第二章 ミルドガルド1805 パート7
日はすっかりと落ちて夜の帳がゴールデンシティを包みこんだ。今日は満月に近い日なので、夜と言ってもそれなりに明るく感じる。街のどこかに潜んでいるのだろう、静かにコオロギの羽音がメイコの耳に届いた。総督府を出たメイコの隣を歩くのはメイコの麻袋を担いだままのアレク。ジョン料理長が用意してくれたタッパーを小脇に抱えながら、メイコは自分から見て右側を歩くアレクの横顔を頼もしそうに眺めた。敵わないな、と思う。自身も剣士だから良く分かるが、アレクはいつもメイコを守れる位置にその身体を置いていた。仮に今敵襲があったとしても、すぐに反応してメイコを守れるように。
「それで、地方視察とは。」
不意にメイコに振り返ったアレクは、慎重な口調でそう言った。周囲を見渡す。まだ夜も早いこの時間の南大通は一般の住民たちが時折二人の傍を通過してゆく。誰か別の人間に聴かれる訳にはいかない内容ね、とメイコは考えて、アレクの耳元に自身の唇をまるで接吻するかのような距離まで近寄せると、夜虫の様に静かに囁いた。
「リン様が生きているの。」
その言葉を認識するのには流石のアレクでも数瞬の時間が必要であった。メイコがその唇をアレクの耳元から離すと、アレクはまるで狐に包まれた様な表情を見せた。
「本当よ。」
念を押す為に、メイコは真摯な表情でアレクに向かってそう言った。
「まさか。しかし我々はあの時。」
アレクがそこまで返答した時、メイコは人差し指を軽く自身の唇に当てた。そして、こう答える。
「詳しいことはいつのも場所で。」
それに、怪しい男が私達の気配を探っているみたいだし。メイコはそう考えて、アレクに向かって一つ目配せを見せた。アレクもとうに気が付いている。総督府の正面玄関を出て以来、誰かに尾行されていることに。
「撒きますか。」
小声でアレクはそう言った。その言葉にメイコは一つ頷くと、アレクはまるでこれから別の場所へと向かうような態度でメイコに向かって軽く手を振ると、ゴールデンシティ環状通りへと向かって歩き出した。今いる場所は南広場。尾行者は一人みたいだけれど、さて、どんな反応をするのか。メイコはそう考えながら広場の一角、ガス灯の光から少し離れた影に位置する場所に設置されているベンチに腰掛けると、ゆったりと構えて広場の中を見渡した。闇が一段と濃くなっているこの位置ならばガス灯の光に紛れて私の姿は見えにくくなっているはず。そうメイコが考えた時、一人の人間が慌てたようにメイコから視線を逸らした。あの男が尾行者か、とメイコは考える。随分雑な尾行ね、と思わなくもない。あれだけの視線を常に感じていれば、神経が常に研ぎ澄まされている軍人ならばすぐに気配に勘付くだろうに。いずれにせよ、どうするか。尾行者の目的はアレクではなく私らしい。このまま不用意にアパートメントに赴けばリーンの姿を目撃されないとも限らない。何しろあの姿だ、リン様を保護しているという勘違いを起こされないとも限らない。そうなると視察どころではないわね、とメイコは考えた。入り組んだ路地を歩いて相手を撒くか、とメイコは考え、五分ほど時間を置いてから再び立ち上がると、南大通を暫く南下することにした。相手の距離は五メートル程後方だろうか。メイコはそう判断してから本来の道とは異なる路地に入ると、突然に駈け出した。細い路地の十字路を右手に曲がり、次のT字路を左に。更に左右に身体を移動させながら暫く駆けて、そして立ち止まる。ゴールデンシティ南東地区の奥まで到達したメイコは、そこで気配を消して慎重に周囲を見渡した。歩く人間の姿は見えない。怪しげな視線も消えている。どうやら撒けた様ね、とメイコは判断したが、それでも慎重な足取りでアパートメントに向かって歩き出した。この位置からでは相当に大回りしないといけないわね、とメイコは考えて、気だるそうな溜息を一つ漏らした。
目が覚めたら自宅のベッドでした、なんて訳じゃないのか。
薄暗くなっている室内で目を覚ましたリーンは周囲の状況を確認し終えると、思わずその様に考えて諦めた様な溜息を漏らした。所謂夢オチというものを期待したのだが、今リーンが横たわっているベッドは先程拝借したメイコの所有物であったし、周囲の様子も寝る前と変わった所は見受けられない。一体、どうやれば元の時代に戻れるのか。先程ルカはリンに会わせたいと言っていたが、その後どうすればいいのか。とにかく、行ける所まで行くしかないか、とリーンは考えてベッドから身を起こした。人の気配はない。まだメイコは戻ってきていないのだろう。とにかく灯りをつけたいなとリーンは考えて壁際を見渡したが、この時代には電気と言う便利な物はまだ実用化されていないはずだった。当然スイッチ一つで灯りが付くはずもない。ランタンでもあれば良いけれど、と考えてリーンはポケットから携帯電話を取り出して、二つ折りになっている機械を開いた。それだけで僅かな光が室内を明るくする。LEDが実用化されている時代に暮らしていたのに、今頼りにするものは電気を使用しないランタンである。そう考えてリーンはもう一つ溜息をついた。実際に使用したのは昔ハクリと家族同士で行ったキャンプの時だけだが、なんとなく使い方は記憶に残っている。まずはランタンを探そうとリーンは考えて、携帯電話の淡い明かりだけを頼りに寝室から出ると居間へと向かうことにした。狭い室内だから、居間に行く為にそこまでの手間はかからない。その目的としているものは居間の壁際に置かれていた。雑然としている居間の中でメイコの私物を踏みつぶさないように注意しながらリーンはランタンを片手で手に取り、携帯の画面をランタンに向けて翳した。どうやらガソリン式のランタンである様子だった。実際に使用する油は別のものだろうけれど、さてどうするか。考えてみれば火種を用意していなかった。火打石はあるのだろうか。部屋のどこかにあるかも知れないが、流石に火打石を使用した経験はない。使い方を誤って火災でも起こせば大変なことになるな、とリーンは諦めて、メイコが戻って来るまで暗い部屋で我慢しようと決意すると、テーブルの椅子の一つに腰を落とした。念の為携帯の充電状況を確認する。電波は当然ながら圏外。電池はまだ三つ、一応満タンの表示を指し示していた。この時代の状況を写真に収めておけば相当貴重な資料になるのだろうな、とリーンは考えて、充電を少しでも長持ちさせるために一度携帯の電源をオフにした。その作業が終わると唐突に退屈になる。パソコンも、テレビもない。本はあるかも知れないがこの暗さの中では文字を解読するだけで一苦労である。どうしようか、とリーンが何度目か分からない溜息をついた時に、小部屋の玄関の先で鍵を外す様な音が響いた。帰って来たのかな、と考えたリーンが玄関に振り返ると、直後にメイコらしい赤髪の女性と、見知らぬ男性が小部屋に入室してきた。直後に固く玄関が閉じられ、そしてメイコの声が室内に響く。
「リーン殿、いらっしゃいますか?」
どうやら外は月明かりでそれなりに明るいらしい。部屋の方が薄暗くて私の姿が見えていないのね、とリーンは考えてからこう答えた。
「ここにいるわ。」
リーンは目立とうと考えて椅子から立ち上がると、メイコに向かって軽く手を上げた。その仕草に安堵したようにメイコは吐息を漏らしてからこう言った。
「遅くなって申し訳ございません。ランタンをお使い頂いて構わなかったのに。」
「使い方が良く分からなくて。」
すまなそうにリーンは答える。それよりも後ろの男性は誰だろう。
「リーン殿の時代にはランタンが存在しないのですか?」
驚いた様子で、メイコはリーンに向かってそう言った。
「あたしの時代は電灯が主流なの。電気を使って光源を確保する照明器具よ。」
「電気で、ですか。」
「そうよ。」
この時代ならようやく電気の存在が世界に認識され始めたころだろうか。蒸気の時代がまだ訪れていない、産業革命の萌芽が見え始めたばかりのこの時代の人間には今後電気が主力の動力源になるなんて信じられないのだろう。リーンがそう考えている内にメイコの後から入室してきた男性が的確にランタンを手に取り、そして中央についている摘まみをひと捻りした。どうやら着火装置が内臓されていたらしい。ライターと同じ原理で火花がランタンのガラスの中に散った直後に煌煌と輝きだしたランタンの火の灯りを眺めながら、リーンはその男性の顔をまじまじと眺めた。だが、それ以上に驚いたのはその男性であったらしい。
「リン様!なぜここに!」
平静を失った様な震える声がリーンの耳にまで届いた。そのアレクの反応を見て、どうやらあたしは相当にリン女王に似ているらしいと考える。どうやって説明したら理解してもらえるだろうか、とリーンが考えていると、先にメイコが説明を促す様にこう言った。
「アレク、この方はリン様ではないわ。」
「まさか。いや、確かにその踊子の様な服装をリン様がされることはないとは思いますが。」
どの基準で踊子と判断したのだろうか、とリーンは不思議になったが、今メイコにアレクと呼ばれた男性の視線から推測するにどうやら素肌をむき出しにしているあたしの脚を見てそう判断しているらしい。この時代にこの服装は確かにないかも知れない。ホットパンツのほうが楽だと考えて着用して来たのだが、二百年前の男性には少し刺激が強すぎたか。
「とにかく、一度座ってアレク。それから。」
メイコは未だに混乱をしている様子のアレクに向かってそう言うと、わざとらしく言葉を区切り、そして厳しい調子でこう言った。
「いつまでも女性の素肌を見ていないで。」
その口調に多分に拗ねる様な、そしてアレクに対して甘える様な妬みの感情が込められていることを感じたリーンは思わず、あのメイコであっても年頃の一人の乙女に過ぎないのだろうか、と考えた。
小説版 South North Story 25
みのり「第二十五弾です!」
満「いろいろ遅くなって済まん。」
みのり「実は、pixivに投稿していて遅れました。」
満「さっき投稿してきたから、興味がある人はぜひ覗いてみて欲しい。タイトルは『小説版 コンビニ 改訂版』だ。」
みのり「以前投稿した『小説版 コンビニ』を大幅に書き直しました。」
満「おかげで俺の出番が増えた。」
みのり「・・あたし名前しか出てない。」
満「・・あれでも無理に挿入したらしい。」
みのり「まぁいいや!『re:present』もその内書き直して投稿する予定だし!」
満「とうことで宜しくお願いします。アドレスはこちら。」
http://www.pixiv.net/novel/show.php?id=28018
みのり「宜しくね!で、続きだけど。」
満「・・これからコミケに行くそうだ。」
みのり「と、ということで夕方以降にもう一本あるかも!?あんまり期待しないで待っていてね!」
コメント0
関連する動画0
オススメ作品
むかしむかしあるところに
悪逆非道の王国の
頂点に君臨するは
齢十四の王女様
絢爛豪華な調度品
顔のよく似た召使
愛馬の名前はジョセフィーヌ
全てが全て彼女のもの
お金が足りなくなったなら
愚民どもから搾りとれ...悪ノ娘

mothy_悪ノP
ミ「ふわぁぁ(あくび)。グミちゃ〜ん、おはよぉ……。あれ?グミちゃん?おーいグミちゃん?どこ行ったん……ん?置き手紙?と家の鍵?」
ミクちゃんへ
用事があるから先にミクちゃんの家に行ってます。朝ごはんもこっちで用意してるから、起きたらこっちにきてね。
GUMIより
ミ「用事?ってなんだろ。起こしてく...記憶の歌姫のページ(16歳×16th当日)

漆黒の王子
*21/3/27 名古屋ボカストにて頒布しましたカイメイ中心ボカロオールキャラ小説合同誌のサンプルです
*前のバージョン機能が終了したためこちらのページでそのまま読めるように編集しました
1. 陽葵ちず 幸せだけが在る夜に
2.ゆるりー 君に捧ぐワンシーンを
3.茶猫 ...【カイメイ中心合同誌】36枚目の楽譜に階名を【サンプル】

ayumin
ポッピンキャンディ☆フィーバー!
作詞・作曲 キノシタ
あの日忘れた夢色も 昨日謳った涙色も
有り体に言えないね だからとっておきの魔法をかけよう
キャラメル・キャンディ・チョコレート
お洒落でカワイイティータイムは なんか疲れちゃいそうだし
アゲアゲで行こうよ(アゲアゲ!)
コツは楽しんで楽し...ポッピンキャンディ☆フィーバー! 歌詞

キノシタ
「彼らに勝てるはずがない」
そのカジノには、双子の天才ギャンブラーがいた。
彼らは、絶対に負けることがない。
だから、彼らは天才と言われていた。
そして、天才の彼らとの勝負で賭けるモノ。
それはお金ではない。
彼らとの勝負で賭けるのは、『自分の大事なモノ全て』。
だから、負けたらもうおしまい。
それ...イカサマ⇔カジノ【自己解釈】

ゆるりー
インビジブル BPM=192
とんでもない現象 どうやら透明人間になりました
万々歳は飲み込んで
ああでもないこうでもない原因推測をぶちまけて
一つ覚えで悪かったね
まあしょうがない しょうがない 防衛本能はシタタカに
煙たい倫理は置いといて
あんなこと そんなこと煩悩妄執もハツラツと
聞きた...インビジブル_歌詞

kemu
クリップボードにコピーしました
ご意見・ご感想