第一章 ミルドガルド2010 パート10

 リーンとハクリが予約していた不動産業者から自宅の鍵を受け取ってから向かった先は、モーリス学生街駅から徒歩五分の距離にある場所である。駅から至近距離にある優良物件であるにも関わらず、家賃は程良い価格に抑えられているのは、ミルドガルド共和国の学生支援策の一環で下宿指定を受けたアパートやマンションに対する補助金が支給されているためであった。特にミルドガルド最古の歴史を誇るセントパウロ大学に対する支援策は他の大学よりも優遇されており、学費も低価格に抑えられている大学なのである。
 今回リーンとハクリがシェアリングする部屋は2DKの割合広めのマンションであった。オートロックも完備しているし、何より築年数が二年と新しいところが人気らしく、リーンとハクリは運よく空いていた最後の一室を獲得できたという格好である。時刻を指定していた配達業者が家具を搬入すると、無機質な、ただの空間であった室内が途端に彩られて生活感溢れる室内に豹変するから不思議なものだ。その一通りの手続きが終わると、リーンとハクリはのんびりと紅茶を飲みながら長旅の疲れを癒すことにしたのである。ハクリが淹れる紅茶は他のどこのお店よりもおいしい、とはリーンが幼少の頃から感じていた事実であった。
 「なんだか、楽しみになってきちゃった。」
 淹れたての紅茶を、届いたばかりのテーブルの上に戻したリーンは、ハクリに向かってそう言うと、嬉しそうな笑顔を見せた。
 「楽しみ?」
 ハクリもまた、自身の紅茶の出来栄えに満足したように一つ瞬きした後、リーンに向かってそう訊ねる。
 「うん。こうしてハクリと二人で生活するなんて、きっと楽しいことばかりだわ。」
 親元から離れて、少しだけ大人になったような気がする。或いは、奇妙な解放感だろうか。自分一人の判断で自由に出来る。それがとても素晴らしいことのような気がしたのである。
 「そうね。」
 そのリーンの心理に同意するように、ハクリもまたそう言って強く頷いた。ハクリは大人しそうに見えて、実はかなりの行動家である。そのことを知っているのはハクリの両親の他には自分だけであった。誰もがその容姿から大人しい、物静かな、本が好きな少女だとしか認識していないが、時にリーンが驚く様な行動を平然と取ってしまうのである。今回もそうだった。リーンがセントパウロ大学に進学すると決意した時、最後まで渋っていたリーンの両親を説得したのはリーンではなくてハクリであったのである。曰く、セントパウロ大学は偏差値も高く、入学のレベルが高い上に、何よりミルドガルド共和国最古の大学というブランドがある。自分もセントパウロ大学に進学するつもりだから、その為にはリーンと一緒の方が何かと都合がいい、云々と言ったことをリーンの両親に対して粘り強く主張し、結果最後まで渋っていたリーンの父親もセントパウロ大学への進学を許可したのである。そのハクリがずっと一緒にいる。大切な幼馴染という表現ではもう不足している程度に信頼を置いているハクリと一緒なら、何が起こっても大丈夫。
 リーンはそう考えていたのである。

 その翌日はとにかくグリーンシティでの生活に慣れるために費やされることになった。念の為自宅からセントパウロ大学までの道のりを確認すると、その後は観光ついでにセントパウロ大学を中心とした地区を二人でのんびりと散策に宛てることにしたのである。この辺りは沢山の文学者が訪れた散策の道としても有名であった。その落ち着いた街並みをのんびりと数時間をかけて歩いた二人は、帰り際にモーリス学生街駅前にあるスーパーマーケットで夕食の買い物を終えてから帰宅の道へつくことにしたのである。今日の夕食はポークソテーと煎り豆の付け合わせにしよう、とはハクリの言葉である。料理関係は全体的にハクリの方が得意であった。リーンも一応出来なくはないが、同じ具材を利用して味に開きがあるのはなぜだろうか、と常に感じてしまう程度の腕前であった。
 そしてその翌日。入学式に相応しい、良く晴れた春の一日となりそうな朝の光に照らされて、リーンはその瞳を開いた。寝室はリーンとハクリで別の部屋を使用しているから、今リーンの瞳に映るのは閉じられた黄色系統のカーテンと、その隙間から零れる太陽の光だけだった。瞳を細めながら木漏れ日を見つめたリーンは、少しだけ身体をよじらせてベッドの上で背伸びをする。寝ている間にかたまっていたらしい筋肉が程良く刺激され、リーンの若くみずみずしい身体に血流が届いたことを認識したリーンは、そのままベッドから起き上がった。その後スリッパをつっかけるようにして履いてからダイニングへと続く扉を開く。すると先に起きていたのか、エプロンをかけたハクリがキッチンで調理にいそしむ姿がリーンの瞳に映った。
 「おはよ、ハクリ。」
 リーンが少しだけ眠たそうな声色でそう言うと、目玉焼きだろうか、なにやらフライパンを操作していたハクリが振り返り、柔らかい笑顔を見せながらリーンに向かっておはよう、と告げた。
 「ごめん、朝ご飯作らせちゃって。」
 リーンはそう言いながらぺたんとテーブルの目の前にある椅子に座りこんだ。どうも朝は苦手である。まだ覚醒しきっていないことを自覚しながら、リーンはぼんやりとハクリの調理姿を眺めた。これであたしが新聞でも読んでいたら完全に新婚夫婦だけど、と考えてしまい、ついでにどうしてあたしたち、どちらかが男の子として生まれなかったのだろう、と余計なことまで考えてしまう。
 「いいわ、簡単なものだし。」
 ハクリはそう言うと、フライパンからベーコンエッグを二つ、それぞれの小皿に移した。成程、お肉のいいにおいがしたと思ったのはベーコンだったのか、とリーンはまだぼんやりとした頭で考え、何となく手持ち無沙汰のままで目の前にあったテレビのリモコンを手に取ると、電源スイッチを入れた。途端に良く見る朝のニュースが流れ始める。今日も平穏無事、何事も無い一日らしい。
 「お待たせ、リーン。」
 続いて、ハクリがトーストとベーコンエッグを載せた小皿を二つ、両手に掴んだ状態でテーブルまで運んできた。でも、あたし達のどちらかが男だったら、今の状態はつまり俗に言う同棲と言うことなのだろうか。それはそれで両親が大反対をするような気がする。割合古い気質の両親は結婚するまでいろいろ、そう、いろいろ駄目だというから。 
 「どうしたの、リーン。」
 料理を目の前にしても手をつけようとしないリーンに向かって、ハクリが不思議そうな声でそう言った。どうも朝から変な妄想ばかりしている。今日は入学式だと言うのに、一体何を考えているのだろう、とリーンは考え、少し慌てた様子でハクリに向かってこう言った。
 「ん、なんでもない。」
 その言葉に、ハクリは僅かに首をかしげた。果たしてハクリに、なんだか新婚夫婦みたいだね、あたしが旦那さんでさ、と言ったらどんな表情をするのだろうか。いや、ハクリのことだから何事も無かったかのように笑っているだけかも知れないけれど、と再びおかしな妄想を繰り広げながら、リーンはハクリが用意してくれたフォークとナイフでベーコンエッグに切れ目を入れ始めたのである。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

小説版 South North Story ⑪

みのり「第十一弾です♪」
満「妄想大爆発の回だな。」
みのり「百合はおいしいから。」
満「・・お前、そんな趣味があったのか。」
みのり「ふえ?い、いやだな満、べ、べつにそんなんじゃないってば!た、ただ、ちょっと可愛いじゃない、女の子同士って!!」
満「・・そうか。」
みのり「あ~ん、満が呆れてる!もう、満のバカっ!」
満「俺かよっ!」
みのり「ということで今回は御馳走様でした☆また次回も宜しくね♪」

閲覧数:335

投稿日:2010/07/04 17:02:10

文字数:2,995文字

カテゴリ:小説

  • コメント4

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  • wanita

    wanita

    ご意見・ご感想

    みのりちゃん?!えええみのりちゃんッッ??!!

    うっひゃあ。本編の感想を吹っ飛ばすインパクトでした。
    そして、意外と冷静なみっくんも、じつはオタなのかと思ってみたり。

    2010/07/04 22:27:46

    • レイジ

      レイジ

      みのりの本性が明らかになった貴重なシーンですw
      (正確には読んでくれている皆に影響されてこうなった感が・・。当初の設定には無かったのに^^;)

      満はいわゆる無自覚オタです。
      第一ボカロに影響されて東京の大学へ進学するくらいなんですから・・。(『小説版 Re:present』参照)
      実は相当のオタではないかと^^;

      それよりもみっくんという呼び方が新鮮です☆

      では続きもお楽しみくださいませ♪

      2010/07/04 22:47:21

  • lilum

    lilum

    ご意見・ご感想

    うひゃあぁぁー!私の妄想が実現しとる!? こ、こんな素敵なシチュエーションをありがとう、レイジ様っ!

    どうも。暑い中お疲れ様です!
    なんだかいきなりテンション高くてすみません。二人の同居シーン読んだら上がりまくってしまいましたので…(^_^;

    いよいよ新しい生活がスタートするのですね。過去の人物の直系とはっきり分かる(二人に関してはまだはっきりとは語られてないので…)メイさんが登場したというのもあって、これから二人に何が待ち受けているのか、展開がとても楽しみで仕方無いです♪

    最後に一言。…みのりちゃん、激しく同意です。
    百合はおいしいです。いいものなんです!
    それでは(^-^)/

    2010/07/04 22:04:02

    • レイジ

      レイジ

      ちょwwwこの回コメ多いなwww
      そんなに皆百合好きかっ^^;
      いやでも、幼馴染、美少女二人、同居と揃えばこれはやらざるをえないでしょ!!
      俺だってたまには百合成分補給しないと以下略。

      二人の経歴が明らかになるのはもっと先です☆
      敢えてぼかしているので、暫くそのままで物語をお楽しみくださいませ☆

      ということで今後もちょこちょこ百合シーン登場させる予定です♪
      皆様の妄想にお役立て頂ければ幸いです(笑)
      それでは今後もご支援お願いします!

      2010/07/04 22:43:45

  • 紗央

    紗央

    ご意見・ご感想

    メイさん、からずっとテンションが上がってます(笑
    そして最後の百合でテンションがマックスn(こら。
    メイさんの次はカイさんでしょうか(爆

    ハクリ、紗央のとこへ嫁においで!
    料理で来て行動力もあって優しくて・・
    完璧じゃないですか!
    そんなハクリとけkk・・同棲できるリーンが羨ましいです((

    2010/07/04 18:47:35

    • レイジ

      レイジ

      テンションあがるだろ?。
      めーちゃんはもっと早い段階で出そうと思っていたのにずれずれだった^^;

      百合美味しいですまじで。
      俺もハクリみたいなお嫁さんがほs(ry

      ・・・と、とにかく続きも宜しく☆

      2010/07/04 20:10:58

  • matatab1

    matatab1

    ご意見・ご感想

     朝っぱらから何を妄想しているんだリーン。
     でも実際、仲の良い女の子二人がシェアしたら、多分そう考えちゃいますよね。妙にリアルで笑えました。
     気配り上手で料理の上手いハクリ、羨ましい。

     ……ウェッジさんが勘違いして乗り込んでくるんじゃ無いかと、余計な心配がよぎました。 

    2010/07/04 17:48:39

    • レイジ

      レイジ

      ですよね?。まあ、正確に言うと僕の願望を二人に押し付けただけですが^^;
      妄想万歳☆
      いやでも、男としてはこう言う朝の風景には憧れますよね、やっぱり・・・。

      ウェッジwwww
      もし乱入させるとしたら、涼○ハルヒの谷○みたいに登場する羽目になりそうですねww
      すまんごゆっくりぃ、みたいなww

      2010/07/04 20:09:03

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