9.四年後 ~レンカとリント~
レンカが十八歳となった夏、十三の歳から始めていた彼女の岬の女神像にまつわる探究活動はあっさりと幕を下ろした。
ある嵐の日、女神像が倒れ、その台座の下から、建てられた当時の石版が見つかったのだ。
『国の守りとして、ここに像を建てる』『岬の端、大陸勢力への見張りとして像をここへ移す。島に女神の加護のあらんことを』
古代に使われた島の言葉、千年前の日付で、はっきりとそう書かれていた。
女神像の由来は、伝説に伝わるような王と女神の甘く切ない恋の結末などではなかった。それは、重く硬い、今も続く大陸の奥の国と島の国々の、生々しい争いの産物だったのだ。
海に向かって手を広げているのは、海の向こうの人々を歓迎するためではなく、拒絶し押し返し、島を守るため。
やさしい微笑みも、愛した王に向けられたものではなく、島から大陸へ、兵士として出かけていく者たちを鼓舞し、慰めるためであったと記されていた。
格式ばった公式文書として、台座の下に埋められた石版に、そう、女神像の由来が、はっきりと残されていたのだ。
レンカは島の学芸員のヒゲさんと共にそれを必死で解読した。読み終えた瞬間、五年間燃え続けた心の炎は、嘘のように消えていた。
レンカは、海に潜るのをやめた。彼女が五年かけて崖下から集めた石片は、すべて博物館の収蔵庫にひっそりと眠っている。
「あたし、物語が好きだったのかしら」
レンカは、もう、海へは行かなかった。博物館に入り浸ることもなくなった。
「伝説から歴史を掘り出したい、と思っていたけれど、結局、自分の作ったご都合主義の物語を信じたかっただけだったのかもね」
レンカは、看護士の仕事に就いた。日々向き合うのは物言わぬ古代の石版ではなく、医師と、今まさに苦しむ人間だ。青く静かな海の底ではなく、めまぐるしい日常と、生々しい人の生と死に向き合うことが、彼女の日常となった。
小さな島だからこそ、医師と看護士は貴重だった。
「痛い痛い痛い!」
今日も診療所には悲鳴が響き渡る。今日は、うっかり釣り針を踏んでしまった少年が来ていた。
「パウロさん! 火炎消毒できました!」
レンカが、火であぶった刃物を医師に渡す。受け取った医師は患者に向き合う。
「ようし坊主! 一気に足に刺さった釣り針をぬくからな! レンカ! 動かすんじゃないぞ!」
「ハイ!」
レンカがぐいと患者の少年の肢体を押さえつけ、医師が傷口をすばやく切開し、みごとに針を抜き取った。
絶叫が響き渡り、やがてそれはすすり泣きに変わる。
「まったく。おっちょこちょいで怪我をする奴が、大陸の奥の国なんかと戦えんぞ!」
医師が道具をレンカに返しながら息をつく。レンカは、少し考えて言葉を足した。
「……これから、気をつけなさいよ。ちょっとした傷でも、病気が入って死ぬこともあるんだからね」
医師が消毒をした後に、レンカが手際よく包帯を巻く。レンカは少年に再度注意し、治療費はあとで家に請求することを伝えて送り出した。これでレンカの仕事は完了だ。
眉間にしわを寄せ、奥歯を砕けんばかりに食いしばり、彼女は日々の現実を生きていた。
そして、リントは。
何よりも島と女神を愛した彼は、この島を離れていた。
* *
島の景色と女神像を愛したリントは、十七の歳にこの島を離れた。
大陸の国の飛行訓練学校に入ったのだ。
リントは、十四の歳にルカに贈った女神像を皮切りに、さまざまなものを作った。本気で模写した粘土の女神像も作った。家の戸棚には木彫りの女神像が置かれ、レンカもリントから女神像の贈り物を貰った。
それは、女神像を銀粘土で作った、ちいさなペンダントだった。
「首にひもで掛けてでもしないと、レンカはすぐになくしちゃうだろ?」
笑ったリントに、レンカはずいぶん怒ったが、海に潜るレンカが女神のお守りの加護をもてるようにと作ったのは、レンカ以外の者の目には明らかだった。
「リント君。……いいのかい。遠く大陸へ行けば、島にはめったに戻って来られないだろう。それに飛行機はまだまだ安全な機械だとはいえない」
学芸員のヒゲさんことヴァシリス・アンドロスはリントの身を案じたが、リントの決意は、変わらなかった。
「いいんだ」
リントの目は、女神と同じ、水平線を見つめていた。
「地上には、海があって、島と大陸を分けている。でも、空は、つながっているんだ。
俺は、その空から、島と大陸をつなげたい。
……俺は、島と大陸をつなぐ、郵便飛行士になりたい」
決意を語るリントに対し、ヴァシリスはこんこんと諭した。
島と『大陸の国』は、同盟を組んでいるとはいえ、元々は決して仲のよい状態ではないこと。
そして、『大陸の国』は、さらに『奥の国』と仲が悪いこと。
『大陸の国』と『奥の国』は、近年も何度か小競り合いを繰り返している。緊張のつづく状態でもし『大陸の国』と『奥の国』が本格的な戦闘状態ともなれば、リントは島へ容易に帰れはしないだろう。
リントとレンカのきょうだいは、親を亡くしている。
リントの身を心配するとともに、ひとり島に残されるレンカのことを、ヴァシリスは案じていたのだ。
それでも、リントの決意は変わらなかった。レンカも、兄の決意を応援した。
ヴァシリスは、リントの出立の日、見送ったレンカの横顔を見ながら考えた。
「ルカと過ごしたことが、ここまで影響するとはな……」
ヴァシリスの手元には、その後、ルカから何通か手紙が届いていた。しかし、彼がそれをリントに見せることは無かった。
リントやレンカ宛ての言葉が書かれていなかったこともあるが、それ以上に、島を去った後のルカの人生は、ヴァシリスを大いに悩ませたのだ。
ルカは、父親の後を追いかけるように、『大陸の国』の、軍人になっていた。
つづく!
滄海のPygmalion 9.4年後 ~レンカとリント~
人の夢も生き方も未来も、変わりゆくものですが……歴史だけは悲しいかな、繰り返す。
発想元・歌詞引用 U-ta/ウタP様『Pygmalion』
http://piapro.jp/t/n-Fp
空想物語のはじまりはこちら↓
1. 滄海のPygmalion http://piapro.jp/t/beVT
この物語はファンタジーです。実際の出来事、歴史、人物および科学現象にはほとんど一切関係ありません^^
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