嘘でも良いからさあ!
<造花の薔薇.15:side.GUMI>
「ううう…馬鹿、兄ちゃんの馬鹿っ」
私は、必死に通路を手探りしながら前へと進んだ。一歩毎に兄ちゃんに悪態を付きながら。
「ほ、ほんとにこんなとこあるなんて!ぎゃー!す、滑るぅ!」
多分長い事使われてなかったんだろう(もしかして初めて使われるのかも)、苔だの泥だのでお世辞にも足元は良いとは言えない。
しかも相当暗いから視界的にも足元がおぼつかない。段差とか無くて、本当に良かった。
私が兄ちゃんから受けた指令は、こうだ。
『リン王女を迎えに行ってくれまいか』
馬鹿じゃないのか兄ちゃん。
私は怒ったりしないで、ただ呆れた。
だってあの王女だよ?迎えって何さ。大体ルカちゃん達が王女を討ちに行ってるんだから、邪魔できるはずないじゃん。
でも兄ちゃんは真剣に頼み続けた。
『以前王女から聞いたのでござる、脱出口があるのだと。一本道で、出口と称される井戸はこの近くにある…だから、グミ』
私を見た兄ちゃんの目に、私は一つ溜息をついた。
幾ら馬鹿みたいな事を言っていても、兄ちゃんは本気だった。
―――この目には弱いんだよなあ。
『…いーよ、行くよ』
『!』
ぱあ、と顔を輝かせる兄ちゃんに釘を刺すのは忘れない。
『でもそんな道ほんとにあるか分かんないし、あっても王女がそこにいるか分かんないよ?それでも良いって言うなら』
『構わぬ…!グミ、悪いな』
「迂闊だったよなあ、ほんとにっ…つかこんなとこ、王女がいたとして通れんの?ドレスとかなら無理だと思う…」
いつもより何だか異常に独り言が増えていて、自分でもちょっと「うわぁ」って感じがする。他に誰もいなくて良かった。
でも、他に誰もいないからこそそれは口を衝いて出てしまうわけで。簡単に言えば、独り言でも何でも口にして気を紛らわせていなければ来た道を戻ってしまいそうなくらいに淋しい道だった。
つまり、怖い。
暗いし静かだしほのかに寒いし。何ここ、お化け屋敷?
「てか…結構来たよね?終点どこですか、兄ちゃんの馬鹿ぁ」
なんだか段々悪態をつく力さえもなくなって来た。私は段々無言になり、ひたすら道の悪さと格闘するのに努める。
―――兄ちゃんが迎えに行けばいいじゃん。
そう言おうかと思ったけれど、やめた。
その手に携えた剣と毅然とした背中をみて、その兄ちゃんが何をしようとしているかは何となく分かったから。
死なない、とは思う。革命軍の人は、立ち向かって来た人は即切り捨てる、なんて殺伐とした短絡思考じゃないって信じてるし。
でも…もし。
もし兄ちゃんが帰らぬ人になったら、どうしよう。
…いやいやいや!そんなの考えるものじゃない!
幾ら考えが突飛で常識はずれでもあれで結構口も手も立つんだし、生命力はゴキブリ並だし。間違いがあるとか、考えられない。
苦笑しながら首を振って足を前に進めた時、前の方の闇に何かの気配を感じた。
生き物の気配。
でも動かないし、声も出していない。
…何だろう。
よく目を凝らしながら慎重に前に進む。
と、暗闇の中に金の髪が浮かび上がって来た。
―――人、だ。
しかも、私よりも若そうな。
…まさか。
私は、その位置――その人の数歩前――で足を止めた。
「…リン王女、だったりする?」
私の言葉に、その人影はぴくりと肩を震わせる。
え。その反応って。
「え、ちょ…ほんとに?」
意を決して残していた数歩を詰め、俯いていた顔をのぞき込む。
そして、思わず息を飲んだ。
な…なにこれ。何この顔。
思わず身を引きたくなって、何とかそれを押し止める。
その人は飾り気ない執事服に身を包んではいたけど、確かに女の子だった。
でも私が反射的に逃げたくなったのはその点じゃない。
目、だ。
私が前を向かせた瞳はこの暗闇の中でも良く分かる、はっきりとした絶望の色を湛えて見開かれていた。
「な、何とか言って!キミ、王女?」
無言が余りにも重くて、私は焦れて彼女の肩を揺さぶる。初対面にしては余りに乱暴だけど、この際そんな事を気にしている余裕なんてなかった。
がくがく、と力なんて入っていないみたいに金髪の頭が揺れる。
―――この子、ほんとに生きてる?
なんだか段々怖くなって来たその時、微かな声がその唇から漏れた。
「そう…私は、リン」
「!」
揺さぶるのを止め、私は改めて彼女を見た。
やっぱりリン王女なの?だったら何て言うか、想像していたのとは全然違う。
思っていたよりずっとか弱くて、可愛くて、打ちひしがれている。
そう、思っていたより―――人間らしいっていうか―――
ううん、何だろう。良い言葉が思いつかない。
いまいち考えを整理し切れないまま、力無く投げ出されている手を取る。滑らかな肌の感触がする、と思っていた私は、思わずぎょっとして手を引いた。
彼女の手を掴んだ私の掌は、赤黒くぬめっていた。
ふわりと鼻を掠める、鉄錆の匂い。
―――え、何これ、血!?なんでこんな沢山出てんの!?
慌ててもう一度彼女の手を取る。この血は私のものじゃない…つまり、彼女のものだ。もしも怪我をしているなら治療しないと、そう思って目を凝らして彼女の手を眺め―――私はまた唖然として目を見開くことになった。
手の爪は全て割れ、掌や甲は擦り傷や切り傷だらけ。つい最近出来たもののようで、それらの傷はどれも血を纏い付かせて不気味に光っている。
まるで、何かを懸命に引っ掻いた後みたいだ。
とにかくこのままにしてはおけない。
私は意を決して、もう一度彼女の手を取った。
この先この子をどうするにしても、とにかくここから連れ出さないと。
何時からここにいたのか分からないけれど、随分消耗している。この暗くてじめついた場所が体に良い訳がないし、倒れられたりしたらどうしようもない。
握った手を引こうとした時、あるか無きかの声が私の耳に触れた。
「―――」
「へ?」
「―――て」
微かな声。
「―――して」
それが何を言っているのか把握した瞬間、私は自分でもびっくりする位唐突に頭に血が上るのを感じた。
殺して。
私を殺して。
彼女は、そう言っていた。
考える間もなく、体が動いていた。
暗闇に不似合いな乾いた音が、通路に響く。
振り抜いた右の掌が痛い。
でもそれを物ともしないくらいに、体がほてっていた。
「―――っ、馬鹿っ子!甘えんな!」
言いたいことが整理できない。
だから私は、頭に浮かんだ言葉をそのまま口にすることにした。
取り繕うとかわかりやすいようにとか、今はどうでもいいや。
「自分の命、安く見るな!」
殺して、なんて自分勝手すぎる。
兄ちゃんは、そんな事を願うやつの為に戦ってる訳じゃない!
「キミは生きたくないかもしんないけど、生きなきゃなんないんだよ!」
「どうして!?」
悲痛な瞳が私を見る。さっきまでの脱力が嘘みたいに、叫ぶみたいに私に詰め寄る。
もしかしたら、何かあったのかもしれない。こんなに追い詰められてしまうような何かが。
でもそれを考慮する気にはならなかった。
だって、自業自得っていう言葉があるじゃん!
「キミの為に戦ってる人がいんの!私をここに寄越した人がいんの!キミが死にたい死にたいっていうのは、そういう人を馬鹿にして踏みにじってんのと一緒なんだよ、分かってないの!?」
ぐ、と王女が言葉に詰まる。
その唇が何かの単語を紡いだ気がしたけれど、結局私には聞こえないまま空気に溶けて消えていったから追求するのもやめた。
「もしかしたらキミはそういう人なんてどうでもいいって言うのかもしんないけど、私はそんなの絶対許さないかんね!」
ぐいっと襟首を掴み、私は彼女を睨んだ。
もしも兄ちゃんが怪我とかしても、このままじゃキミは泣いて済ませるんだろ。
そんなの、許さない!
「生きたいって言え!嘘でも生きたいって言え!それで、全力で生きるんだよ!キミ、分かってない!命張って守られたら命全部使って返すんだよ!まあ命張るのは早い者勝ちの感あるけどさ」
「…わた、し」
ぼた、と仄かに光るものが彼女の頬を伝う。それを見て、何だか可哀相になってきた。
苛立ちは変わらないし、王女がしてきたいろんな事だってそんな簡単には許せない。
でも、だからってこんな風に泣く人を置いて行ける訳もなく。
「行くよ」
私は彼女の手を引く。
彼女は、少し危なげな足取りで私について来た。
行きよりも帰りは遥かに楽だった。
行きと違って一人じゃないせいもあるのか、気分的にもずっと前向きに進めた。
「…よし!」
それでも通路から抜け出した時にはすっかり日が暮れていた。
結構片道に時間がかかったみたいで、私はすっかりお腹が空いている。足も地味に筋肉痛の感があるし、早く帰って休みたい。
さて、どうしよう。
彼女はとりあえずうちに連れていって…そう考えながら王女を振り返り、―――目を疑った。
いない。
「うそぉ!?」
さっきは確かに私の後ろにいた。
って事は、まさか。
逃げた!?
でも、どこに!?
「…さ、探さなきゃ!」
私は慌てて辺りを駆け回った。
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