ピーピピッ、カチッ、
「何かを惜しむ人間ほど、ひどく饒舌だ」
…ヴーーン
そう説かれたのはいつだったか。
ピー、ガッチャン
無口を気取る僕とお喋りなあいつに共通点があるとすれば、そうだな、
…プッ、プッ、プッ、
「寂しかった」だけなのかもしれない。
ピッ、ガーーーー
【recollection】
明滅する青白い光の中。半球状の屋根の中央を独占するように、その男は座り込んでいた。ちょうどお椀を伏せたような形の部屋は一見してかなり広い。その床を縦横無尽にしかれたコードが埋め尽くし、さながらのた打ち回る蛇のようだ。男はその色とりどりのカラーコードに潜りこむようにぐるりと囲まれ、終始止まない機械音に耳を傾けていた。コードたちの先には積み木のおもちゃのようにぞんざいに機械が積まれている。暗闇を好むのか、それとも視界を自ら狭めたいのか。極力落とされた照明の下で、機械仕掛けのおもちゃ箱は聳え立つビルのごとく雑多に、けれどある者にはそうであるように、意味のある山を築いていた。
――ジジッ、ジッ…マ、すta―
機械の一つから、ノイズ混じりに声が上がる。
本ぢつ…ジッ…はいか…ジジッ…がなサイマスカ――
「どうもしないさ。今日も、やるよ」
男は小さく呟く。手元の工具を握りなおし、幾筋もの線を辿るように引き寄せた。
僕が〝彼〟の製作に携わり始めたのはあいつが消えてからだった。小・中・高校、果ては大学まで同じで、しかも幼少からの「お隣さん」だった僕らは世間一般でいう「幼馴染」ってやつだったのだろう。絵に描いたような関係性だったけれど仲が良かったのかと言えばそうでもなく、ただ腐るほど顔を知る「他人」とでも言おうか、そこまで親密に交流していたわけではなかった。入学式では「お隣さん」特有の母親同士の野井戸端トークに巻き込まれ、クラス替えのたびに顔をつき合わす。けれど席替えの籤では必ず5席は離れ、苗字の関係から体育でペアを組むことも、遠足や修学旅行の班分けで一緒になることもなかった。誕生日や趣味は知っている。けれどどんな性格で何が好みかはどちらも知らない。
もっとも近しい他人。それが僕らのお互いの認識だったと思う。
たぶん、縁みたいなものはあったのだろう。けれどそのつながりはひどく曖昧で、意識せずとも視線は滅多に合うことはなく、ふいに重なったっとしても、視線はそれ以上の関わりにはならなかった。世間体を気にする母親に頼まれて晩御飯のおかずのおすそ分け、なんてことがあっても「ありがとう」と言ってお終い。僕らを知る周囲が思っている以上に、僕らはお互いに興味が持てなかった。
これからもそんな関係だろう、と無意識に僕が思っていた時だ。あいつが〝彼〟を拾ってきたのは。
鼻につく黒ずんだ鉄サビの臭い。古い油が滲んだ布で包まれた肌色の物体を抱きかかえながら、あいつは得意そうにはしゃいでいた。「ゴミ捨て場で見つけた」と屈託なく笑うあいつにムカついた僕は、ちょうど大学入試1週間前ということもあってひどくいらついていて、何故僕にわざわざ報告しに来たのかなんて考えもせず、あいつを突き放すためカーテンを閉めた。窓枠5センチの距離。なんて出来た物語だろう、と今になって思う。隣接する僕とあいつの部屋は示し合わせたように窓の位置が被っていて、普段はお互いカーテンで中が見えないようにしていた。時折相手の影の動きを眺めるくらいで、日が差さないこともあり滅多に開かない布の隔たりを突然破ったあいつに、僕はどうしようもない怒りを覚えた。
その時から、僕らの関係は少し変化したのかもしれない。同じ大学を受験するはずのあいつがのんきにお人形遊びしていることに腹が立ち、翌日こんどは自分からカーテンを開けてあいつの部屋にバケツで水をぶち込んだ。ちょうど空気の入れ替えかなにかでガラス窓を全開にしていたから、あいつの部屋は水浸し。参考書や教科書の類は避けていたが、中で拾ったゴミをいじっていたあいつはそれともどもびしょ濡れになってしまった。そこで初めて僕はゴミが〝彼〟、VOCALOIDだと気づく。
青い髪の青年モデルだろうか。まぶたは閉じられていて、眠るようにうずくまっている。耳元あたりから3色のケーブルをたらし、真新しいタオルで包まれた〝彼〟は昨日よりはいくらかマシになった油の臭いを纏っていた。人口皮膚の上は灰をかぶったように煤けていて、よく見ればその下に焦げ付いた歪な金属板が覗いている。先に発売された赤い女性タイプしか見たことがなかった僕は、新機種をこんな扱いするなんてよっぽどの阿呆か成金趣味のどっちかだろう、と眉を寄せた。あまり機械に興味は無かったし、流行の曲でも街中でBGM聞くくらいで自分から聞こうと思ったことは無かった。だからスピーカーに大枚をはたく友人の気が知れず、「自分好みの歌手に」をキャッチコピーにしていたVOCALOIDにしても融通の利くお人形程度にしか見ていなかった。いや、今でもそう思っている。
バチバチと火花が立つような音を発し始めた〝彼〟に、流石にやり過ぎたか、と口を開く前にあいつは言った。
「こいつ、KAITOっていうんだ」
唐突な紹介に眉間の谷が深くなるのを感じる。なんだよ、こいつ。怒ってないのか? 妙に思いあいつの表情を伺った。
なんと言えばいいだろうか。あいつは怒っても、ましてや喜んでもいなかった。朗らかな声で拾った人形について語りながら、その顔は固い。視線はまっすぐ僕に向いていて、濁った灰褐色の黒目が嫌に色濃く見えた。そういえば、と場違いなことを考える。こいつの目って、こんな色をしていただろうか? 〝彼〟に添えた手はかすかに震えているようにも見え、やはり怒らせてしまったと後悔し始めたときだった。
「おまえ、俺と大学一緒だったよな? 」
「…だからなんだよ」
「学部、どこ? 」
「**学部」
「俺@@@学部」
キャンパス一緒だな。少しまなじりを下げて笑うあいつにさっきまでの妙な空気が払拭されて、毒気が抜かれたような気分になった。いつのまにかあいつの手は僕のほうへ向けられていて、アルミで区切られた空間を越えている。
窓際5センチの距離。
ついさっきまで刺々しい感情で視界に赤が滲んでいたような心持から一変して、その指先が向かう先を認識した瞬間、僕の感情は急に凪いだように落ち着いた。冷静になった、っと言ったほうがいいかもしれない。それまで不可侵の暗黙のルールが突然破られたことにひどく驚いてしまい、さっきの苛立ちがどうでもよくなってしまったのかもしれない。
それからいくつか言葉を交わし、僕らは窓を閉めた。時計に目をやると、思ったより時間はたっていない。たった数分のやり取りで、あいつが「近しい他人」ではなくなった気がした。ふと、持ったままのバケツに気づく。僕、あいつに謝ってないや。
受験が終わったら、謝りに行こう。同じキャンパスで会うはずだし、な。 濡れたプラスチックの取っ手が鉛筆で黒ずんだペンだこになじんだような気がした。
recollection 1
以前挑戦した英歌詞の舞台設定を兼ねた小説です。舞台背景の方が近いかな?
無駄に長くなる予定。ハッピーエンドでもバッドエンドでもありません。KAITOもほとんど出てきません。
他の生き物達と同じように集団で生きている私達が、なぜこうも孤独を感じるのか。そんなことを思って書いています。
東日本の地震、私は被害をほとんど受けていません。ですから、可能な限りいつも道理、出来ることとやりたいことをやりたいと思っています。あんまり明るい内容ではないですが、暇つぶしや気分転換にでも読んでくださいな。
内容や書き方へのツッコミは常時受け付けておりますよー
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