あの、僕がなんとも疲れ果てたオペラ『カルメン』の上演が終了してからまだそんなに経ってない。それなのに、マスターが「次のオペラをやるぞ」と言い出してしまった。当然、僕らに拒否権などあろうはずもなく……。
「……で、今度は何のオペラやるんだっけ?」
 ソファにぐてーっと座り込みつつ、僕はめーちゃんに尋ねた。
「『ヘンゼルとグレーテル』よ。ほら、レンとリンは前出番なかったでしょ。だから今回は主役をやらせたいんですって」
 そういやそんなこと言ってたような。それにしても、ドロドロの刃傷沙汰入り恋愛劇の次は、子供向けのおとぎ話か。差が大きすぎて僕の頭がついていかない。
「二人とも嫌って言ってなかった?」
 イメージにピッタリと言えばピッタリなんだけど、逆にいえば定番だ。
「マスターの知ってるオペラで、二人をセットで出せそうなのってあれぐらいなのよ。後は『バラの騎士』ぐらいかしら? でも、あれだと話の中身とか他のキャストとか色々問題があるし」
 オペラの話をされても僕はさっぱりわかりません。
「めーちゃんってオペラに詳しいね」
「ほら、マスターがオペラ好き、このPCでもよくDVDを見てるでしょ? あれを一緒に見ていたら色々と憶えちゃったのよ」
 確かにマスターはいろんなDVDをPCで見てるけど、めーちゃんはあれをいつも一緒に見てるのか。僕も面白そうな映画の時は一緒に見せてもらうけど、オペラはさすがに見ていない。
「レンに女装させて『七つの大罪』やらせてみようか、とも言われたんだけど」
「多分『死んでもお断り!』って言われると思う」
 そう言ったところで、マスターならやらせそうだけどな。僕はちょっと意地悪な気持ちになった。
「そっちの方が面白そうな気がするなあ。『ヘンゼルとグレーテル』なんて誰でも知ってる話より」
「『レンとリンではあの話の主役をやるには年齢が低すぎませんか? あの年で水商売をするのは無理がありすぎますよ』って言ったら、マスター諦めたわ。
 どのみち、話が難しすぎてマスターの手にはおえなかったと思うけど」
 どういう話なんだよそのオペラ……。
「で、結局『ヘンゼルとグレーテル』なんだ」
 僕はため息をついた。
「どうしたのよ。ため息なんかついて」
「いやだって。『ヘンゼルとグレーテル』ってことは、僕がお父さん役でしょ?」
「よくわかったわね、はい台本」
 差し出された台本を受け取って、またため息。お父さん役となると、どうしても『置き去り月夜抄』が頭をよぎる。
「捻りも何もないキャストだね……で、お母さんは? やっぱりミク?」
「ううん、私よ」
 え?
「……めーちゃんがお母さん役なの? ミクじゃなくて」
「何よカイト、私が相手じゃ嫌なの?」
 ぶんぶんぶん、と僕は首を激しく横に振った。
「いや全然そんなことありません。めーちゃんと夫婦の役ですか。……あっ」
 ちょっと待て。確か、『ヘンゼルとグレーテル』のお母さんって、子供を捨ててこいと夫に命令したあげく、最後は死ぬんじゃなかったっけ?
「まためーちゃん死ぬ役なの!?」
「だーかーらー、前にも話したでしょ? オペラの『ヘンゼルとグレーテル』は原作よりおとなしい話になってるの。最後は家族そろってハッピーエンドよ」
 めーちゃんが死なないと聞いて、僕はちょっとほっとした。
「そうなんだ」
「もともと子供に見せるために作られたオペラなのよ。あんまり刺激が強いストーリーだと子供によろしくない、と思ったんでしょうね」
「いつの時代にもいるんだね。そういううるさいこと言うの」
 そう言ったら、めーちゃんがふきだした。
「どっちかっていうと作り手側の自主規制みたいだけどね。ほら、曲だけ聞くのとPVになってるのとでは、受け取り方が違うでしょ?」
 なんとなく納得。
「そういえば、この前の『カルメン』も、あれで原作よりおとなしくなってるのよ。原作だとカルメンはホセを誘惑した時点で人妻だし、軍を抜けたホセが加入するのは悪事なんでもござれの盗賊団だし、カルメンの夫も盗賊団のメンバーで、ホセは嫉妬にかられて夫を殺してしまうのよね」
「うわ、それはきついなあ」
 オペラがそういうストーリーじゃなくてよかったよ。まあ、『カルメン』はもういいや。済んだことだし。
「で、レンとリンがヘンゼルとグレーテル、僕がお父さん、めーちゃんがお母さんなのはわかったけど、魔女は誰がやるの?」
 この話の流れだとルカかな? ちょっと可哀そうな気もするけど。でも、誰かがやらないといけないわけだし。
「それが、マスターが迷ってるのよね」
「ルカとミク、どっちにするかで?」
 ミクだとちょっと若すぎる気がする。
「ううん、ルカとがくぽで」
 はあ?
「ちょっと待って。ルカはわかるけど、なんでもう片方の候補ががくぽなの?」
「『ヘンゼルとグレーテル』の魔女役って、女装した男性がやることがあるのよ。がくぽにやらせたら面白いかも、って思っちゃったみたい」
 へえ、そうなんだ……。
「カイトはどっちがいいと思う? マスターが参考までにみんなの意見を訊いてみたいって、言ってたのよね」
 そりゃあもちろん……。
「僕は、がくぽがやった方が面白いと思うよ。意外性がありそうだし」
 僕はこう答えた。すまんがくぽ。でも、君は前回エスカミーリョという格好いい役どころだったんだから、今回はちょっと苦労してくれ。

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ボーカロイドでオペラ【ヘンゼルとグレーテル】話し合い編

『ヘンゼルとグレーテル』話し合い編です。
 魔女の役を男性がやることは割とあります。現に私が見たメトのライブビューイングはそうでした(テレビで放映されていた奴ですけどね)恰幅のいい年配の男性だったので、『ヘアスプレー』のエドナかい? と突っ込みを入れたくなりましたが。
 このオペラを作ったフンパーディンクはこの他にも、『眠り姫』や『青い鳥』などのオペラを作っていますが、現在でも上演されるのは『ヘンゼルとグレーテル』ぐらいのようです。ちょっと淋しいですね。

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閲覧数:350

投稿日:2011/05/21 00:51:07

文字数:2,237文字

カテゴリ:小説

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