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閃光のshooting star

【A】
再起を狙って挑んだ夢に見放すセカイ
彼の神託も遊戯(ゲーム)に変わる

【A'】
敗北感を手にした今を秤に掛けて
誰よりも持っていた希望さえ軽くなる

【B】
答え探す途(みち)には何もないことも
通り過ぎた時間(とき)の無意味さだって
生きたい証 構えた 小さな輝き
解き放つんだ!

【S】
閃光で撃ち抜け 痛みの闇
フクザツな時代の行く末に
歪んでく愛の容(かたち) 壊して
優しさ示して

願いを貫いた未来はある
預言者の言葉は残らない
踏みしめた大地の強さだけが
今を生きてるのさ

【A】
正義も嘘も同じ表情 狂ったセカイ
涙 哀しみの価値を比べた

【A'】
廻り廻って起きた事実に言い訳しない
負け犬の遠吠えは惨めにも響くから

【B】
傷に傷を重ねた非力な勇気の
立ちはだかる敵は弱い自分で
最後の力 集めて 定めた標的(あした)に
見せつけてやれ!

【S】
現実を突きつけ 逸らす視線
卑屈の胸倉を離さない
出来レース疑うなら 壊して
道を切り開け

振り返る其処には未来は無い
傍観者気取ったつもりなら
先を行く私の背中だけを
目に焼き付けてやる

【D】
流れる星の種
瞬きの光になって
宇宙を生み出してゆくよ
孤高に

【S'】
駆け引き繰り返し滅びてゆく
猶予期間(モラトリアム)はもう続かない
永遠に縋り付いて 壊して
諦めるつもり?

願いを貫いた未来はある
自分から信じて 進み出す
それだけが唯一の生き方さ

【S】
閃光で撃ち抜け 痛みの闇
フクザツな時代の行く末に
歪んでく愛の容(かたち) 壊して
優しさ示して

願いを貫いた未来はある
預言者の言葉は残らない
踏みしめた大地の強さだけが
今を生きてるのさ

[ひらがなver.]

さいきおねらていどんだゆめにみはなすせかい
かれのしんたくもげえむにかわる

はいぼくかんおてにしたいまおはかりにかけて
だれよりももおていたきぼおさえかるくなる

こたえさがすみちにわなにもないことも
とおりすぎたときのむいみさだあて
いきたいあかし かまえた ちいさなかがやき
ときはなつんだ

せんこおでうちぬけ いたみのやみ
ふくざつなじだいのゆくすえに
ゆがんでくあいのかたち こわして
やさしさしめして

ねがいおつらぬいたみらいわある
よげんしゃのことばわのこらない
ふみしめただいちのつよさだけが
いまおいきてるのさ

せいぎもうそもおなじひょおじょお くるうたせかい
なみだ かなしみのかちおくらべた

めぐりめぐうておきたじじつにいいわけしない
まけいぬのとおぼえわみじめにもひびくから

きずにきずおかさねたひりきなゆうきの
たちはだかるてきわよわいじぶんで
さいごのちから あつめて さだめたあしたに
みせつけてやれ

げんじつおつきつけ そらすしせん
ひくつのむなぐらおはなさない
できれえすうたがうなら こわして
みいおきりひらけ

ふりかえるそこにわみらいわない
ぼおかんしゃきどおたつもりなら
さきおゆくわたしのせなかだけお
めにやきつけてやる

ながれるほしのたね
またたきのひかりになて
うちゅうおうみだしてゆくよ
ここおに

かけひきくりかえしほろびてゆく
もらとりあむわもおつづかない
えいえんにすがりついて こわして
あきめるつもり

ねがいおつらぬいたみらいわある
じぶんからしんじて すすみだす
それだけがゆいつのいきかたさ

せんこおでうちぬけ いたみのやみ
ふくざつなじだいのゆくすえに
ゆがんでくあいのかたち こわして
やさしさしめして

ねがいおつらぬいたみらいわある
よげんしゃのことばわのこらない
ふみしめただいちのつよさだけが
いまおいきてるのさ

痛みと共に、今がある。

投稿日時 : 2013/05/10 11:46    投稿者 :えいちお

ヘルプブクマでつながった作品とは?

【作詞講座】たった一人の読者へ宛てて【対話篇】

 数年前に書いた拙作「歌詞を書く上でのポイント」が気が付けば何人もの方にブックマークを頂いた様で、著者としては嬉し恥ずかし朝帰りといった今日この頃ですが皆様いかがお過ごしでしょうか。あんな拙い文章に最後までお付き合い頂きあまつでさえブックマークまで下さった皆様は今もまだ詞作に励んでいらっしゃるのだろうかとか少し物思いにふけったりもしています。
 創作に傾けられる時間や情熱というものは決して誰もが無限に持てるものではないと思います。それこそプロや最近ではプロに準じるほどのペイを得られるアマチュアというのも珍しくありませんが、少なくともそういった存在にならない限りは次第に日々の生活に忙殺され創作への意欲も情熱も削がれていくものであるのかもしれません。プロになったからといってその生活がいつまで保障されるかなんてわかったものではありませんしね。二十台も後半に差し掛かるとふとそんな事を考える時があります。
 特にピアプロで歌詞書きをしているとそんな事を考えてしまう事は多いです。特に僕のように曲先歌詞応募を活動の中心としている人間にとってそれは顕著で、近年のボカロブームで活発な動きを見せているピアプロの中で歌詞募集をかけている曲というものは多くありますが、その中で「歌詞を書いてみたい!」という衝動に駆られる曲は(楽師の技量に関係なく)ほんの一握りで、その中でタイミング良く出会う事ができて期限内に歌詞が完成する作品はさらに絞られますし、渾身の一作が出来た!と思ったところで楽師さんの目に止まらない事もあります。なまじ楽師さんに気に入って貰えたとしても他に有力な作品がある時は必ず採用されるものでもありません。そういった状況の中で自分は後何度心を奮わせてくれる楽曲に出会う事が出来てその中の果たしていくつが作品として形に残るのだろうという事を考えると少し寂しい気分になる時があります。皆それぞれ自分の活動があり生活がありますから、コラボをしたからといって楽師さんとの交流がそれきり途絶えてしまうなんていう事も往々にしてあるものです。
 他の歌詞書きの方にとってもそうであるとは思いますが、少なくとも自分にとって歌詞を書くために費やすエネルギーというものは膨大なものです。形にしてしまえばたかが数百文字の文字の羅列であっても、そこに懸ける熱量というものは一万文字の小説の世界を創造していく事となんら変わりありません。だからこそ例え簡単な一括レスポンスであれ、その労力を労ってくださる楽師の方の元には例えその時は採用されなくてもまた挑戦してみたいと思うものですし、逆にそういった心遣いの無い楽師さんの元にはどれだけ完成度の高い曲を作る方であっても二の足を踏んでしまうというのが人情であったりします。楽師さんにとってはそんな不遜な態度を取るつもりではないのだろうと理解はしていても。やはりコラボを謳う以上は互いの作品に対して敬意を払える関係でいたいものです。これはもちろん自戒の念も込めて。
 さて、前置きが必要以上に長くなりましたが今回は作詞講座対話篇という事で少し精神的な話に偏ってみようと思います。基礎的な事は以前の「歌詞を書く上でのポイント」や作詞講座で検索をかければ実に多くのテキストがあるので参考にしてみるのも一興であるかもしれません。

鶏 さん

鶏 さん

2013/01/13 00:59

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