうだったリンが突然嬉しそうな声を上げた。彼女の視線の先に新しい出店が見えたのだ。最近話題のお店、『ルカのたこ焼き屋』である。
「あれよ、あれ、最近すっごく話題なんだから!」
「お、おい、ちょっと待ってよ」
 さっきまでの不機嫌はどこへやら。リンはレンの手を取ると、たこ焼き屋の方へと走る。
「さっき朝飯食べたばっかじゃん!」
「女の子のお腹はいくつも胃があるんですぅ」
「牛かよ!」
「すみませ~ん、たこ焼き一つ~」
 リンは嬉々として、話題のタコ焼きを一箱手にすると、
「遅刻の罰。はいレンの奢り」
「え、嘘だろ・・・」
 とはいっても、これくらいの我が儘は良くある事。ブツブツ言いながらも、レンは代金を支払った。
「へぇ~これがルカさんのプロデュースのたこ焼きなんだぁ・・・」
歌手、モデル、女優として活躍している巡音ルカがプロデュースしたたこ焼き屋。可愛らしいたこルカのイラストも面白いが、その味も格別なもの。
「んー、美味しい!」
美味しいルカのたこ焼きを食べて、リンの機嫌もすっかり直っている。
「お、おい、リン、俺にも・・・」
 朝食からそれほど時間は経っていないが、香ばしいソースの匂いを嗅ぐと、さすがにレンも唾が湧いてくる。
「ん~? じゃぁ、あ~ん」
「え? ああ・・・」
 爪楊枝でリンはレンの口元にたこ焼きを運ぶ。レンはそのタコ焼きをはぐっと食べる。
「むっ! 美味い!」
 外はパリッと、中はトロリ。そして何よりも、国産にこだわっていると言う大粒のタコがプリプリの食感。ソースの風味も粗野ではなく、しかし上品すぎる訳でもない絶妙さ。
「でしょー」
 リンは自分の手柄であるかのようにそう言うと、また自分もタコ焼きを食べた。
「お、おい、リン。残り、全部食べる気じゃないだろうな」
「えー。仕方ないなー」
 またリンは爪楊枝でタコ焼きを差し出す。
「・・・なぁ、箱ごとくれないのか?」
「だーめ。これは私のだもん」
「俺の金なのに・・・」
 レンは肩をすくめると、差し出されたタコ焼きを、またはぐっと食べた。そんなレンの様子を、リンは楽しそうに見つめていた。
 早速の腹ごしらえの後、リンとレンは休日の街を巡り、色々な店などを見て回る。その行動は、一般的に言えば休日デートであった。
「あ、レン! 見て見て、あのアクセサリー、可愛い!」
「ん? ああ・・・?」
 リンは路上でアクセサリーを売っている露天商を見つけ、そちらの方に走り寄ってゆく。リンは並べられたアクセサリーに目を奪われているが、レンはアクセサリーなどよりも、その露天商の店主の格好が気になっていた。
(なんであの人、五月なのにマフラーしてるんだろ・・・)
 露天商の店主は長身の若い男性。ジーンズにポロシャツと言う、どうと言うことのない格好であるのだが、何故か首にマフラーが巻かれていた。
「あーこれ、面白い!」
「おっ、彼女、お目が高い。それは最近の僕の自信作さ」
「お兄さんが作っているんですか?」
 リンは楽しそうにアクセサリーを見つめる。リンが見つけたアクセは、見事な組紐で作られたブレスレット。そこには小さな鈴が付けられていた。
「あはは、これ、手につけてたらリンリン音が鳴るね!」
「最近流行の二人を結びつける組紐と、さらに由緒ある縁結びの神社で売っている鈴を組み合わせた、おまじないのアクセだよ。どうだい彼氏。彼女とお揃いで」
「え、彼氏ぃ?」
 レンは変な顔をして絶句する。
「うふふっ、買ってくれる? カレシさん?」
 リンは可笑しそうにニヤニヤしながらレンの方を見た。
「あのなぁ・・・」
 レンは溜息をつきながら商品を見つめる。赤と白の紐で組まれた組紐のブレスレット。ペアになっており、同じデザインで青と白で組まれた物がもう一つ。なるほど、男性のレンが見てもおしゃれな雰囲気のアクセサリーであるが、
(ペアで三千円? 高いんだか安いんだか・・・)
 こんなものの相場は良く分からない。ただ、中学生が払う金額としてはそれなりだ。
「駄目駄目」
「えー、けちーっ」
「知らんがな」
「うぅー」
 リンはまた少しだけ不機嫌そうな表情になって先に歩いてゆく。やれやれ、と、レンはその後ろを付いて行った。
 だが、それからしばらくした後には、すでにリンは鼻歌交じりで、ご機嫌そうに街を歩いている。そんな彼女の後姿を眺めていたレンは、
「・・・なぁ、リン」
「ん~? なぁに?」
「あのさ、リンは楽しいの? こんな休日にわざわざ俺となんか・・・」
 レンがそう尋ねると、リンはご機嫌な表情から一転、眉間にしわを寄せた。
「・・・なんで今、そんな事を言うの?」
「なんで、って・・・。リンだって、ホラ、休日くらい彼氏とデートをするくらいさ・・・」
 レンがそう言うと、リンは立ち止まって明らかに不機嫌そうな表情となる。
「はぁ? なによそれ、私に彼氏が居ないこと馬鹿にしている訳?」
「えっ、そんなことは無いけどさ。でも・・・」
「あーそう。そっか、どーせレンは、グミ先輩と来たかなったなぁ、とか、そう思ってるんでしょ!」
「なっ!?」
 その名前を出されて、レンは顔を真っ赤にする。
「な、なんでグミ先輩が出てくるんだよ!」
「だーってさぁ、レンってば、いっつも部活の時、デッレデレしてるじゃん!」
 めぐみ先輩。通称グミ先輩。レンの所属するサッカー部のマネージャーをしている。とても面倒見がよく、明るくて性格の良い女子生徒で、男子達から大人気の女子である。
「レンはいっつもグミ先輩の胸ばっかり見てるもん!」
「そ、そんなことねーしよ!?」
 『図星』を突かれたレンはやや裏返った声を上げた。
 仕方ない。仕方ないのだ。彼女が男子に大人気なのは性格の面もあるが、それと同時に、制服では隠しきれない程のその胸元にも・・・。仕方ない、年頃の男の子ならば、グミ先輩の胸元に目がいってしまうのは、これは男子のサガと呼ばれるものなのだ。
「ふーん、どーせ私には胸はありませんよーだ」
「え? あ、うん。そうだな」
 リンの胸をチラリと見て、レンは頷く。
「否定しろよ!」
「今、自分で言ったんだよな!?」
「あーもう、レンはホントこれだから・・・」
 ブツブツと不機嫌そうに呟くリンであったが、そろそろ昼食の時間である。
『ハンバーガーがいい!』
 リンの提案で、リンとレンは近場のハンバーガーショップに入った。そしてそれぞれ、好きなハンバーガーを注文し、なんとか空いていた席で昼食を取る。
「やっぱりさ・・・、今日はカップルばっかりだな」
 周辺を見回したレンはそう呟いた。平日ならば学校帰りの学生なども多いが、休日である今は、比較的男女のカップルが多い。
 レンがそう呟くと、先程までビッグMAXにかぶりついていたリンが少し食事の手を止める。そして、
「・・・レンは、つまらないの?」
「え?」
 少し寂しそうな視線でリンはレンを見つめていた。
「休日にまで、こんな私になんかに付き合わされて、つまらない?」
「そんなことは言ってないだろ」
「でも・・・」
 リンは黙ってしまった。
「・・・」
「・・・」
 微妙な沈黙。周りの喧騒がやけに耳に響く。
「あのさぁ、リン」
「なに・・・?」
「俺たちもう、中2だしさ。なんかこう、姉弟で出かけるのって、恥ずかしくない?」
「・・・昔は、よく一緒にデートしたじゃん」
 デート、と言う単語に、レンは微かに顔を赤らめる。
「いや、それは小学生の時の話しだろ? 中学生になったのに、そーゆーのはさ・・・。なんて言うか・・・。その・・・」
 レンが言葉を濁すと、
「・・・嫌、なんだよね。やっぱり」
 怒っている・・・、と言うよりは、やや拗ねたような表情を見せるリン。
「いや、だから、そんなこと言ってないだろ」
「言ってるじゃん・・・! 嫌だって」
 プイ、と、リンはそっぽを向く。
「そうじゃなくって・・・」
「じゃぁ何よ。ちゃんと言ってよ、そうじゃないと、私、レンの気持ちが全然分からないよ!」
 レンは感情がころころと変わるリンに何と言えばいいのか分からなかった。
(だって・・・、もしも、素直な言葉を言っちゃったらさ・・・)
 レンは改めてビッグMAXにかぶりついているリンを見つめる。
(気持ち悪い、とか、不機嫌になるんじゃないの・・・?)
 なんとなく微妙な空気のまま二人は昼食を終えて店を出た。

『VOL.2』に続く

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい
  • 作者の氏名を表示して下さい

『リンリンシグナル』 -ある休日に- VOL.1(コラボ用)

この作品は、名曲『リンリンシグナル』の二次創作小説です。内容はコラボ用ではない同名のタイトルの作品と変わりませんが、こちらは小説の勉強の為に、コラボ内メンバーで互いに様々な意見などを交換し合うことがあります。ご了承ください。


思春期の姉弟(リンレン)が思春期らしく、ぐだぐだしたり、喜んだり、悲しんだり、うじうじしたり、甘酸っぱかったりと、そんな作品です。主人公は鏡音の二人ですが、他の人たちも何らかの形で登場するかも?
なお、文字数の都合上、三部作となっています。


素晴らしい原曲:『リンリンシグナル』Dios/シグナルP様

閲覧数:136

投稿日:2018/05/09 17:05:08

文字数:5,043文字

カテゴリ:小説

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