《大獄》の街・アストレーラは、ポーシュリカにもありそうな石造りの街並みだ。
だが、その違いは足を踏み入れた途端に理解できるものだった。
「何これ・・・手が、勝手に・・・!」
リンはカイを風で威嚇していたが、彼女の意に反して手は風を還す印を結んでいた。レンのほうも、手が勝手に突き付けた短剣を下ろす。
「これが、《大獄》という世界だ。いくつかある街は、全て攻撃ができなくなる。癒しや転移の魔法なら使えるが、それ以外は呪文を唱えることすらできない・・・攻撃魔法で構成された魔導人形とか、そういう体質の人とかは魔法が使えなくなる。」
カイの言葉に、カヨが付け加えた。
「一言で言えば・・・ここは非武装地帯。そうあるように求められたから・・・私達は、逆らえない」
「街に入った時点で、条件1は履行された。これでもう、互いに危害を加えることはない」
双子は安堵のため息をついた。丸腰にされた今、身の安全を確保できたことに対する安堵だった。
「条件3のほうは、カヨが履行する。彼女はポーシュリカで仕立屋だったから、キモノでよければ用意できる。」
キモノと聞いたレンが嫌そうな顔をした。
「おや、お嬢様はキモノがお嫌いかな?」
カイが悪戯っぽく聞く。一拍遅れて今はリンの姿をしていることを思い出した。
「もう、いいよね?」
気付かれないように二人の心を読んだ限りでは、大罪を刺激するような事がなければそれを話しても大丈夫だと判断できた。
互いに丸腰になったとはいえ、会ってすぐ、それもついさっきまで殺し合いをした相手を信じられるほど無垢な双子ではない。
レンがリンに目配せをすると、リンもこくんと頷いた。
「あのー、私達二人の性別を当ててみてくれません?」
カイとカヨはきょとんとすると、レンを指差して「こっちが女の子で、」と言い、リンに「こっちが男の子だろ?」と言った。
双子は顔を見合わせ、大笑いした。瞳には涙がにじみ、咳き込むまでそのまま笑い続ける。
「アハハ・・・逆、逆・・・フフッ・・・僕が男で・・・ケホッ、リンが女の子だよ・・・」
カヨとカイが揃って狼狽する。その顔がおかしくて、双子はまた笑った。
「私達、双子の姉弟なの。入れ代わったら、両親もわからないのよ!」
涙を拭うリンに、レンがにやっと笑いかけた。
「つまり・・・君、男?」
いまだに信じられないといった様子のカイに、レンがドレスの裾を摘んでお辞儀する。
「あらためてお初にお目にかかります。・・・レオンティリウヌ・フィリウエ・カシュ・ミラーシャサウン=ド=クロイツェミミンです」
あれ、とレンは首を傾げた。適当な偽名を名乗ろうとしたのに、唇はクロイツェル王家の者であることを明かしている。
「私は、・・・リンリィ・フィオナ・カシュー・ミラーシャサウン=ド=クロイツェミミンです。 あれ? どうしてこの名前を名乗ってるの?」
カイは苦笑して、
「それが《大獄》という世界だ。ここでは、いかなる者でも偽名を名乗ることができない。・・・にしても、まさかクロイツェル王家の方々が堕とされるとは。何かあったのですか?」
「・・・革命よ」
リンが笑みを消し、虚無を湛えた瞳で片割れを見た。
「リンが勝手に《悪》にされてね、民衆が革命を起こしたんだ。僕らは《傲慢》の大罪人として堕とされた」
姉と同じように笑みを消したレンが、淡々と事務的な口調で言う。
「それに、僕らは《傲慢》な国民達が頂きに置いた存在だからね。いかに彼らが嘆願する権利を持つとはいえ、隣人との色恋沙汰まで嘆願されては困る」
心底呆れ返った様子の双子に、身に覚えがあるカイは苦笑した。確かにポーシュリカで裁判官をしていた頃、実に些細な事で裁判沙汰にした者もいたからだ。もっとも、当の本人達は大真面目だったが。
そうやって話しているうちに、カイ達が普段暮らしている家にたどり着いた。
7、8人が共同生活を営めるだけの広さを持つ、石造りの家だ。現在はカイとカヨを含め6人の《大罪人》が暮らしている。《大罪》の種類は全員違っているだけに波乱も多く、それなりに刺激的で殺伐な暮らしを営んでいる。
他の《大罪人》達が出払っていて無人の家に双子を招き入れ、テーブルを挟んで向かい合う。
「―――さて」
カヨがいれたウェステティリア皇国の伝統的なリョクチャというお茶を飲んで一息つくと、カイは口を開いた。
「《大獄》という世界について、貴方がたはいかほどまでご存知ですかな?」
双子は顔を見合わせ、遠慮がちに
「7つの大罪を犯した者達が《大罪印》を刻まれて堕とされる場所、としか」
と言った。
「半分正解、といった所です。更に追加すれば、《大獄》で死は死ではない。50人討伐を終えるまではたとえ死んでも生きてるように存在し続ける―――ちょうど、さっき君達が私の胸を刺したように。」
う、と双子は身を引いて顔を引きつらせた。
「・・・もしかして、根に持ってます?」
その答えは、無言だが殺気を窺わせる笑顔。
「えっと・・・ごめんなさい」
「よろしい。では、話を続けます。」
双子は揃ってこくりと頷く。
「・・・で、《大獄》で一度でも死んだ者は討伐を終えても生還にはならない。何度か死にながらも50人討伐を終えた者は、そのかわり優先的に転生の輪に入れる・・・らしいとされています。その辺りは、実際に終えた者でないとわからないですが。」
「それで、今もこうして動いている訳ね・・・」
「あれで25回目です。いやはや、何度やっても慣れない。」
双子は互いに顔を見合わせ、わかったのかわかってないのかわかりにくい返事を返す。そこでリンは、弟の顔色が悪いのに気付いた。
「レン! 顔真っ青よ! どうしたの?」
リンがレンの肩を掴んで揺する。
「平気・・・ちょっと、疲れちゃっただけだから・・・」
レンは心配性な優しい姉に笑いかけると、ふっと目を閉じた。
「その子は・・・片翼の悪魔・・・この街が身体に障ったとしても・・・命は、心配ない」
カヨの言葉に、リンは安堵の息を零した。口元に手を当てると、微かだがちゃんと息をしていた。
「よかった・・・」
リンが小さく笑うと、カイは部屋の奥を指差した。
「なんなら、奥のベッドを使ってもいいよ。君も疲れてるだろう? 大丈夫、うちには《色欲》の大罪人もいるけど近付かせないから」
リンはカイの心を読んで、それが完全な親切心からの物であると確認した。そのまま片割れを抱え、言われた通りに奥の部屋へと入っていった。
「わかったわ・・・私の方からも結界張って休ませてもらいます。じゃ、おやすみなさい・・・」
ふぁあ、と欠伸が混じるところから察すると、彼女も相当疲れていたらしい。双子が去った部屋で、カイはカヨとしまっていたワインで乾杯した。
「《傲慢》な双子に乾杯―――カヨ、あの子達ならきっと、《大獄》から生還できると思うんだ」
カイの予想からくる言葉は、予言に似て外れがない。カヨはあの幼い罪人を思い浮かべて小さく笑った。
【オリジナル小説】ポーシュリカの罪人・6 ~《大獄》という世界~
約1ヶ月ぶりのオリジ更新。
大罪シリーズを聞いてると大体が他人が一枚噛んでいるように思えたので、少なくとも大罪シリーズからのキャラは比較的常識人にしています。
この後、コンチータ様とヴェノマニア公は多分出ます。まだ曲で登場してない方々についてはこれから考えますw
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