14.ココロのありか(後編)
「は? ここにあるのか?」
トラボルタは肩すかしをくらったような気分になった。
それはそのはず、メイコの指はトラボルタ、つまり自分の方を指し示していたからだ。
「それと…… ここにも」
そう言うと今度は右手の突き出した指を下に90度曲げ、自分のすぐ右下の床を指差した。
トラボルタは、まったく彼女の真意を理解できないでいる。
自分を迷わせるために、口からでたらめを言っているのでは? とさえ考えてしまう。
しかし、彼女がそんなことをしなければならない理由など、どう考えても皆無だった。
「その床下に何かあるのか?」
この状況を打開すべく、ばかばかしいとわかりきっている質問を投げかけてみる。
わからないと宣言するのは、何か腹立たしく、プライドがそれを邪魔している。
「違うって!! だから、ここだよ、ここ!!」
メイコはそう言いながら、先程から下を向いて指している右手の人差し指を、
グルグルと回し、空中に何度も不格好な円を描き出した。
どうやら、先程から彼女が指し示していた場所は床ではなく、
その上空に位置する彼女の真横にある空間のことだったらしい。
その空間を挟んで向かい側には、ミクが静かに立っている。
ようやくその事を理解したトラボルタは、先程自分を指していたと思っていた
その人差し指は、同じく自分とメイコの間にある空間を示していたのだと気付いた。
しかし、そこには心はおろか、それを享受するモノすら見当たらない。
あるとすれば空気だけ……。文字通り”空”である。
「何も見えんが……」
思わず、ため息のようにそんな言葉が老人の口からこぼれ出た。
「おばか!! あたり前でしょうが。そんなおバカなお前にわかるように説明すると――。
今、私とお前がこうやって話をしてるだろ?
お前は私に「なんだこいつ?」って疑問に思う。
私はお前に「わかってほしい」と必死に伝えようと思う。
ほら、二人の間のそこんとこに産まれたろ? ココロ――」
メイコの教鞭は息つく間もなく続く。
「私がミクの目をじっと見つめる。ミクも私の目を見つめる……。
ほら、産まれたろ? ココロ――」
「きれいな月を見上げた時、一緒に見たい誰かを想う……。
ほら、例えどれだけ遠くにいたって、自分とその人の間に産まれたろ? ココロ――」
「何かおもしろいものを見つけた時、興味がわいた時、
自分とその物との間に産まれただろ? ココロが――」
「自分がいて、相手がいて……。例えそれが人でも物でも。
好きだったり、嫌いだったりも、想いがつながって、産まれて、感じて……。
そこにココロがあるんだ。産まれては消え、消えては産まれる。それこそがココロなんだ」
「決して、一人だけじゃ産まれない。私たち一人ひとりが、ココロは持ってるわけじゃない。
私たちが持っているのは感情だけ。それを互いにぶつけたり、受け止めたりして、
ココロを産み出すことこそが、私たち生きる者みんなの持っている最高の能力なんだ」
ひとしきりココロについての教鞭を終え、メイコは本当に伝えたい事を語り出した。
「この子は今、確かに感情を制限されて、話す事もできない……。
想いをぶつけたり、受け止めたりする力が、弱ってるかもしれない」
「でも!! この子のココロを産み出す力が消えたわけじゃない。
力が弱っているなら、私たちがいつもよりも、もっと手を向こうまで差し出して、
もっとこの子に近づいて、手を握りしめて、引き寄せて、ぎゅっと抱きしめてあげれば――」
「きっと…… きっとつながる。ココロが産まれる瞬間が見れるはずさ」
そう言い終えると、満面の笑顔でメイコは、トラボルタを見つめた。
トラボルタは、彼女の言った事のおよそ半分も理解できないでいたが、
その笑顔には全てを納得させてしまうような不思議な力があった。
――こやつは昔からそうじゃったな……。
こいつが言った事はなぜか不思議と信じてしまう。そうなんじゃないかと思ってしまう。
信じてついていってやろうと、そう思ってしまうのぉ。不思議な奴じゃ。
老人は、ふっとわずかに鼻から息を吐き出し、口元をわずかに緩めた。
「わかったわい。それじゃ、信じてみるかのぉ、お前の言うココロってやつを――」
トラボルタは、そう言うと、髪のあまり生えていない頭をこりこりと掻きながら、
メイコとミクの方へ歩き出した。
しかし、移動を開始してわずか二秒程経った時だろうか……
トラボルタの足の小指が、見事に道中にあった机の脚にぶつかったのは――。
声にならない声をあげて、老人は床に倒れそうになるのを踏み留まり、
その場で患部を押えて、飛び跳ねている。
そして、机にぶつかった時の衝撃で机の上に置いてあった物のうち、数点が床に転がり落ちた。
次の瞬間、カチッという機械音の後に、部屋中をメロディーが包み込んだ。
机の上から転がり落ち、床に散らばった数点の物の中にひとつ、箱状の物があり、
そのふたが落ちた時の衝撃で開いてしまっている。
メロディーはその箱の中から奏でられているようだった。
「これは? あぁ、オルゴールか……。昔、シンデレラのやつが拾ってきたやつじゃな?」
トラボルタは痛がりながらも、音源を見つけだし、その正体を理解した。
トラボルタが、音を奏でる箱を拾い上げようと腰をかがめた、次の瞬間――
箱の中の機械が奏でる旋律に重ね合わせるように、部屋中を新たな音が響き渡った。
音というよりこれは歌!? それは瞬く間に部屋中の空気の隅から隅まで支配していった。
トラボルタは箱を拾い上げようとした手を止め、顔を見上げた。
そこで繰り広げられている光景は、およそ彼の常識を超えたものであった。
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BPM=156
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