《ビィィィィィィィ―――――――――――――――ッ!!!》





部屋の中で、激しいブザーが鳴り響く。


真ん中には正方形のリング。そこで俺と対峙しているのは―――――赤い髪の『少女』。

どっしりと構えて、拳を握りしめ俺を鋭く睨みつけてくる。

相手は自分から動くことのないカウンター型だ―――――仕掛けるなら迅速かつ突拍子無く!!


一気に踏み込んで、その顎を撃ち抜きにいk――――――――――



『せぇえああぁ!!!!』



瞬間、上から凄まじい重量のチョッピングライト《打ち下ろしの右》が降ってきた。脳天に直撃し、俺は顔面からマットに叩きつけられた。

再びブザーが鳴り響く。―――――スパーリング終了の合図だ。



「全く……だらしないわねーレン!! 男のくせに……もう少し粘んなさいよ」



潰れた蛙のようにマットに這いつくばる俺を見下ろす赤い髪の『少女』―――――波音律。俺の居候しているこのボクシングジムで、最も実力の高い奴だ。

まぁ……いろいろと事情があってこいつは試合には出られないのだけど。


「って……律君だって男j」

「『リっちゃん』!!!!!」

「ごびゅっ!!?」


今度は頭に超重量の蹴りが飛んできた。い、痛い……。


「次『律君』なんて呼んだら殺すわよ」

「ううううう……」


頭を押さえて蹲っていると――――――――――




「人の彼氏足蹴にしないでくれる? 律」

「……煉(ネル)!」




リングの外からひらりとトップロープを超えて来たのは―――――金髪の少女、秋田煉。一応、俺の彼女だ。

黄色のボクシンググローブを締め、軽くステップを踏む。戦闘準備完了の合図だ。

近くにいればどうなるかわからない。ふらつく足腰を手で支えながら、そそくさとリングを降りた。


「次はあたしの番……準備良いかしら?」

「おっし、来なさいよ!!」


律が応えた、その瞬間。煉の姿が一瞬で消えた。

目を見張る律の後ろで、ロープがはじかれるような音を立てる。

いや、後ろだけじゃない。左右やまえ……ロープだけでなく、コーナーポストもバチンバチンと大きな音を立てていた。

突如その音が止む。煉の姿はどこにもない。



―――――いや、律は既に気づいていた。



「上かっ!!?」


見上げながらアッパーの姿勢を作る。その目線の先には―――――宙を舞い、天井を足場とする煉の姿が!


「ハッ!!」


律の豪腕アッパーが放たれるよりも速く天井を踏み切り、獲物に襲い掛かる山猫の如き迅さで―――――律の顎を刈り取るように叩いた。

途端に律の体がぐらりとかしいで、尻餅をついた。降り立った煉がにやりと笑う。


「……あたしの勝ち!」

「くっそぉ……」


ぎりぎりと歯ぎしりしながらも、煉を見てにやりと笑う律。それに応える様に笑う煉。

俺はその微笑ましい様子を、リングの外から眺めていた。





「しっかし煉、また腕上げたんじゃないの?」

「腕上げたって、試合じゃこれ使えないんだからどうしようもないわよ」

「言わないのそういうこと!」


少し遅めの昼御飯を取りながら、律と煉が楽しそうに笑っている。


「それに引き換えレンは……」

「う……」


じとっとした律の眼が俺に向けられる。言い返そうとしても、実際わずか3秒で負けているのだから反論ができない。


「だ、だけどさぁ……二人は獣憑きじゃないか! それも―――――この獣憑きの珍しくない町でもかなり高等な!」



そう。この町では、獣憑きという存在は珍しくない。

通称『獣憑きの町』と呼ばれるこの聖愛町(せいあちょう)は、昔から多くの獣憑きが集まり、獣憑きの出生率もかなり高いという稀有な町なのだ。

今や普通の人間の方が圧倒的に少なく、町人の8割は獣憑きだ。



そんな獣憑きの珍しくない町でも―――――この二人は珍しい存在。なかなか高等な獣を宿している。



波音律―――――年齢11歳、身長156cm、体重―――――400㎏。ヒグマの獣憑きで、そのパワーはまさに超重量級。

秋田煉―――――年齢16歳、身長147cm、体重47㎏。ヤマネコの獣憑きで、身軽な身のこなしは変則的な立体機動を可能とする。



タイプの全く違う二人だが、同年代ならもちろんのこと、年上の獣憑きにだって二人に敵うものはいない。



そして俺もまた―――――獣憑き……ではあるのだけれど……


「俺は二人と違って、まず何の獣かもわからないんだぜ? そんな不定形の獣憑きの俺が、二人に敵うわけないじゃないか……」


鋭い爪。年に合わない整った筋肉。異常なほどの治癒能力。獣憑きとしての能力は一通り整っているにもかかわらず、いくら診断しても何の獣憑きか全く判明しないのだ。

自身の状況を思い返して、思わず俯いてしまう。


「………………はぁ」


律が溜息をついて立ち上がる。


「だからってそれであきらめるわけ? そんな腐った性根じゃ、一生かかったって見つけらんないわよ―――――生き別れの妹さんもさ」


思わず肩が震える。



―――――俺には一人双子の妹がいるらしい。名を「リン・ミラウンド」。

生まれた直後に先天性の大病が発覚し、すぐに俺とは引き離され、世界的に有名な心臓外科医のいる病院へと搬送されたらしい。

今まで一度もあった事のない妹―――――彼女を見つけるため、俺は昔から八方手を尽くしてきた。

だがそれでも―――――彼女の手掛かりは見つけられなかった。


「14年間もあった事のないような妹を見つけるっていうなら、それ相応の強い意志があるのかと思ったけど……そんなしょぼい意志で何をするつもりなのやら」

「うぐ……」


言葉が返せない。


「そこまでよ、律」


煉が不意に律を制止した。


「レンはがんばってるじゃない。毎日毎日必死に手がかりを集めてさ。それ以上レンのこと馬鹿にするなら、あたしが許さないよ」


しばらく律と煉のにらみ合いが続く。

流石に根負けしたのか―――――律が再びどっかりと腰を下ろした。


「アツアツ結構だねぇ。わかったわかった。これで手打ちにしましょ。……それに、ホントはレンにかまけてるほど余裕ないしね、このジム」


そこまで言ったその時―――――



「ほお、随分と状況がわかってるじゃないか、ボンズ」



突然響いた醜い声に、俺たちは一斉に振り向いた。

ジムの入口に、大柄な男を二人連れた醜い男。―――――この町の役人の一人だ。


「……誰がボンズよ、この豚饅頭!!」

「ふん! じゃあオカマとでも呼ばれたいか、この変態」

「んだとっ……!!」


律がキレかけ、両手が変化を始めるが、それを煉が制して一歩前に歩み出た。


「何度も言ってるでしょう。このジムは売らない。先代の波音妖狐が残したこのジムを、売らせはしないわよ!」

「いつまでそんなことを言っていられるかな。もはや経営もカツカツのこのジムを、人も寄り付かぬこのジムを守る意味があるのか?」

「たとえ人が来なくても、名の知れた獣憑きであり、天才女ボクサーと謳われた先代の遺した最期の想いなのよ! 潰さずに残しておくことこそ意味があるのよ! 獣憑きは想いを大切にする―――――ただの人間のあんたにはわかんないかもね!」


煉の言葉に反応した両脇の大男が拳を握りしめ、襲い掛かろうとするが、それを役人が制した。


「よせ、よせ。そうかそうか、それなら仕方ないな。今日のところは引き上げてやるとしよう。だが……これで終わりと思うなよ小娘」


役人はそれだけ言い残し、さっさと帰ってしまった。


「ちっ……律……そろそろ限界かもよ……?」

「なんの! ただの人間如きに負けてたまるか!」


煉と律が拳を固め、決意を露わにする傍ら。





俺は何も言えずに、先代の遺影を見つめていた。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

四獣物語~幻獣少年レン②~

舞台は獣憑き100%のボクシングジム―――――
こんにちはTurndogです。

ね、扱いがちょっぴり残念でしょ?w
割とヘタレン。

そして波音リツを雇用。
最初は年齢もリっちゃんの設定に忠実に行こうとしたけど、さすがにそれだと6歳にして25トンの体重の持ち主でしかも普通に知能高いとかいう何その《罪重ねた論理》さん状態ですから、ちょびっと変えました。
クレイジーニアスはファロちゃんとサラちゃんだけで十分ですw

閲覧数:188

投稿日:2014/02/09 23:03:57

文字数:3,301文字

カテゴリ:小説

オススメ作品

クリップボードにコピーしました