マネージャーの楠さんが異変に気付いたのは仕事場に着いてだいぶ経った後だった。
事前打ち合わせを終えて、ありがとうございましたと立ち上がってスタッフを見送った時だ。
「カイト、もしかして風邪?」
楠さんがいぶかしげに聞いてきた。立ち上がった時にふらついたのを見られたらしい。まずい、と、覗き込んでくる目から顔をそらしたけど、逃げ切れられずに捕まった。
「あ! 熱があるじゃないか!」
額に手を当てて楠さんが叫ぶ。やっぱり。朝から小さな兆候はあった。体がだるかったり頭痛がしたりしたのはこの所為らしい。もしかしたら風邪かもーと感じていたが、できるだけ気にしないようにしていた。
「だ、大丈夫です。仕事はできます」
「もちろんしてもらわないと困るけどさぁ……。自己管理も大切だよ? 最近メイコちゃんに会ってないから落ち込むのもわかるけどさ」
「……すいません」
メイコの名前を出されたのは正直悔しかったが、真実だ。返す言葉がない。
楠さんは知っている。僕がメイコ無しではやっていけないと。メイコと会えない日が続くと僕の中のバランスが崩れてしまうのだ。僕が売れるようになる前から僕のことを見てくれている人だから、楠さんはいつも僕のスケジュールにはメイコと会うための時間がとってある。でも最近はメイコも忙しく、どうスケジュールを組んでもメイコと会える時間が取れなかった。しかしそう言われると、メイコがいないと何も出来ないと言われているようで悔しい。震えそうになる声を必死で抑えるようにして絞り出す。
「でも、声は生きています」
今日はCDの取材と新曲のレッスンにその打ち合わせ、それからいつのもラジオ収録だ。露出するのは取材だけ。それくらいはどうにかできる。どうにかする。仕事を取り上げられるのは絶対に嫌だった。
「やれます」
渾身の力で楠さんを見つめる。楠さんは数秒黙った後、やれやれと溜息をついて、
「滋養の良いもの買って来るからここで休んでいなさい」
と出て行った。最後に、無理しないこと、と僕の肩を叩いて。
仕事はどうにか無事に終わらせた。新曲のレッスンは休みをいつもより多く挟んでしまったが、取材は完璧にこなしたと楠さんもハンコを押してくれたし、ラジオはガクとメグ二人がパーソナリティの番組で、二人はプライベートでもよく会う気の置けない人たちだったから助かった。夜になって熱が上がって、何を話してるかちょっと記憶が曖昧なところもあるんだけど、最後何も言われなかったということは、酷いミスは無かったということだろう。後で二人にはお酒をおごろうと誓った。
仕事が終わって、楠さんに車に乗せられて、そこで僕の記憶は途切れた。
×××
兄がふらふらで帰ってきた。少し前に電話をくれた楠さんによると、なんと風邪をひいたらしい。兄が風邪を引くとは驚いた。ナントカは風邪を引かないと思っていたのだが。姉は体にいいものを買いに出かけた。私は意識があるのかわからない兄を引っ張って、兄の部屋まで連れてくる。双子は明日も仕事があるからと非難させた。間違えた。避難させた。
真っ暗な部屋に電気をつけて、一度見渡す。兄の部屋に、物が増えてきた。最初に会ったときは、必要な物しか置いていない、なんて生活感の無い空間だと思ったけど最近は色々置いてある。本棚もCDトラックも隙間が減っていった。兄にいろいろなことを気にする余裕が出来てきたということだろう。大変喜ばしいことに。
「兄、こっちきてー」
「んー」
まずは着替えさせることが先決と、上着のボタンを全部はずしてシャツを脱がせる。兄は寝ぼけているように生返事で素直に従ってくれる。なんか変な感じ。
「はい万歳して―」
「んー」
それから肌着を脱がせた。上半身裸でゆらりと立っている、どこからみても間抜けにしか見えない兄をみて、さてどうするか、と思案する。ズボンは脱がせていいものか。別に変な気になったりはせんが、男のプライドとしてどうなんだろう。でもベルトが付いたままでは寝にくかろう。
しょうがない、とベルトに手をかけた時に、
「みっくん、何をしているのかな」
「え、ベルトを取ろうとしているだけだけど」
ごつい手に止められた。掴まれた手が熱い。いや、別にむきむき的なゴツさじゃなくて、普通に男の人の骨ばった手なんだけど。なんだろうと見上げると、熱も一瞬で下がったような真っ青な顔で、兄が汗をだらだら流していた。意識は一瞬で覚醒したらしい。
「うん、質問が悪かった。――なんで兄ちゃんは服を脱いでいるのかな?」
「そりゃパジャマに着替えさせなきゃいけないじゃない」
さも当たり前そうに答えると、兄は、はーと長く大きくため息を吐いた。小さく、兄ちゃんは君の将来が心配だよ、という言葉も聞こえる。
「どうしてそう恥じらいもなく男を裸にできるかな」
語弊だ。私だって好きで裸にしたわけじゃない。裸にするなら姉をする方が断然楽しいに決まっている。大体色気も感じられないふらふらの兄のどこを見て恥らえばいいというのか。
「そういうことは言わなくてもよろしい」
まぁ何でもいいけど。でも目が覚めたなら、私が服を脱がしてあげる義理はない。私だって早く居間に戻りたいのだ。今日やるドラマは外せない。一応のために録画しているけど、生で見る方がいいのだ。その方が、明日ルカと一緒に長電話しながら語れるし。
「ともかく起きたなら、自分で脱いでよ。パジャマはベッドの上に置いてある。お水はテーブルの上。あと氷枕持ってくるからちょっと待ってて。ちゃんとベッドに入っていること。はい、動く。さっさと動く。もたもたしない」
ドラマのためとテキパキ必要なことを言うと、兄が不思議そうな顔でこちらを見ていた。
「なに?」
「あ、いや、似てると思ってね、言い方が」
めーちゃんに。
兄が笑顔で付け足す。
私はちょっとびっくりしたけど、すぐに嬉しくなってにまーと笑った。そういわれるのは、なんかくすぐったい。多分、ここの家族は、みんなどこかしら似てくるのだ。たとえ血が繋がっていなくても。長い間時を過ごしたから。これからも長い時間を過ごすから。
「ちなみに姉は兄のためになにか作ってるから」
お礼にと素敵なことを教えてあげた。うん、と答える声がしたけど、これがまた頼りない。また意識が飛びかけているようだ。のたのた動く背中に背を向けて台所へ向かった。
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