君恋る音(きみ・こうる・おと)
2.ハジメテノオト‐②
ささき蒼衣(そうえ)

 宴もたけなわ、である。昼間なので酒抜き、皆さん素面―の、ハズなのだが。
「~♪うたーもたぁ~の~しーやー、とぉきょきぃーっどぉ~♪」
 …何故か、カラオケ大会と化しているその場である。というか、まず間違いなくKAITOが葉月の許(もと)に来た歓迎会だから、なのだろうが。
 KAITOの手元にもカラオケの歌本が広げられており、…何故か、いや当然か、葉月が嬉々としてKAITOに歌わせる曲を選曲中なのだった。
「ん~…とぉ…ねっ、KAITO、コレどぉ?」
「…どれどれ…って、マスター、“ワールド・イズ・マイン”はミクの曲じゃないですかっ!」
 葉月の差し出した歌本の項目を見て声をあげる。葉月の横にいた蒼衣(そうえ)が苦笑して口を挟んできた。
「……違うって、KAITO。良く見てみなよ、“アナザー:ワールド・イズ・マイン”だよ。」
「…え……あ。」
 …言われて良く見ると、確かに。タイトルが、葉月の手元に隠れて良く見えなかったのだ。
 確かに、「アナザー:ワールド・イズ・マイン」は、『KAITO』の曲だ。…―が…。
「~あ~…これ…ですか……?えーと、この曲…は、僕よりベータの方が上手いんですよ…ね……」
「……ベータ?あ、ひょっとして…」
 不本意ながら、いささかほほを引きつらせて答える。知らない名前にきょとんとした葉月に、引きつった顔のまま、
「…『弟』です、双子の。僕が“P01-α(アルファ)”で、あいつが“P01-β(ベータ)”。僕は、その…こーゆータイプの曲は、どうも…あまり得意じゃなくって……」
「―…って言っても、ベータ君はココにはいないんだからさ。アルファ君が歌うっきゃないでしょお。」
 KAITOの目の前にマイクが突き出された。見ると、ルイーザ・メイのマスターである、背の高い若い女性がニッコリと(ニヤリと、に近いか)笑って立っている。
「…真由紀先輩。」
「五月野さん。…そのマイク、は……」
 顔を引きつらせるKAITOに、真由紀が当然のごとく、
「―今、ルイーザ・メイとかいとちゃんが歌うからさ、その後KAITO君ね。」
 ――ステージ上のディスプレイを見ると、既に、“アナザー:ワールド・イズ・マイン”が、次の曲として登録されてしまっていた。
「…マ、マスターッ、蒼衣(そうえ)さ~ん…;;」
「えー、いいじゃない。私、KAITOの歌で聞きたい♪」
 葉月がお目目きらきらで迫る。
「大丈夫だって。アルファは自分で思っている程下手じゃないから。」
 蒼衣(そうえ)がまたも苦笑する。ルイーザ・メイとかいとの“夢見ることり”が流れ出す中、KAITOはがっくりと肩を落とした。
「―…えーと…KAITO…?」
 葉月が“悪いコトしちゃった?”全開の顔になってKAITOの方を見てくる。
「…マスターが気に病む事でもないですよ。そんな顔しないで下さい。…大丈夫ですから。」
 手を伸ばして、葉月の髪を優しく撫ぜる。…彼女の顔を曇らせた事を申し訳なく思いながら。
「ねえ、KAITO君。なんだったらさ、ウチのメイにも手伝わせよっか?コーラスなら、かいとちゃんつけとけば暴走しないだろうし。」
「―暴走って、真由紀先輩……;;」
「その“暴走”ってのも、言い得て妙だね。」
「でしょ?」
「…“暴走”……?」
 何だ、それは?真由紀と葉月、蒼衣(そうえ)の会話に、今度はKAITOがきょとんとする。答えは、横から降りてきた。
「ルイーザ・メイは、歌の中にすぐアドリブを入れちゃうんですよ。ソロで歌うと特に、ね。」
 …KAITOと良く似た、でも少し若くて、柔らかい声。その方を見ると、KAITOと同じ姿をした少年―大体17、8歳位か―がふわり、と空中に浮いていた。
「―…アーネスト。」
「久しぶりです、アルファ兄さん。」
 目を見張るKAITO―P01-αに、アーネスト―CVR00-01β(ベータ)〈KAITO〉 Personal type №09―がにこっと笑う。春奈がマスター(所有権者)だ。
「あれ、エリー君?」
「プロジェクターを持って来てもらいました。」
 葉月が驚いた声をあげる。アーネストは、パーソナル・タイプ―ロボットの体(ボディ)を持たない、プログラムのみの存在(専用ハードディスク/電脳はあるが)だから、現実空間に出てこようとすれば、ホログラム・プロジェクター(三次元映像投影装置)が必要となる。
 彼の指差す先を見ると、丸っこい形をした小形のロボット達が数体、ホログラム・プロジェクターの設置された台車を押してきていた。慣れた様子で台車を固定する彼等を、蒼衣(そうえ)や葉月達がねぎらう。
「ありがとう。」
 アーネストが礼を言うと、ロボット達は嬉しそうにクルクルと鳴いた。
「帰りもよろしくね。」
 どうやら所定の位置に戻るのだろうロボット達に木原教授が声をかける。クルクルと応答する彼等を見送りながら、KAITOは訊いてみた。
「あの子達は、木原教授のロボットですか?」
「所有権からいくと、まあそうなるかしらねえ。正確には大学だけど。」
「6年位前だったかな、ウチの大学と後2、3ヶ所が組んで開発に関ったロボット達なんだ。その縁で、さ。本業の“家事手伝い”以外にも色々学習次第でできる子達だしね。」
 蒼衣(そうえ)に続けて、アーネストが答える。
「僕や“エミリー”は、現実(リアル)で動ける体(ボディ)を持たないでしょう。結構、彼等に助けてもらう事が多いんですよ。」
 「妹」(筋としては『姉』と言うべきかも知れないが)―CVR00-01α(アルファ)〈MEIKO〉 Personal type №09―の名を聞いたKAITOの顔がほころぶ。
「―エミリー、元気か?」
「ええ。兄さんが、葉月さんの許(もと)に来ると聞いて、手ぐすね引いてましたから。」
「うへ。」
「アルファ兄ちゃーん、出番だよぉ!」
「早く早くー!本番~!」
 首をすくめたKAITOの上に、子供達の呼ぶ声が降ってきた。―見ると、かいと、けいと、ルイーザ・メイを筆頭に、『KAITO』、『MEIKO』、『初音ミク』と、ちびVOCALOID達がずらりと顔をそろえている。――その数、優に20人近く。
「あはは、勢ぞろいですねー。ゴーカだなー、兄さんの歌はコーラスが。」
 絶句してしまったKAITOの横でアーネストがほけほけと笑う。
 全く………。こうなりゃ、開き直るしかないではないか!
 一つため息をついたKAITOは、勢いをつけて立ち上がった。
「KAITO。」
「大丈夫ですよ、マスター・葉月。僕の歌、聴いていてくださいね。」
 呼びかける葉月に振り返る。KAITOは、にっこりと笑いかけると、片目をつぶってみせた。

「♪~世界~で、いちーばん、お~ひ~め~さまっ~♪」

 …KAITOの歌を聴いた葉月が目を丸くした。
「…―うっそぉ…KAITO…すっごいうまいよぉ…」
「ま…アルファの“あまり上手くない”ってのは、あくまで本人の思い込みだから。―葉月さんと同じだよ。」
 鮮やかな青いドリンクを口元に運びながら、蒼衣(そうえ)が苦笑する。
「――え……?」
「葉月さん、今、“私がKAITOのマスターで本当に大丈夫かしら”、とかって思ったでしょ。それと同じ。確固たる事実があるわけじゃない。」
「…………。」

「―確固たる事実があるわけじゃないですけど、時には思い込みってヤツが良い方向に働く事もあると思いますよ。」
 ステージ上で艶やかに歌い上げる「兄」を見ながら、アーネストがぽつり、とつぶやくように言う。
「…エリー君。」
「……………。」
 葉月が気遣わしげにアーネストを見やる。舞台の方を見たまま、蒼衣(そうえ)が黙ってグラスをあおった。
「どうせだったら、楽しい“思い込み”の方がいいと思うな。―ホラ、葉月さん、ちゃんと兄さんの方を見てないと後ですねられますよ。」
 アーネストが苦笑交じりに舞台の方を指差した。葉月は、あわてて舞台に目を戻す。
 ステージの上のKAITOは、その青い瞳でまっすぐに葉月を見つめていた。

 葉月の視線が自分からそれた。
 KAITOは表に出さず、内心で苦笑した。―理由も、解っている。
 葉月の座る席の横、1人分の空白を置いて、まっすぐに自分を見る、「弟」。
 彼が自分に向ける視線の“意味”。―憧憬と、そして、一種のライバル感情。
(―ま、そう簡単に抜かされてやる気もないけどね。)
 自分は、ただ歌っていくだけだ。たった一人の為のこの“声”を紡ぐ。
(……――葉月…………。)
 心の中で呼びかけながら、歌を紡ぐ。
 ――呼びかけが聞こえたように、葉月の深い色の瞳が、再びKAITOを捉えた。

 …――わっ!と、大歓声で舞台がはねた。
「―すごい、すごい、KAITO君!」
「カラオケじゃなくって、立派なライブ・ステージだよな!」
「まいったなー、俺、この後歌うんだぜー;;」
「そりゃ御愁傷様だねっ♪」
「やったね、お兄ちゃん!」
「すっごいよなー、兄ちゃん、また上手くなってるよー♪」
「いーなー、あたしも早くお歌、上手になりたい♪」
 観客や、「弟」、「妹」達に囲まれて。肩を叩かれたり、じゃれつかれたりしながら、KAITOが葉月の許(もと)へと戻ってくる。
 ―ステージを終えた歌手みたい。
 いや、“みたい”ではない。彼は歌手なのだ。
 そして、その声は、葉月の為に紡がれていく。これから先、葉月の思いを受けて、葉月の言葉と共に、その調べを、――葉月だけの為に。
「マスター・葉月!僕の歌、どうです?」
 葉月を見つけた―いや、最初から葉月を見ていた―KAITOが笑いかけて来る。
 その、青い瞳の中に、一抹の不安を見つけて。
「―すっごい良かったよ!KAITOの歌、サイコー!!」
 彼の両手を取ってはしゃぐ。
 ――お願い、笑ってみせて。哀しい顔は見たくない。
「…そうです、か…―良かったぁ……」
 KAITOの笑顔がどこかほっとしたようにほころぶ。やっぱり、緊張していたのだろう。
「…えっ、と…―とにかく座ってよ!歌ったら、のど乾いたでしょ?何か飲み物取ってくるね!」
「え?―いや、マスターがワザワザ動く事は…自分で取って来ますよ!」
「いーから、いーから!それくらいさせてよ。ね!」
 KAITOが止めるひまもなく、葉月は駆け出していってしまった。程なく、トレイに2人分の飲み物を持って戻って来る。
「――はいっ、コレKAITOの分ね!思いっきり歌ったら、のど渇いたでしょ?」
「ありがとうございます。」
 スライスしたレモンを浮かべたアイス・ティー。添えられていたガム・シロップを入れてゆっくりと口に運ぶ。紅茶の華やかな香味と、レモンの酸っぱさ、シロップの甘さが、輪のように口の中に広がる。
「――美味しい……。」
「ホントだー。木原先生、やっぱりお茶淹れるの上手だわ。」
「へえ…。――何か、隠し味で入ってるかな。…ミント?」
「えっ、本当?」
「スペアミントの葉をね、少し加えてみたのよ。さすがKAITO君、鋭いわね。」
 にっこり笑う木原教授の台詞に、グラスの紅茶を飲んだ葉月が感心する。
「すごいねぇ、KAITO。私、わかんないよ。」
 そう言ってまた紅茶を飲む。
「いや、感心される程でもないですよ。人間形態(ヒューマン・フォームド)ロボットなら誰でもこれ位は…」
 あわてて手を振るKAITOの台詞を蒼衣(そうえ)が打ち消す。
「―残念ながら、味覚センサーの精度に差があるからね。人間形態(ヒューマン・フォームド)ロボットの誰でもが味に鋭いわけじゃないよ。」
「…―そうですよね!?訓練もいるハズだし、やっぱりKAITOすごいんだよ!私、ぜんぜんわかんなかったもん!」
 はしゃぐ葉月の態度に、いささか奇妙なモノを感じた。…KAITOは、そのまま彼女の手をそっと握り込む。
「はえ!?」
「ね、葉月。……楽にしてていいですから、ね。」
 目を瞬かせる葉月に、そっと告げる。安心させるように、笑いかけながら。
 『KAITOの為にがんばる』と言ってくれた、葉月の言葉は、その想いは嬉しい。――けれど、その為に、万が一にでも、彼女がつらい思いをする事になって欲しくない。
「…え?」
「大丈夫、ですよ。…僕は、ずっと貴女のそばにいますから。大丈夫です。」
「…――KAITO………。」

(To be conninnued)

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい
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君恋る音(きみ・こうる・おと) 2.ハジメテノオト‐②

勘違いから、2話目の③を先に投稿してそのままでした;;
ということで、改めて「君恋る音」2話その2です。

2011.8.22. 1話目から通しで読めるよう入れ替え直しました。

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閲覧数:230

投稿日:2011/08/22 18:05:15

文字数:5,174文字

カテゴリ:小説

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