晩餐は、素晴らしい御馳走だった。籠に盛られたパンに、ベーコンとほうれん草のキッシュ。帆立と蕪のサラダはトマトの赤が華やかで、マッシュルームと海老を炒めた小鉢は仄かなガーリックの香りが食欲をそそる。それに私の大好きなクリームシチューと、海老も入ったほうれん草のグラタン、メインは温野菜をたっぷり添えた、クリスマスらしいローストチキン。これを全部、一人で作ってくれたんだから凄い。シェフになれるよ、カイト。

「カイト……どうしよう、幸せすぎる」
「俺はそれを聞いて幸せすぎです、マスター」
 嬉しくて、美味しくて、幸せだ。溶けて蕩けて、バターになりそう。……それは木の周りをぐるぐるしないとだっけ。
 カイトはワインまで用意してくれたものだから、少し酔ってきたのかもしれない。あんまり呑んだ事って無いんだけど、わざわざ店員さんに訊いて選んでくれたらしいフルーツワインは飲み易くて、ついするするとグラスを空けてしまう。

「カイトー」
 ふわふわする意識が気持ち良くて、へにゃりと笑って呼びかけた。
「はい、マスター」
「ふふ。美味しいねぇ。ありがとぉ、カイト」
「ありがとうございます、マスター。良かった、喜んでもらえて」
「うん、嬉しいよー、すっごく。あ、そろそろアイスケーキも出す?」
「はい、マスター」
 あ。ふふ、やっぱりカイトもアイス好きだなぁ。おんなじ嬉しそうに笑うのでも、アイスの時はちょっと幼い感じになるんだよね。可愛いなぁ。



 * * * * *



 ……まずい。いや、アイスケーキじゃなくて。
「んー? かいと? どぅしたのー」
「マスター……お酒、弱かったんですね……」
「えー、そぉかなぁ。よくわかんないー」
 酔いのためだろう、マスターは少し舌足らずな調子で、頬を上気させて「えへへー」とか笑われると、うん、もう魔王も倒せますよマスター(混乱中)
 しかもマスター、酔うと甘えたがるタイプだったらしい。うっかりリビングのローテーブルに場所を移してたものだから、にこにこと楽しそうにくっついてきてくれて、俺の首に腕を回して擦り寄ってくれて、嬉しいんだけどイロイロと柔らかかったりとかされると俺も男な訳で、≪VOCALOID≫とはいえっていうか極限までヒトに近く造られた≪VOCALOID≫だからこそ そのへんの"事情"は健康な男性となんら変わりない訳で、
「かいとー?」
「頑張れ俺、俺はやれば出来る子……はい、マスター」
「……えへへ。かいと、だいすきー」
「~~~っ!」
 クリティカルです、マスター! 俺を萌えコロス気ですか?!

 まずい、本当にヤバイ。大体普通にしてたってマスターは可愛いひとで、俺は基本的にいつでも理性総動員状態なんだよ? それがこんな……あ、こら俺の手、ぎゅーとかしてるんじゃない! いやいつもしてるけど、今は駄目だってホラ柔らかいしあったかいしマスターいい匂い……
 ってだから駄目だって、しっかりしろ俺! そりゃあマスターとはもう恋人同士なんだし、そういう事もしてない訳じゃないけど、
 ……うん? そうだよね、してるんだよね……しかもクリスマスって、恋人同士イチャイチャする日なんだよね?(※違います)
「……じゃあ、いいのか」
「なぁに? なにがー?」
 思わず漏れた呟きに、膝の上のマスターが こてん、と首を傾げる。
 ――トドメ、戴きました……!

「うん。いいですよね、マスター」
 言うと同時にそっと押し倒して、返事も待たずに口付けた。アルコールの香る唇だけでなく、頬や瞼や首筋にも。
「かいと」
 くすぐったげに身を捩り、マスターは俺を制して腕を上げる。ここで止められるとか拷問……!と悶えかけた時、その腕が何かを示している事に気付いた。たおやかな手が指し示す先は、まだゆらゆらと炎を灯すキャンドル。
「火事に、なっちゃうから。かたづけてからー」
「――はい、マスター。すぐにっ」
 バネ仕掛けの勢いで跳ね起きて、即座に炎を消して回った。マスター、『片付けて"から"』って言いましたよね。それってつまり、片付けたら続けていいんですよね!?
 胸を高鳴らせて戻った先で、最愛のひとは口元に笑みを湛え、それはもう幸せそうに――

 健やかな寝息を立てていました。

 って、ちょっと! 何ですか そのお約束展開ーーー!?



 * * * * *



 ――気が付いたら朝で、ベッドの中だった。
「えーと? いつ部屋に戻ったっけ……?」
 何だか頭がぼんやりして、上手くものが考えられない。おかしいな、寝起きは良い方なんだけど。妙に喉が渇いてるし、風邪かなぁ?
 うーん?と首を捻ると、サイドテーブルにグラスと水が用意されているのが視界に入った。わぁ、嬉しい――けど、こんな用意してくれたって事は、昨夜から体調崩してたのかな。そんな覚えは無いんだけど。
 疑問符を浮かべながらも、有難くグラスに水を注ぐ。こくり、と喉を鳴らすと、幾分スッキリしたようだった。
 ふぅ、と息を吐いた時、グラスを持つ手が目に留まった。正確には、手首までを覆う袖口が。
「あれ。着替えてない」
 慌てて布団から這い出して、自分の身体を見下ろしてみる。昨夜着ていたワンピース、そのままだ。髪に手をやると、こちらは解かれている。……えーと。髪を解いたところでダウン……だったら、あんなにきっちりベッドに入ってないよね。あ、カイトが水置きに来たついでに直してくれた? いや、ていうか水もなぁ、やっぱり腑に落ちない……。

 混乱しつつ、とりあえず着替えた。着たまま寝てしまったワンピースはシワだらけで、ハンガーに吊るして手で伸ばす。――と、微かなアルコール臭が鼻先を掠めた。
「あ――あぁあ!」
 その香りに、記憶が一気に甦った。ワインに酔って、――駄目だ諸々恥ずかしすぎる。ていうか、
「カイト、ごめん……!」
 物凄くお約束な事をしてしまったのも理解して、軽く死にそうな気持ちになった。あの状況で寝落ちとか、どれだけ鬼なの私。うわぁ、どんな顔して出ていこう。
 恥ずかしいのと罪悪感で、何だか頭がぐらぐらしてきた。ちょっと落ち着こうと、まだ残っている水に手を伸ばす。
「ん?」
 さっきはぼんやりしていて気付かなかったけど、グラスの向こうに何かあった。赤が鮮やかな、クリスマスソックス。中身が入っている事を示して、ぽっこりと膨れている。
 そっと手に取って中を覗くと、てのひらに載る小さなギフトボックスが見えた。取り出して、開けてみる。
「ピアス……」
 箱の中には、丸いピアスがちょこんと並んでいた。小さくシンプルなデザインで、カッティングを施された石の色は、蒼。世界で一番、愛おしい色。



 * * * * *



「カイトっ」
 潤んだ声に呼びかけられて、焦って振り向いた俺の胸に、柔らかな熱が飛び込んできた。
「わっ、えと、マスター? 大丈夫ですか、具合悪かったりしませんか」
 駆け込んできたみたいだし平気だとは思うけど、念の為に訊いておく。マスターはこくりと頷いて、ぎゅっと抱き付いてくれた。
「マ、マスター?」
「……ごめんね、昨夜。それと、ありがとう。昨夜の事も、……このプレゼントも」
 言いながら少しだけ身を離し、大事にてのひらに載せた箱を示す。――あぁ、良かった、見付けてくれたんだ。
「気に入って、もらえました? 何にしようか悩んだんですけど」
「うん、ありがとう、カイト。でも、」
 言葉を切ったマスターは、俺を見上げて苦笑を浮かべた。
「これじゃあ、私の方が本当に『貰いすぎ』だわ」

 俺を映す瞳は濡れたように艶やかで、どうしようもなく愛しさが込み上げる。そっと、今度は俺から抱き寄せて、華奢な背中に腕を回した。
「いいえ、マスター。俺の方がずっとずっと『貰いすぎ』です。それにそのピアスだって、本当は俺のエゴだから。マスターに贈る物なのに、『身に着けててもらえる物がいいな』って俺の都合を優先したんです」
 マスターの勤める図書館は、華美でなければ多少の装飾品には寛容だって聞いていたから。だから邪魔にならないように、飾りの多くない小さな物を選んで。それに、
「石も、綺麗なのは沢山あって。だけどそれを選んだのは、」
 遮るように、マスターの腕が俺を抱き締めた。解ってる、と言うように。そうしてマスターは顔を上げ、俺と視線を合わせて笑う。
「ありがとう、カイト。凄く嬉しいし、気に入ったわ。私の一番大好きな、カイトの色の石」
 その微笑みは真珠のようにまろく、琥珀よりも甘く。迷って悩んで眺め回った、どんな宝石よりも眩しくて。
「ありがとうございます、マスター」
 あぁ、やっぱり。この腕の中で貴女が瞳に俺を映して、そうして笑いかけてくれるのが、何より至高のプレゼントです。



 - Merry Xmas!! -

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい
  • 作者の氏名を表示して下さい

Gift for you, from you【続カイマスXmas】

『クリスマス開催のお知らせ』の続きです。

こちらの分から、ピアプロ用に書き下ろした続きになります。
今回はいつものように「+1本」では収まりませんでした……。
ちょこちょこ区切ってますがSS形式というよりは、カイト/マスターの視点を交互に切り替えて書きたかったのです。

これを書く為に、クリスマスレシピやら宝石やら検索しまくりました。作る訳でもないのに。
……む、虚しくなってなんか無いんだからね!orz

「前のバージョン」で、兄さんが可哀想な事にならなかった(wバージョンの『おまけ』です。
レーティングが要るような描写はしてませんが、事後っぽかったりとかアレな雰囲気が入るので、苦手な方はお逃げください。

閲覧数:893

投稿日:2010/12/22 15:49:34

文字数:3,655文字

カテゴリ:小説

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  • sunny_m

    sunny_m

    ご意見・ご感想

    こんにちは、sunny_mです。
    クリスマス終わってますが、読ませていただきました☆
    クリスマスは恋人同士がイチャイチャする日じゃなくて、年末に向けてなんだか忙しい日だ!とカイトに言いたいです。

    來果さんは幸せで溶けていましたが、私は読みながらパソコンの前でぐるぐるとまわりすぎて、バターになりました(笑)爆発を超えましたwww
    カイトさんのクリスマスディナー、美味しそうだなぁ。

    カイトも來果さんも、幸せになるための努力をしていて、読んでいて悔しいけれど微笑ましいです。ホント悔しいけれどwww
    でも本人たちは、それを努力と思っていないから素敵なんだろうなぁ。
    くそう、やっぱり悔しいというか羨ましい(笑)

    ではでは!

    2010/12/27 14:12:38

    • 藍流

      藍流

      こんばんは、sunny_mさん。読んでくださってありがとうございます!
      忙しい日ですよね、クリスマス。こんなの書いて上げながら、私も9時間シフトで働いてましたよw
      でも望木家の場合、カイトが毎日マメに掃除してるから大掃除の必要もないし、そんなに忙しくないのかも?
      (というネタ他でSS更新したかったんですが、書く暇が無さそうですorz)

      爆発を超えたwww
      バターになるほどぐるぐるしていただけて嬉しいですw
      ディナーのメニューは某醤油メーカー(キッ○ーマン)のサイトに載ってたレシピからチョイスさせていただきました。
      こういうところで細かい描写を入れたくなるタチで、毎度go○gle先生のお世話になってますw

      このふたりの日常は些細な事が全部「しあわせ」なんだろうなぁと思います。
      羨ましくも微笑ましい、というのは凄く嬉しいコメントですね! ありがとうございます^^

      2010/12/28 00:10:29

  • 時給310円

    時給310円

    ご意見・ご感想


      リ  ア  充  ど  も  め

    はいどうも、藍流さん。読ませて頂きました。
    ええ読ませて頂きましたとも。
    何という非リア充殺しですかコレは。(w
    ……仕方がない、これだけはやりたくなかったが。
    かくなる上はこの小説をダウンロードして、カイトの名前を自分の名前に変換するしかなさそうだな! むろん「前のバージョン」の方でッ!!
    うわっ、自分で言っといて、余りの発想のキモさに鳥肌立った! (;´Д`)

    まあ、アレですね。あれだけの艱難辛苦を乗り越えた2人ですしね。ここは素直に祝うとしましょう。
    ちくしょうバカヤロウおめでとうだぜカイトこのヘタレ野郎。來果さん泣かせてみろテメエ俺がいつでも代わるぞ控えはウォームアップ完了で24時間待機中だぞ覚えとけゴルァ!

    あ、それと遅ればせながらユーザーフォローもさせて頂きました。これからも頑張って下さい!

    2010/12/25 12:18:13

    • 藍流

      藍流

      どうもです時給さん! メリークリスマスでしたー!
      ……私の世界にはそんなもの存在しませんでしたけどね。全力で仕事でしたよ、えぇ。
      この話だって、本当はクリスマス更新の予定だったのに;;
      しかも24日から降り続いた大雪の所為で、クリスマスの朝は除雪から始まりましたよ。

      名前変換! その発想は無かった、と言いつつのノーコメントです。青い人に気をつけてくださいねw
      違う意味で『素直』なコメントに噴きましたw

      そしてフォローですと?! なんて光栄な……!
      そうかこれがクリスマスの奇跡というやつですね? ありがとうサンタさん☆
      ……冗談はさておき、本当に光栄です。ありがとうございます!!

      自分でも「くそうリア充め……」と思いつつ(w 書いて良かった!
      今後ともよろしくお願いいたします^^

      2010/12/26 01:00:59

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