「そういえばカイト、歌うのは平気?」

アイスカップが空になる頃、そんな問いを投げかけられた。

「歌、ですか?」
「うん。『マスター』意識しちゃって、まだ抵抗あるかな」

重ねられた言葉で、あぁ、と思い出した。
そうだった、僕は『歌うアンドロイド』だっけ。どうもそういう意識が薄いなぁ……。



 * * * * *

【 KAosの楽園 第2楽章-003 】

 * * * * *



接続ケーブルを使って、パソコンに繋ぐ。僕等は首の後ろにジャックがあって、ここにプラグを差してリンクし、データ交換なんかができるようになってるんだ。パソコンは勿論、アンドロイド同士でも使える機能。もっとも、來果さんの家には僕だけだから、あまり関係ないけど。

「リンク確認、準備できました」
「おぉ、何かいいねぇ。ハイテクっぽい」

デスクチェアに腰掛けた來果さんは、僕を見上げて楽しそう。接続ケーブルを繋いでこんな反応をされるなんて、初めてだ。開発室では当然の事として流れるのが普通だったし、そうでなければ目を逸らされたから。……なんでだろう、嬉しいな。



「それじゃ、とりあえず1曲いってみようか。歌いやすそうなの……これがいいかな」

彼女の操作に合わせて、僕の中に譜面が送られてきた。いい?と訊ねる來果さんに頷き、流れ出す旋律に合わせ、歌う。
あまり音の高低が激しくない、緩やかな曲だった。ベタ打ちで流し込んだだけで、調声もしないままだったから、上手くは歌えなかったけれど。

「うぅん? 話してると違和感ないけど、歌は無調整ってわけにはいかないかー。えーとどうしようかな」

ひとまず歌い終えると、來果さんは首を傾げてパソコンに向き直った。あれこれパラメータを弄りながら、ごめんねぇ、と苦笑する。

「折角綺麗な声持ってるのに、私がダメだと歌えないんだね。頑張って勉強してみるから、ごめん、気長に付き合って?」

そう言う彼女に気負ったところはなくて、だけどいい加減な感じもしなくて……不思議なひとだな、と思う。
來果さんの話し方はいつも、すんなりと受け入れられる。謝られても深刻にならないし、かといって適当に流されている気にもならない。自然に、普通に、素直に聞ける。
そうすると、不思議に空気が和らぐんだ。僕も、変に責任を感じたり、申し訳なく思ったりしないでいられる。肩の力が抜ける、っていうのかな、こういうの。



やがて調声が済んだのか、もう一度、と声がかかった。二度目の歌は、……残念ながら急に上手くなりはしなかったけど。
來果さんはまた首を傾げ、僕に苦笑を向ける。

「ほんのちょっとくらいは良くなってた、かな。手探りで申し訳ない。まぁ人間、急には上達しないものという事で」

やっぱり機械は苦手だわー、なんて呟いて、マニュアルを行きつ戻りつ。そんな姿を見て、どうしてだろう、手を差し伸べられた気がした。
最初から上手くはいかなくて、だけどそれでいいんだ、って。ゆっくり、一緒に、進んでいこう、って……言ってもらえた気がしたんだ。

そう思ったら、……どうしてだろう。歌いたくなった。今まではまるで執着がなかった、言われなければ忘れてしまっていた『歌うこと』が、何故だか急に特別なことに感じられた。
――多分、今この時、初めて。僕は本当に、≪VOCALOID≫に為れたんだと思う。



歌いたい、と思うようになったら、レッスンは凄く楽しかった。
マニュアルを見ていても結局よくわからないと、兎に角あれこれ試してみようという事になって、パラメータをひとつずつ変えては少し歌う。

「アイスと一緒だね。『端から試して、お好みを探しましょう』」
「そうですね。それに、どのパラメータを弄ればどう変わるのか、何となく判ってきた気がします」
「え、それ助かる! じゃあね、もう少し声落ち着かせたいんだけど、どうすればいいかな。今ちょっとふわついちゃってるでしょう」
「えぇっと、それだと……」

ディスプレイを覗き込んで、この辺りかな、と示してみた。
身を屈めたから來果さんの顔がすぐ傍にあって、ふわりといい香りもして どきどきする。柔らかそうな髪が目の前で揺れて、触れてみたくなって困った。だけど離れるのも勿体無くて、そのままパラメータを考える体裁を保ったりして。
触れてみたら、怒られるかな。きっと驚かれるから、何か理由を考えなくちゃ――って、だからなんてこと考えてるんだよ僕は!

「カイト?」

不審な気配が漏れ出ていたのか、來果さんが僕を振り返った。至近距離でまともに目が合って、一気に身体が熱くなる。
同時に、マスターの頬にも朱が差した。

「――っ、ちょ、カイト、近い」
「えっあっ、すみませんっ」

わたわた謝りながら身を引いて、惜しい気持ちになってまた困る。でも、……あぁ、これも訳がわからなくて困るんだけど。嬉しい気持ちも湧き上がった。マスターも同じように反応してくれて、嬉しい、って。
僕だけじゃないんですよね、マスター? 貴女も、同じように――



ふたりで相談しながら調声して、また少し歌ってみて。
まだまだ『神調教』の域には及ばないのだろうけど、随分 歌らしく聞こえるようになった。

「いいね。カイトはやっぱり音域広いよねー、羨ましい」

そんな事を言うマスターは、僕の歌う声を聞きながら、時折小さくハミングを漏らす。無意識なのか、本当に微かな……≪VOCALOID≫でなければ聞こえないほどの声。穏やかだけれど仄かに弾むような、柔らかな声音。
もっとちゃんと聴きたいな。そう思ったら、マスターが「歌うのも好き」だと言っていた事を思い出した。

「マスター? 一緒に歌ってくれませんか?」

思い出したら、考えるよりも先に言葉が飛び出していた。マスターが凄く驚いた顔をしている。
いきなりすぎたかな? ハミングも無意識だったなら、唐突に聞こえるよね。

「あ、えぇと」
「……うん。じゃあ、まぜてもらおうかな」

どう取り繕おうかと考える間に、マスターは微笑み、頷いてくれた。マウスを動かして、曲を再生する。
流れ出したオケに合わせて歌う声は、やっぱり柔らかくて優しくて、綺麗なアルトだった。あのとき抱き締めてくれた空気と同じで、あたたかく包み込んでくれる。
このまま聴いていたい気もしたけれど、視線で促されて僕も歌いだした。それでも、耳が拾うのは あのひとの声ばかりだったけれど。



調声してもらって歌うだけでも楽しかったけど、一緒に歌うのはしあわせで、嬉しかった。ずっと歌いたいと思ったし、ずっと聴いていたいと思った。
あぁ、そうか。急に『歌うこと』が特別になったのは、『一緒に』が嬉しかったからなんだ。このひとが、僕を≪VOCALOID≫にしてくれるのが、嬉しかったんだな。

だから歌いたい。上手くなくてもいいから、ずっと、一緒に。
ただ ずっと、貴女と一緒に。



<the 2nd mov-003:Closed / Next:the 2nd mov-004>

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい
  • 作者の氏名を表示して下さい

KAosの楽園 第2楽章-003

・ヤンデレ思考なKAITO×オリジナルマスター(♀)
・アンドロイド設定(『ロボット、機械』的な扱い・描写あり)
・ストーリー連載、ややシリアス寄り?

↓後書きっぽいもの





 * * * * *
カイト、ヤンデレラインの境界付近を無自覚に彷徨中。
「來果さん」と「マスター」を切り替えるタイミングが難しい……。

來果は「DTM? 何ソレ美味しいの?」な人です。そもそも機械全般が苦手。
しかしボーカロイド本人に調声の仕方を訊いてるのは、流石にどうなんだろう。
というか私がボカロ未所有なので、調教の仕方とかまったくわかってませんorz(土下座)

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ブログで進捗報告してます。各話やキャラ設定なんかについても語り散らしてます
『kaitoful-bubble』→ http://kaitoful-bubble.blog.so-net.ne.jp/

閲覧数:752

投稿日:2010/09/14 17:45:15

文字数:2,910文字

カテゴリ:小説

ブクマつながり

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