カノンは姉のリズムの次にロボタの扱いに長けていた。
高校の時に姉が用務員室の一角に居座って作ったロボットがロボタだ。
リズムが大学の研究室に彼を持ち込んでから、そのメンテナンスは妹のカノンの役割だった。
といっても、毎日関節にオイルスプレーを吹き掛けたり、バッテリーが無くなりそうな時に充電器の側まで連れて行ったり、カメラアイのライトが切れた時に交換したり、備え付けのふりかけを補充したり、時々体を拭いてあげたりするくらいだったが…。
そんな彼女が今回の探索に参加する事を希望したのも、ロボタをA子と二人きりで行かせるのが心配だったからだ。
でなければ日本から遥か遠く南アメリカのギアナへ、異次元のゲートを超えて踏み込もうなどと、臆病な彼女が思うだろうか?
夜の闇が薄らぎつつある曙の時間、A子を先頭にロボタとカノンは
時折野生動物の鳴き声が聞こえてくる危険な熱帯雨林を進んでいた。
「あの開けた場所で少し休みましょう。」
そう言ってA子は小高い丘になったような地点を指差す。
日本とブラジルの時差はおよそ12時間。
地球の反対側が日没を向かえる頃、ようやくこちらで朝日が昇っていた。
「はぁ、はぁ…。」
おっかなびっくり最後尾を歩いてきたカノンが、息を切らせながら丘の上に隆起した大きめの岩に座り込む。
「だらしないニョロねぇ、そのデカい図体は見かけ倒しニョロか?」
スピーカーから珍妙な語尾を伴った姉の悪態が耳に入ってきた。
「おねぇちゃんって、もしかして普段からカメラで覗き見とかしてない?」
ヘルメットを被り探検家の衣装に身を包んだカノンは、ロボタの眼を通して現場をモニタリングしている姉のリズムに質問を投げ掛ける。
その横ではA子が小休憩の為のお茶を用意していた。
「…ん~?妹の発育過程を記録するのも姉の仕事ニョロよ~?」
多少のタイムラグを挟んだ後、リズムはいつものようにすっとぼけた返答を返す。
「ちなみにこの映像はライブ中継でネット配信もしてるニョロ~♪」
そんな衝撃の告白と共に、調子に乗った彼女の吹く口笛が耳障りに聞こえた。
「ちょっ?そんなの聞いてないんだけどぉ!?」
「ガガー!」
カノンは思わず声を裏返し、ロボタはそれに同調するように少し怒ったような音声を出す。
そんな会話を聞きながら、A子は水筒に入れておいたぬるめのお茶をコップから口に含んだ。
「まぁまぁ、どうせ視聴者数は大した事ないから安心するニョロ。」
呑気な姉の声が朝方の太陽に照らされた白い空に響く。
(それはそれでなんだか複雑な気分だなぁ…。)
とカノンは思っていると、その彼女の目の前に森の方から何かが飛んできた。
パタパタッという羽音と共に天から降り立ったそれは、
鋭く曲がった嘴を持ついかにも南国にいそうな極彩色の鳥だった。
「うわっ、何この鳥!?」
私は驚いて幾ばくか後退りする。
「これは…鸚鵡でしょうか?」
打って変わってA子は興味深そうにその鳥をしげしげと眺めた。
「たぶんベニコンゴウインコニョロね。」
通信でリズムがそう解説すると、鳥は飛び上がってカノンの方に近づいてくる。
「ぎゃあぁっ!!」
恐怖のあまり泣き叫ぶ私は、ヘルメットの上に何かが乗るのを感じた。
「え…、なんか頭が重たいんだけど?」
カノンは青ざめた顔でプルプルとその身を震わせる。
「ノンちゃんの事が気に入ったみたいニョロ。」
ロボタのカメラが斜め上のアングルで羽を休めている鳥を捕捉した。
「せっかくなので何か餌でもあげてみましょうか?」
そう提案してA子はポケットからアーモンドチョコを取り出す。
「うぅ…どうせ私は鳥頭ですよぉ!」
カノンは内股で少し膨れながらその憤りを吐き漏らした。
「ガガガ?」
怖がりつつもどこか嬉しそうな彼女の様子を見て、不思議そうにロボタが相槌を打つ。
そうこうしている内に、鳥はどこかへ飛び去ってしまった。
「さて、そろそろ行きましょう。」
一服の菓子やらお茶を片付けると、A子の掛け声を合図に一行は丘を下って再び歩き出す。
神秘の秘境、ギアナ高地。
『ロスト・ワールド』など、幾度となく小説や映画のモチーフになった場所。
しかしそのダンジョンを踏破し未知の領域に至れるのは、相応の才覚を持った人間だけなのだ。
やはり凡才の鼓カノンではなく、天才の鼓リズムが直接訪れるべきだったのかもしれない。
じゃあ私はどうすれば良かったのだろう…?
「お前も天才になれ!」
以前姉に言われた言葉が、カノンの胸に突き刺さった。
(そんなの無理だよ…私には出来ない。)
自分ではその代わりになれないと、彼女は歩きながら自己嫌悪に陥っていく。
「…お姉ちゃんが急ぎ過ぎていたのかもしれないニョロ。」
沈黙を破るようにロボタの胸部スピーカーからリズムの声がした。
「えっ…、なんの話?」
妹は要領の得ない姉の言葉に耳を傾ける。
「大学の研究テーマニョロ。ノンちゃんがこれまで頑張って来たのに、その気持ちを無視してしまったニョロ…。」
そう言って、約1万2700キロの距離を隔てて姉は妹に謝った。
「とっくに慣れたよ、おねぇちゃんのそういう所。」
諦めるようにカノンは答える。
「でも…。」
少し間を置いて、日本の自宅からリズムは何かを言いかけた。
「あーっ、もうっ!」
通信による応答のじれったさに痺れを切らして彼女は声を上げる。
「カノンさん!?どこ行かれるんですか?」
先ほどのお茶が効いたのだろう、私は急遽横道に逸れていった。
「お花摘み!」
驚いて呼び止めるA子に、乙女は精一杯のユーモアで返す。
「あら…、でしたら私もお嬢様にご一緒させて頂こうかしら?」
そんな冗談を交えながら、彼女を追いかけてA子もまた茂みの中へ入って行く。
カノンの中は、様々な雑念で一杯だった。
(中略)
森の中で用を済ますと、私はだいぶん太陽が高く登っているのに気付く。
「ガガ…!?」
そしてロボタの聴覚センサーには、なにやら知らない人の声が届いていた。
「ニョロ…?こんな所に誰かいるニョロか?」
リズムは疑問に思い、手持ちの通信端末で調べ出す。
「どうしたんですか?」
戻って来たA子がキョロキョロしているロボタと彼を媒介に中継しているリズムに尋ねた。
「ふむふむ、そこからもう少し東の方へ進んで言って欲しいニョロ。」
指示された通りに密林を掻き分けて進むと、A子はなんだか拓けた場所に出る。
「カノンさん、ロボタさんを抱えてこっちへ来れますか?」
彼女は木々の向こうから、ロボタと一緒に待機している私にそう伝えてきた。
「う…うん。」
カノンはその四角い体を両手で持ち上げると、道なき道を無理くり押し通って行く。
苦労して辿り着いたその場所はお祭りの会場らしく、
早朝から何人もの人で賑わってなにやら催し物が開催されている風だった。
彼女達が少しばかり散策していると、長いツインテールの緑の髪をした少女が
お立ち台の上で大勢のファンに囲まれているのが目に留まる。
「あれって…。」
カノンはその出で立ちに確かな見覚えがあった。
そんな時、足元にいるロボタから大音量の怒声が鳴り響く。
「うおぉ!?こんな所で邂逅するとは!我が永遠のライバル!!」
それはまるで今にも姉がその小さなロボットから飛び出して来そうな勢いだった。
「リズム姉、そんなに騒いだら迷惑ニョ。」
どうやら傍には末っ子のメロディもいるらしい。
「待って下さい、あれはロボットですね…。」
興奮するリズムを制止するようにA子が呟く。
「なんで分かるの?」
勉学で視力を悪くしたカノンには遠目からその違いが判別出来なかった。
「そこに書いてありますもの。」
A子が指差す方を見ると、英語らしき文字で書かれたイベントの看板が立っていた。
「アンドロイド、ミク・ハツネ、コラボ…ライブフェスティバル。」
カノンはその文字をぎこちなく読み上げる。
「初音に鼓…?ああなるほど、そういう感じですか。」
A子はなにやら一人で納得しているようだった。
いわゆるアイドルの姿を模したダンスロボット。
それは主にスケジュールの都合で本人が海外などへ遠征するのが困難だったりする問題を解消する為に用いられていた。
それ以外にも日本のロボット技術の宣伝という目的もあるのだろう。
ミクの姿をした機械人形の周りを取り囲む来場者は日本人が多いように見えたが、話している言葉は日本語ではない。
恐らく南米に移民した日系人、その三世か四世と言ったところか。
ここ最近、同じ様なコンサート企画が世界各地で執り行われいるらしかった。
南米の他にも、オーストラリアのシドニー、アメリカのニューヨーク、ウクライナのオデッサ、イギリスのベルファスト、そして日本の鳥取…。
博識な読者諸君なら、この地名が一体何を表しているか、もうお分かりであろう?
「わざわざこんな所でやってるんだ。」
まるで狐に摘ままれたような気分で周辺を見回すカノンを余所に、
A子は設置された売店コーナーで記念に何か箱入りの商品を購入している。
「これ下さい。」
「はい、80リアルになります。」
スタッフが日本語に対応しているのはともかく、なぜA子が現地のお金を所持していたのかは、ここでは言及しない事にしよう。
会場には大きなテントが敷設されており、メインイベントはその中で開催されているらしかった。
「パスポートとか持ってないけど、大丈夫なのかなぁ…。」
そんな不安を胸に秘めつつカノンはA子に誘われて入り口の段幕を潜る。
中で二人と一体が待っていると、ステージ上のミクは簡単な舞台挨拶の他、
そのアニメ作品と南米との繋がりを軽く解説していった。
それに合わせて巨大スクリーンには物語の名場面がそれぞれ投影される。
地下の秘密基地で整備される巨大な宇宙艦艇や軌道エレベーターの建った未来都市、
そしてボロボロに朽ちた巨大ロボットを抱き抱えて仁王立ちするもう一体のロボット。
本来は神の名を冠するその機体が、海外では宗教的な配慮で名称を変更されているのだと、
以前カノンは雑学として姉から何度か聞かされた事を思い出す。
また挿入歌のララバイが印象的で、ピアノに覚えのある彼女は自分でも弾いてみようかと曲を調べたりもしたのだった。
しばらくした後コンサートの準備が終わったようで、会場テント内の照明が落とされる。
「それでは聞いて下さい。"Gの閃光"」
ヘッドセットを頭部に装着しそう宣言すると、幾つものスポットライトに照らされた歌姫はアニメのテーマソングを歌い出す。
曲のイントロと共に彼女の背後には、その作品の決戦シーンらしき映像が流れ出した。
天まで届く巨大な金属製の柱が聳え立ったその場所で、大きな黒い機体が角の生えた白い機体に襲い掛かる。
敵パイロットは恐ろしい形相の仮面を被り何かを叫んでいた。
それを遠巻きに見守る若き女王らしきヒロインの姿が画面に映る。
(世界にあるもの♪見つめられるから♪カオスの中からも…♪)
白い機体を駆る女王の弟が必殺の呪文のような言葉を唱え、
それに対し黒い機体はがむしゃらに手裏剣に似た投擲武器を投げるが、
搭乗者の気迫に反して苦しい戦いを強いられているように見えた。
(だからだろ♪チャレンジだ♪今だけがその時だ♪)
「こんな遠くまで来て参加するのが、日本のアニメイベントか…。」
コンサートの合間に、私は愚痴っぽくポツリと漏らした。
「おや?カノンさんは元々、そういうお祭りに行きたかったのではありませんか?」
A子は眉毛を上下に動かしながら意地悪に話しかける。
自身の不条理を指摘され、そうだったかもしれないな…とカノンは苦笑した。
「そうだね。ごめん、私…ワガママだよね。」
パイプ椅子に座って膝小僧へ両手を乗せながら、彼女は素直に謝罪の言葉を述べる。
「まぁ、こんなイベントがあるのは私も想定外でしたけどね。」
A子は肩をすくめてやれやれというポーズを取った。
曲の最後に、作品のタイトルが二度に渡って復唱される。
歌と映像が終わると観客席から拍手が起こり、カノンとA子…そしてロボタもそれに合わせて手を叩いた。
「A子ちゃん…、ありがとう。」
私は頬をほんのり染めながら彼女にお礼を言う。
「いえいえ、そう言って頂けると私も危ない橋を渡った甲斐があります。」
ドヤ顔でそう述べるA子に対し、カノンは背中に少し嫌な汗をかいていた。
(危険な行為っていう自覚はあったんだ…。)
「ガガガ!」
カノンの杞憂を晴らすようにロボタは楽しそうな声を出す。
日本の裏側にある神秘の秘境にて、歌姫を模した機械人形は大鳥の如く舞っていた。
そしてまた一本の角を生やした小型の機械人形が客席からそれを見つめている。
A子は箱を開けていた。中にはオモチャが入っている、組み立て式のプラモデルだ。
そこへ猪武者の如く鼓リズムがやって来る。
「ここで合ったが2000年目ニョロ!アメノウズメーじゃなくて初音ミクー!!」
その大声に、観客の何人かが振り返った。
「何してるのおねぇちゃん!鏡見て?ホラ…ボロボロじゃない。」
ロボタの位置情報を頼りに問答無用で樹海を抜けて来たのだろう。
姉の衣服は汚れ、髪の毛もバサバサになっていた。
「あら、リズムの顔は今日も可愛いニョロ❤」
そう誤魔化しながら姉は自撮りモードのスマホ画面に向かってほくそ笑む。
「リズムさん、作り方分かります?私こういうのあんまりやった事なくて…。」
A子はプラモの箱をリズムに見せながら囁くような小声で尋ねた。
「んん?こんなの私にかかれば朝飯前、お茶の子サイサイニョロよ。」
おねぇちゃんは胸を張って自信有りげに答える。
そう言えば、朝ご飯をまだ食べて無かったな。いや、向こうは夜だから…晩ご飯か。
そんな下らない事を考えながら、カノンはしばし夢心地の祭典に見入っていた。
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kurogaki
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ファントムP
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同じくピノキオPの『 oz 』、『恋するミュータント』、そして童話『オズの魔法使い』との三つ巴ミックスです。
あろうことか前・後篇あわせて12ページもあるので、どうぞお時間のある時に読んで頂ければ幸いです。
素晴らしき作...オズと恋するミュータント(前篇)

時給310円
■1A
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どこまで歩いてもずっと止まってても
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■1B
痛みが涙がどれだけあっても
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むっちゃん(Muufe名義で活動中)
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