暗い闇の中に、何かの存在をずっと感じている。それは物心ついたころからで、それがいったい何なのか未だに分からない。あまり気にしないようにしていたが、最近になってそれが何かを知らなければいけない気がしてきた。
――いや、知る時が来たのかもしれない。
このまま、暗闇にまぎれて見えない存在を追いかけていって、そして――
「おいっ! 聞いてんのかよ!」
「……!」
つんざく怒声に、意識が現実へ引き戻される。
(あれ、オレ……)
ぼやける視界に、数人の足と土。口の中から広がってくる血と泥の香り。身体中のあちこちから鈍痛を感じる。
(ああ……そうだった)
黒髪の少年は、地面に倒れ伏していた。それを同年代の少年達数人が取り囲んでいる。それぞれの手には木の棒が握られていた。
「死んだふりしてんじゃねぇよ。親なしのゴミがっ!」
取り囲んでいるうちの一人が言うなり、黒髪の少年の腹を蹴りとばす。
「ぐぅっ……」
感じる痛みはまともに呻き声になって現れる。
この痛みは、何度経験しても慣れるものではない。日常茶飯事に行われる、孤児いじめ。大人たちは見て見ぬふりだ。
(一瞬だけ、気を失ってたのか……)
学校が終わると、いつものように呼び出され、数人から木の棒で滅多打ちにされる。
――なぜ親なしと一緒の学校なんだ――
――ゴキブリのような頭しやがって気持ち悪ぃ――
――お前みたいな汚いやつは学校くるんじゃねぇよ――
浴びせらる罵声は様々だったが、要はうっぷん晴らしである。
ノルクトン王国にあるスラム街。栄えた王国には必ずその吐き溜まりがあるものだ。
貴族階級や、中堅階級でない限り、一般の民は貧しい暮らしを強いられていた。そんな平民の子供達は、貴族階級を恨めしむストレスを、身寄りのない孤児という一番弱い立場の者にぶつけることで、優越感を得ているのだ。
蹴り飛ばした少年が、黒髪の少年の胸ぐらをつかみ、その半身を起こす。
「うぅ……」
力なく呻き、されるがままだ。
「ほんと、気持ち悪い頭だぜ……」
その漆黒の目をまじまじと覗きこみ、悪態をつく。
少年の黒髪と目は、この国では珍しかった。より目立つ為、いじめの標的にされていた。貴族階級には、艶のあるさまざまな髪色の者が多いが、平民はグレーの髪の者が多い。色の濃度はさまざまだが、黒髪の少年を取り囲んでいる子供たちも皆、グレー系の髪と瞳だ。
「今日も『お付き合い税』を頂くぜ、レン」
言うなり、黒髪の少年――レンのすっかり汚れきったズボンポケットに手を入れる。
殴る蹴るをするのも、お付き合いしてやっているという名目をつけて、毎度レンの所持金を奪っていくのだ。
「……」
「っち、10Gぽっちかよ。ま、いいか」
言うなりレンから手を離す。レンは再び倒れた。
レンのポケットには、コイン一枚。ジュース一本買える程度である。いつも取られる事は分かっているが、まったく持っていないと、暴力がエスカレートするので、少し持ち歩くようにしていた。
(やっと、今日は終わりか……)
そう思った時――
「君たち、そこで何をしてるんだ!」
「!?」
やや離れた所から、若い男性の声。少年たちは反射的にそちらへ振り向いた。
レンも微力ながら、そちらへ顔を向ける。
この場に似つかわしくない、仕立ての良いローブを纏った青年が一人。ロイヤルブルーの髪と瞳が、平民でないことを示している。
「んだてめぇ?」
貴族と見るや否や、レンを蹴飛ばした少年は、その青年を鋭く睨みつける。
他の少年たちも同様だ。
「……いじめ、か」
倒れこむレンの姿を見て、青年はぽつりとつぶやく。
「だからなんだよ? 貴族様が平民のいざこざに首突っ込んでくんじゃねー」
「そうだそうだ! 帰れ!」
「金でも恵んでくれんのかよ!?」
青年に対し、口々に思い思いの悪態をぶつける少年達。
しかし、彼は構わず近づいて行った。
「話には聞いていたが……本当に、これがスラムの現状なんだな……」
悲しみとも、怒りともつかない表情で、青年は呟く。
「来るんじゃねぇ! 来たら……」
少年達は、木の棒を構えた。
「お前もレンと同じ目にあわせてやる!」
「へぇ。それは面白い」
その言葉とは裏腹に、無感情で青年が応える。そして彼らの言葉を無視し、近づいて行く。その足は明らかにレンへ向けられていた。
「来るなって言ってんだろっ!」
それが合図かのように、少年達は青年に向かって木の棒を振りかざした。
「……」
青年はその攻撃を軽々かわす。
「うおお!」
奇声をあげながら、少年達は次々と襲いかかる。
それをいとも簡単にかわし続け、少年達を翻弄する。
「くっそぉ!」
青年の真後ろから、一人が木の棒を振りかぶった。
「しねぇ!」
バシィッ!
素早く身体をひねり、青年は振り下ろされた棒を片手で受け止めた。
「な……」
少年が戸惑っている間に、青年は木の棒を奪い、ひじ打ちで突き飛ばす。
「っ!」
「てめぇ!」
一人仲間がやられ、さらにヒートアップする少年達。しかし、どの攻撃もテンポよく受け流される。
「……うーん、キリがないな。仕方ない……」
なかなか諦めない少年達に、青年はやや困った表情で呟くと、
「うっ!」
「いてっ!」
「ぐあっ」
肩や腕、足などに一発ずつ打ち込む。
「みんな! さがれ!」
レンを蹴り飛ばしていた少年――どうやらリーダー格らしい彼が声をかけると、少年達は青年から離れた。
「貴族が平民にこんなことして、ただで済むと思うなよ! いつまでも貴族のいいなりじゃねぇぞ!」
青年に捨て台詞を吐く。
「行くぞ」
仲間たちに声をかけ、少年達はレンを置いてその場から去っていった。
青年はそれを見送った後、自らの手に握られた木の棒を見つめる。レンのであろう赤い血しぶきが僅かについていた。青年の表情は痛々しく悲しみに染まっていた。
倒れているレンに視線を移し、近づく。
「……大丈夫か?」
しゃがみ込み、声をかける。
「……ぅ……」
レンはなんとか顔上げるが、まともに返事が出来ない。
「無理はしない方がいい。すぐ医者の所へ連れて行くからな」
青年はそう言うと、持っていた木の棒を捨て、レンの身体を抱き上げた。
「うっ……!」
体中から、痛みがレンを襲う。
「少し痛むかもしれないが、我慢しててくれ」
顔をゆがめるレンに、申し訳なさそうに言う青年。
「……」
レンは青年に身をゆだね、そのまま眠るように気を失った。
響く声は誰のものか。
その透き通る歌声は温かく、そして懐かしい。
――懐かしい? 聞き覚えのない声が?
だが、確かにそこに感じる。それは、自らが求めているモノ――
「……tiras~」
「……?」
レンは、ゆっくりと目を開けた。
ゆがむ視界は、徐々に焦点を定めていく。
僅かなひびが入った、古ぼけた天井。それが見える頃には、身体の気だるさで意識もぼんやりと戻る。
(ここは……?)
目線だけを動かし、辺りを見る。傍らに見知らぬ青年がいた。
(――いや、知ってる……あいつらを、追っ払った――)
レンは青年の横顔を見つめる。彼はベットの傍にある簡易的なイスに腰掛け、窓の外を眺めながら、鼻歌を歌っていた。
しかし、すぐにレンの視線に気づき、
「あ、気がついた?」
微笑んで、声をかける。
「気分はどうだい? だいぶ打撲が酷いようだから、あまり良くないか……」
「……」
気遣う青年に、黙って見つめるレン。
「あー、自己紹介がまだだったね。俺はカイト。君は、レン君だよね」
カイトの問いに、レンは複雑な表情でうなずいた。
「この病院に来る途中、君の孤児院に勤めているハクさんに会ったんだ。それで、君の事をちょっと聞いてね」
「ハク姉……だって!?」
表情を一変させ、レンは身体を起こす。
ハクは、レンを一番気にかけてくれている、孤児院の先生だ。
いじめられているのはいつもの事で、ハクの前では毎回平気なふりをしてきていた。しかし、病院に来たとなると只事ではなくなる。
「こらこら、まだ安静にしてないと……」
「……ってー」
慌てて起きたせいもあり、ギシギシと身体が痛む。だが、レンは心配するカイトの言葉を無視し、無理やり上半身を起こした。
「ハクさんは、今病院の先生と話をしている。もうじき来ると思うよ」
困惑気味に、カイトが言う。
「……あんた、貴族だろ?」
痛みに顔をゆがめつつ、レンは口を開いた。
「なんで……なんで……」
頭の中が疑問と混乱でいっぱいになり、それ以上言葉が出てこない。
「んー、そうだね。順番に説明しようか」
イスに座りなおし、カイトはレンを真正面に見る。
「俺は今、王国の命令でスラム街の視察に来ているんだ。俺だけじゃなく、他の貴族階級の若い奴らも何人か来てる。格差社会を無くす一環だそうだ。実際に現状を目の当たりにさせて、この問題の認識度を上げる為だろう」
淡々と語るカイト。レンは静かに聞いていた。
「まあ、なんで今そんなことをするのかというと……君も知ってるだろうが、隣国では領土争いが続いている。この国も、いつその戦火に巻き込まれるか分からない。そこで各国との交友を深める為、外交に力を入れたいらしい」
中立国であるノルクトン王国は、隣国の戦争にはノータッチだ。レンも、学校でその事は習っていたので知っていた。
しかし、僅かに火の粉が飛んでくることもある為、自衛にはしっかり力を入れている。その為、ノルクトン王国には軍事力があった。それを利用しようとする国もあり、なおさら巻き込まれやすくもあるのだ。
「だから、今のうちにこの国の弱点を減らして、少しでも有利に動けるように、という事みたいだ。……ちょっと、難しい話だったかな?」
「……つまり、貴族の人たちは、俺たちを助けようとしてるのか?」
少し眉根を寄せるレンに、カイトはやや困った顔で、
「うーん、出来るかどうかは別として、まあその努力をしようとしているのは確かだよ」
その言葉を聞き、レンは、
「……そっか。よかった……」
どこか不安が残っていた表情が少し和らぎ、小さく口元も緩んだ。
「正直オレ、スラムの人間はみんな、この国から追い出されるんじゃないかって、思ってたんだ。でも……よかった」
まだ幼いその顔に、優しさと温かさが宿る。
[二次創作小説] Lost Destination 「2.黒髪の少年」(1/2)
150P様の「Lost Destination」(レン&KAITO Ver)http://www.nicovideo.jp/watch/sm17436670 に聴き惚れ、PSP版DIVAでエディットPVを作成し、それに付属する小説も書いてしまいました。
※自分の妄想突っ走り小説なので、歌詞の本意とは異なります。
よろしければエディットもご覧下さい。http://www.nicovideo.jp/watch/sm18860092
長いお話ですが、よろしくお願いします。
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