ある日のこと。家に帰ってみると、めーちゃんが真っ赤なドレスを着て鏡の前に立っていた。近くのソファではレンとリンが不機嫌そうな表情で、手にした本をぱらぱらめくっている。
「ただいま。めーちゃん、どうしたのその格好?」
 とりあえずレンリンは後回し。僕はめーちゃんに話しかけた。
「あ、カイトお帰り。今衣装あわせしてたところなのよ。どう、これ? 変じゃない?」
 めーちゃんが着ているのは、裾の長いひらひらしたドレス。色はさっきも書いたけど真っ赤で、黒いレースの飾りがついている。裾が長くて足が隠れてる割に、胸元の方は結構深く開いてるな……。ついついそっちに目が行ってしまう。
「カイト、どこ見てるの?」
 僕はあわてて胸元から視線をそらした。
「な、なんでもない。それより、ドレスよくにあってるよ、めーちゃん」
 僕がそう言うと、めーちゃんは嬉しそうな顔になった。
「ありがとう」
 実際、よくにあっている。めーちゃんは普段はミニスカートが多くて、それももちろんとってもにあってるんだけど、こういうのもいいな。
「で、それは何の衣装なの?」
「ああ、それなんだけどね。マスターがオペラをやってみてほしいって言うの」
 ……オペラ。
「ちょっと待ってよ。オペラってほとんどが外国語でしょ? そんなのどうやって再現するんだよ」
「あ~大丈夫大丈夫。あくまで目の前で寸劇やってみせればいいって。何も本当に歌うわけじゃないから。そもそもマスターにオペラを再現する能力なんてないし」
 そう言われて僕はちょっと安心した。めーちゃんがさりげなくひどいこと言ったような気がするけど、まあいいか。
「上手くいったらそのイメージで何か曲を作りたいみたい」
「ふーん。それはそれで面白そうだね。で、何のオペラやるの?」
「ビゼーの『カルメン』よ。私がカルメンなの。他のみんなも大体配役決まったんだけど、『カルメン』だとレンとリンはできる役がなくて出番無しなのよ」
 ああ、それで二人はさっきから拗ねた顔してたのか、と僕は納得がいった。
「つまんないつまんないつまんなーい」
「あたしたちも参加したーい」
 レンとリンが騒ぎだした。めーちゃんがなだめにかかる。
「今回のが上手くいったら、マスターが今度はあんたたち主役で『ヘンゼルとグレーテル』をやるって言ってるから」
 二人は更に不機嫌そうになった。『ヘンゼルとグレーテル』ねえ……それはいくらなんでもお約束すぎるような……。案の定また騒ぎ始める。
「そんな定番すぎる話は嫌~!」
「っていうか下手すると『置き去り月夜抄』化しそうで嫌だ!」
 そういやそうだな。それに、あのネタは正直あんまりやりたくない。僕のイメージが悪すぎるし。
「大丈夫よ。オペラの『ヘンゼルとグレーテル』はおとなしい話になってるから。それにしょうがないでしょ。レンは存在自体がズボン役みたいなものだから、どうしてもできる役が限られちゃうのよ。リンとセットで出すとなると更に作品が限られてくるし……」
「何それ。俺納得いかない」
 レンがぼやく。
「めーちゃん、ズボン役って何?」
「女性が男装してやる役のこと。ほら、アニメとかで女性の声優さんが男の子役をやったりするでしょ。あれのオペラ版みたいなものよ。ズボン役は、男の子の役をやる場合と、『男装の麗人』の二パターンがあって、レンの場合は前者じゃないといけないから、更に限られてきちゃうのよねえ……」
 ああなるほど。そりゃ確かに「存在自体がズボン役」だ。と、僕は拗ねてしまったレンを見ながらそんなことを考えた。
「話戻すけど、めーちゃんがカルメンなんだよね? ってことは主役なの?」
 残念ながら、僕はオペラについてはよく知らない。なのでめーちゃんに『カルメン』と言われてもピンと来ない。でもタイトルと同じ名前の役ってことは、めーちゃんが主役なんだろう。
「主役というか、ヒロインね。ああ、そうそう」
 めーちゃんはしゃがみこんで衣装箱を開けると、中から軍服を取り出した。
「はい、カイトの衣装」
「僕も出るの?」
「そうよ。カイトはドン・ホセの役」
「それはどういう役?」
「実質上の主役ね。ドン・ホセは真面目な兵士なんだけど、ジプシーのカルメンと恋に落ちるの」
 えっ。僕は衣装を握ったまま固まってしまった。それってつまり、舞台の上で僕とめーちゃんがラブストーリーを演じるってこと!? うわあ!
「残りのメインキャストはミクがミカエラ、がくぽがエスカミーリョよ。ミカエラはホセの幼馴染で……ってカイト? 話聞いてる?」
 自慢じゃないけど右から左に抜けてます。他のキャストなんかどうでもいい。だってめーちゃんと二人でラブストーリーの主役だよ?
「メイ姉、無駄だよ。カイ兄、メイ姉と恋に落ちる役って聞いて、脳内お花畑状態になっちゃってるもん」
 リンが失礼なことを言ってるけど、今は気にならない。だってめーちゃんとラブストーリーの主役だから! って、あれ、めーちゃん、なんでそこで困った顔するの?
「めーちゃん、どうしたの? はっ……もしかして、僕とラブストーリーやるのが嫌なの?」
「カイ兄、メイ姉の変化にはすぐ反応するんだね……」
 やかましい。
「そうじゃなくて……」
 困ったような表情のままのめーちゃん。その後ろで、レンとリンがはーっとため息をついた。
「メイ姉、はっきり言っちゃった方がいいと思うよ」
「そうそう」
 何が?
「あ、うん……カイト、落ち着いて聞いてね。ドン・ホセは確かにカルメンと恋に落ちるんだけど……」
 めーちゃん、そこで口ごもってしまった。その後は何? じれたのか、レンとリンが後を引き継ぐ。
「あのさあカイ兄、カイ兄の役ってさ、早い話が途中で捨てられるんだよ、ポイっと」
「そしてつきまとって復縁をしつこくせまったあげく、断られてカッとなってヒロインを刺し殺して終わるの」
 二人の言っている意味を理解するのにしばらくかかった。そして理解した時、僕は叫んでいた。
「……なんだよそれえっ!」


「いやだいやだいやだいやだ」
「ちょっと、カイト……」
「めーちゃんを刺す役なんて絶対嫌だあっ!」
「駄々っ子みたいなこと言わないの」
「それでもいやだいやだいやだ」
 僕とめーちゃんは押し問答を繰り広げていた。部屋の隅っこでは、リンとレンがぼそぼそ話をしている。
「ねえ、あの様子だと、カイ兄にはあの話、言わない方がいいのかな?」
「どの話?」
「マスターが『メイコがカルメンをやったらハマるだろうし、カイトはドン・ホセのイメージにぴったり! ナイスキャスティング!』って言ってた話」
「あ~、そういや言ってたな」
「それでどんな話なのかな~って二人で台本読んでみたのよね。そしたらドン・ホセって……上司殴って仕事クビになって、カルメンに犯罪組織に引っ張り込まれて、そこでは役に立たなくてポイ捨てされて、最終的にはストーカー化して殺人犯だもんね……こんな話なのかってびっくりしちゃった」
「基本真面目人間なんだろうけどどっかヘタレ。思いつめるとアブナイ男って役なんだろうけど……これのイメージにピッタリなんて言われても困るよなあ」
 二人とも、声を潜めて話しているつもりらしいけど全部聞こえてる。……なんだか泣きたくなってきた。マスターの中の僕のイメージってこんななの?
「リン、レン。二人とも、ちょっと向こうに行っててくれない? カイトと二人だけで話がしたいから」
 めーちゃんがそう言って、リンとレンの背を押した。二人とも何か言いたそうにしたけれど、めーちゃんの真面目な顔を見て、そのまま部屋を出て行く。
 部屋には、僕とめーちゃんの二人きり。めーちゃんは、くるっと僕の方に向き直った。
「あのねカイト。嫌なのはわかるわよ。でもこれは仕事なの。今までだって、ふざけたのとか悪趣味なのとか色々あったじゃない。そういうのと同じだってば。私たちはプロなんだから、割り切らないと」
 めーちゃんはこんこんと真面目な調子でこっちを諭してくる。僕だってめーちゃんの言いたいことはわかんなくもない。でも……。
 ストーカー化して好きな女性を刺し殺す男がイメージぴったり、と言われたのはさすがにショックだった。誰がそんなことするもんかあっ!
「カイト」
 うつむいて物思いに浸っていると、名前を呼ばれた。はっとして目線をあげる。視界に入ったのは、至近距離からこっちを見つめている茶色い瞳。
「め、めーちゃん!」
 びっくりした弾みに、僕は思わず飛びのいてしまった。
「カイト、真面目に聞いてちょうだい。私は、カイトがこんなことするなんて思ってないから」
 めーちゃんがとても真剣な表情をしていたので、僕は思わず背筋を伸ばした。
「あんたは確かに気が弱いところがあるわ。でも、ドン・ホセみたいなバカなことは絶対しでかさない。そのことは、わかってるから」
「めーちゃん……」
 めーちゃんの両手が、僕の肩にかかった。真摯な瞳が、すぐ近くにある。
「だからね、これはただのお芝居。与えられた役を演じるだけ。私だって純情男を破滅させる悪女役にぴったりなんて言われるのは面白くないけれど、仕事である以上、全力を尽くそうと思っているわ。だから、あんたもそうしてちょうだい」
 めーちゃん、ずるいよ。そんな真顔で覚悟を固めて迫られたら、僕が断れるわけないじゃないか。
「できるって、信じてるから。ね?」


 そして、結局僕はうなずいてしまったのだった。ええい、なんとでも言ってくれ。
 めーちゃんのあの信頼に応えられないような、そんなレベルの低い男にだけはなりたくないんだ。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

ボーカロイドでオペラ【カルメン】話し合い編

 もともとは、メイコがカルメンの衣装を着たら似合うだろうな、というところから始まった妄想です。カルメンの衣装といっても舞台によって黄色、白、黒など色々ありますが、メイコに着せるんだったらやっぱり真っ赤なドレスですよね。髪には当然真紅のバラを飾ってほしいです(誰かイラストにしてくれないかな……と他力本願なことを書いてみる)
 作中で「メイコはカルメンのイメージにぴったり」とマスターが言っていますが、書いた私自身は、衣装はすごく似合うだろうけど、イメージぴったりとまでは行かないだろうなと思うのです。メイコにはカルメンのような、どこまでも自由だけを求めて生きていく生き方、というのはできないだろうな、と。(逆にカイト=ホセの方がありかなあ、という気が……ごめんよカイト)
タイトルに「話し合い編」とありますが、「舞台編」をやるかどうかはまだ決めていません。

閲覧数:499

投稿日:2011/05/03 22:48:58

文字数:3,973文字

カテゴリ:小説

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