”笛吹きと少女”《1》
夕暮れになると、空気が変わる。
ゆっくりと冷えていく空気に黒い森から吹き寄せる風の香りが混じり、頬をなでる光が甘い蜜のなめらかさを含む。
石畳をがたがたと音を立てて進む荷馬車のわだちの音や、ロバや馬の足音、はみの金具が立てる音。人々の足音。硬い革の靴が立てる音や、金持ちの娘や奥方たちの履くコトルノス(底高靴)特有の音。そして木靴のたてるカタコトという音。
少女は、五段の高さがある石段のいちばん上に腰掛けて、じっと往来のひとびとの立てる様々な音に、耳を傾けていた。やがて聞こえてくるのは古い鐘の音だ。数百年も昔からこの街に立っている鐘楼が、夕刻、街を囲む塀の門を閉めるとき、それはうつくしく荘厳な音色を鳴らすのだ。
ふと、そのとき、足音が聞こえてくる。少女はハッと顔を上げた。薄汚れて痩せた頬に、喜びの色がさす。
「メイコさん?」
「ああ、ミク。遅くなってごめんね。今日はさ、大口があったもんだから」
「お仕事……?」
「うん。でも、あんたの分は、ほら、ここに」
五段の階段、とん、とん、とん、とん。隣に誰かが座った。少女はその肩におずおずと身を寄せて、香ばしいパンの香り、ハーブの苦く芳しい香り、そして、干草のように香る髪の匂いを嗅いだ。あたたかい香りだった。
「誰かに悪いことされなかった? 今日は雨も降らなかったし… 平気だと思うけど」
「うん。だいじょうぶ」
「ほら、食べて」
「うん!」
手渡されたものは、粗い麻布のつつみ、それと素焼きの瓶に入った酸っぱいワインだ。少女はつつみを開けると中に入っていたパンにかぶりつく。
ふすまの多い粗いパン、中に挟まれているチーズの皮や脂身の多い腸詰。けっして、美味いとも滋養があるとも言いがたい。だが、今日になってはじめて口に入れたものだから、詰め込むように急いでしまう。
「ああ、ほら、こぼしてる。あと今日は林檎もあるからね。そんな急ぎなさんな」
女の手が少女の髪を抱き、ぽん、ぽん、と背中を叩いてくれた。痩せた背中にはうっすらと骨が浮いていた。少女本人はいちども見たことはないそのうなじは透き通るように白く、きつく編んで服の中に入れている髪は海のような碧色だ。
少女は、自分のふるさとを知らない。一度も見たことが無かったからだ。
そのころ、戦禍の続くその国の中央、ハーメルンの街に、身寄りの無いひとりの少女がいた……
海のような碧色の髪と、美しいが硝子玉のようなひとみ。
パン屋の軒下にいつの間にか住み着いた少女は、戦禍で身寄りを失い、生まれながらに光を持たぬ、ひとりぼっちの孤児であった。
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こんな...君の神様になりたい。

kurogaki
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ご意見・ご感想
浮草
ご意見・ご感想
こんばんは。読ませていただきました。
ミクが「目の見えない子」なのですね。
これからミクがどんな風に笛吹きに出会い、その音楽を聴いて何を感じるのかが楽しみです^^
2008/09/11 22:41:44