偏った食事が原因の、俗に言う生活習慣病。
白衣を着た眼鏡の男性から告げられたのは、そんな言葉だった。己の不摂生に気が付かず、それを変えようともしなかった事を指摘され、部屋の窓際のベッドで上半身を起こしていたコンチータは羞恥で俯く。
何故自分はここにいるのかを男性に尋ねると、館の広間で倒れているのを使用人に発見され、すぐさま救急車で病院に運び込まれたらしい。発見が早かったお陰で大事にはならず、数日間の入院で退院できるとの事である。
「使用人の方々から、貴女の普段の食事の様子を聞かせて頂きました」
キヨテルと名乗った医師は眼鏡を上げ直してからコンチータに話を続ける。
「貴女が何かを食べている時の様子はどこか無理をしていると言うか、焦っていると言うか、そんな風に見える時があるそうです」
思い当たる節が全く無いとコンチータは首を傾げる。普通に食事をしていただけなのにどうしてそんな風に見えたのか、そちらの方が疑問だった。
「私は、食べ物を残してはいけないと思っていただけですけど……?」
思った事をそのまま口にすると、キヨテルは確証が付いたような顔をして告げた。
「それは良い事ですが……、残してはいけないと思う気持ちが無意識の内に強迫観念となり、暴飲暴食に走ってしまった可能性も否定できません」
キヨテルの言葉を聞き、コンチータは俯く。それであれば、思い当たる節がありすぎる。まさか『残したらいけない』と思ってしていた事がこんな事態を引き起こすなんて。
コンチータは我ながら情けないと思い苦笑してから、ふと気になった事をキヨテルに聞く。
「そういえば、使用人の三人は何処に?」
「昨日の夜からこの病院にいますよ。心配だったのでしょう、貴女が目を覚ますまで傍にいると言って聞かなかったんですよ」
説得するのが大変だったとキヨテルは笑う。三人は今、病院内にある入院患者の家族などが寝泊まりする部屋で待機しているらしい。すぐに呼んできますねとキヨテルが病室を去り数分経った後、カイト、リン、レンの三人がキヨテルに連れられてやって来た。
心配させてしまった事を詫びるコンチータに、真っ先に反応したのはリンだった。
「コンチータ様が謝る必要無いですよ!」
食事に関して気を回さなかった自分達が悪いと頭を下げ、カイト、レンも申し訳ないと謝罪する。
「主の健康状態を分かっていなかったなんて、コック失格です」
自分の事しか考えていなかったとカイトは言うと、リンは即座に突っ込んだ。
「はあ? あんたが自分勝手なのは今更でしょ? 私とレンをほったらかして品評会にいくし」
「あれはもういいだろ! あの後『コンチータ様の相手をさぼる罪』って言って、三日間俺に雑用全部押し付けたのは誰だ!」
リンとカイトの言い合いに加わる事も無く立っていたレンは、状況を理解しているのかいないのか、コンチータに笑顔を向けた。
「コンチータ様、無理して食べなくても良いんですよ」
突拍子極まりないレンの発言と同時にリンとカイトは騒ぐのを止め、コンチータは言われた意味が理解できないと目を細めた。
レンの言葉の意味を説明する為、リンは補足する。
「先生から聞きました。コンチータ様があんなに食べるのは、精神的なものかも知れないって」
話しながらさり気なくカイトの足を踏みつけ背中をつねり、お前もフォローしろと促す。コンチータから見えないのは計算済みである。
極力痛みを気にしないように努め、カイトもコンチータに話す。
「作った側からしてみれば、残されると確かに悲しいです。でも、どうしても口に合わないとか、一言言ってくれれば平気ですよ」
その言葉は、食べ物を残す事は悪い事だと言われ続けて来たコンチータにとって衝撃であったが、同時に安心感も与えていた。
思い出したのは、いつしか忘れてしまったあの疑問。無理して食べる姿を見て喜ぶ人はいるのかと言う考え。それは間違ってはいなかった。
「ありがとう」
コンチータが礼を言うと、三人は目を丸くして顔を合わせた。何故礼を言われたのか分からないのだろうなと微笑ましく思いながら、コンチータは指示を出す。
「疲れているでしょうし、今日はもう帰っても構わないわ」
よっぽど慌てていたのだろう、使用人の三人は着の身着のままであり、帰りの交通費を持っているかも疑問である。早めに病院を出ないと帰るのが大変になるし、もぬけのからになった館をそのままにしておく訳にもいかない。
「でも……」
面会時間が終わるまで傍にいたいと主張するリンに、コンチータはリンの頭に手を乗せ、諭すように言った。
「主人が留守の間、館を守るのも使用人の仕事よ?」
「……分かりました」
リンが神妙な顔で頷くのを見てコンチータは手を下ろす。もしも自分に子どもがいたらこんな感じだろうかと柄にもない事を考えた。
「何か、そうしていると親子みたいですね」
カイトが微笑んで呟いた直後、リンは顔色一つ変えないまますさまじい速さで肘鉄を放った。
「げふぅ!?」
防御する暇も無く肘鉄を腹に食らい、体を折り曲げて呻くカイトを見下し、リンは怒気を込めた目で睨みつけた。
「コンチータ様に私やレンくらいの大きな子どもがいる訳無いでしょ! それじゃあ何? あんたは私達の父親な訳? 冗談でもそんな事言ったら三枚に下ろすぞこのヘタレ!」
病院で重症者を出そうとするリンの発言を聞き、レンはのんびりとした口調で割り込む。
「カイトさんが父親かー、それも良いかも」
相変わらず、的外れな発言だった。
リンはレンの両肩に手を乗せ、考え直せと真顔で説得する。
「良く考えてレン。本当にバカイトが父親で良いの? こいつ何も出来ないよ? 弱いし、アイスの事しか頭に無いし、良い所一つも無いよ?」
「俺にだって一つくらい良い所はあるだろ!」
コンチータの他にいる患者は一人だけとはいえ、ここは病室である。静かに賑やかなのは良いが、騒ぐのは迷惑としか言いようがない。
コンチータが注意しようとすると、部屋の入り口側から叱り飛ばすような声が届いた。
「病院内ではお静かに!」
同室の他の患者の診察をしていたキヨテルが四人に顔を向けて叫んでいた。
数日後無事に退院し、館に帰ったコンチータはある提案をした。
「本の執筆、ですか?」
カイトが口を開き、リンは首を傾げ、レンは無言で立っていた。
入院をしている間はとにかく暇で、何かを考える時間が嫌と言う程あった。小さな頃の思い出、美食家として諸国を漫遊していた事、世間に嫌気が指して隠居生活を始めた事、今回の病気とその理由。色んな事を考えている内に、ふと思いついたのだ。
バニカ・コンチータの自叙伝を出したらどうだろうかと。幸い時間はたっぷりある、出来ない事は無いだろう。
「上手くいくかは分からないけどね」
肩をすくめて言うコンチータに、三人はきっと大丈夫だと断言する。
「それなら私も応援しますよ!」
リンは明るく宣言する。コンチータがまた世に出る機会があるのであれば、止める理由は無い。
「色んな人が呼んでくれるといいなぁ……」
レンも反対をする気は無く、思った事をそのまま口にする。
「あの『バニカ・コンチータ』の本ともなれば、きっと売れますよ!」
美食家として活躍していた頃のコンチータを知るカイトは期待を寄せて告げた。
良い使用人を持った幸せを噛みしめ、コンチータは高らかに宣言する。
「これからは今まで以上に働いてもらうわよ」
執筆する際に協力してもらうと命令すると、カイト、リン、レンは背筋を伸ばし、三人同時に返事をした。
「はい! 我らがコンチータ様!」
数年後、かつて一世を風靡した美食家、バニカ・コンチータの半生を綴った自叙伝が出版された。
その最後のページには、こう記されている。
笑顔で楽しく食べる事が、一番の幸せ。
と。
「兄貴、またそれ見てるの?」
部屋に置いてあるソファに座りテレビを見ていた紫の髪の青年は、声がした方を振り返る。そこには濃い緑の髪を持つ、十歳以上年の離れた妹がコップを持って立っていた。
まだテレビを使うのかと聞く妹に、青年はソファに座ったまま答える。
「これを見終わったら使っていいぞ、グミ」
「あ、そう? じゃあもうちょっとか」
それなら待とうと呟き、グミは部屋の入り口から歩いて移動してソファに座りこみ、テーブルの上に置いてあった飲み物を自分のコップに注いでから兄に話しかけた。
「兄貴がテレビ局で働くようになって、初めて関わったドラマだよね」
録画したそのドラマを兄が何回も見ているのを知るグミは、暇さえあれば見ていると兄を茶化す。
「兄貴もチョイ役で出てるよね?」
「ああ、作業員役がいないとか言って駆り出されたな」
テレビ画面にはドラマに関わったスタッフの名前が流されている。その中に『AD 神威がくぽ』と名前がしっかり出されていた。
あれほど辛い現場は無かったとかくぽは溜息をつく。小道具とスタイリストはミクとルカが兼任していたものの、その他全ての雑用はガクポに任せたと言われ、撮影期間中は買い物などをいくつも頼まれたものだ。
ミカンないの? バナナがあると嬉しい。アイスが食べたい。酒が欲しい。
出演者の希望をかなえる為に撮影現場近くの店に何度も通う事になり、無事撮影が終わる頃には、その店の従業員とすっかり顔なじみになっていた。
「大変だったねー」
自分で話を振っておいて何だが、グミは心底どうでも良いと言う態度を隠す気も無く兄に言う。
悪食娘コンチータを原作そのまま映像化したら大人の事情で放送できないとか、リンとカイトのやり取りはほぼアドリブで本気だったとか、コンチータ役のメイコは体重が増えてしまって大変だったとか言う裏話は面白かったが、撮影時のガクポの苦労話は耳にタコが出来る程聞かされていてもういいやと言う印象である。
ゲームの準備をしておこうと判断してグミは立ち上がり、がくぽの視聴を邪魔しないようにテレビの傍に移動してテレビ台に置いてある黒いゲーム機の電源を入れ、コントローラーを持ってソファに戻る。
エンドロールが終わるまでを見届け、がくぽはリモコンで録画機能付きレコーダーの電源を落とし、グミにリモコンを差し出した。
「もう変えていいぞ」
「ありがと」
リモコンを受け取ったグミは慣れた手つきでリモコンを操作してテレビを録画画面からゲーム画面へと変え、そのゲームのキャラクターである白と黒の二匹の猫が司会を務めるニュース番組を見始めた。
「お前もこれ好きだな」
特にする事も無くゲーム画面を見ていたガクポは、小さな笑みを浮かべてグミに言う。
「いいじゃん。これ面白いし、この二人可愛いし」
特別な衣装を着て軽快な音楽に合わせて踊る二匹の猫を見ながら、グミは少々不満そうに返した。
どこか子どもっぽい妹の反応を見て微笑ましくなり、がくぽはからかうような口調で話す。
「いや、グミがそれを見て無い日は無いなと思ってな」
「もう日課になってるよ。毎日新しいニュース配信されるし、溜め込むと後で見るの面倒になるし」
グミは何かを思い出したのか、あ、と気の抜けた声を出し、がくぽに顔を向けた。
「兄貴が今度関わる特別ドラマの原作のタイトル何だっけ?」
「いきなり何だ」
全く別の話題を振られてがくぽは驚く。グミはどうしても名前が出て来ないと笑って話す。
「原作本読もうかなと思ったんだけど、内容は覚えてるのに、タイトルの方ど忘れしちゃってさー」
楽しみにしてくれている人がいる喜びで顔が緩むのを自覚しながら、その本はうちにあるぞと前置きをしてからガクポは答えた。
「『ネジと歯車とプライド』だ」
教えてから、ガクポは内心で呟く。
また忙しくなりそうだ。
終
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ご意見・ご感想
星蛇
ご意見・ご感想
読ませて頂きました!
心温まる物語ありがとうございました。むかしむかしの物語でも思いましたが、またたびさんの書く物語は優しくて読んでいるこちらまで嬉しくなります。
私の話にはなぜか魔王が君臨しているので、心の休養になります!
次回作も楽しみにしていますね♪
2011/03/19 17:38:18
matatab1
読んでいただきありがとうございます。
コンチータはグロくて怖いのが普通なので、ならグロ無しのギャグにしてやるぜ! と言う気持ちで書いていました(笑)
むかしむかしの物語も、元が悲劇だから全体的に明るいノリにしよう、ボカロ全員が味方の悪ノがあっても良いじゃないか! と、これと似たような心境でした。
私の妄想全開、全力で暴走している作品を優しいと言ってくれて嬉しいです。魔王が君臨して本当に大変でしょうが、少しでも心の休養になってくれたのなら幸いです。
2011/03/19 21:53:44