アタシは変わり果てた貴方が怖かった。



でも手を離したらもう戻らないかも知れないなんて

その時のアタシには分からなかった。







箱庭―軋み出した歯車―









「KAITO?ねぇ…嘘でしょ」

恐る恐る地面に崩れ落ちた彼に駆け寄ったが、既に彼は完全に止まっていた。

ショート直後で熱を持っていた体が急速に冷えて行く。

「嫌よ。嫌…いやああああああ!!起きて!!KAITO!!起きてよ!!」

聞き分けのない子供ように彼を揺さぶり、それでも目を覚まさない彼にとてつもない恐怖を感じた。


「だっ誰か!!誰か!!いないの!!」

大声を張り上げて扉の方に視線を向けると緑の髪の少女が呆然と立ちすくんでいた。

「ミク!!良かった…マスターを呼んで来てKAITOが『死んじゃう!!』」

ピクリと体を震わせた少女は空ろな表情でアタシ達を見つめる。


「ミク?どうしたの?マスターを呼んで来て」

いつもとは違う少女の様子におかしいと眉を寄せる。
少女はアタシではなくアタシの腕の中にいる彼を見つめてゆっくりと口を開いた。


「ねぇ…『死ぬ』って何?それはどんな気持ち?」


ただ純粋に少女は彼に問い掛ける。

頭の中でアラートがなりひびいた。



『これは危険だ。イケナイ事だ』



「ミク!!なにしてるの!!早くマスターを呼んで来て!!早く!!」


精一杯声を張り上げて怒鳴りつけると、少女は弾かれたように我に返り慌てて部屋を出ていった。

それからは余り覚えていない。


彼女がよんできたマスターとプログラマー達がおしよせて、KAITOを回収すると彼はドックに入れられた。

メンテナンス室の前で待ち続け、気の遠くなるような時間がたったあと静かにドアが開いた。

「マスター!!KAITOは!?」

マスターの後ろから青いマフラーが揺れたけど、彼じゃなかった。

彼と全く同じ顔で、アタシより少し高めの身長のカレがそこにいた。


「よかったよ。バックアップを取っていたから復元できた。データが1週間のモノだったんだ…MEIKO?」

マスターの言葉がうまく処理できなかった。パンク寸前のアタシは恐る恐る口を開く。

「マスター…KAITOは?」

「だから彼が『KAITO』だよ。ボディやAIの修復は可能な所までしけど、あそこまでデータが壊れてたらリカバリーでも不可能でね。一度アンインストールして、ソフトを入れ直したんだ。バックアップ取っていたデータは取り込んだから。まぁ削除した記憶もあるけどね」

体の中心が驚くほど冷えて行く。
音がうまく績げない。

「マスター…彼は」

「MEIKO…」


マスターは優しく諭すようにアタシの名を呼び、暗い暗い底の見えない深い闇がアタシを見つめた。

「これ以上のイレギュラーは困るんだ。ただでさえ今回の事で構想の練り直し何だから、『知恵』を実らせた君なら分かるよね?MEIKO」


「は…い…」

音が勝手に出ていった。

「MEIKOはいい子だね。聡明な君は誰よりも綺麗だ」


マスターは子どもを褒めるように、昔みたいに変わらず優しく頭をなでてくれた。












イレギュラー。

マスターにとって彼が手に入れたそれは有ってはならないもので。


「じゃあ…どうして…っ」

音に出来ない言葉に口許を押さえた。

「MEIKO?」

『   なんて与えたんだ!!』

マスターの声がノイズでよく聞き取れない。

でも彼の言葉は鮮明にAIを巡る。

「マスターすみません。まだ処理が追いつかないんで今日は失礼します」

「あっああ。じゃあ…まぁ明日大事な話があるから起動したらきなさい」

「はい」

アタシの様子がおかしいのに気付き、マスターも詳しくは聞かず『KAITO』を連れてメンテナンス室に戻っていった。



踵返してアタシは走り出す。

出来るだけ彼等から離れたくて。

ガムシャラに走ってアタシが向かったのはKAITOが使用していた部屋だった。


主を失ってガランとした室内。

ただ、机の上になにかが転がっていた。


「レコーダー?日付が…昨日じゃない。サンプルテストなんてなかったのに…」


アタシは恐る恐る再生ボタンを押した。






『あー…テス…テス…えっとAI機能発達確認テストです。
これから他のVOC@LOIDについての印象を話します。
初音ミク。
彼女の声の安定性バランス面の良さは尊敬する。
ただ女の子だからかな?若干感情が不安定だから、誰かが見てやらないと少し危険だと思う。

鏡音リン、鏡音レン。
二人の声のハーモニーは素晴らしい。がまだ子どもなので滑舌面で不安が残る。
お互いがお互いを思い合ってるが、依存傾向も高いので十分気を付けた方がいい。


MEIKOは…あー…難しいな。
音が上手く出てこない。
彼女は…いないと俺が困ってしまう。
音で上手く表現出来ないんだけど、彼女は友人で家族で…俺という音を初めて認めてくれた人かな。
たまに大雑把なのがたまに傷かな。すぐ機材壊すし、俺に押しつけるし…。

でも嫌いじゃない…むしろ…俺は』



『KAITO?』

レコーダーから自分の声が響きビクリと体を震わせる急に現実に引き戻されたみたいに。

『わっ!?MEIKO!!急に開けるなよ!!』
『はいはい。マスターが提出期限すぎてるサンプル今日中に出せって言ってたわよ』
『えーあー分かった。有り難う』
『アンタ締切は守りなさいっていつもねー!!』
『分かった。分かった。いまから録音するから…』
『それでよし!じゃあKAITOまた後でね』
『はいはい』
『はい。は一回!』
『分かったよ。また後でな』


戸が閉まる音の後レコーダーを拾い上げる摩擦音がした。


『あー…しまった。録音しっぱなしだった。もう使えないな。しょうがない新しいの貰って来るか…』


ブツッ



もういない彼の声。
穏やかな彼の最後の音。

最期に吐き出した言の葉はアタシの脳に焼き付いていた


「ずるいじゃない…」

一人の部屋にその音はやけに響いた

「なんなのよ…何がいいたかったの!ねぇ!!答えてよ!KAITO!」

音は緩やかに空間に溶けて消える。


レコーダーから流れる変わらない彼の声が酷く遠くで聞こえた。
ほんの数時間前にいた彼はもう。


「いや…嘘…嘘よ!?だって昨日まで、アタシと話して笑って困った顔をしてたのに」


『アンタ締切は守りなさいっていつもねー!!』
『分かった。分かった。いまから録音するから…』
『それでよし!じゃあKAITOまた後でね』
『はいはい』
『はい。は一回!』
『分かったよ。また後でな』



「後でって言ったじゃない!!っ…いやあああああ、あああ…ああ…」

置いてかれた子どものように声を上げて啼き叫んでも、
声帯が渇いて声が掠れるぐらい喚いても、

アタシの目からは彼のように雫が落ちる事はなかった。



あの時こぼれ落ちたのは、ただの冷却液か、彼自身の『   』だったかは誰にも分からない。




アタシは変わり果てた彼が怖かった。



でも手を離したらもう戻らないかも知れないなんて

その時のアタシには分からなかった。


こんなに後悔するだなんて思いもしなかった。


後悔したところで零れ落ちたものが二度と元には戻らないなんて。




アタシの知る彼は手の中の小さな柩に納められ、白いばかりの世界は彼を喪った。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • 作者の氏名を表示して下さい

【仮想メモリ】箱庭―軋み出した歯車―【箱庭症候群】

箱庭プロジェクトは黒崎カイリが考えた二次創作です。版元様は関係ありません。
美しくも物悲しい話を目指しているため、ほんの少し薄暗くなってしまうかもしれません。


軽く設定
旧世代(プロトタイプ)=MEIKO・KAITO
新世代(ニュータイプ)=初音ミク・鏡音リン・鏡音レン・巡音ルカ・神威がくぽ
旧世代は新世代の様にAIの学習機能が活発ではない。
特にKAITOは男性機種な為乏しい。

箱庭と呼ばれる仮想メモリの物語

【仮想メモリ】【箱庭症候群】は同設定の物語の時につけています。

箱庭―(タイトル)―は主軸となる話です。
それ以外のタイトルは説話集です。

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閲覧数:268

投稿日:2009/05/27 22:23:34

文字数:3,121文字

カテゴリ:小説

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