帯人は教会の前に立つ。教会は明るい光に満ちていた。
中に誰かの気配を感じる。きっとこの中にいる。
帯人は扉をゆっくりと開けた。

パイプオルガンの高らかな音色が響く。
神々しいステンドグラスから差し込む光に照らされて、
教会内は雨の日だというのに明るかった。
十字架の元、二つの人影を見つける。

「マスター!」

椅子に座らされた雪子。その隣に寄り添うコーディオ。
雪子はウエディングドレスを着せられていた。
コーディオはアコーディオンを奏でながら笑う。

「よくここが解ったね! 君は期待以上の劇を演じてくれる。最高だ!」

「雪子から…離れてください…」

「素敵だろう? やはり結婚式にはウエディングドレスがないとね」

「…いい加減にしないと、本気であなたを…」

「できるのか? そんな状態で」

「なにを言って…!?」

ズン、と身体が重くなる。左肩まで、自分が消えてしまっていた。
早くしないと雪子の中から自分が完全に消えてしまう。
……雪子ッ!

「あはははははは! 滑稽滑稽♪ 君はそこで足掻いていてよ。
 さあ、花嫁。私と婚礼の儀を執り行おう」

コーディオが雪子の手を握る。
ふと目を覚ます雪子。その目は虚ろで、まるで空洞のようだった。
アコーディオンが宙に浮き、勝手に音楽を奏でる。
その音楽に合わせ、コーディオがリードする。
身を任せるように雪子も踊る。

彼女には僕のことが…見えていないんだ。
見えていなくてもいい。僕は君のそばにいたい。
だから、そのためなら、なんだってできる。
君を死神から救い出してみせるから。

帯人は赤い剣を構え、彼らに向かって走った。
コーディオが笑う。

「あははは。私を倒すつもりか? いいねぇ。その勢いだけは賞賛するよ」

「…ッ」

コーディオは、雪子のあごをくいっと上げ、そのまま口づけた。
怒りに目の色を変え、帯人は剣を振り上げる。

ガクン。

視界が揺れる。剣は手から離れ、身体は地面にたたきつけられた。
しかし痛みはない。だんだん身体が軽くなっていく。
帯人は恐る恐る自分の足を確認した。
すでに両足の膝まで、消えかかっていた。
力を入れても立つことができない。
せめて…せめて、剣だけでももてたら…。
だが、どんなに身をよじっても手は届かない。

コーディオは見下ろしながら、腹を抱えて笑う。

「ひゃははは! 人生はむごい。それこそ悲劇。
 生きるものの不幸こそ、私にとっての甘美。だから悲劇はやめられない!」

「…人生はむごくない…」

必死に声を絞り出す。

「人生は…そんなに悪くない。…幸せだってたくさん…ある…。
 おまえには解らない。…自分以外を大切にしたことがない、おまえには…
 解るはずが、ない…」

「君は…少し黙れ」

コーディオは帯人を蹴り上げる。
口に血がにじみ、意識がもうろうとした。
コーディオは剣を拾い上げ、十字架に突き刺す。
遙か頭上にある剣に手が届くはずがない。

はぁ、はぁ、はぁ、…苦しい。

帯人は必死に、雪子に手を伸ばした。
虚ろな瞳の雪子。おそらく意識はないだろう。
それでもよかった。これが最後になるかもしれないから。
彼女に触れたい…。

「…ます、たぁ……」

自分の指先さえ半透明になる。涙がこぼれた。

君は僕を助けてくれたのに、僕はなにもできないまま死ぬのか。
嫌だよ。君を助けたいよ。もっとずっと笑っていたい。
君の隣にいたい。もっとたくさん、思い出を作りたい。

なのに…、

「ごめん…」

意識がとぎれる。
でも、僕の手は地面に落ちることがなかった。
優しい感触がする。温もりのある手が、僕の手を握ってくれたんだ。
ゆっくりと目を開けた。
そこには、光に満ちた瞳をした雪子がいた。

「謝るのは私のほうよ。…忘れてて、ごめんね」

「ますたぁっ!」

「こら、泣くなっ!」

身体の感覚が戻っていく。
やっと、思い出してくれたんだ…ますたぁー…。

コーディオの顔が歪む。
雪子の手を掴みあげ、顔を近づける。

「は、放してッ!」

「劇を投げ出すようなヒロインがあるか。失望だよ。
 その程度のヒロインなら、死んで涙を誘ったほうがいい」

「はぁ!? あんたねぇ、私がヒロインなわけないでしょッ!
 放してよ変態ッ! っていうか、あんたさっきキスしたでしょ!!
 絶対に許さないからッ! この…ッ!」

バシン。

雪子の平手がコーディオの頬にクリティカルヒット。
コーディオもこれには呆然としていた。

そのとき、教会内にどこからともなく笑い声が響く。

「きゃvvきゃvv
 この結婚には異議ありー! 私は雪子ちゃんと帯人を応援しまーす!」

いつの間にか十字架の上に、クレイヂィ・クラウンがいた。
赤いピエロは剣を引き抜き、帯人に投げる。

「彼氏なら、雪子ちゃんを命がけでも守り抜きなさーい!!」

帯人は立ち上がり、剣を受け取った。
コーディオは雪子を人質にする。
雪子ののど元にナイフを突きつけた。

「おまえはそれでいいのか?
 雪子はおまえよりも、カイトを選んだんだぞ。
 帯人、おまえはそれを望んでいなかったはずだ」

「雪子はそれでいいんだ。雪子にはたくさんの守るものがある。
 …見失いそうになってたけど、やっと見つけたんだ。
 雪子は、それでいい。僕が…そこに行くから…」

僕は君のそばにいる。そして、君を守る。絶対に…。

帯人の言葉に雪子が声を張り上げた。

「カイトさんをかばったのは、確かに守りたかったからだよ!
 でも、私は帯人だって…!」

「え…」

「これ以上、帯人に罪を重ねて欲しくなかったから…っ!」

ああ、やっぱり君は優しい。嬉しくて…、泣きそうだよ。

「…ありがとう」

帯人は片手で剣を振り上げた。
コーディオがナイフを、雪子ののどに刺そうとする。
そのナイフよりも先に帯人が前に出る。

帯人の手が、ナイフを掴む。
そしてもう一方の手に握られた剣が、深くコーディオを貫いた。

「くっ」苦痛に顔を歪ませる。

流れる不凍液。その光景に、雪子は気絶してしまった。
雪子を抱き留める帯人。

コーディオは、傷口を押さえながら狂ったように笑った。

「君たちの本気を見せてもらった。
 なら私も、これからは本気で戦おう。…今度は、容赦しない。
 世界ごとぶち壊す」

「いくらやったって、無理だよ…、彼女は僕が守るから」

「…どうかな。くくく」

コーディオは意味深な笑みを浮かべ、霧のように消えてしまった。

教会の扉が光り輝く。次の世界への道が開いたようだ。
意識のない雪子を抱いたまま、帯人は歩き出す。

ピエロがストンッと降りてきた。

「次の世界が最後の悲劇。でも、あなたたちならきっとできるよ。
 …お幸せに、ね♪」

「ありがとう…」

クレイヂィ・クラウンが見送る中、帯人は教会の扉を開けた。
まばゆい光に照らされた道。
これが最後の…悲劇へ通じる道。
でも、怖くはない。

「どんなことがあっても、君を守り抜くから」

もう負けはしない。
罪を重ねはしない。
ただ純粋に、君を守るよ。

帯人はそっと雪子に口づけて、光の中へ飛び込んだ。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

優しい傷跡-魔法の音楽時計- 第16話「大切な人」

【イラスト】
小説にあっていたので、挿絵に使わせてもらいました。
帯人君かっこよすぎ!
http://piapro.jp/content/ylie097uhmcm9g4p

【登場人物】
増田雪子
 帯人のマスター
帯人
 雪子のボーカロイド
コーディオ
 アコーディオン男
 「ゆりかごから墓場まで」に登場するカイトを
 イメージしてに書いています
クレイヂィ・クラウン
 赤がピエロ
 青がクラウン
 いつも協力してくれる謎の二人組

【コメント】
祝「ゆりかごから墓場まで」編終了!
これからは最後の悲劇が始まります。
次はみんなの大好きな、あの泣ける曲です。行きますよー!

ヒント【双子の思い出】【後悔】【罪の意識】

閲覧数:960

投稿日:2009/03/06 10:58:21

文字数:2,981文字

カテゴリ:小説

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