発想元・歌詞引用: トラボルタP様・ジュンP様





『ココロ・キセキ』エピローグ ある晴れた春の終わりに





語り手:織也拓海



 「博士・・・・・・」

 レン・カガミネが亡くなったのは、春の終わりの晴れた日だった。

 吸い込まれそうな蒼穹の空に、送り行く車のクラクションが高く響いていった。

 心なしか、喪服の人々の表情もやさしく柔らかい。

 5月の風の明るさは、悲しみの黒の重さをも現実から昇華させ、マットな一枚の絵画に変える。

 悲しいというよりも、友達が遠くに引っ越してしまった淋しさのような、そんな心持ちだった。

「向こうで、カイトおじさんや鈴さんに、会えたんだろうな」

 魂となり、若かりし姿に戻ったレンさんが、カイトおじさんや鈴さんと戯れる姿は、簡単に想像がついた。思わず笑みがこぼれるほど、幸せな光景に思えた。


こういうときにこそ、僕は東洋人でよかったと思う。


 明るい午後に解散となり、僕は森のあのログハウスに向かった。

太陽光発電と地面につながるラジエーターに支えられて、鏡音博士の別荘は、主亡き今も快適であった。

 リビングに、女の子が、静かに座っている。

 閉じた瞳は身じろぎもしないが、その肌に手を触れると温かい。『Rin』ことリンが起動中であることを語っている。

その静かな表情の奥で、奇跡の回路『ココロ』は僕と博士が最後に与えた感情を解析しているのだろう。


 椅子に通じるラジエーターを目で追って、僕はあることに気がついた。
 太陽エネルギーを利用しているので、電力が尽きてしまうことは無いにしても、ずっと起動し続けるということは、常にリンの回路は熱を持つことになる。


 回路にとって、それは負担ではなかろうか。
 なにせ、演算終了までの期間が長すぎる。280年なのだ。


「あ」

 と、机の上に、封筒が置かれていることに気がついた。

「なんだろう……」


 
リンへ。


 
封をしていないそれは、博士の字で書かれていた。
手にとると、紙片が、僕の手のひらに滑り出た。

『リンへ。また会える日を、楽しみに待っているよ』

 う、と、僕の視界が揺れた。
 そっと手紙を、封のしていない封筒に戻す。

「博士……!」

 わざとだ。わざとに違いない。
 ライフラインの権威、世界の鏡音が、Rinのラジエーターの限界に気づかないわけがない。


 演算が終了し、『ココロ』が起動し、回路が更なる熱を持ったなら……

『ありがとう、ありがとう……』

 彼女の切ない歌声を、喜びを歌う声がよみがえる。
 
彼女は、喜びのままに心を唄い、よろこびのさなかにショートを起こし……


 その後に来る、孤独のさみしさを味わうことなく、永遠の眠りにつくに違いない。



「うううぅっ…………!」



『アリガトウ、アリガトウ、アナタガ ワタシニ くれた すべて』



そう。ココロが起動してしまったら、孤独は地獄だ。



「リンちゃんに、そんな思いはさせたくなかったんですね、博士……!!」



鏡音レンから、Rinへの、最後のプレゼントは、その“死”だったのだ。



『……また会える日を、楽しみに待っている』



こんな愛が、こんな深く切ない愛が、この世にあるだろうか。



 号泣する僕の背を、窓から吹き込んだ5月の風が、そっとなでてゆく。

リンが静かに、目をつむったまま僕の側に座っていてくれた。

やがてやわらかな夕方が訪れ、夜がゆっくりと降りてきた。




* *




「レンさん。やっぱり、僕はそういう考えはキライです」



 僕は、夢を見たい。

300年後に、この子が幸せになる夢を。『心』を得たリンが、人生を謳歌する夢を。


「レンさんは笑うでしょうね。浅はかだって」


 僕はまだ30年も生きちゃいない。

 孤独も絶望も知りはしない。



「だから、しばらくは、僕はレンさんの意思を尊重します」


 朝陽とともに、僕は立ち上がった。そっと、木漏れ日に照らされたログハウスに元通り鍵をかけた。
 遺言で、ここの管理は僕に任されている。親類のいないレンさんの、大きな遺産。

「僕が、レンさんの歳に追いついたら、改めて、この子の将来を、考えます」

 明るく芽吹いた季節の、まぶしい光の中、僕は僕の世界へと帰ってゆく。
 僕も、たくさん、いろんなことを覚えよう。
 いろんな経験をして、僕の“ココロ”を育てよう。
 カイトおじさん、レンさんに続いて行けるように。

「300年かぁ……長いなぁ……」

 やわらかく響いた自分の声に感傷を刺激され、一度だけ来た道を振り返った。



いつかの日のように、レンさんとリンが、手を振って見送ってくれた、
 
そんな気がした。




 完


ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

ココロ・キセキ エピローグ -ある晴れた春の終わりに-

『ココロ・キセキ』 -ある孤独な科学者の話- の本当に最後のエピローグです。鏡音レンの弟子、織也タクミが、レンの心に、とある真実に気付きます。

……と、ここまでの話だったのですが!

sunny_m様が、なんと、この続きとして、素敵な未来を描いてくれました!
私には想像もつきませんでした。ありがとうございます!

☆sunny_m様版

―R・ある眠っていたロボットの話―~ココロ~
http://piapro.jp/content/c6evbuiyjd2r19h1

―L・ある孤独なロボットの話―~ココロ~
http://piapro.jp/content/4xa5zjgfmvosydny

そして、それに触発されて、sunny_mさまの話の先を書いてしまうという連鎖が沸き起こり。

ココロ・キセキ ―邂逅―
http://piapro.jp/content/31le92742usvga1t


さらにうっかり「博士たちの日常(?!)」も上げてしまいました。
こちらはレンとタクミの共同研究初期のコメディちっくな話ですので、許せる方のみどうぞ。

ココロ・キセキ ―ある日の二人の科学者の話―
http://piapro.jp/content/tzxhxsotqlm36hoj

閲覧数:496

投稿日:2010/01/30 13:55:52

文字数:2,012文字

カテゴリ:小説

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  • sunny_m

    sunny_m

    ご意見・ご感想

    こんにちは、sunny_mです。
    以前はコメントありがとうございました!
    遅ればせながらwanitaさんの作品を読ませていただきました。

    レンの不器用さとかタクミの清々しさとか、いろいろと真っ直ぐすぎて、なんというかもう、心に滲みました。

    エピローグの、ココロを得た後の孤独は、地獄だ。という言葉が切なく。
    その後の、タクミくんの、そう言う考えは嫌いだ。と否定するところで又、泣きそうになりました。
    感情があるがゆえの負の思考を知ったものは、心なんかいらないと、そう願ってしまう。
    そういう気持ちはよく分ってしまう。だけど、それでもそれを軽やかに否定する言葉を、待ってしまう気持ちもあったりして。
    まぁぐだぐだと書きましたが、とにかく、このお話、好きです。

    それでは、今後のwanitaさんのご活躍を期待しています!

    2010/04/02 13:25:09

    • wanita

      wanita

      >sunny_mさま

      ありがとうございます!sunny_mさまの文章がとても好きなので、私の作品を好きだと言っていただけて、舞い上がりそうです☆

      この作品は、原曲の、心を持ったロボットが、涙を流しつつもなお、「ありがとう、ありがとう、あなたが私にくれたすべて」「私をこの世に生んでくれて」と唄ったことが、私の心に響いて生まれました。
      ココロ小説がココロを得た喜びを唄うものが多い中、そればかりではないはずだ、という自分の心の叫びに負けて一気に書き上げてしまいました。

      ココロがあるからこその人としての苦しみ、私自身の科学者の卵として悩んだ経験から生まれた苦しみ、そして、科学者なら誰もがもつであろう恐ろしいほどに対象とまっすぐに向き合おうとするココロを、ココロ・キセキが好きな人に伝えたいと書きました。

      不器用なレンも、途方も無い夢を見たカイトも、そしてレンの妻になった人間のリンも、現実を見据えながらも清清しく前を向くタクミも、全員、私の身近に実在する人物であり、私の心の中にもいる人たちです。

      科学論文とはまた違う、物語という形の文章を書くことで、私の心の整理にもなりました☆
      癖になりそうです。これからも続ける予定ですので、またお楽しみいただけたら幸いです☆ 

      2010/04/03 23:51:36

  • 湯野

    湯野

    ご意見・ご感想

    1話から拝見させていただきました。少し覗くつもりが気づいたら読みふけりこんな時間に。
    原曲が素晴らしい、というのもあるとは思いますが、wanita様の書かれた物語の雰囲気や、オリジナリティのある解釈などにとても惹かれました。人物一人一人の思いが伝わってくる作品でした。

    私自身今考えている物語がココロを連想させるな、と悶々としていたのですが、wanita様の作品を読んで、こんな風にも描写出来るのかと勇気をいただきました。
    ピアプロで小説を読んだのは初めてなのですが、出会えてよかったと思います。
    ありがとうございました。

    …長々と申し訳ありません。一言で心のまま言うならば、
    感動して涙がぼろぼろでした(´;ω;`)

    2010/02/16 03:10:17

    • wanita

      wanita

      >sakakiさま

      嬉しいコメントを、ありがとうございます!
      こちらも、すごく励みになりました。

      本業が科学者の卵(2010年2月現在、来年は未定>o<;)なので、天才カイトに対するレンの劣等感、好きなもの好きだと追い求めるカイトの真摯さ、今まさに成長途中のタクミの気持ち、そしてモノを作る者達の孤独と恍惚、私が科学の世界の端っこで捉えた世界を全力で描写したくて、ピアプロに入りました。

      ココロ・キセキは原作の設定がしっかりしており、多くの方が感情移入できる物語なので、すでにたくさんの二次創作が世に出ていますが……
      まだ、私の知る限りでは、あまり書かれていない、

      「ココロは人を不幸にもする」

      という人間の心のもうひとつの側面に対して、心あるがゆえの苦しみを知る科学者レンが、どう答えるか、その生涯を書きたかったのでした。

      では、睡眠妨害でスミマセン☆ 
      次回も、楽しんでいただけたら幸いです!

      2010/02/16 17:47:45

  • 音坂@ついった

    音坂@ついった

    ご意見・ご感想

    初めまして!執筆本当にお疲れ様でした。
    引き込まれて一気に読破してしまいました…!
    レンの若かりしころからその人生の終わりまでの、展開も実に無理がなく、オリジナルである拓海くんの存在もとてもよく作用していて、読み終えたあとすごく温かい気持ちになりました。
    素敵な作品、ありがとうございました!

    2010/01/30 14:27:48

    • wanita

      wanita

      ありがとうございます! 
      初投稿で、嬉しいコメントを頂き、とても幸せです。

      「孤独な科学者」というのは「心が孤独」なのではないかな、と発想したことから物語が生まれました。科学者としてのレンが抱く、強烈な劣等感を、どうにか昇華させてあげたくて・・・☆

      拓海の存在を受け入れてくれて、ありがとうございました。彼は私の大学時のリアルです。
      ココロ・キセキを知ってから、一気に書き上げました。またいい歌に出会いたいです。

      2010/01/30 15:17:10

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