『悪の娘』を捕らえることができた。
それが確信となった途端、ジェルメイヌは膝から崩れて座り込んだ。
安堵と満足。そして、革命で命を落とした者への謝罪。色々な感情がまぜこぜになり、足から力が抜けた。
端から見ると怪我で意識を落としたと思われたのだろう。
近くに居たカーチェスがジェルメイヌの体を支えようとして、
左腕の傷を痛めた拍子に尻餅をついてしまった。
革命が成功に終わり3日。
カーチェス改めマーロン王カイルは即座に革命軍の救護と、各地へ『悪の娘』を捕らえた伝令を飛ばした。
マーロン国の医師は革命軍と共に多く派遣されたようで、
ジェルメイヌのように王宮に居る者だけでなく、敷地内全てに医師を走らせた。
お陰で、革命が終わってからの死者はいない。
しかし…
ジェルメイヌは不安でしかなかった。
ガストとの戦いでまぶたを傷つけられ、痛みと共に視力のない生活を余儀なくされた。
椅子に座っているが、ここがどこなのかさっぱり分からない(王宮内とは分かっているが)。
トイレだけでも他人の手を借りねばならない。
もどかしくて仕方ない。
イライラしているのが伝わったのだろう。
ジェルメイヌの右手にそっと触れて、ころん…と音を鳴らす者がいた。
「シャルテット…」
ジェルメイヌが呟くと、再びころん…と木琴の優しい音が聞こえた。
手を伸ばすと特徴的な巻き毛のツインテール。
シャルテットに間違いなかった。
革命の直後。
ジェルメイヌが緊張を解いた途端、まぶたに痛みが走ったように、
シャルテットもまた、革命が終わったと同時に声が出せなくなっていた。
マリアムのナイフは鋭く、シャルテットのスピードでは避けきれなかったのだ。
結果、ノドにナイフが襲いかかり、
医師の見た限りでは「あと1㎝深ければ即死」だったそうだ。
声を出そうとすると激痛が走る。
唾液を飲み込むことさえ耐えられなかったのだが、今日は水分補給ができるようになり、
ようやくシャルテットはジェルメイヌのもとへ来れたのだった。
「明後日にはマーロン国の重鎮や、フリージス家の代表が集まって会議があるの。
シャルテットも参加してくれない?」
ころころん…
木琴の音は2回。NOと言うことだ。
シャルテットはジェルメイヌの手をとると、首もとへと触れさせた。
鉄板でも入れているのかと思うほどのコルセット。
まぶたの傷が笑い話になりそうなくらい、頑丈に首を守っていた。
確かにこれでは会議に参加するのは無理だ。
「『悪の娘』が居なくなれば、きっと正しく政は行われる。
この国を、発展していけると思ってる。
私はその歯車を回すきっかけであればいいの。
勲章も地位もいらない。父さんのように、皆と肩を並べて笑っていけたら良い」
「……。」
「父さんの墓石の隣で、
父さんが飲めなかったブラッド・グレイブを一緒に飲めたら…
私には、それだけで、いい」
ころろろろ…
ジェルメイヌに触れていた手の力が強まる。
ころろろろ…!
木琴の音が徐々に高まり、ピアニシモから、フォルテッシモへ。
シャルテットは気づいて居るのだ。
ジェルメイヌが言わなかった名前を。
レオンハルトの墓石で一緒に飲みたいと思う人の名前を。
「言え」と、言っている。
「言える訳ないじゃない。
言って会えるなら、もうそうしてる。
見えるなら、例え足が動かなくても、這いつくばって探してるわよ!
革命軍のトップが私事で人手を割くなんて…無理よ…!
ただでさえ目の見えないお荷物なのに!!」
ガシャーン!!
木材が叩き割れる音がして、
1拍おいて、おそらくバチの先端にある球体がコロコロと音をたてた。
「姐さ…ッ!!」
言葉を出そうとして、
激痛。
さらに急な気道への空気に耐えかねた肺が、咳を促し、
声にならなかった。
空咳で倒れ込んだシャルテットを、
ジェルメイヌは見えないまま椅子から座り込み、
咳の音を頼りに手を伸ばした。
「ごめん…
ごめんね。シャルテット…!」
今はただ、背中をさすることしかできない。
「私が…ッ」
「…?」
「姐さ…ッ、の、
目に…なる…ッス!!」
「……!」
絞り出した声に、
ジェルメイヌは一瞬動けなかった。
そして、
痛みだけでない熱いものがまぶたに溢れてくる。
背中をさする手を止め、シャルテットの手を握りしめた。
「おねがい…!
私の…私達の家族を…
アレンを探して!!」
ジェルメイヌの手を握り返し、
シャルテットはゆっくり息を整えるとジェルメイヌの肩をぽんぽんと叩いてみせた。
『了解ッスよ』
そんな声が聞こえた気がして、
ジェルメイヌは「ありがとう」と言葉を漏らした。
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