そんな魔力の方向付けがまるで異なる三タイプだが、だからと言って自分の役割だけこなせばいいというものではない。チームで行動することが多い以上、他の術士及びタイプの動向も常に把握した上で己の役を全うするのは当然の責務だった。
 分かりやすい所で言えば、術を発動させるまでの所要時間が挙げられる。Aタイプは比較的早く術を完成させることが出来るが、Cタイプは魔力を練り合わせる時間が相応に必要で、怪我をしたから即座に治療を行えるとは限らないのだ。無論個々の努力次第でいくらか補える部分ではあるものの、他のタイプの特徴を掴み立ち回ることの重要性は変わらない。実戦では一瞬一瞬が命がけなのだから、味方に対しても過度な期待を寄せるべきではなかった。それが甘えを生み、結果としてチーム全体の生存を危うくすることに繋がるのだ。
 またCタイプの場合、直接対象の身体に触れなければその効果が発揮されない点も視野に入れておく必要がある。どれほど一流の術士でも、遠距離から怪我を治癒させることは出来ない。つまり治療を行ってもらうタイミングも重要で、その最中に襲われでもしたら負傷者も治療者も両方死ぬだろう。
 そういう意味では、俺の台詞も間違っているとは言えない。しかし今の俺はそれを目的に彼女の練習風景を見ようとしているわけではなかった。
 大抵はタイプを把握するだけで事足りるのだが、時折その者自身の特性を理解しておかないと痛い目を見る場合がある。目の前の彼女が正しくそれだ。彼女の有する“癖”の程度を見極めておかなければ、今後また同じチームとなった際に対処しきれない。次がこの前と同様うまく回るとは限らないのだ。むしろ、先日のは運が良いケースだった。いつ死んでもおかしくない以上、万全の対策を取っておくのはむしろ義務とも言うべきもので、おそらく“先生”もそのために彼女との時間を作ってくれたのだろう。
 そんな俺の思惑など露知らず、彼女は感激したような瞳でこちらを見上げた。穢れた思惟の欠片も混じらぬ純粋無垢な輝きに、見透かされはしまいと思いつつも居心地が悪く、つい咳払いで誤魔化してしまう。
「成る程……流石KAITOさん。はいっ、私ので宜しければいつでもお見せします!!」
「じゃあ、始めようか」
「はいっ!!……あっ」
 そこで彼女は何か思い出したのか口に手を当てた。そして訝しむ俺の眼前で、腰ほどもある薄紅色の髪をばさりと垂らし頭を下げる。
「先日は、本当に本当にすみませんでしたっ!!私、昔から何をするにもおっちょこちょいで…。皆様に迷惑を掛けるからちゃんと周りを見て動きなさいって、お母さんにもあれほど言われていたのに……」
 その口振りから察するに、どうやら数日前の初陣での失態を謝っているようだった。それを見ていると自然と口元が緩み、俺は柔らかい調子で言葉を紡ぎ出していた。
「昔からそうだったんだな」
「はい……そうなんです。もう私ったら本当に本当に……」
「お母さんは今も息災なのか?」
 思えば、他人の家族について触れたのは、これが初めてのことだった。俺は最初から身元が割れているも同じで、プライベートなどあったものではなかったが、他の人間は違う。言いたくない過去を抱えている者も多く、出自を語るような人間はごくわずかだった。
 現に俺は未だMEIKOにすら、家族や「塔」へ入るに到った経緯に関して訊けず仕舞いのままここまで来てしまっている。今更問いかけるのも無粋だし、おそらく一生訊くことはないのだろう。それでも何の気負いなくこんな台詞が飛び出してしまったのは、彼女の発するほんわかとした空気のせいなのかもしれない。
「はい、まだ元気でいます。ありがたいことですよね。他の皆は、死んじゃったとか行方不明だとかで、安否さえ分からない子も多いんです。両親共に元気なのはすごく珍しいことみたいで。同じクラスだった子たちにも、羨ましいってよく言われました」
「そうだろうな。「塔」に入る人間って言ったら、何かしら止むに止まれぬ事情がある場合がほとんどだからな」
「やっぱりそうですよね。私みたいにただの好奇心で、なんて子はいませんよね……」
「別に引け目を感じる必要はないさ。それよりも、強いご両親なんだな。大事な一人娘が危険と隣り合わせの術士になるなんて、なかなか認め難いだろうに」
 そうして俺は軽く俯いている彼女を見据えた。これは一種の賭けでもある。彼女には当てはまらないが、本人はなりたくないにも関わらず家族が無理やり「塔」へ入れてしまうというケースは意外に多い。大半が「塔」から術士へと支給される物資や金銭目当てで、命がけの奉公先に子を身売りしたも同じことだ。女衒などへ売り飛ばすよりまだマシなのかもしれないが、どちらにしろ自由は与えられない。もし彼女が家族の巧みな誘導に気付いていないだけだとしたら――……ただの可能性とは言えこんな荒んだ思考が容易に巡る自分にほとほと嫌気が差してくる。
 しかし雰囲気からして、彼女の両親はそういう人間ではなさそうだった。案の定、彼女は少しはにかんだ様子で顔を上げ口元を綻ばせた。
「最初はやっぱり反対されました。でも私がどうしてもやりたいと言うのならその道を行きなさいって送り出してくれたんです。
 あ、それと家にはまだ妹と弟がいます。妹がもうすぐ十二歳、弟は九歳なんですけど、育ち盛りが二人もいるもんだから毎日が戦争なんだって手紙に書いてありました。私も年に数回、休暇を申請して帰ったりしてますけど、賑やかなんてものじゃないんです!静かな時がないっていうか、落ち着ける瞬間がないっていうか……」
 そう愚痴を零しつつも、彼女の言葉は弾んで止まらない。そしてそれを聞いている内に、胸底へ溜まった澱がすっとどこかに流れ消えていく。やはり彼女は人の心をほぐす才能があるようだった。そんなことを思いながら、俺は彼女が息を吐いた一瞬を見計らい口を開いた。
「楽しそうだな。そういう家庭で育ったから、mikiちゃんも明るい元気な子になったんだと思うよ」
「えっ……!?そ、そうですか?何だかそんな風に言われると照れちゃいます……」
 実際彼女は元々赤い頬を更に染めて目を伏せた。可愛い子だ。そのままじっと見つめていると、上目遣いになった彼女が興味を抑え切れない調子で切り出した。
「えっと……KAITOさんのご家族は、どうされてるんですか?」
 その思いがけない問いにぐっと息が詰まった。彼女は知らないのだろうか。あれだけ塔中の噂になったというのに。見た感じでは、彼女は俺より二歳ほど下と言った所だ。噂が最盛期だった頃にはもう「庭」にいたはずで、耳にしていないわけはないと思うのだが。都合よく忘れてくれているのだろうか。
「……兄が一人、かな」
 どうとでも取れるよう返事をすると、彼女の瞳が輝きを増した。ぱっちりした睫毛を何度も瞬かせながら、夢見るような声でぼんやりと口にする。
「そうなんですね。KAITOさんのお兄さんかぁ……どんな人なんだろう?」
「大したことない平凡な兄だよ」
 そう返した刹那、何故だか胸の奥がずきっと痛むのを自覚した。そんな心中など知る由もなく、彼女はうっとりとした声音のまま思いを紡ぎ合わせていく。
「そうなんですか?でも、KAITOさんのお兄さんですから、きっと格好良いんだろうなぁ……って、そ、そんなこと言われても困っちゃいますよね。すみませんっ!!」
「いや、ありがとう。嬉しいよ」
 何も彼女が謝ることじゃない。俺は優しく映るよう、努めて静かに微笑んだ。彼女には関係ない話なのだ。俺が勝手に口走り、勝手に傷付いた。本当にそうだったらどんなに良かっただろうと、馬鹿げた白昼夢に踊らされただけで――
「本当ですかっ!?よ、良かったぁ。じゃ、じゃあ、私そろそろ練習を始めますね!KAITOさんはそこに座って見ていて下さいっ!」
「ああ、そうするよ。頑張って」
「はいっ!!頑張りますっ!!」
 見るからに張り切った風情の彼女は、気合いも充分に部屋の中ほどへと足を向ける。その背中を見守りつつも、俺の中にあるのは苦く割り切れない気持ちばかりで、それは彼女の練習を見ている間もずっと燻り続けていた。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

夢の痕~siciliano 5-②

①の続きです。
次回は、おそらく来年になってしまうかと思います。
まだ全体の三分の一ほどなのに、どれだけ時間がかかるのでしょうか…。
見直しは苦手です^^;

ちなみにその次回ですが、久し振りにMEIKOが登場します。
そして新しいキャラクターも登場しますが、名前は出ません。
どのボーカロイドか、分かる方はいらっしゃるでしょうか…。

閲覧数:114

投稿日:2012/11/10 01:56:56

文字数:3,384文字

カテゴリ:小説

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