――――――――――#3

 1時間半後。議題は各部隊の配置と状況終了までの防衛シフトになっていた。旅団がほぼ総動員という作戦規模なので、簡易に連絡を取りながら旅団本部でシフト体勢を整えていくという方向でまとまった。

 「やはり「VOCALOID」に入り込まれると、つらいな」

 亞北ネルが将官達の前で堂々と愚痴る。クリフトニア軍全体で攻響兵戦力が不足しているので、前線から遠いエルメルトはどうしても後回しにされてしまう。それよりも別の事情も大きいのだが、ある意味では兵力を引き抜く口実にされている雰囲気はある。

 「当面、司令部からの通達があるまでは、今回決定したシフトで警戒に当たってください。他に確認事項はありますか」

 弱音ハクはネルの発言を無視して、会議を進行する。誰も発言しない。

 「では、異議がなければ、各部隊は司令部の指示する作戦を了解したものとしますが、宜しいですか」
 「予備部隊に不安がありますが、応援の可能性はありますでしょうか」
 「無いと思っておけ。善処はする」
 「了解しました」

 ネルは、ハクが何か喋る前に勝手に答えた。

 「では、各部隊に於いて警戒態勢に移ってください。敵襲にあっては各部隊にて行動してください。解散」

 ハクが解散を告げると、室内に安堵の空気が漂った。大隊を始めとして将官が同じ場所に集まっているから、突然の襲撃の可能性を誰しも思い描いていたに違いない。ネルは一瞬で堪り兼ねて、それでも初音ミクに普段偉そうに言っている手前、一呼吸置いてから言葉を出した。

 「あ、私から一ついいか」
 「どうぞ」
 「貴様ら、私の経歴は聞いているか」

 突然のネルの怒気に、退出しようとしていた将官達は気圧されて体を向けた。

 「私は以前、劣勢のゲリラを裏切ってクリフトニアに付いた身だ。この軍で士官となる前は、総員50名を指揮していた」

 呆然とした表情で見返す生粋のクリフトニア人に、ネルは手短を心掛けて続ける。

 「裏切る以前にクリフトニア相手に戦っていた時。の、話をしよう」

 歩く姿勢が、全て直立の姿勢に置き換わった。まあ及第点に修正してやってもいいと、ネルは思いながら、話す。

 「何か状況の変化があった時に、何処かとんでもない場所で作戦を行う前には、副官と熟練の指揮官で集って、最前線でいわゆる士官級だけで偵察を敢行した事もあった」

 冷たい目で視線を配りながら、間を置く。掌握術ではないが、この間で反論の可能性を考えさせて、無理だと思わせてから話を続けるのが早いと、ネルは経験上知っていた。良いタイミングで、一喝する。

 「貴様らは、畏くも5000名の部隊の中枢となる将官ではないのか!ここは基地で、貴様らの部下は命令通りに哨戒警戒を行っているだろうが!どうして怯えた顔をして司令室を出て行こうとした!理由を答えられる者があるなら答えるがいい!」

 計算されたマジギレというか、長引くと面倒臭いのはネルも同じである。そして正しければ、どうせ誰も何も答えられないと知っている。ちょっと確かめる間を置いてから、最後に言い捨てた。

 「私からは以上だ!」

 言い切って、顎で出口を指す。将官達は敬礼すると、ミクやハクの顔も窺いながら、戸口に着くまでには颯爽と退出していった。

 「で、私は?」

 将官達が退出して行った。会議中、面白くなさげに窓の外を眺めていたミクが、適当な相槌以外に始めてまともに口を利いた。

 「ああ。ここで「待機」だ」

 ミクが振り返ってネルを見返す。無表情で、まるで能面みたいな顔をしている。

 「中将殿が仕事をする気なら、いくらでも仕事はあるぞ?」
 「力も無いのに、よく戦場に出る気になるわね、あの人達は」
 「ざけろ。「VOCALOID」のドンパチだけが戦争じゃねえ」
 「分からない……」

 ネルがあからさまに舌打ちをした。ミクは全く気にも掛けないようだ。

 「それより、黙ってて良かったのかしら。あの辺にテトがいるって」
 「不要です。「VOCALOID」の機動性は通常兵力では太刀打ちできませんから」

 ハクが会話を引き取る。ネルが気に入らないのは、あからさまにテトの気配を感じ取った素振りを将官達の前でやった事もある。ハクの言う通り、普通科などの連中では距離を置いた「VOCALOID」を捕捉する事は出来ないのだ。

 「よろしいか、初音中将!神でないのならば、兵の数を超えて将が有能である事はない!相手は一人でも、お前が一人で出て行くなら、軍の意味は無いんだ!少しは考えろ!」
 「そういう物かしら」
 「そういう物です、司令」

 前から、「VOCALOID」以外の戦力を軽んじる雰囲気はあったが、こうもはっきりと明言したのは初めてだった。ハクは向こうへ視線をやったが、ネルははっきりと激昂した。

 「とにかく、戦争という概念に疎い内は、初音ミクは誰も守れない。いつかまた、後悔するぞ!」

 そう言い放って、亞北ネルは書類を鷲づかみにして出て行った。後には、初音ミクと弱音ハクが残った。

 「ねえ。私の言っている事、何か間違っているのかしら」
 「はい。軍事というのは、皆で国土を守るのです。英雄は本来、人を統率するのが仕事です」
 「そう……。強ければいいのではなくて」
 「はい。全員で強くなるのが、軍です」

 初音ミクは、返事をしなかった。

 「鏡音大佐が出撃します。ご命令を」
 「勝手にすれば」

 弱音ハクは困った顔をして、それから敬礼を型通りにして、退出して行った。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります

機動攻響兵「VOCALOID」 3章#3

ネルさんの貴重なマジギレシーン。

閲覧数:86

投稿日:2012/11/16 21:48:33

文字数:2,319文字

カテゴリ:小説

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