一章
「新しい召使が来ました。」
リンは14という若さで、王座に就いていた。王も王妃も続けざまで命を落とし、王座がリンに転がり込んできた。
あれから8年、何不自由なく育てられた。そのせいで、リンはわがままになってしまった。
国民からの評判は、良くなかった。彼女の耳にだって、届いているはずだ。それなのに彼女の態度は変わらなかった。
最初のうちは、かわいらしい、可憐だと国民たちは優しくし、リンの暴君さに目をつむっていたが、それが幾度となく続き、国民の怒りにふれ、リンは黄の国という世界全てを敵にまわした。
「…入れなさい。」
リンはつまらなさそうに王座に肘をたて、てのひらに顔をのせた。
真正面にある、大きな扉が開いた。リンはそこにいた、同じ金髪と碧眼の彼を見た瞬間頭の中に、あのオルゴールの音とともに、幼少時代の記憶が走馬灯のように流れていく。その中にいる、背景ははっきりしているのに、一緒にいる誰かがぼやけて見えない。いつも一緒にいて、大切な存在だったのに、わからない…。誰?
「王女様?」
隣に控えていた大臣の声で、リンは我にかえった。金髪の召使は、いつの間にか玉座のすぐそこまで来て、膝をつき頭をさげていた。
なぜか、心の中にもやもやしたものが、渦巻いている。リンはそれが何か解らない。
「…名は?」
金髪の召使はリンの言葉を受けると、顔をあげた。リンを見つめる大きな碧眼は、どこか寂しさと愛おしさがにじんでいた。
彼は静かな声で、告げた。
「レンと申します。」
レンは、リン専属の召使になり、たった数週間で仲良くなった。
いや、それが自然なのだ。二人は、双子なのだから…。
パタパタとレンが、広い廊下を急いでいた。
まだ昼食をとっていた時、急にリンに呼ばれて、まだ半分も残っていた昼食を、一気に胃に流し込んできた。
食べてすぐ走っているから、少し気持ち悪い。
「お呼びでしょうか、王女様。」
レンは礼儀正しく頭を下げて、きちんとした挨拶をした。リンは当たり前のように、レンの行動も言葉にも見向きもせずに、明るく言った。
「レン、今日のおやつはやっぱり、ミルフィーユよりブリオッシュがいいわ。もう3時に近いけど、間に合わせてね。」
レンが頭をあげると、ベッドに座って足をばたつかせているリンが見えた。
変わってないな。と、レンは目を和ませた。
昔、よく王妃と3人で3時のおやつの時、きまって文句をつけていたのがリンだった。
「さぁ、今日はモンブランですよ。」
王妃が自分の部屋に呼んで、おやつを食べるのは日課だった。この日も、リンはベッドで足をばたつかせて、今か今かとおやつの時間を待っていた。レンはおとなしくリンの隣に座っていて、表には出さないが王妃の作るとても美味しいおやつが待ちどおしかった。
レンは王妃からおやつの作り方を教えてもらうが、やはりまったく同じ味の再現は難しかった。
「えぇ~、モンブラン?モンブランより、母様の作るブリオッシュがよかったのに…。」
リンは口をとがらせながら言うのをなだめて、今日用意したものを食べさせる。なんだかんだ言っても、それをとてもうれしそうに、おいしそうに食べるリンを見て、いつもレンと王妃は顔を見合せて笑う。すると、リンが嫉妬してプンスカ怒り、レンのおやつを半分くらい横取りして、一口で口にほおばる。口の周りは当然汚れて、王妃が優しくリンをしかり、口の周りを拭いてあげる。リンはその時なぜか、勝ち誇ったような顔をしてレンを見る。レンはやれやれと思いながら、お手上げのポーズをすると、満面の笑みになる。
戻れるなら、あの頃に戻ってしまいたかった。
「ブリオッシュですね。では、急ぎで買ってきます。」
「手作り!」
部屋を出ようとしていたレンは、リンの言葉でそれを止めて、リンに振り替えった。リンはベッドで、足をばたつかせているのは同じだったが、目線をレンに向けていた。
「手作り…ですか?」
「そ。」
リンはレンから目線を外し、そのまま後ろに倒れるかたちで、ベッドに身を預けた。指を絡めて、目の上で腕を伸ばすと、優しい声で懐かしそうに告げた。
「母様ね、おやつを作るのがすんごく上手でね。大好きだったの。だから母様が死んだ時、もう食べられないんだって、悲しかったの。でも…」
リンは上半身を起こし、優しい顔でレンを見つめた。
リンにはどう映ったかは知らないけど、レンはあきれていた。毎日毎日、この時間になると、レンはこの話を聞かされていた。
「レンの作るおやつの味、母様と同じなの。」
同じ…。
レンはリンの言う〝同じ〟の意味が解らなかった。いつもどうやっても、レンは王妃と同じ味ではないと思っていた。なのに、いつも食べていて味を確実に覚えているリンに、〝同じ〟といわれている…。
レンは笑顔を作って、優しく言った。
「手作りですね。では、作ってきますね。」
レンはそれだけ言うと、笑顔のまま礼儀正しく部屋を出た。
戸を閉じ、一拍あけた後、広い廊下を全力疾走した。
早くしないと、まにあわねぇ~!!!
「あら、おやつの時間だわ。」
3時の鐘とともに、リンの口癖と、戸を勢いよく開ける音がした。
リンは驚いた表情で戸の方を見ると、息を切らしたレンがいた。
レンはふぅと大きく一回息を吐いて落ち着かせると、ティーポットとティーカップ、傘のような蓋がささった皿が乗ったワゴンを、ゆっくり押して部屋に入ってきた。
部屋に用意されている、小さなテーブルに皿を置き、蓋をとった。
そこにあるおやつに、レンは嬉しそうに笑った。昔と何一つ変わらない、無邪気な笑顔だった。
リンが、ニコニコしながらブリオッシュを食べている姿から目を外し、ティーカップにレンは紅茶を注いでいた。
そんなレンに、リンはフォークでブリオッシュをつつきながら、語りかける。
「ねぇ、レン。」
レンは紅茶で満たされたティーカップを、リンのそばに置いた。
「なんですか?王女様。」
リンはすぐさま、紅茶の入ったティーカップに手を伸ばした。質素な形ではあったが、綺麗な装飾がされており、淵には金がついていた。
リンは紅茶に自分の姿を映しながら告げた。
「隣の緑の国に、メルトって言うケーキ屋があるらしいのよ。おいしいって言う噂だから、明日のおやつはその店のものにして。」
リンは紅茶を一口飲むと、またブリオッシュを食べ始めた。
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リオロ
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ご意見・ご感想
メッセージありがとう!
めっさがんばるよ!
2008/11/03 12:25:46
瑠璃果
その他
読みました!
続き頑張ってください!
2008/11/03 10:35:27