「ねえ、最後に話をしようよ」

白で囲まれた部屋――クジラ病棟と呼ばれる場所の一角――で僕は君にそう話しかけた。
君は白いベッドに横たわって、灰色の管に繋がれて僕の顔を見て頷いた。

『綺麗だ』そう思った。出会った時も、最期の時も君は綺麗だった。

煤けたカーテンに囲われて君はぽつりと、

「んー、そうだなぁ、少し頼りないような君の・・・下手って言ったら失礼だけど、それでも君の歌好きだったよ」

そう言ってにへら、って笑う。
ああ、最期だっていうのに、僕の心臓は君の笑顔にとくん、とくんって波打つんだ。不謹慎かなあ。

そういえば君の最後の笑顔なんだよなあって思ったら、ほら。また涙が出ちゃう。
君に気付かれないうちに涙を拭わなきゃ。


「あ、最期なんだからさ、結婚式しようよ」
「そうだね」
「じゃあ、君はここで」

君を傍にある車椅子に乗せて、向かい合って僕は言った。

「汝、いかなるときも僕を愛し、一生を共にすることを誓いますか？」
「はい」
「汝、いかなるときも私を愛し、一生を共にすることを誓いますか？」
「はい」

生涯を誓い合った後、どちらともなく笑いが漏れる。

「「僕を愛し、って」」
「神父さんいないんだからしょうがないよー」
「わかってるけどさー」

君も「私を愛し」って言ってたよーとは口に出さず、お互いに笑い合った。
指輪も神父さんもお客さんもない結婚式。君との最後の思い出。

ああ、やだな涙が出ちゃう。今は笑うところなのに。
いつから空気が読めなくなったっけなあ。おかしいなあ。

そんな僕を見て君は言うんだ。

「君に愛されて生きてこれて、私とても幸せに思うの」
「だから、泣かないで。ね？」

そんなこと言われるとまた涙が出るのに。


――君は最期まで優しくて、綺麗だった。




<<クジラ病棟の或る前夜>>





「そういえばさ、君が好きって言ってた映画の終わりもこんな感じだったよね」
「映画みたいな最後って、なんかすごいよね」


「やっぱり君の病室って何故か理科室みたいな匂いするよね」
「そういえば君と仲が良かった理科が好きなあの子、今どうしてるかなあ」

もう言葉を発さなくなった君に向かって僕は話しかける。

おかしいよね、君の笑顔も泣き顔も見れないのにさ。
君はもう、いないのに。

「最後にした結婚式、素敵だったよ」
「指輪なくてごめんね」


「昨日悪い夢を見たんだ。黒い空がね、堕ちてくるんだ」
「それで、僕の街が海に沈んじゃうんだ」
「僕は怖くなって潜水艦に乗ってさ、そこには君がいて、」
「それでね、泣きそうな僕に君はこう言ったんだ」

――悪い夢なんてさ、
――君とのことを思い出したらほら、
――幸せすぎて忘れちゃうよ。

「そしたらさ、悪い夢が崩れて、君との楽しい夢になったよ」
「やっぱり君ってすごいよね」

夢の中でも、君だけは正しかった。
いつも君は僕の手を引いて、正しい場所へ導いてくれた。

そして君は―――。





二度と君との季節は巡らない。
二度と君とのページはめくられない。
いつか花瓶に飾った花束は昨日水をやるのを忘れて、枯れてしまった。
同じように昨日君も・・・枯れて、っていう表現は違うなあ。
目を固く閉じて動かなくなった君はそれでも、


――綺麗で、美しかったんだ。



「君がいない世界を許せない僕を君はきっと許してくれないよなあ・・・」
「ごめんね」