「大丈夫、僕らは双子だよ…きっと誰にもわからないさ」
<どこかで間違えた召使>
リンをなんとか送り出し、僕は一つ息をついた。
よし、これであとはカイトさん達を待つだけだ。
「…ん?」
なんとなく鏡を見て、そこで僕は首を捻った。
…やっぱり、素のままっていうのはまずいかもしれない。
ちょっと肩幅があるのはまあばれないにしたって、この髪。ぴこぴこ跳ねまくってるのはどうにかならないもんだろうか。革命軍側には「リン王女」を見知っている人だっているだろうし、高確率でバレる気がする。
僕は鏡の中の自分を見つめながら眉を寄せた。
駄目だ。
それは、駄目だ。リンは絶対に疑われずに逃げ切らないといけない。気付かれる可能性があるなら、何とかしてなくさなければ。
リンみたいにサラサラ髪に今からなるのは無理だし…
そこで僕はあるものに目を留めた。
―――髪を纏めるムース、ハードタイプ。
これだ!
…レン。
私は祈るようにテラスを見上げた。
そこにしつらえられた、断頭台。
あの時押し切られる形になってしまった自分がどうしても許せない。
…レン、いや…お願い、逃げて…!
これから彼にどんな結末が訪れるのかと思うと、苦しくて泣き出したくなる。
でも、私は、目を逸らす訳には…
「王女が来たぞ!」
誰かの叫び声に、私はいつの間にか閉じていた目を開いた。
金色の髪が、目に入る―――…
…レン!
ばァーん!(効果音)
「愚民ども、さあひざまづきなさい!」
………え、
「…あれ?」
「…ん?」
「…お?」
何故か人込みの中に動揺が広がる。
私も例に漏れず、思わず目を擦ってしまった。
いや、なんか、あれ?
目の錯覚、よね?
ところが、いくら目を擦っても頭を振ってもその変な物体は消えない。
………えーと、どちらさまですか。
リーゼントにドレス、胸にメロンパン(袋がはみ出しているのが遠目にもよくわかる)。どこをどう間違えたのかマスカラごてごてで唇が不気味な位赤い。でもって肩開きドレスなんて着てるものだから、少年の体格だっていうことが丸わかりだったりする。…頑張るところ間違えてるわよレン!
というかその背負ってる孔雀の羽、どこから取って来たの!?そんなのあったっけ!?
「………た、大変だ」
舞台のすぐ近くに立っていた男性が恐怖の悲鳴を上げた。
「…いや違う変態だ――――――!!」
普通逆だと思うんだけど、今だけは同意するしかない!
「さすがにそれは王女じゃないだろ!捕まえたの誰だ、目の検査してこい!!」
どどん!(効果音)
「俺だ!」
腕を組んでカイト王子が胸を張る。
しかし相手が王子でも黄の国の民は容赦なかった。
「あんたかスイーツ(笑)王子!」
「眼鏡かコンタクトしとけ!それとも視力は良くても頭は残念なのか!?」
「つかなんかそいつ男だろ!?なにそのやりすぎちゃった感!」
「引っ込めイケメン!」
「戦闘服にマフラー着けんな!危ないだろうが!」
「メイコさんはどこだ、あんたじゃなくて彼女が仕切るべきだ!」
なんというツッコミの嵐。しかも正論ばっかりというあたり、実はこの国の国民ってレベルが高かったみたいね。なかなか頼もしいわ。
「メイコなら、『幻覚が見えてるみたいだから、ちょっと休ませて』って横になってるよ」
「そんな…」
あちこちから漏れる苦痛の呻き。
私もまた、絶望の声を漏らした。
…そんな、あの赤い騎士がツッコミを放棄したなんて!バカイト王子のブレーキだと信じていたのに!
でも、王女を目指してやって来たのに、辿り着いた先にいたのがコレじゃ…ええ、まあ仕方ないかもしれないけど…
「大体、これは王女だ!ミクの敵を俺が見間違えるはずがないだろう!」
今、現に間違えてますが。
白い目が集中する中、カイト王子は苦悩するように青い空を見上げた。その、明らかにどうでもいい嘆きに何故かレンが律義に反応する。
別に放っておいていいんじゃないかしら?
「ああミク…悪の娘にネギの輸出制限をかけられたせいで今ではすっかり農家の娘に…!あの白魚のような指を奪うとは王女、許すまじ!」
「えっそれって何の問題もないんじゃ…っていうかやっぱりミクさん農家になったんだね。『ネギがなければ自分で作ればいいじゃない!ちょっと弟子入りしてくる!』って颯爽と飛び出して行ったあの姿、…あ、なんか思い出すだけで涙が」
どういう意味の涙なのか、強烈に気になる。そしてレン、声とか口調とか完全に素に戻ってるわ…だ、誰か、誰かツッコミを…!王子、何で普通に会話してるの!?いきなり少年口調よ、声だって変わったのよ!反応しなさいよ、この、バカイト!
「農作業なんて許せん、その指が傷付くだろう!って言ったら…ミク、出ていっちゃったんだよ…」
「王子、ネギに負けたんですね…」
「まけた…うぅぅ、悪の娘許さん…」
ええぇ!?そういう結論だったの!?逆恨みにも程があるでしょ!?
確かに哀しいわよ、いろいろと!
隣でぽかんとしながらテラスを見上げている人達の気分が良くわかる。
―――王女の処刑に立ち会いに来たはずなのに、なんでこんな馬鹿話聞かなきゃいけないんだろう…
そんな(おそらく)満場一致の疑問は気にせず、リーゼントドレス少年とネギに負けた男は会話を続ける。何でそんな和やかなのかしら、普通に奥様の井戸端会議レベルじゃないの。あの、そこって断頭台の前よね?これから処刑が始まろうとしてるのよね?
とてもそんな空気じゃないんだけど…え、これ喜ぶべき?まさかハッピーエンドに向かってるの?
「それにしてもカイト王子、まさか、指フェチ?」
「そうだ!キリッ(効果音)」
効果音に意味があるのか、甚だ疑問だわ。
って待った、私その理由で殺されそうになってるの!?解せぬ。
「しかし王女、…何故メロンパン?」
あ、カイト王子のはじめてのまともな応対だわ。
私が(そして多分他の人達も)感心してテラスを見ていると、孔雀リーゼントが輝くような笑顔で拳を握った。
「貧乳はステータスですから!」
「成る程!」
カイト王子も満面の笑みで頷き返す。
な に が 成 る 程 だ 。
とりあえずそれは答えになってないわよ!
私は人込みを掻き分け始めた。
なんかもういいや。コントでしょあれ。
コントなら何やっても許されるって読んだ本に書いてあったわ。つまりここで今私がすべきは、神の武器…違うか、紙の武器と名高いハリセンとやらを手に舞台に向かうこと。
大体、私を貧乳呼ばわりするとは、許すまじ。今すぐはっ倒す。でもまずはプリンス・バカイトね、何でそんな変な物体を疑問もなく私だと思ってんのよ!?信っじられない!おまえの目は節穴か!…ああ、節穴っぽいわね、実際。
なんかもう、これ全部が私をおびき出すための芝居だったりしてくれないものかしら。おびき出されてあげてもいいわよ、それなら。
一番怖いのは、これが全部本気だった場合よ。
とりあえず青の国は崩壊確定余裕だし、悪の娘(代理)はとんでもない変態だって記録されてしまうだろう。
…やだ。
そ、それだけは、絶っ対にやだ!!
なんとしても阻止しなくちゃ…そう。
私はたぎる思いを押さえ込みながら、必死に人込みを掻き分ける。
命を懸けても、ツッコミだけはやり遂げてみせる!
結局ハリセンは見付からなかった。是非持って行きたかったのだけど、今は断念するしかなさそうね。時間の方が大切だもの。
大きく人込みを迂回して城に入り、階段を駆け上がる。警備の革命軍の人達は頭痛がするらしく皆頭を抱えていたから、抜けるのは簡単だった。トップがあれじゃあ無理もないわね、寧ろ良く頑張っているわ。
私は扉を蹴破ってテラスに踊り出る。意外と脆い扉だわ、さてはこの間の修繕で手抜き工事されたのね。今度とっちめてやらないと。
「そこの二人、待ったあぁぁぁぁぁ―――っ!!」
私の裂帛の叫びに黄色と青が揃って振り返った。
「り、リン…!?」
一気に顔を青ざめさせるレン。それはそうだ、私がここに来たってことは、身代わり計画の失敗を意味するんだから。
でもそんなのどうでもいい。
普通ならここが息を呑むような緊張の一瞬なんだろうけれど、残念ながらその格好じゃギャグにしかならない。
「どうして…逃げたはずじゃ…」
「こんなふざけたもん見せられて逃げ出せる訳無いじゃないあんた馬鹿じゃないの!?っていうかレン、あんたの中の私ってそんなんな訳!?『とてもかわいい僕の姉弟』とか宣ってミリオン突破したあれは一体なんだったのよ!それじゃどう見ても女装したヤンキーじゃないの!」
「え、これ可愛くない?縦ロールにしたんだけど」
た て ロ ー ル 。
その衝撃的な台詞に、私は自分の膝が力をなくすのを感じた。
え…
いや、いやいやいやいや…
これはひどい。
「それはリーゼントって言うのよ…間違っても縦ロールとは言わないわよ馬鹿ぁ!」
「リーゼント…!?」
衝撃を受けたように、レンが一歩後ずさる。
「そんな…!」
完全に予想外だと言わんばかりの驚き方が怖い。
レンは辛そうに唇を噛んだ。
「罪に気付くのはいつも、全て終わった後…か…」
「何綺麗に纏めようとしてんのよレン、それはさすがに無理よ!っていうかそれ私の歌でしょ、取ってんじゃないわよ!あああもうツッコミが追い付かないじゃない、どうしたらいいの!?」
くああぁ、と頭を抱えて苦悩する私の前で、カイト王子がはっとした表情で息を飲む。
「そんな、悪の娘が…二人!?どっちが本物なんだ…!?」
「反応遅すぎ!そしてこの大馬鹿と私が同一人物に見えるなら、さっさと国に帰って眼科にかかりなさいバカイト王子!戦慄すんな、そんな似てないわよ失礼ね!」
「いやでも顔はそっくりだよ?」
「そんなに地の顔判別能力が高いなら、まずこの女装男がレンだって気付いて欲しかったわ」
「!レン…君はレン君だったのか!」
「さっきから私レンの名前呼んでたでしょ!?」
「正に正体がバレバレンだね☆」
「ですね☆」
「人の話を聞きなさい、言われたことには答えなさい、あと場の空気を読みなさい!ううう、もう嫌あああ、帰りたいっ…!」
もう二人でお笑い界の王座でも目指せば良いと思うわ!
私は半泣きで座り込む。なんなのこいつら、会話が成立しないんだけど。おかしいわね、使ってる言語は一緒なのに…
そんな私に、声が掛けられた。
「―――立ち上がってくれ、王女!」
驚いて顔を上げる。
声を発したのは、テラスの下に集まる民衆だった。
「が、頑張れリン王女!不本意だが今だけは応援する」
「そうだ、とりあえず今は利害が一致しているから、負けるな!」
「王女!王女!そいつらを止められるのはあんたしかいないわ!」
「今だ、常識を教え込め!」
そうだ。
私は涙を拭う。
結局、身内の不始末みたいなものよね。私が王宮に残っていたら、こんな事にはならなかった…
―――私がやらなければ。
今、人々の心は一つになった。
「リン…」
圧倒的な王女コールの中、レンの瞳が何やら悲壮な決意に輝く。
嫌な予感しかしないのは、何故?
「君を守るそのためなら、僕は悪にだってなってやる!」
「ばかあ――――っ!!ここで決めゼリフを使ってんじゃないわよ!」
私の渾身の飛び蹴りは、見事にレンの鳩尾に命中した。
コメント13
関連動画0
ブクマつながり
もっと見る・あくまで二次創作です
・初めに謝っておきます。すみません。
・正確には「リン」「レン」ではないのでしょうが、その辺は見逃してください。
Q.さあ、犯人はだあれ?
A.知るか。
<お願いだから、ナゾ解いて!>
ん?
僕は目をしばたたいた。
気のせいかな。なんか今、あるまじき発言が聞こえた...お願いだから、ナゾ解いて!
翔破
孤独な科学者に 作られたロボット
―――「良いかいリン。一つだけ、覚えておいてほしい言葉があるんだ」
出来栄えを言うなら
―――「はい、ハカセ」
…奇跡
―――「リア充爆発しろ」
<私の理解を越えている>
「ハカセ。意味がわかりません。リアジュウとは爆発物なのですか。不安定な物質なの...私の理解を超えている
翔破
神は俺に微笑んだ!
<7.とりあえず完結>
俺はいまだかつてないくらいにハイテンションだった。
夢なら覚めるな、俺の嫁ktkr
だらしなく緩みそうになる頬を全力で引き締める。もちつけ俺。犯罪、ダメ。絶対。だって逮捕されたらリンたんに悪い虫が付いても駆除できないし!それはひっじょーにまずい事態だ。
へ...犯罪じゃないよ? 7
翔破
「忙しい人向け悪ノ娘NG集」
及び
「忙しい人向けかもしれない悪ノ娘」
を元にしてあります。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
運命なんてものの存在を、僕は信じていなかった。
でも、あの日。
「さあ、跪きなさい!」
馬に跨って高笑いする王女の姿を見て、僕は一目で恋に落ちてしまったんだ。
...悪ノNG使い
翔破
「カ―イ―ト―」
「起きないね。蹴ってみる?」
「いえここは落書きでしょう…ほら油性マジック」
「!?」
頭上で交わされるかなり不穏な会話に、俺は急いで体を起こした。
聞き覚えのある声。
でも待った、ちょっと待った。あの子たちはこんな会話しない!
目を開いた俺の目に飛び込んだのは、声から判断...悪ノ王国発売おめでとうございます
翔破
1.
あ、どーもどーも。鏡音リンです。
名前だけで分かるかなぁ? え、分かる? わー、どうもありがとう! 私も最近になってようやく、ミク姉ぇに負けないくらい認知されるようになってきたかなー、なんて……わーウソウソ、今のなし!
チョーシこいてると思われるのもアレなんで、一応説明しとくと。
双子の姉の方...鏡音リンの日記帳 8月31日
時給310円
クリップボードにコピーしました
ご意見・ご感想
ヨッシー
ご意見・ご感想
とても面白く読ませてもらいました^^!
もう一人で吹きまくってwwwww←
2011/09/17 15:16:12
翔破
コメントありがとうございます!
書いている本人も楽しかったので、楽しんで頂けたなら幸いです。
今後も精進していきます!
2011/09/19 19:41:23
Raito :受験につき更新自粛><
ご意見・ご感想
こんにちは。ライトです。
衝撃のハッピーエンドですね。
ええ、僕も眼鏡をかけてないと男の子が女の子に見えたり、貧乳とメロンパンの区別がつかなかったりよく…するわけないでしょう!!
また、お腹の痛くなるような作品を読ませていただきたいと思います^^
2011/05/17 16:47:04
翔破
コメントありがとうございます!
描いている本人も、ここまでレンが壊れるとは思っていませんでした…
しっかりしろレン!でもこんな感じの駄目レンが好きです。原曲様すみません…!
気に入って下さったなら幸いです。これからも精進します!
2011/05/18 22:41:46
ベルン
ご意見・ご感想
はじめまして!!
読ませていただきましたwww
1人でパソコンの前で笑ってしまいまして、兄ちゃんに<きもっ>とか言われちゃいましたwww
まぁそれはさておき、
超おもしろかったです!!!
ブクマさせていただきました!
リーゼントを縦ロールwwwww
おもしろすぎですwww
でも、そんなリンレンが大好きだぁーーーーーー❤
これからもいろんな作品楽しみにしています!!!
長くなってしまいましたが、、、、では。
2011/05/11 16:52:39
翔破
はじめまして、コメントありがとうございます!
はい、この小説は「あ、リーゼントもある意味ロールだ!」と思い付いた結果生まれました。
…その結果がこれだよ!
真面目なものほどいじりたくなってしまうので、割とシリアスな作品がいじられる事が多いです。
気に入って下さったなら幸いです!
好きな物を好きなように書いている身ですが、お暇な時にでも足を運んで頂ければ幸いです。
2011/05/11 18:55:53
*ちるらむ*
ご意見・ご感想
最初は感動すんのかとおもったら
リ - ゼ ン トってwwwwww
それを縦ロールっていうレンがおもろいwww
王女ツッコミb
2011/01/08 20:12:03
翔破
コメントありがとうございます!そしてお返事遅れてしまって本当にすみません…!
はい、「リーゼントもある意味縦ロールだ」と気付いた時にこの話が生まれました。
そしてカイトさんは本当はもう少しまともになるはずだったんですが…あれ?
少しでも楽しんで頂けたなら幸いです!
2011/02/24 05:39:58