朝、クラスに登校すると、窓際の一番後ろ──つまり私、緑埜めぐみの席に知らない女子が座っていた。
その右隣の席には同じく見知らぬ女子と、前の席には確か同じクラスの女子が座って、昨日のドラマに出た俳優がカッコよかったなどと盛り上がっていた。
どうやら前の席に座る彼女が違うクラスの二人を呼んで、たまたま後ろである私とその隣の席が空いていたから二人もそこに座ったのだろうが、当の本人がやって来たのだからさっさと自分のクラスに帰るなりしてほしいと思った。

だが人と話すことが苦手な私は話しかけることすら出来ずに彼女たちの後ろでおろおろしていた。
そんな私に彼女たちは全く気づく様子もなく、このまま予鈴が鳴るまで立ちっぱなしを覚悟したそのとき、救いの手が差し伸べられた。

「──そこ、私の席なんだけど」

凛とした声。

声の主──鏡音鈴ちゃんがいつの間にか私の横に立ち、もう一度「座れない」と言うと、他クラスの女子二人も数秒おいて謝りながら席を慌てて立った。

鈴ちゃんは黙ったまま席に着くと、私も遅れて自分の席に着く。
するとちょうどいいタイミングで予鈴が鳴った。

「その……ありがとう」

私は鈴ちゃんに小声で礼を言うと、

「別に。ただ自分の席を座られてて邪魔だっただけ」

と彼女は無愛想に言った。

 *

退屈だった授業が終わり、私はHRが始まるのを待たずに席から勢いよく立ち上がって、何も入っていない、軽いスクールバッグを抱えながら教室を出た。
そんな私を鈴ちゃんはチラリと見たが、スグに視線を前を戻して「お腹減った」と呟く。
とても早弁でおにぎりを4個、昼休みの時間にパンを9個ほど食べた人の台詞とは思えないが。

……兎に角、私は走って屋上に向かった。

私のクラスは1階にあるため、4階の屋上までダッシュで行くのは体力が乏しい私にとってとても酷なものだ。
現にまだ2階に上がったばかりで私は息絶え絶えになっている。
だが幸いにも、HRの時間にもかかわらず走る私を注意するものは誰もおらず、ただ上りきることだけを考え、全力で駆け上がった。

そういえばよくマンガやドラマだと屋上で弁当を食べていたり昼寝をしているのをよく見るが、現実ではほとんどのところが屋上にすら入れない。
私も、入れないって知ったときは夢をぶち壊されたものだ。

(まあ、【ここ】は入れるんだけどね)

やっとのことで屋上の扉の前にたどり着くと、私はそんなことを考えながらうっすらと額に浮かび上がる汗を右腕で拭い、ゆっくりとドアノブを回した。
白い雲がふよふよと浮かぶオレンジの空の下、生温かい風が私の髪を靡かせ、さっきまで乱れていた息も徐々に落ち着いていく。
だが屋上のコンクリートに胡坐を掻く彼の姿を捉えると、鼓動がさっきよりも速まっていくのを感じた。

「よ、緑埜」

へらりと笑って右手を挙げる彼の仕草に、声に、体温が上がっていく。

「お待たせ、レン君」

私は【この感情】を悟られないように、必死にいつもの表情を作りながら彼──山吹レン君の隣に体育座りで腰を下ろした。
そして一息吐く私を見てレン君が訊いてきた。

「……ずっと思ってたんだけどさ。お前、なんで息切れになってまで急いで来てるの?」
「え!?」

それはレン君に早く会いたいから──なんて言葉が思わず口から飛び出そうになるのを寸でのところで止める。

代わりの言葉を探して目を泳がせる私にレン君はじっと見つめていたが、数秒経つと「まあいいか」と視線を逸らしてこれ以上の詮索をやめた。
私は心の中で安堵の溜息を吐き、また同じ質問を受けないように話題を変えた。

「そ、それより、もう始めない?」
「ん? ああ、そうだな」

レン君は私に向き直ると、優しい笑みを浮かべながら昨日と同じ言葉を訊ねた。

「それじゃあ、今日は何があったか話してくれないか?」

私も笑顔で答えた。

「もちろん」

そして【私にとって幸せな時間】が始まる。

 *

学校が終わると、私は【毎日】に屋上に行って、レン君に今日の出来事を話す。

そうなったのはいつからだったのかよく覚えていない。
というかどうでもいい。

何故こんなことをするのかは知っているが、やはりどうでもよかった。

だから私は、今日も【屋上に入るまで】のことを話した。

「……っていうことがあって、そのあとは走って屋上に行ったよ」
「ふーん。特に昨日と変わらないんだな」
「……何でスマホやってるの」
「暇だったから」
「……………………」

レン君は先生から「人の話を聞くときは人の目を見る」と教わらなかったのだろうか?
もしこれがレン君じゃなかったら暑い茶の入った湯のみが乗った卓袱台をひっくり返しているぐらいにイライラする。
だけど【その感情】も悟られるとまずいから、私はいつもの表情を作って、彼の真正面に立つとスマホを取り上げた。

「あ」
「レン君、人の話を聞くときはちゃんと人の目を見なきゃダメでしょ? っていうかスマホで何見てて──」

そう言いながらスマホの画面を私の方に裏返し──言葉を失った。
画面に映っていたのは、【私の通ってた高校の前の横断歩道】だった。
その瞬間、私の頭の中で一気に【あのとき】の光景が流れていった。



【あのとき】の全身を駆け巡る痺れるような痛みが。

【あのとき】の周囲の耳障りな悲鳴が。

【あのとき】の口の中いっぱいに広がる鉄の味が。

【あのとき】の君の悲しそうな顔が。



「……緑埜」

レン君の声にハッと気がつき画面から顔を上げると、目の前に彼の心配そうな顔があった。
その眸は「思い出したかもしれない」と言っていて……その眸を見つめていると……

(ああ……イライラする)

私の望んでいることと、レン君の望んでいることの違いに。

──だから、私はいつもの笑顔を作って、彼にスマホを返すのだ。

「変わった写真だね」なんて言えば、今度はレン君が目を見開く。
その眸は疑問と、困惑と、絶望に満ちていた。
私はそれらに気づいてないように「バイバイ」と告げ、レン君に背中を向けて屋上から出ようとした。



──その直後に後ろから倒れる音がするまでは。

素早く振り向けば、案の定というか、レン君が倒れていた。
だが想像通りの出来事に、私は声を上げずにはいられなかった。

「レン君っ!?」

慌てて近寄って彼の身体を抱きかかえる。

レン君の顔は青白く、呼吸も荒れていて、病気に疎い私でもヤバイ状態なのが分かった。

「ど、どうしよう、私のせい……!?」
「……そう、あなたのせい」

突然、背後から見知った声が降るまでは。

私は彼を抱き上げたまま後ろを振り向くと、そこには案の定見知った顔があった。

「鈴ちゃん」

レン君を抱きかかえる私を見下ろす鈴ちゃんは、黄金色の髪が黄昏色の光を反射しているせいか、いつもと違うように見えた。

だが鈴ちゃんはいつもと変わらぬ無愛想な表情で、淡々と、一方的に質問をぶつけた。

「──あんた、ホントは全部知ってるんじゃないの?」
「……………………」

図星をつかれ、私は何も答えられなくなった。

否──答えたくなかった。

「それならレンが倒れた理由もなんとなく察せられるわよね? 【この空間】が何なのかも、【自分】が何なのかも解ってるんだから」
「……………………」
「ちなみに黙秘権はナシよ。数ヶ月間のあんたの行いに散々目を瞑ってきてあげたんだから」
「……………………」

冷たい目に見下ろされ、私はついに観念したようにレン君の身体をコンクリートの上に置いた。

(ゴメンね、レン君)

そしてゆっくりと立ち上がり、鈴ちゃんと対峙した。
鈴ちゃんは何も言わない。
だけどその冷たい眸の中には静かな怒りがあった。

息を吸い込み、【言いたくなかったこと】を口に出す。

「……【ここ】は」

ああ、声が震えている。

でも……言わなきゃいけないんだ。
目の前に立つ【神様】にそう命令されたんだから。



「ここは異界で、そして──私は、浮幽霊」
「大正解」

……解ってはいても──それを解った上でレン君を騙そうとしてても──心のショックは大きかった。

それでも鈴ちゃんは慰めの言葉をかけることも、ニコリとも笑わずに淡々と続ける。

「解っているのでしょうけど──私、神様なの。しかもアニメが大好きな。何で神様がこんなところにいるのかもあなたは解っているのでしょうけど、そんなことは今は置いておいて、私はね、アニメが大好きな故、アニメには人一倍──いいえ、神一倍厳しいのよ」
「……?」
「だから話しの内容がよく分からないアニメが、大っ嫌いなのよ。だってそうでしょう? アニメは小説やマンガと違って解説がない。目の前で起こってる事象にちゃんと説明してくれないとイライラしちゃう。『もしかしたら最後の方でちゃんと全て説明してくれるかも』なんて思って最後の方まで見ても、結局解説すらはいらず意味不明のまま終わったりなんかしたら、最悪よね」
「……………………」

この人は──いや、この神様は何を言っているのだろうか?

「多分、今これを読んでいる【人達】も、同じこと思っていると思うの。『何だコレ』、『意味わかんなすぎワロタ』、『突然アニメについて語り始める神様に草不回避』、『今コイツ自分のことdisったぞ』──なんてね」

これを読んでいる人達って一体誰だ。

「だから今からは解説タイムに入りましょう。感動(多分)のラストパートはその後」

そう言って、鈴ちゃんは初めてウィンクをしたのだった。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

【GUMI誕】憧る

長い。
前バージョン続く。
安定の死ネタ。
安定のコレ祝ってんの。

そして眠い(テンション低いのはこのため)

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閲覧数:250

投稿日:2014/06/29 03:41:38

文字数:3,966文字

カテゴリ:小説

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