時期は真夏。四六時中空気と地面が湿っていた梅雨が過ぎるも、文明の機器無しではとても耐えられそうにない暑い日々が続いていた。しかし、その殺人的な日光の恩恵をもらおうと商店街の草木は青々と葉を茂らせ、住宅地の庭では極彩色の花が咲き乱れる。昆虫は儚い生涯を謳歌するために街中を飛ぶ。
全ての命が今、活発に生きていた。
そんな朝の八時を少し過ぎた頃、ある住宅地の一軒家の前に青年と少女がいた。
「じゃあ・・・・カイト、今日もパソコン触らないように・・・。あと、知らない人に話しかけられても無視しろ。・・・電話も、怪しいと思ったらすぐ切れ・・・・。・・後は・・・」
少女はカイトと呼んだ青年に注意を促しながら半袖のセーラー服のスカーフを締め直した。
髪は艶のある黒色で漆黒の双眸によく似合う。ただ肌は青白く、あまり健康的なものではない。体躯も小柄で病弱な雰囲気だ。ぽつぽつと語る表情は暗く、感情が無い。
「分かってますよ。買い出しの時も注意しますし、アイスを貰っても付いて行きません。ダッツでも付いて行きません。マスターちょっと心配しすぎですよ」
 少々げんなりした様子で、カイトはマスターと呼ぶ少女、舞鶴優希にとある高校のロゴが入ったスクールバックを手渡す。
夏が急に近づき少々蒸し暑くなってきたせいか、カイトはスラックスに身体のラインに沿ったTシャツとラフな格好と、格好に反比例した空色のマフラーをしている。髪は空より深く海より淡い、人工的な青色。瞳も髪にならい青色で、それは人として自然ではあり得ない色だ。理由はその通り、彼は人間ではなく『VOCALOIDシリーズ01 KAITO』と呼ばれる歌う為のアンドロイド――ボーカロイドなのである。
カイトと優希は、普段この家に二人で暮らしている。家の名義は優希の義母である舞鶴千早のものなのだが、千早の夫である優希の父は再婚してすぐに亡くなり、働き手がいなくなった舞鶴家では千早が唯一の稼ぎ頭であった。今もキャピンアテンダントとして遠くの空港会社に勤めている。
「心配したくもなる。前、カイトは『アルの手紙』のウイルスにかかったばかりだし・・。・・・何より、安藤六花は見つかってないんだ」
 優希は無表情で、しかし珍しく煩わしそうな態度で薄く溜め息をついた。

 7月末のこと、ちょうど2週間前に大規模なボーカロイドウイルス流行事件があった。
 安藤六花が制作したボーカロイドウイルス、別名『アルの手紙』ウイルスが、日本全国に現存する個人所有のボーカロイドの全体の1割に感染した。メールに添付されているウイルス付きの音楽ファイルを再生させることで聴覚から感情器官崩壊プログラムを人工AIに上書きし、破壊衝動を引き起こさせる。カイトも事件の被害者であったが、今はワクチンのおかげで完治していた。
 制作者であり主犯と睨まれている安藤六花は、事件前は過去に起こしたサイバーテロの懲役でアメリカの刑務所に投獄されていたが、事件発生と同時期に脱獄した。現在は行方を完全に晦まし、アメリカの奥深くへ姿を隠してしまっている。

 朝にニュースで知った警察の報告を思い出したのか、優希は苛立ちを溜息に乗せるかのようにまた深く息を吐き出した。
「マスター、そんなに心配しなくても大丈夫ですよ。だいたい、その犯人さんってアメリカにいるんでしょう?」
「・・・まぁ、そうだが・・・・。とにかく、頼むから気を付けてくれ。・・・・・・やっぱり心配だから、学校行くのや「早く行かないと遅刻しますよ!」・・・・ちっ。」
 どさくさに紛れて登校拒否をする優希を宥め、それから一分後、カイトは今日も優希を学校へ向かわせることに成功した。


Just a moment. ******************


 入道雲は、青空を一部だけ切り取るようにぽっかりと白い穴を空けている。
その下では体育なのか、運動場でサッカーをしている少年少女がサッカーをしていた。
 二つのフィールドは男女で分けられているようで、校舎側のフィールドでは殆どの男子が走り回るか、応援か野次で滅茶苦茶に叫ぶおかげで中々に白熱した試合になっている。
対してもう片方のフィールドは、女子によるお喋り会やボールを転がすだけの遊戯場になり下がっていた。
「でねー、オリコン1位があのアニメのオープニングだったのー」
「私はそのアニメ見てないや。面白いの?」
「えっとねー。・・・・ヤスコも見てないやぁ。優希ちゃーんどんなのだったっけー?」
 その中でも特に、半袖短パンの体育着を着た優希は校舎の影で、友人達の話をただ茫然と座って聞くのみの大した体たらくを世間に晒していた。
「うーん、たしか主役の女の子が四人で、フォーク部を立ち上げる話だったと思うよ。私も、放送が深夜だから見てないけど」
 優希はカイトの前では見せない、人障りの良い笑顔で返事を返す。
「えぇー、優希ちゃんなら絶対見てると思ったのにー。ギターうまいしぃ」
「いや、それとアニメ見るかは関係ないでしょ」
 友人のぽわぽわとした印象のセミロングの娘とサッパリとした切り口で返すつり眼の娘のコントのようなやり取りに、優希はただ困ったような微笑みを浮かべる。
「見ていないのかい?全くあれを見ていないとは全くもって勿体ないな」
 低いテノール声が三人の輪に響いた瞬間、優希の笑みが一瞬ぎこちなく引きつった。
「第一に作画が良い。細かい動き、人物のバランスや表現方法はアニメにおいて重要な役割を担っているからな。他に語る所はあるが、何と言っても主役四人と後輩の女の子が可愛い。私個人の意見を言えば丸出しの額がチャームポイントの部長が好きだな。まぁそれでも、美しさと可愛さとヤンデレを兼ね揃えた優希の魅力には劣るけれどね!」
 見た目は10代後半ほど。男女共同じデザインの半袖短パンを着ているが、大人びた雰囲気のせいかあまり似合っていない。額から手でかき上げた髪は癖があり、肩に触れない長さで緩くはねている。
端正な顔立ちと切れ目は見た者に冷たい印象を与えるが、心から愉快そうな笑顔と先ほどの台詞が会話に参加した青年、六道マオの第一印象を残念な方向に粉砕していた。
「そうなんだ。今から前方不注意のタンクローリーの前に飛び出してきてくれない?」
「あっはっは!いやだなぁ優希、そんな事をしたらさすがの私でも怪我してしまうぞ」
優希の満更冗談でもなさそうな軽口に、マオもおどけた様に肩をすくませる。「それ怪我だけじゃ済まないと思うけど・・・」とつり眼の娘の突っ込みは空気の中へ小さく溶けていった。と、つり眼の娘の服をセミロングの娘が引っ張る。
「駄目だよぉ瑛子ちゃん、ここは六道ちゃんと優希ちゃんの二人きりにしなきゃ!」
「え?」「は?いやそんな気を遣わなくても・・・」
「それじゃあ優希ちゃん、ヤスコ達はドロンするねー。がんばってぇ!」
 セミロングの娘は優希とマオに良い笑顔で親指を立て、優希の少し素が出た制止も聞かずに「え、ちょっ、ちょっと」つり眼の娘の手を引いてグラウンドに走って行った。
 苦笑いのまま硬直する優希の隣では、「ありがとう、後は任せておけ!」と手を振るマオが残っていた。
「・・・・・六道君、ヤスコはいくらで買収されたのかな?」
「いやいや、これは完全な善意だよ。君に見つめられるのは心地良いが、出来れば視線に込めた殺気をしまってくれると嬉しいな」
 優希は唇で弧を描いたまま人一人くらいは呪い殺せそうな眼でマオを見上げたが、マオが落ち着いて話し始めた事に気が付き、睨むのをやめる。
「先程の休み時間に彼女から頼まれたのだ。彼氏なら落ち着きの無い君に、悩みを聞いてみてほしいってね。彼女達だって気が付いているのだろう。君の様子がおかしい事くらい」
「・・・はぁ。それ嘘でしょ」
 優希は呆れたように返し、穏やかな笑顔を作成する。
「たかだか人間如きに、私の本心が読まれるわけないじゃない。あれは、ヤスコが私と付き合ってない六道君に同情して無駄に気を利かせただけみたいね」
「ばれてしまったか。たしかに君の猫被りはプロ級だからな!でも、様子がおかしい所は否定しないのだね」
「・・・。別に、何でもないよ。ちょっとイライラしてるだけ」
「安藤六花の事で?」
 優希の表情から絶える事のなかった笑みが消えた。それを見たマオは可笑しそうに、そして底冷えしそうなほどに冷たく笑う。
「そうそう。品の良い、人に好かれる微笑み(えんぎ)も円滑な友好には必要だが、私は君の素顔の方が一層好きだよ」
「お前の持論には興味無い。・・・何処まで知ってるんだ」
 優希は態度を一変し、立ち上がってより近くからマオを鋭く睨みつける。しかし、マオは訝しげに眉根を寄せた。
「何処まで・・・?ただ私は、君のカイト君が被害にあった件で安藤六花を怨んでいると思っていたのだが」
「え?・・・、・・・・・・!」
 優希が視線を逸らしたことで、マオは確信を持った声で優希を捕らえる。
「逆に訊かせてもらえるか?優希。・・・君は安藤六花とどんな関係があるのだ?」


Just a moment. ******************


 日は、もう沈みかけていた。
 街は夕焼けでオレンジに染まり、建物や人々や他に質量を持つ物の足元からは長く引き伸ばされた影が貼りついていた。
 スーパーの袋を手にぶら下げたカイトの影も例外なく、ただでさえ高い身長より数割長く伸びた影と風に煽られたマフラーの影が地面に被さり、カイトの進む先に黒い道を敷いている。
 だが、カイトは影の貼りついた足を止めていた。
 整った顔は青ざめ、青い睫毛に縁取られた同色の瞳は瞬きもせずに一点を見つめていた。その眼に、恐怖を色濃く映して。
 カイトの視線の先、太陽に堂々と姿を晒している存在はカイトに気が付くと、口元に笑みを零す。
「あら、初めまして」
 腰まで伸ばされた後ろ髪は艶やかに黒く輝き、いくつかの束に纏められ縦に螺旋を描いている。薄く化粧をした顔はきめ細かい肌を持ち、陶器のような白い肌に一カ所、強い光を持つ黒瞳の左に小さな泣き黒子があった。
身に纏う服は黒を基調とし、胸元と背中をザックリと開いたロングドレスとハイヒールを着ている。若く豊満な身体と雰囲気は見た者を酔わせる大人の色香を匂わしていた。
 カイトは、彼女と面識は無い。
だが、その顔は優希から聞かされ、そして朝にも見たニュースで厭と言うほど知っている。
「私の事は知っているみたいね。・・・歌うお人形のお兄さん」
 安藤六花は、柔和に微笑んでみせた。
 カイトは、逃げる事が出来ない。
 彼女の存在感に圧倒され心が押しつぶされてしまいそうな事も、得体を知る存在なだけに恐怖心が勝り脚の震えが止まらない事も関係があるのかもしれない。だがそれとは別に、徹底的で決定的な理由があった。
「何が・・・いったいどうなってるんですか・・・・・・!?」
 六花が立ち止っているその隣、ちょうどある一軒家の玄関に当たる所。
 その家の表札には、『舞鶴』の文字が彫られていた。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

青い鳥と鳥籠の君【一章 安藤六花】

次に続きます、よ。

もっと見る

閲覧数:609

投稿日:2010/07/13 01:08:59

文字数:4,563文字

カテゴリ:小説

  • コメント2

  • 関連する動画0

  • 時給310円

    時給310円

    ご意見・ご感想

    どうもこんばんは、今回も大遅刻の時給です。
    でも、おかげさまで忙しさの峠は越せました! さすがにここまでの大遅刻は、今後一切ない! と、思いますっ! ← ヲイ
    さて気を取り直しまして、今回も読ませて頂きましたので感想をば。
    ……ええ、感想を……。

    ……や、ちょっと凄いですね、今回。
    冒頭の情景描写なんか、「これは一体どこの作家が書いた文章だ」と思いましたよ。すごく丁寧で、鮮明で、何と言うか、良かったです。
    登場人物たちのセリフも適度な長さで切られており、キャラの性格に合った自然なもので、とてもテンポよく読めました。
    そして最後の急展開! そしてこの引き!
    いえ本当、エンターテイメント小説として、かなり高度な仕上がりなのではないでしょうか。と言うか秋徒さんて、1作ごとのレベルの上がり方が異常w

    なので、ですね。今回はちょっとだけ感想に辛口も混ぜたいと思います。
    伏線を張る時はですね、もっと書き込んで読者に印象づけた方がいいです。
    例えばマオとの会話とか、たぶん優希と六花との浅からぬ因縁を示唆する狙いがあったと思うんですが、ちょっと描写が足りないかと。ここはむしろ、もうしばらく優希とマオとの会話を続けた方が良かったんじゃないかと思います。
    書き込み過ぎると、伏線の段階でネタバレしてしまう恐れがあるので、調節が難しいのですが……まあ事実、それだけ伏線張りというのは高度な技術だということですね。僕もよく失敗しますw
    でも、それだけ挑戦しがいのある技術だと思うので、お互い頑張りましょう!

    このシリーズ完結編という事で、寂しくもありますが期待させて頂きます。
    僕も忙しさの峠を越えたので、ぼちぼちエンジンかけて行こうかと思ってます。
    では、長文失礼しました。次回も頑張って下さい!

    2010/07/20 22:33:16

    • 秋徒

      秋徒

      時給さんへ
       ようこそいらっしゃいました!峠越えおめでとうございます、そしてお疲れ様です!
       大遅刻なんてとんでもない。コメントくださるだけで感謝感激ですよ(*´∀`) 私なんて、気付いたら数話過ぎてた等の失態をよくやらかしますし;;

       あまり冒頭は意識して書いてなかったです…w 六花さんの正体明かしに心血注いでましたww
       説明文を長めに付けたので中弛みを心配して短めにまとめたつもりだったのですが、裏目に出てしまいました(・ω・;) 素敵なアドバイスをありがとうございます!
       時給さんはカイミクで見事に魅せてくれた伏線名人なので、凄く説得力がありますw 次の伏線は濃く張っていきます(`・ω・´)

       ついに時給さん復活のお知らせですね!今からとても楽しみです。新作待ってます(*´∀`*)

       これまでお世話になった皆様にも満足していただくため、全力で完成させます。読んでくださり、ありがとうございました!

      2010/07/21 07:38:44

  • 藍流

    藍流

    ご意見・ご感想

    再びこんにちは、藍流です。
    過去作から全て一気読みしてしまいましたよ! どのお話も凄く面白くて、萌えたり吹いたりツッコんだりと大忙しでした。
    そして純真無垢なこちらのカイトさんを見るにつけ、拙作のカイトに申し訳なくなったり。ヨゴレな作者でごめん兄さん。

    丁度 新章スタートしたところということで、先がとっても楽しみです!
    次回もお待ちしていますね!

    2010/07/19 11:17:09

    • 秋徒

      秋徒

      藍流さんへ
       こんにちは。ま、まさか全作読んでいただけるとは思いもしませんでした! 申し訳ないとです; ありがとうございます(*゜゜*)
       私は藍流さんの兄さん好きですよ。兄さんは大切ないじられキャr…ゲフンゲフン! ムードメーカーじゃないですか( ´∀`) 私も藍流さんのようなヤンデレ兄さんが書きたいです。マジでw
       次回も頑張って早めにあげます。読んでくださりありがとうございました!

      2010/07/19 12:13:17

オススメ作品

クリップボードにコピーしました