彼を見つけたのは、満月の、不思議な夏の夜だった。
*
「未来(ミク)ちゃん、迷子にならないように気をつけるのよ」
「もう、ばーちゃん、私もう中3だよ?心配しすぎ!」
「でもねぇ…この辺りにはお社の幽霊が出るとも言われていてね…子供にしか見えない、夏の幽霊が」
「ユーレイ!?迷信だよ、ばーちゃん。科学の時代にそんなこと言ってたら置いていかれちゃうよ?」
そして、同年代の友達探しに歩いていた私は、結局ばーちゃんの言うとおり迷子になってしまったのだった。
この年になって人に聞くのも気恥ずかしいし、とりあえず歩いていればなんとかなるだろう、と軽い気持ちでいたのに。
気づけばあたりは真っ暗で。
満月で周りが明るいことがせめてもの救い。
「どこよ、ここ」
深い緑の森。
夏なのに、夏であるはずなのに、冷たい風。
ザッザッ、と草を踏み分けて歩く音が、背後から―――
「誰だ?」
〝この辺りにはお社の幽霊が出るとも言われていてね〟
「でっ…でたぁぁぁぁぁぁぁっ!」
少年は顔をしかめた。
「なんだよ、幽霊呼ばわりかよ」
「幽霊じゃ…ない、の?」
「…幽霊、ではない、か」
なんだ、私が捜してた…同年代の子…少し年上かな?
足元透けてないし、輪郭はっきりしてるし、大丈夫。
「名前」
「え?」
「名前、教えろよ」
「未来、だけど、キミは?」
「ない」
一瞬、私と同じ色をした彼の瞳が寂しそうに翳った。
「ないんだよ」
「ない、ってことはまさか…」
「幽霊じゃないし」
「じゃあなんで…」
「人間でもないよ」
やっぱり幽霊じゃない、という私を遮って、
「妖怪、って呼ばれてる。だから、名前はない」
何故か、恐怖を感じなかった。
それどころか暖かな気持ちにさえなった。
「じゃあ、私が名づけてあげる」
「未来が?」
「うーん…じゃあ…」
名前、といってもそう簡単に思いつくものではない。
しばらく考えた末、
「ミクオ!」
自分の名を、男の子っぽくしただけ。
「…だせぇ…」
私が名づけてあげた少年は、腹を抱えて笑うのだった。
散々考えた挙句それかよ、とかセンスなさ過ぎ、という声が聞こえてきそうだ。
「だ、だって、瞳の色も髪の色も私と同じじゃない!それにせっかく名づけてあげたんだから…」
「いいよ」
「え…」
「…ありがとう」
彼は笑った。
男の子にこんな言葉を当てはめるのはおかしいけれど、綺麗だと思った。
今まで見た何よりも、綺麗だと思った。
…妖怪のくせにね?
「…クオ」
「え?」
「クオにしようよ、名前。ダサくないでしょ?」
「別にいいのに」
クオは寂しかったのかもしれない。
私を見て、嬉しそうに笑うから。
「この道を右に曲がれば村に着く」
「…なんで…」
「迷子だろ?年甲斐もなく」
「うっ…」
「もう迷うなよ?」
「うん…また明日!」
クオは黙って手を振った。
「また明日、か…」
さわさわ、と笹の葉が揺れている。
8月中旬、人間達の盆休み。
*
「来たよー!」
「…本当に来た」
「なんでー?嫌?」
「オレのこと、怖くないわけ?」
またクオは、寂しそうに笑う。
「クオはいい妖怪なの!」
「なにそれ…ところで、未来、お前いくつ?」
「14だよ!今月で15歳!」
「そうか…」
クオはフっと笑った。
そういうクオは幾つなんだろう。
ああ、妖怪だから年とか関係ないのかな。
年を聞いても、クオは教えてはくれなかった。
*
来る日も、来る日も、私はクオを尋ねた。
クオはそのたびに色々な所へ連れて行ってくれた。
他愛のないことばかりをした。
けれどその他愛のないことがとても楽しかった。
それに、クオ以外の妖怪も見た。
妖怪たちはなぜか、私の年齢を気にした。
クオが説明するたび安堵する妖怪を見て不思議に思ったものだ。
そして8月31日、夏休み最後の日。
「明日は…来れないの」
「そうか…」
「家に帰らなきゃいけないから…けど、来年は絶対、絶対来るから!来年のお盆になったら、あの場所で絶対、待ってて!」
「来年…か」
フっと笑うクオと私の間を、風が通り抜けた。
さわさわ、と葉の音がする。
「約束」
小指を絡ませて、確かにクオは呟いた。
*
そして、現在。
15歳、もう少しで16歳になる、盆休み。
私はバスで田舎のばーちゃんの家へ向かっていた。
夏が過ぎ、秋が来て、冬が来て、春が来て。
そしてまた夏が巡ってきた今でも、クオのことばかりを考えていた。
眠れない夜に、クオのあの笑顔を思い出すと、不思議と安心した。
空を見上げたら、クオの残像が浮かび上がったこともあった。
何度、会いたいと思ったか。
会いに行こうと思ったか。
短い期間の中で、クオに恋をしたのかもしれなかった。
「約束、覚えてるかな…」
小指に絡んだクオの熱を、手はまだ覚えている。
*
初めて会った、約束の場所。
クオはちゃんとそこに居た。
「クオ!」
「未来…」
何度も脳裏で蘇った、変わらない笑顔。
何度も会いたいと思った、その姿。
小指が熱くなった。
迷わずに、クオに飛びついた。
「会いたかったぁ…クオ…」
「…オレも」
そして再び、私達の夏は始まったのだった。
*
夏の終わりが近づいてきた頃。
「未来、お前の誕生日は…いつだ?」
「明日!もう少しで16歳かぁ…大人の仲間入り?」
「今日の夜、深夜まで…一緒にいたい」
「え…?」
「一緒に誕生日を、迎えよう」
顔が赤くなる。
鏡はないけど、自分で分かる。
「ありがとう…嬉しい」
「約束、な?」
また小指を絡めた。
クオとの約束を、私が破るはずがない。
*
「未来、今日の夜はおばあちゃんと一緒に街へ出かけるわよ」
「なんで夜に?」
「夜、ここを出ないと朝までに街に着かないのよ」
夜はクオと約束している。
絶対に破っちゃいけない。小指を絡めたんだから。
「私、ここに残りた…」
「おじいちゃんのお見舞いよ。わがままは許されません。未来」
「じゃあ今!今行ったら夜に戻ってこれる?ばーちゃん!?」
少し遅れてでも、クオとの約束は絶対に果たしたい。
「そうねぇ…12時前には戻ってこれるだろうね」
12時前には戻ってこれる予定だった。
けど…
「車が…」
続く坂道で車が止まってしまったのだった。
11時30分。
まだ、山までは遠いけど。
「このまま少し待つしかないわね…」
「お母さん、ばーちゃん、私先帰る!」
「ちょっと!ミク!?」
*
腕時計は11時40分。
まだ山は見えてこない。
走り続けて、絶対に止まらない。
もっと早く走れ、私の足。
もっと…もっと…
「あぁっ!」
石につまずいて転んだ。
山はまだ見えてこない。
あと10分で12時なのに。
すぐ起き上がって走った。
優しいクオ、妖怪のクオ、笑顔が綺麗なクオ。
そして小指に絡んだ、温かい指。
妖怪であることを疑うような、あたたかなクオ。
再会して、飛びついたあの日。
抱擁を交わしたあの日の熱が、蘇る。
それなのに、足は思うように動かない。
山が見えてきた頃には、12時を回っていた。
クオはそこには居なかった。
*
「クオ!遅れてごめんなさい!未来だよ!」
返事はない。
私は泣いた。
約束を破ってしまった。
クオはきっともう私の前には現れない。
「く…お…っ」
好きだったのに。
今日、大好き、と伝えようと思っていたのに。
「…泣くなよ」
ざわざわ、と森がざわめく。
「クオ…?」
「なんで…少しずつ薄れてるの…?」
「それは、未来が16歳になったからだよ。未来はもう、大人だからだ」
〝子供にしか見えない、夏の幽霊〟
「それは自然界の理。人間の大人っていうのは16歳なんだよ」
「クオ…は…?」
「妖怪は大人に見られてはいけない、これもまた、理だ」
「妖怪のコトワリを無視して…どうして…私の前に…!」
「まだ伝えてないことがあったから」
また一段と、クオが薄くなった。
緑色の光が、クオを包んでいく。
私の手に、届かない所へ逝ってしまうのだろうか。
「好きだよ、未来」
心待ちにしていた言葉。
なによりも欲しくて、求めていた言葉。
今は、別れの言葉にしか聞こえない…
「クオ、私も…私も好き、大好き!だから…だから、消えないで…!」
クオが頭にポン、と手を置く。
ツインテールを手で梳かしてくれた。
悲しいほど優しい、笑みを浮かべて。
「やっと未来と同じ年齢だ」
私の大好きな笑顔で、クオは笑った。
森が、暴れているかのように葉を揺らす。
たくさんの葉が風に飛ばされる中、
クオは―――
「未来と同じ歳で、一緒に居られるなら本望だ…もし今日未来が間に合っていたら、多分…別れを告げただろうから」
「私のためなんかに…消えないで…!逢えなくてもいい、クオが存在してくれれば、私は――!」
クオは―――
少し屈んで、キスをした。
「名前…ありがとう、嬉しかったよ、未来」
「クオ…大好き。お願い、消えないで…」
「好きだよ、未来。またどこかで会おう?約束」
クオが私を強く抱きしめた瞬間、クオは風の中で葉となり、散っていった。
「嫌だ、クオ…ひとりにしないでよ…」
積み重なった葉の中、私は泣いた。
葉の色は、クオの髪の色と全く同じ、綺麗な緑色。
私の髪と、同じ色。
風に舞うクオの葉は、クオの残像を形作り。
私はまた、泣くのだった。
約束―――小指の熱は、私が死んでも残ることでしょう。
貴方に逢えるのは、空の上か。それとも地の下か。
優しい貴方のことだから、きっと空の上に居るのでしょう。
私はいますぐ貴方の所へ行きたい。
けれど…
今逝ってしまえば、貴方は私を抱きしめてはくれないのでしょう。
だから、少しだけ、待っていてください。
16歳で成長が止まっているのだから、貴方が本当は幾つなのかは分からず終いだったけれど。
きっと、妖怪にとっては短い時間のはず。
クオの葉を抱きしめた。
これは証。
貴方がこの世に確かに存在した、証。
葉を抱き、立ち上がった。
帰らなければ。
貴方のこと以外を愛することができる自信はない。
けれど、私は私の居場所へ―――
歩き出したとき、クオがまだ、山から見送ってくれるような気がしたのは何故だろう。
ああ、そうか。
クオは、泡沫に消えたけれど、私の心の中で。
確かに生きているのだった。
今度は絶対、約束守るから。
【夏の終わり】泡沫の初恋【消えた愛しい人】
なんで今、夏なんだろう…
小学校のとき書いたものを見つけたので、掘り出して、改変して、登場人物をクオミクにして、文章を直して上げたらすごい長さになりました。
ごめんなさい。
てゆうかなんでこんなに悲しいんでしょう?
子供ってハッピーエンド好きですよね?
よっぽど小学生の私はませてたんでしょうかね?
読んでいただけると幸いですが…
あ!これは決してホラーではありませんよ!
ファンタジーってことにしといてください!
得意分野なんです(嘘
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莉子
ご意見・ご感想
お久しぶりです。
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涙腺崩壊タグつけますね。
切ないです。
小学校でこんな素敵な小説を書けるなんて尊敬します。
感動しすぎてやばいです。本当に涙が止まりません。
ブクマいただきますね!
ブクマ、侑子さんの小説だらけなんですけど…汗
本当に尊敬しています!
2012/03/19 15:25:25
楪 侑子@復活!
ありがとうございます(*´∀`*)
泣いてくれて有難うございます←
タグ嬉しいです!大感謝です!
いや、ストーリー展開は小学生の私ですが、文面は完全なうですよ!
小学校で泡沫とか知らなかったですもん←
ブクマも!?
重ね重ね有難うございます。
そんな…
莉子さん、褒めちぎっても何も出ませんよ?
2012/03/29 13:03:21